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初デート



僕とちひろは初デートをすることになりました。




今日は金曜日の夜で、実は明日が初デートだったりして、僕の気持ちは大変高ぶっていた。



明日は……いよいよ……



「何処に行きたい?」と尋ねた所「やっぱ初めては映画館デートかな」という返答だった。



寝れない……………。


言い忘れてたけど、時刻はもう0時を過ぎていたっけ。


明日、どんな服装で行けばいいんだろう?


う〜ん。とさらに頭を悩ませる。


普段、男と間違えられるくらいなのだから、男っぽい服装で良いのだろうか?


ちひろはどんな服着て来るんだろ?


どんな服で来ても、ちひろはちひろで、彼女と行けることが幸せなんだろう。と思った。



ジリリリリリリ


部屋にアナログ的な目覚まし時計の音が反響する。


う…ん………。


寝起きは微妙だ。全身が怠いけど、そんなことは言ってられない。


時刻は7:00、設定どうりだ。



まずは……顔洗うか……


一階の洗面所で顔を洗い歯磨きをした後、寝癖直しして、それから僕は悩んでいた。


う〜ん…………。


ちひろの好きなタイプとか服装、聞いておくべきだったかな?


好きな人ーーー恋人との初デートなのだ。勿論、オシャレは最大級レベルでしとくけれど…………


果たして彼女は気にいってくれるのだろうか?


鏡に映るのは、ジーパンにYシャツ、青のネクタイ、パーカー、それから整えられた髪型だった。


あと、銀のブレスも。


ーーー多分、大丈夫だとは思う。



でも、センス無くて、一緒に居るのが恥ずかしいとか思われたら嫌だな。


頭を左右に振ってそんな考えをとり除く。


ちひろがそんなこと思うハズがない。


人一倍優しくて、誰より気をつかえる子なのに。

不安を取り除く為に、両手で両頬を叩く。


バチィン…………。


痛ってえ……。けど、大丈夫。臆病な僕は消えたハズだ。


結局、着替え終わった頃には何時もと何ら変わらない服装だ。ーーーまぁ、めちゃくちゃ考えたけど……。


「春香ご飯出来たよ〜」


と下から叫ばれたので、返答をしながら階段を降りた。


朝食のパンとヨーグルトを食べ終えると時刻は8:30


待ち合わせ時刻は9:30で、駅に直接集合だった。


ーー電車に乗るのは田舎だから仕方ない。


「ごちそうさま」


声と共に立ち上がって、ショルダーバッグを背負って玄関へ向かった。


靴はコレかな。


前にちひろが褒めてくれたやつだ。


あまり話したこと無かったから声をかけられた時は奇跡かと思った。


「行ってきます」


ちょっと出るのは速いかも知れないけど、胸のドキドキが止まらないから速めに出る。

ちひろはどんな服装で来るのだろうか?


初デートはどんな風になるのか。等が僕の頭の大半を覆い隠した。


自転車に跨がり、駅へ疾走する。


早く、早くあの人に会いたいって気持ちが止まらない。


そんなの、昨日離れて直ぐに思ってたけど………


やっと会えるのか。


一日しか経っていないハズなのに、何故だかとても長いように感じた。



ザァーーーーーー


自転車で坂を下りると、目の前には駅が見えた。


駐輪場に自転車を止め、鍵をかけ駅へ向かう。


駅前のベンチを何気なく見るとーーーーて、ちひろ?!


嘘……だってまだ45分くらい前だよ?


それに、彼女は待ち合わせとかによく遅刻するって話しで有名なんだけれど………


僕の為に………?


「ちひろ?早いね……どうしたの?」


僕の言葉にビクッとなるちひろ。


下を俯いてたみたいだし、前が見えてなかったようだ。


「は……春香…えと……遅刻したくないから早めに来たんだけど……春香は?」


「僕?僕はなんかドキドキが止まらなくてさ初デート」


ニコッと自然と頬が緩む。デートだし、ちひろに会えたし。


ちひろの格好は可愛らしいものだった。


初めて見たこんな姿。


クラス打ち上げの時とか修学旅行の時は格好良い系だったのに。


まさか…ね?僕が可愛い系好きなの知ってた……とか?


