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22.焦茶色の名医

「アデルっ。」

そう呼ばれて、ハッと目を開ける。私はなぜかベッドの上で、荒い呼吸に胸を上下させていた。体中の節々が痛くて重い。肩は火をつけたように熱かった。

「起こしてごめんなさい。でも、あなた、ひどくうなされていたのよ。」

私を覗き込むのは柔らかな灰青色の瞳だ。

「ティア…、くっ…。」

彼女に腕をのばそうとして引きつれるような痛みにうめいた。

「だめっ。動かさないで…あなた、酷い傷が有るのよ。それに、熱も。」

ティアは私を柔らかくベッドに押し留めて、眉根を寄せた。あぁ、バレてしまった。こんな顔をさせたかった訳では無いのに。大人しくなった私を見て、ティアはそっと額に手を置くと、まだ熱いわねとため息をついた。

「どのくらい寝ていたの。」

「さっき日が沈んだところよ。皆今日は早めに休むようだから、あなたも休んで。」

「昼の間ずっと寝ていたのか…休む前に風呂に入るよ。」

私はそう言ってゆっくり身体を起こすが、とたんに目が回った。ティアは枕を背中に当ててゆったり座れるようにしてくれたが、首を横に振ってダメよと言う。私はその様子を目の端で認識しながら、眩暈に何も言葉が出ない。長々と寝すぎたのだろうか。

「熱が下がるまで湯浴みはダメよ。」

そう言われて身体を確認すると、拭き清めてくれたのか泥は落ちているが、汗をかいてベタベタしている。湯浴みは無理でも着替えくらいはしたい。私の要望にティアは頷くと、全て飲むようにとコップ一杯の水を持たせてから、部屋を出ていった。

ただの水なのに舌に苦味がまとわりつく。なるほど、寝る前に飲んだ果実水も苦味のある果実水だったのではなく、私の舌がそう感じさせていたのだと気づいた。思った以上に体調が悪いらしい。ほどなくしてティアが湯を張ったおけとタオルを持ってきたから慌てしまった。てっきりアグリに頼みに行ったのだと思っていたのに。タオルをかたく絞りながらティアは服を脱げと言った。戸惑う私に何を勘違いしたのか、ハッとしてから顔を歪めて謝った。

「その怪我では無理よね。気が利かなくてごめんなさい。」

「い、いや…?」

「もし傷に障ったら教えてね。」

ティアはそう言うと私のシャツに手をかけた。止める間もなくボタンを外していく。その様子に先ほどとは違う眩暈に襲われそうだ。シャツを脱がすと、暖かいタオルで腕から順番に清めていく。傷の無いほうの腕、首、背中と清めてタオルを絞り直すと私に渡してくれた。それに心底安堵する。胸や腹まで拭かれては正気で居られる自信は無い。

「足も拭きましょうか?」

「いや、必要ない。」

暢気な調子のティアが少し恨めしい。私は病人なのかもしれないが、寝室で2人っきりだという事にもう少し頓着してもいいと思う。いつも胸を高鳴らせているのは私だけなのだ。身体を拭き終わるといそいそと服を着た。汗がひいて、洗いたての夜着は肌にサラリと気持ちいい。しかし、用意があったのは前を紐で縛るタイプのものだったので、ティアに紐を結んでもらうことになった。ベッドの上での至近距離は心臓に悪い。せっかくひいた汗をまた掻きそうだ。ただ身体を拭いて着替えただけなのに、私はぐったりと疲れてしまった。ティアは身体の不調のせいだと言うが、私は別の理由だと思う。ティアは桶を持って部屋を出るとほどなくしてから盆を持って戻ってきた。

「食事はとれそう?」

「いや、食欲がない。」

「それでも何かとったほうがいいわ。昨日からほとんど何も食べてないのよ。」

そう言われて差し出されたのは野菜のスープとパン粥と果物だった。私は果物を2、3欠片口に放り込むともう要らないと首を振った。ティアは小さなため息をつきながら盆を片付けてくれる。多めの水でいくつかの薬を飲まされると私はティアの言うままにベッドに寝転んだ。眠気は無いのだが…。肩の傷に触らない様に横に寝ると、ベッドサイドに座るティアの顔が良く見えた。普段見上げる事など無いから新鮮な角度だ。

