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23.花色の贅沢

腕のいい医者だったのか、彼の薬で肩の痛みはすぐに和らいだ。ティアは甲斐甲斐しく看病をしてくれる。アグリは怪我をした護衛達の看病や食事の支度、洗濯等で忙しく、私の世話はほとんどティアが引き受けていた。まるで侍女のお仕着せのような飾り気の無いワンピースを着て、動き回る様子は何だか少し楽しげに見える。意外な事にアグリはティアに好きにさせることにしたらしい。何を言っても無駄だと悟ったのかも知れない。彼女は頑固な所がある。

小さな家の中で着飾りもせず細々とした家事をしていると、逆に所作の美しさが際立った。少しの戸惑いも違和感も無く庶民の様な振る舞いをしているのだが、それでも彼女に染み付いた貴族としての嗜みがちらりちらりと顔を出すのだ。その事にティア自身は全く気付いていない。庶民の様で呆れてらっしゃるでしょうと聞くので否定した。家の中でまで貴族らしくあるべきだとは思わないと言うと彼女は嬉しそうな顔をする。私は目が覚めるとベッドの中からティアのちぐはぐな様子を眺めた。過保護な彼女は私がベッドを降りるのを良しとしない。けれども、退屈なはずの療養期間はなんだか楽しかった。もし、私達に身分が無ければ、こんな風に生活していたのだろうかと想像する。ありえない話なのだが、それは私を浮き立たせる。私は商売か何かしていて、彼女の待つ小さな家に帰るのだ。そこには使用人など居ないから、彼女が作った料理を食べる。私も薪割りや水汲みをして風呂を沸かすのかもしれない。そうして身を清めた後は、小さなベッドで彼女が干したシーツに包まって眠るのだ。庶民の生活は夫婦の距離がとても近い。それは私達には持ち得ない種類の贅沢に思える。


「君は本当に何でも1人でできるんだな。」

ある時、ふとそう漏らした私にティアは困ったように笑って返事をした。

「貴族の婦人らしく無さ過ぎますか。」

「一般的にはどうか分からないけれど、お陰で私は助かっている。」

「そう言って頂けると救われます…。教えてくれた人達に感謝するべきかしら。」

彼女の表情はほほ笑みを浮かべていながらもどこか自嘲するような色が浮かんでいた。

「私を救ってくれたのはティアなのだから、君は感謝を受け取る側だ。他の誰かが何と言ったって、私は君を誇りに思うよ。」

彼女が姉達の事を含んでいるのだと理解したが、私はそれに返す言葉が浮かばなかった。まだ私が彼女の実家での様子を知っているという話はしていない。しかし、自分を蔑ろにした人間に感謝を示す必要など無いと言いたい。結果、返事はどこか的外れなものになってしまった。少しでも慰めになればとティアに手を差し出すとすぐに手を重ねてくれる。それが、私の気の利かないセリフを許してくれている印の様に思えて、逆に私が慰められる。だからそっと手を握る。ふれあう心地よさは何より私を癒してくれる。穏やかな時間の流れを慈しむようにティアはやんわりと微笑んだ。


「明日、発とう。」

そう私が言った時、ティアはほっとしたように肩を下げた。倒れた私の代わりに視察団の最高責任者でいなければならなかった事が重荷だったのだろうと窺える。急な事だったのによく務めてくれた。おかげで隊に乱れは無い。

私の熱が下がってベッドでも起き上がって居ることが増えた頃、ティアはデュークを隊長から見習いに降格した事を教えてくれた。勝手をしてごめんなさいと頭を下げる様子に私はどう言葉をかけるべきか戸惑った。彼女が最善を選ぼうと必死だったのだろうと思った。事実だけを追えば問題を含む処置かもしれないが、内情を知れば彼女の選んだ方法はとても効率的だともいえる。気心知れた護衛達は彼女の意図をなんとなく汲み取ってくれてもいるだろう。不満が有るとすれば、デュークに対する気まずさからくるものだ。そこを上手くフォローできれば、今回の事で私やティア、デュークに対する評価が下る事は無いだろう。そのうち彼女の武勇伝の一つになって、面白可笑しく語られるかもしれない。いや、そうなるようにするためにフォローするのが私の役目だと思う。

「大丈夫。迷惑をかけたね。」

「アデル…」

「後は任せておいて。」

私の言葉にティアは小さく頷いた。


屋敷までの道のりで、私は散々デュークをからかった。お茶だしや馬の世話、食事の手配にみやげ物の買い出し、ふと見つけた出店で甘いお菓子を買わせたりもした。初めは戸惑っていたデュークだが、私の意図するところに気づいたのか、ことさら大げさにおどけてみせていた。慌てふためいたり、ちょこまかちょこまかと動き回ったり、屋台で売られていた甘い菓子を買わせた時はワザと女性達が並ぶ店を選んで並び恥ずかしそうにソワソワする…という振りをしていた。彼の態度にまずは年長者達が、続いて年少者達も腹を抱えて笑っていた。ティアは戸惑いながらも、アグリにつられて微笑みを浮かべている。明るい帰路はあっという間だった。皆が笑っていた。護衛隊も、出迎えの者も、私もティアも。

「ただいま。」

彼女が言った短いセリフが私の心をくすぐった。同じ場所に帰れる関係になったのだと改めて実感する。彼女がここを帰る場所と認めてくれているのかと思うとなんとも幸せだった。夕日に照らされた中庭を眺めながら、私達は私達なりにゆっくりと家族になっていけばいいのだと思った。

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