流石に自惚れ過ぎだろ、とツッコミを入れる。


でも………ヤバイ。かわゆすぎる。


「可愛い……………」


無意識的に呟いてしまう。


「今………何て?」


その言葉が耳に入ったのか物凄い嬉しそうな顔のちひろ。


「僕……何言って………」


ハハハと軽く自嘲気味に笑うと、「嬉しい」とちひろに遮られる。

ちひろ……………。


「あの、ね。春香も………格好良いよ?」


「うん。ありがとう」


僕は素直に喜んだ。


「次は可愛い姿も見てみたいなぁ………とか、思ってたりして…………」


「思ってるの?」


ちひろが望むならするに決まってる。


「思ってる……よ?」


「いいよ。次は美少女になってみせる」


僕は美少女なんかじゃないけど、君が望むなら?ねぇ?


「春香は充分可愛いよ?でも……それは言いすぎ」


苦笑するちひろ。


確かにそうだけどね。


「行こっか?」


「うん」


ベンチに座るちひろに手を差し出して、彼女がその手に掴まって…………


まるで、王子様とお姫様だ。


唯一違うのは、僕が男じゃないことかな?


でもね、君が望むなら僕は王子様になってみせるよ。


なんて台詞が頭に入って、何考えてんだろ僕?って感じになる。


階段を一段一段上がって行くと、聞き慣れた某交通系の電子マネーの音が鳴り響いてる。


ピピッ……………。


僕らもカードをかざし改札を抜けた。


ホームへ向かい電車を待つ。


ハァ……ちひろ、可愛いすぎるよ?


てか、僕の横にちひろが立ってるよ……奇跡だよ…ほんと。


電車を待つ間、横ばかり向いていたら、彼女と目が合った。


ヴッ……………。


「………………」


「………………」


気まずいなぁ………。


「寒い」


え?


ちひろは僕の腕に手を回していた。


「マフラー持ってくればよかったなぁ………」


「え…と…、暖かい?何か飲む?コーンポタージュとか…………」


僕が自動販売機に向かおうとすると、ギュッと服を掴まれた。


「行かないで。春香は私を温める役ね?」


「しょうがないなぁ………手、繋ぐ?」


ちひろの手を包む。


手を繋ぐくらいなら、怪しまれないよね?


「あ、電車来た」


ちひろが電車が来た方向を向く。


僕も反応して振り向いた。


ゴゥゥゥ……。と減速し始めやがて電車が止まる。


ドア横のボタンを押して、ドアを開けると僕らは隅っこのほうに座った。


ちひろが一番端で僕はその隣。


ちひろの隣に僕以外が座るのあんま良い気がしないからね。


「眠い………」


コトンと僕の肩にちひろが寄り掛かる。


「昨日は眠れなかったよ……初デート楽しみにしてたし…………」


「僕もだよ。寝てて良いよ?起こすから」


ギュッと僕の手とちひろの手が恋人繋ぎの状態で固く繋がれる。


そんなに力入れなくても、僕は居なくならないのに。


全く可愛いなぁ、僕の彼女さんは。


ちひろはこんな風に甘えてくるんだな。


僕だけにしてくれることが、恋人だけの特権が嬉しかった。



スーー、スーー、スーー


やがて規則正しい寝息が聞こえて来た。


無理してたのかな?疲れてたのかな?


今、隣で眠る彼女がとても愛おしかった。


「次は立川〜立川〜」


数十分後にアナウンスが流れた。


そろそろ着くみたいだ。


隣の天使を起こすのは少し気が進まないが、軽く揺さぶってみる。


「ちひろ〜?そろそろ着くよ?」


「んにゅ?ーーはるかぁ?」


うわ……寝起きのちひろ……まだ、意識が朦朧としてるのかな?