「今、医者を呼びに走ってもらっているの、うまくいけば明日には診てもらえるから。」

「誰をつかいに出したんだ?」

「…護衛隊の一番下っ端よ。」

ティアは片目をつぶってそう言った。彼女らしくない言葉選びに含みを感じるが、頭がぼんやりとしてしまっていて、何が含まれているのか見破れない。

「一番下っ端って…カイルか、ショーンか…」

「どっちだって良いわ。さ、気にせず休んで」

困ったようにそう言ってティアがやんわりと私の額と眉間の辺りを撫でるから、それもそうかと私は気にするのを止めた。確かにどっちが行ったって大した差は無いだろう。まだ若い彼らが泣き落としをする勢いで、やっとのこと医者を連れてくる様子が思い浮かんで、可笑しさと申し訳なさを同時に感じた。ティアは私の額をやんわり撫で続けていて、その心地よさに目を瞑る。

「ゆっくり休んで。」

「あぁ、私は大丈夫だからティアも早く休むといい。」

「えぇ。おやすみなさい。」

「おやすみ。」

ティアの就寝前のあいさつが聞けるだなんて、もう悪夢は見なくてすみそうだと思う。


目が覚めると朝だった。眠気は無いと思っていたが眠りこけてしまったようだ。思っているよりも体は疲れているのかもしれない。私はゆっくりと起き上がって辺りを見回す。当然、誰も居なかった。しかし、少し離れたテーブルの上には、手桶が置かれていて額のタオルを何度か絞りなおしてくれていたらしい気配がある。まさかティアではないだろうから、アグリが夜中に看病してくれていたのだろうか。ベッドサイドに置かれた水を一口飲む。まだ身体は熱く、水を飲んでもすぐに蒸発してしまうような気がした。ぼんやりとしていると外から馬の足音が聞こえる気がした。朝っぱらから慌しい。何かあったのかと訝しがっていると近くで足音が止んだ。しばらく外の様子を窺っていると、ティアがアグリとデュークと壮年の男性を一人連れて入室した。驚くべきことに、医者だった。どうしてこんなに早いんだろうと思ったら、医者を呼びに行ったのはデュークだったらしい。ティアは下っぱの護衛と言っていたが…。一応彼は今回の護衛隊長なのだが、ティアは何をどう勘違いしたのだろうと首をひねった。

そんな私の様子をよそに、医者は黙々と診察を始めた。焦茶色に白髪しらがの混じり始めた中年の医者は、そうあるべきだと心に決めている…と言った風の無表情で脈をとり、目や舌をみて、最後に肩の傷を確認する。そっと触れる医者の手は冷たく、そっと力を込められるとビリビリと指先まで痛みが伝わる。肩を動かせるかどうか腕を上げたり広げたりした後、服を着て下さいと言った。ティアが私の着替えを手伝ってくれる間に、医者はアグリの用意した手桶で手を洗いながら、風邪はもう大分良くなっていると言った。

「肩の怪我ですが、骨には異常無さそうなので、激しい打ち身かと思われます。必要な薬を持っていないので、村の薬師の所に行ってきます。」

医者はそう言うと部屋を辞した。アグリとデュークも後に続いた。残ったティアは私の状態を整えて、洗面の用意をしてくれた。顔を洗って人心地つくと、やっと目が覚めたような気がした。

「気分はどう?」

「かなり良くなった。」

「それは、良かったわ。今朝食を用意するわね。」

「あぁ。」

相変わらず食欲など無いが風邪なのなら少し食べないといけない。私はティアの運んできた食事を無理矢理胃に収めた。用意された半分ほど食べて食後のお茶を飲んでいると、アグリが医者にもらったらしい薬を持って帰ってきた。いくつかの飲み薬を飲み、肩には貼り薬を貼られると眠る様に言われる。私は眠くないから暇つぶしの本でも用意できないかと頼んだのだが、アグリとティアに怒られて却下されてしまった。結局2人に促されるがままに布団にもぐったのだが、いつの間にか眠ってしまっていた。

眠りの途中、ふと気付いて夢か現つかうっすらと目を開けると、明るい窓を背にしたティアがいつもこちらを覗き込んでいた。私は彼女が変えてくれる額のタオルの心地よさにまたすぐ目を閉じてしまう。しかし、陽光が髪を透かして、ティアが明るい金色に縁取られていたことだけが印象に残った。

いつも読んでくださってありがとうございます。


体調不良の時に優しくしてくれる人って天使のように見えますよね。

アデルにとってティアはいつでも天使以上なのかもしれませんが・・・。

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