よっぽど疲れてたんだね………………。


自然と笑みがこぼれる。


「着くよ?」


「あ……そっか、初デート……楽しみだぁ」


「うん」


「立川〜立川〜」


減速し初める電車。駅に着いたようだ。


「降りるよ?」


立ち上がると電車を降りた。


人が沢山居て、はぐれちゃいそう。


「……はぐれないように……ね?」


そっとちひろの手を掴んだ。


一瞬、ビックリしたようだけど、「うん」と頷いてくれたちひろ。


彼女の手から温もりが伝わってくる。


ーー何度も言うけど、夢みたいだ。幸せで幸せでどうにかなっちゃいそうな程。


「映画、何見るの?」


エスカレーターで移動中、手は繋いだままで何気なく尋ねてみる。


「う〜ん……。ファンタジー系が見たいなぁ」


ちひろは、ファンタジー系が好きなのかな?


それを聞いて僕は喜んだ。だって、僕も好きだから。



ーーもっと君のことを知りたい。



何を感じ、何が好きで何をして…………


素直な欲求が全身を駆け巡った。


「僕も好きなんだよね、物語に憧れるって言うかさ……………」


あの自由な感じの世界観、この世界じゃない世界。


僕は堪らなく好きだった。


「春香も?」


ちひろも何処か嬉しそうだ。

エスカレーターを上りきり、改札を目指す。


うわ……。人多っ。


ホームより人が居て……


人口密度高めだった。


「……さないでね?」


「えっ?」


ちひろが何かを喋ったんだけど、聞き取れない。


「離さないでね?」


僕とちひろの距離がさらに縮まる。


上目遣いで見られて、悩殺されそうだった。


「離さないよ?」


手と手をしっかりと繋ぎ直す。

僕が先導してちひろが後から来る形で進む。


勿論、手は繋いだままで。


改札を通る時、仕方なく手を離したけれど、直ぐにまた繋ぐ。


駅を出ると、まぁ先ほどよりは混んでいなかった。


映画館の方に歩く。


駅からさほど遠くはない場所に立地しているから比較的、早めに着いた。


周りに設置されている映画作品の紹介の奴を見て回ると、ちひろがある作品の前で指を指す。


「これ!これにしない?」


これは……えーと……。


『指輪ストーリーと魔術学校のキャストが手を組んだ新感覚ファンタジー、エクス☆ポリス』


テレビで紹介されてたのを見たような……見てないような………。


「じゃあ、これ見よっか」


ファンタジー系らしいし、僕も楽しめるかな。と思った。


中に入ると、チケットを買う為に並ぶ。


「エクス☆ポリスの中人、二枚下さい」


お互いに生徒手帳を取り出し、見せる。


あと3ヶ月くらいはまだまだ中学生だし。


僕が財布を取り出して、野口さんを2枚取り出すとちひろがそれを止めた。


「自分の分だけで良いよ?」


………いいのかな?


「僕が出…」


「やだ」


途中で言葉を遮られる。


仕方なく、野口さんを1枚置いた。ちひろも同じ動作をする。


「席はどうなさいますか?」


「じゃあ1番後ろの真ん中のココとココで」


1番後ろ?何故そうしたのか僕には分からなかったけど、それに従うことにした。


チケットをもらい、暫くしてちひろに尋ねてみる。


「何で1番後ろなの?それにお金なら僕出すよ?」


「春香は可愛いよ。女の子なんだよ?それに例え春香が男の子でも、私は払って貰いたくない」


ちひろ…………。


「えと……じゃあ何で1番後ろ?」


「それは……」


「それは…?」


妙にちひろが語尾を濁すから気になって仕方がない。


「あ……後で教えてあげるからっ、それまで秘密」


何故か顔を真っ赤にしていた。


何で真っ赤に?僕、何か言ったかな?


その後はポップコーンとジュースを買って、エクス☆ポリスの上映される部屋に向かった。


中は暗い。当然だけど。


結構この作品は人気があるようで、前〜真ん中らへんは完全に埋まっていた。


後ろはガラガラだけど。


「こっちだよ」


ちひろに手首を掴まれ、手を引かれる。


まるで、あの時みたいだ。


思いだすと、恥ずかしくなって顔が赤くなっていく。


部屋が暗くてよかった。ちひろに見られたら死ぬほど恥ずかしい。


1番後ろの座席に着く。

座ろうとしたら、手を引っ張られ、ちひろに抱き抱えられた。


「春香………」


うっ……ぁ……あれ、僕が想像してたのと違っ…


立場逆じゃ…………


「ずっと、こうしたかった」


そ…んな…台詞言うなんて………


反則だ。


心臓の音が大きくて、バクバク言って、張り裂けそうだ。


聞かれてないか不安になる。


「ねっ………私は貴女のことが好き。貴女は私のこと好き?」


目を逸らしたいのに、逸らせなかった。


まじまじと彼女が見てくるから。


「…………き」


「えっ?聞こえないなぁ………」


「意地悪っ……」


ちひろが小悪魔みたいな表情になる。


態度も………だけど。


「お願いっ……もう一度、聞かせて?なんだか信じられなくて…………」


切羽詰まったその表情に私の口は自然と動いていた。


「好き」


彼女は、笑った。と思う。暗くて見えないけど。


後ろに手をまわされて、彼女の顔が近づいてくる。


……あと5㎝……4㎝…3㎝…2㎝……1㎝………


僕は目を閉じて、彼女を受け入れようとしたーーーーが、運悪く、映画が始まった。


彼女は多分、悪戯が見つかった子供のようにバツの悪い顔をしているだろう。


欝すらとだけど、ぶすっとふて腐れてるのが分かった。


しょうがないなぁ。


座ろうとするちひろに近づいてスッとキスをした。


ーーーいや、唇が触れるか触れないかくらいの軽いキスだけど………。


それでも彼女は満足してくれたみたいで、上機嫌だった。


緊張で映画になんか集中出来ないんじゃないか?って思ってたけど、僕の場合は違った。


不覚にも面白かったし、エクス☆ポリス。


ちひろは見極める才能があるのかも知れない。


映画を見ている間は特に何もなかったし。


ーー少し、期待してたんだけどな…………。


僕は映画とかを見る時に集中したい派だからきっと、それで良かったんだと思う。

「面白かったね、映画」


ーーそう、それで何もないまま今に至るって訳。


映画を見終わった僕らは、映画館を出る所だった。


「うん」


僕は笑顔を浮かべながら応える。


問題はーーそうだな、好きって気持ちが止まらない。


それは当たり前なんだけど、心臓がずっと鳴りっぱなしっていうか………


多分、僕の息遣いは荒いんじゃないだろうか?


変な意味じゃ…ないけどね?


でも密かにさりげなく手を繋ぎたかったりする。


可笑しいな…………。


さっきまで普通に繋げたハズなのにーーーーー


気恥ずかしさが…後を絶たない。


「…るかーー春香?」


「へっ?」


なんとも間抜けな声を上げてしまう。


「ご飯、何処食べに行く?」



ああーーご飯、ご飯ね…………


「ちひろは何食べたい?」


僕は食べ物が喉を通れば何でも良かった。


ちひろとの食事だし、何にせよ楽しいに決まっている。


「じゃあさ、パフェ食べようよパフェ!」


何時になく機嫌が良いちひろ。


「いいね、パフェ食べよっか」


表明ではそう答えたけれど、僕はあまり良い気がしてなかった。










ーーだって、なんか嫌な予感がしていたから。



お昼に選んだお店はオシャレでリーズナブルで人気な所だった。


学生には優しい。


彼女と店に入ったまではよかったーーーが、予感が当たってしまったようだった。



ナンデアソコニアイツラガ?


僕の眼光が大きく見開かれる。



「何処みてるの?」


ーーあっ。


どうやら、ちひろも気づいたようだ。


そう。その先にはちひろのお友達が居た。


気まずい。気まずい。気まずい。気まずい。


気まずさMAX



僕とちひろは学校では普段話さないのだ。


もう一度言う。



今までなら、あんま話さなかったし。


ーー嫌だな。オシャレとか釣り合ってないとか思われたら。


何であの二人が?とか思われたら。



理由は分からないけど、体中ベタベタした汗まみれになる。



ちひろは何とも思わずに二人に近寄る。


直ぐに二人も気づいたようで、ワイワイ楽しく話してる。



僕だけがぽつんととり残し状態のままだ。



ーーこのまま、何事もなく帰っちゃえばいい。


ちひろは二人と合流したほうが楽しいかも知れない。


そもそも、僕なんかと居て、楽しいのだろうか?



嫌な考えが頭をよぎった。



僕なんかに……君の傍に居る資格なんて………



僕の足は自然と入口の方へ赴いてゆく。



……何処…行くの……僕…このままじゃ…………


ーーー駄目なのに。



分かってる。分かってるよ。僕とちひろは釣り合わないんだ。


彼女はつまらないに決まっている。


もしかしたらーーー僕を嘲笑っているだけかも知れない。


分からない……けど……



全否定は出来なかった。



ヘタレな自分が、大嫌いだ。


ッーーーーー


僕に出来たのは、その考えを振り払うくらいのことだった。


全力で駆ける。



「待って!!…るか」


…………ちひろ?


声がした途端、肩に手が触れた。


「待っ……何処…行くの?」


………君の居ない所…かな?


「僕なんかと一緒に居るより、あの二人の方が楽しいでしょ?」


ちひろは直ぐに悲愴な、苦しそうな様子になった。


「はぁ?何でそうなるの?私は……春香と…」


「ーーーもういいから」


ピシャリと言い放ち、その場を去った。


ーー去ろうと……したのに。


グワシッと腕を荒々しく掴まれた。


「まだ分からないの?………私は貴女が好きなの。どうしようもないくらい」


告げられたワントーンもツートーンも下がった言葉に臆することなく僕も告げた。


「それは……僕も同じ…」


「ーー同じじゃない!」


その場に人が居たなら、全員が振り返るくらいの声量で叫ぶちひろ。



「逃げられないよ?止まらないよ?もぅ、抑えが利かないよ?」


ちひろの目はーーー彼女の目はーー本気だった。



ーーんんっ、ーーぅ


柔らかい唇が舞い降りて来て、強引に舌を差し込んだ。


ここ……周りの目もあるんだけど…………


案の定、数人はこちらを見ていた。


「ここじゃ嫌だ?んーーじゃあ、ウチ来て。歯止め利かない」


ちひろのハズなのにちひろじゃない。


そんな、恐怖感を覚えた。


「ちひろ?」


「……………」


彼女は下を俯いたまま動かなかった。


「いいから……来てよ…」


手を引かれる。ーけど、僕は踏み止まった。


「私じゃ、私じゃ駄目なの?こんなにも春香を愛しているのに。狂わしいくらいに………私は貴女が欲しいのに………」


彼女には周りの人々など映っては居ないようだった。


目の前に映るのは、愛おしい人ただ一人。


「とりあえず、移動しようか?」


僕に出来たのはそれくらいのことだった。



「……………」


「……………」


ちひろも僕も一言も会話を交わさないまま、景色だけが流れてく。


細長い路地を抜け、やがて開けた場所に出た。


ひっそり閑としていて、まるでその空間だけ時が流れていないかのような錯覚を思わせる程静かな場所だった。


やっと話せる。



……そうホッと息をつくのも束の間、背後から優しく抱きしめられた。


「不安になる。大好きな人のことだから余計に不安で………自分なんかが傍に居ちゃいけないんじゃないかって……凄く、恐かった」


耳元で囁く彼女の声色は少し震えていて、不安な気持ちが僕にも伝わって来た。


僕は、彼女の手を優しく払いのける。


お互いに向き合った形になって優しく、優しく……けれどもしっかりと彼女を抱きしめた。


ちひろは一瞬、「えっ?」という表情を見せたけど、直ぐにそれは安堵の表情へ変わった。



「僕も不安だった。ちひろが苦しんでるのを知らずに自分勝手な行動をして本当にごめんなさい」


本当に……ごめんね…………ちひろ。


「わ……分かれば…いいから……」


幾分か声色をあげ、頬を赤らめた彼女は照れているんだな。と直ぐに予測出来た。


「そろそろ、帰る?」


「いや………まだ…駄目」


もじもじとしながら絶え間無く手や足を動かし恥じらいを見せた後、彼女は目の前に顔を突き出した。


キスして下さい。


そんなポーズで、ジッと待つ彼女に僕はそっと触れるか触れないかくらいの優しいキスをした。


自分の心音は相手にどのくらい伝わるのものだろう?


早鐘を打つ心音が彼女に悟られない前に僕はそっと手を差しだし、「行こう」と単調な声調で言った。ちひろの手は、彼女の手はとても小さかったんだ。


まだ手を繋ぎ慣れてないのもあって僕は緊張していた。


何処を見たらいいのか分からなくて、目線をあちらこちらに向けて……………


そして、ふと僕が声を漏らした。


「今日もこれで終わりかぁ…………」


初デート。それは初めてのデートだから初デートで………


それも終わる。


願うならば、永遠に記憶に刻み続けていたい。


僕は多分、嫌だったんだ。


このまま何もしないで初デートを終わらせるのが。


「終わらない、まだ終わらせませーん」


口調は友達と普段冗談を言い合うようだった。


だけど……告白の時のように、真剣な表情だった。


「ゲーセン行くよ、ゲーセン」


「え、?あ……了解」


ちひろは意外にかなりのゲーマーだったりするから、ゲームでもするのかと思った。


何時もより、彼女の目が一際輝いて見えた。


…のは、気のせい?



前略


僕もゲーマーです。


だからゲーセン


ヤフォォォイ状態だったり……するわけで………………




ゲーセンの自動ドアの先には騒々しい世界が広がっており、訪れる旅人を招いていた。


慣れてない人には煩く聞こえるだろう。


けど、僕には心地好く聞こえるのだ。


「プリ撮ろっ」


突然にボックスに引きずり込まれた。


ほうほう。思い出づくりと言えば写真ですわな。


……あれ?ちひろさん……写真…嫌いじゃなかったっけ?


「ちぃ……写真嫌いじゃ……フゴフゴ」


途中で口を押さえられた。


「春香とだからいーのーー、思い出……残そうよ?」


「ちひろ…………」


不意に胸が締め付けられた。


人ってこーゆー時に惚れ直してしまうのだろうか?


ちひろが素早くコインを投入して笑顔で


「じゃ、撮ろっか」


と言った。設定も終えたみたいだ。


3、2、1………パシャリ


撮れた写真は………


僕が見事に変顔してた。


まだ準備出来てなかったのに…………


「ドンマイ、ドンマイ、次があるよ」


ちぃが慰めてくれた。


「次は、もっと密着して撮ろうか」


み……密着ですか…


ちひろがギュッと抱き着いて来る。


「もっとこっち来て?」


「ぅ////…ん…」


ふぁ……直に体温が伝わって来る。

3、2、1………パシャリ


シャッター音が鳴っても、ちひろは抱き着いたままだった。


「あと、もう少しだけ………あっ、そだ」


ゴニョゴニョゴニョ


耳元で彼女が囁いた。


『次はキスプリね』


「春香、顔真っ赤だよ〜?」


ちひろがニヤニヤしてる。


意識して、キスをする。


考えただけで恥ずかしい。



3、2、……


「ほら、こっち向いて」


1…パシャリ


ちひろの唇が僕のソレを包んだ。


「……るかっ……もっと………」


舌が柔らかく押し入って来た。


「ふ……っは…ぁ…」


溶けちゃいそうだ。舌が、熱くて。


3、2、1………パシャリ



「ちひろ……写って……」


荒い呼吸を整える為に肩で息をして、掠れた声を出した。


プリクラのボックスの中は真っ白で……


そして、中には僕らしか居ない。


軽い密閉空間がそこにあった。


「あっ、次でラスト前……向いて」


言われた通りにする。



チュッ………


僕の左頬に何か暖かいものが触れた。


………パシャリ


顔が真っ赤の状態で写ってないといいんだけど……………


「ほら、移動するよ?」


彼女に手を引かれて、移動する。


……最近……彼女にエスコートされてばかりな気がする……


僕も何か…出来るコト



んーー………ん?



!?



僕達は移動して、プリに色々書き足して……それから、プリを二等分して………


今度は僕が彼女の手を引いた。


「ほら、コレ見て」


僕は某有名キャラクターのぬいぐるみを指差す。


「これ………」


「ちぃはコレ、好きだったよね?」


アクリル越しに見えるソレを見つめながら、彼女が頷く。


僕は少し得意顔になって、ソレを得るためにコインを投入した。


実は、UFOキャッチャーが得意だったりする。



「ほら……」


ちひろの表情は輝いていた。


数分後、僕の手元にはぬいぐるみがあった。


「あ……ありがとう」


「どう致しまして」


彼女は喜んでくれた。


それが嬉しくて……もっと、もっと笑って欲しいと思ったんだ。


「僕、こんなに幸せでいいのかな……」


ふと投げかけた問いに彼女は答えてくれた。


「私も幸せ。だけど、これからもっと幸せになるんだよ?」


「うん」


上手く言えないけど、なんだか暖かい気持ちになった。


「ね、約束。これからも……沢山幸せになろうね?」


「うん」


彼女となら、笑っていられる気がした。




ーーもっと、笑っていて下さい。


どうか幸せになって下さい。



願うならば……ずっと、君の傍に……………


思いを馳せていたら、唐突に僕のお腹が鳴った。


グーーーー



うわっ………恥ずっ


「アハハ……お腹空いたよねーー、ねぇあの二人は大丈夫だからさ、ご飯食べに行こう?」


「……ほんとに…大丈夫?」


僕は暗い表情をしているかも知れない。


「大丈夫だよ。信じて?」


君がそう言うのなら。


「そうだね」


僕らは再び歩き出した。


ゲーセンを出て、通路を歩くとちょうど向かいからは……あの二人が…………


やはり、少し顔が強張ってしまう。


僕のそれとは裏腹にちひろは笑顔だった。


「あっ、ちひろ〜〜」


「ちぃーーー」


二人が手を振りながら近づいて来る。


何故か、あまり仲の良くない僕にも分かるくらいに、ニヤついた表情を浮かべながら。


?!


頭の中に疑問が生まれた。


「あの二人はね、大丈夫なんだぁ〜。うちが春香に片思いしてる時から相談に乗ってくれてね……」


えっ?それって……


僕とちひろがそういう関係(恋人)になったってことを知ってるからニヤついてるってこと?


錆び付いたロボットのように首を動かしてちひろを見る。


「えっとね……だから、知ってるよ?付き合ってるコト」


「へ……へぇ〜、そ…そそ…そうなんだぁ〜」


途中、つっかえたり声が裏がえったり……ぎこちないトコもあったけど、まぁ、気にしないでおく。


「春香、動揺しすぎ……その…学校でも傍にいられるように手配してくれるみたいだよ?」


「ふ、ふ〜ん?」


なんか、ツンデレみたいになっちゃってる……僕。


苦笑しながら告げられた言葉に、僕は心底動揺しているみたいだ。



学校でも……一緒…


「ちひろ〜〜お前、何か奢れよ〜〜」


「つか、話し聞かせろー」


二人がすぐ側にまで来て、ちひろと話してる。


「いや、奢らんし……腹へったから……飯〜〜」


「飯ーー!」


「お前、さっき食ったばっかだろ?」


どうやら、何時もの三人のようだ。


笑いながら皆で移動する。


二人と僕とちひろの間には、友達と恋人という確かな壁があるようだ。


だって、今話してる間も…手は硬く繋がれたままで…………


暫くして、ちひろが

耳元で囁いた。


「デートするって言ったら、尾行するとか言い出して……全部、見られてたかも」


全部……ねぇ………


「つかマジ、パフェなら何杯でも食える」


「同感ーー」



これから、どんなコトが待ってるんだろ?


確かなのは、より大きな幸せへ近づいてるってコトだよね?



学校でも一緒だし。







これからは、毎日がさらに楽しくなりそうです。

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