出会えたこと。それが奇跡
視線の先には何時も君が居た。
ほら、今だって君が微笑んでいるのを僕は見ているんだから。
さらさらと靡く肩につくかつかないかくらいのショートの栗色の髪の持ち主はこちらを振り向くことなく黒板を必死に見つめている。
色白で二重だけど切れ長な髪が彼女を引き立てて……瞼が綴じて開く度に恍惚してしまう
彼女は、クールな雰囲気でカッコイイし可愛い系の女の子だった。
とある普通の市立中学で僕と君(彼女)は出会った。
ーーそして僕は恋に落ちたーーー
はぁ〜〜〜〜。
長くて気持ちの詰まった切ないため息をひとつ。
今は数学の授業中で僕は何時ものように君を見ていた。
ねぇ、もぅ三年生になっちゃったよ?
相変わらず君は僕の気持ちに気付いてないんでしょ?
一体、何時になったら僕の片思いは実るんだろ……
どうして女の子と女の子は堂々とお付き合い出来ないんだろうか?
ただ好きだって伝えたいだけなのに、同性だからって理由で拒まれるのが怖くて僕は伝えられないで居た。
異性同士で付き合うのが当たり前ってそんな社会の常識に押し潰されてしまいそうで………苦しくて苦しくて息も出来ない。
二年の始業式から続くこの想いは僕の胸に永久に秘めたままだろう。
だからせめて君の傍に居れたらいいんだけどな…………。
グループが違うと必然的に話さなくなるから、一週間に1、2度話すのがやっとくらいだった。
やっぱ僕じゃ駄目なのかな?
だって僕、一応女の子だから……………。
けれどやっぱり諦めきれなくて、少しでもあの子に意識してもらいたいからショートの髪をさらに短くした。
声もアルトががってるし、男だと間違われたこともある。
だからホラ早くこっちを振り向いてよ。
今日も僕が彼女を見続けていると、突然彼女が振り向いたからビクッとした。
………というか、目が合ってしまった。
バチリという効果音が聞こえた。
ぁ………なんか緊張する。
目が合っただけなのにな…………
まだ彼女が視線を外そうとしないから僕も彼女を見続けた。
そして、僕に向かってそっと優しく微笑んでくれた。そんな気がした。
……いや、きっと間違いだ。
彼女が微笑んだのは、僕の隣の席の男子で……だから僕じゃない。
けど、それでも……可愛い過ぎるし。
この恋は叶う訳無いんだから。
僕は君のそんな笑顔が見れただけで幸せ。
だから……………一瞬、ズキッと心を締め付けられた気がするのは気のせいだ。
キーンコーンカーン
やがて、授業終了のチャイムが鳴り響く。
僕は咄嗟に君から目を逸らして先生に礼をする。
その後ノートの整理をしてたら、上から声が振りそそいで来た。
「春香、ちょっとこっち来てくれる?」
「え?あ、うん。……………て、ちひろ!?」
好きな人が話しかけて来たと分かったら心音が激しいくらいにバクついて来た。
そのまま二人で歩いて行って、人気の無い渡り廊下へ向かう。
……何の用なんだろ?
当然、告白では無いだろうと思った。
渡り廊下に着いた所でふぅ…。とちひろが一息ついた後、彼女が口を開いた。
「うちね、好きな人居るんだ」
「あ……うん。知ってるけど?」
僕が知ってると答えたせいか彼女はぎこちない様子になる。
だって、知ってたし。ちひろが授業中にこっちを見てきてくれるのは隣にいる男子に好きな人が居たから。ってことだよね?
「手伝うよ?僕に何か出来ることあったら」
ちひろは俯いたままこちらを見ようとはしなかった。
「違う」
「え?」
あまりにも低い声で唐突に言うものだからビクッとした。
「うちの好きな人、男子じゃないから。……これってやっぱ、気持ち悪いのかな?」
あ……そうか。彼女は僕に相談したかったのか。
今、疑問の糸が解けた気がした。
「気持ち悪いとはさ、思わないよ?僕の好きな人も女の子だし」
ちひろが女の子大丈夫な人って分かったのは一安心だけど、好きな人がいるなら折れるしか無いなと思った。
……彼女の好きな人が女の子?
きっと僕じゃない他の人……
取られた。異性ならまだしも同性だなんて………
悔しくて、悔しくて奥歯をギリッと強く噛んだ。
「え?春香がそう言うなら……私……あ……」
キーンコーンカーン
予鈴のチャイムが鳴り、ちひろの声を遮った。
悔しい気持ちとチャイムの音で彼女の声はほとんど聞こえ無かった。
「ほら、あと5分で授業始まるよ。次、移動だし」
「……うん」
何故か、腑に落ちないというような表情をしていたけど、仕方ない。遅刻する訳には行かないし。
それにしても、ちひろの好きな人って誰なんだろ?
僕だったら良いのに。
そんな夢のようなことが起これば良いのにと考えつつ、ちひろと共に廊下を駆け出した。
…………ハァ………。
本鈴まであと3分の所で教室に辿り着き、教科書を取り出しランニングを開始する。
ちひろは友達が待っていてくれていたみたいで、3人で仲良く並んで美術室へ歩いてた。
僕の場合は、教科書がなかなか見つからなくて結局見つかったのは本鈴まで残り1分でランニングという訳だ。
全く。このやたら幅が広くてツルツルした廊下を何百人の生徒が通って来たのだろうか?
僕も廊下を疾走し、ギリギリのギリセーフで美術室に駆け込んだ。
ハァ……ハァ…ハァ……ハァ…ハァ
ヤバい。今学期最大級のレベルで体力を消耗したと思う。
まぁ、文系は体力無くて当たり前だよね。うん。
寂しいけど一人で納得しておくことにしよう。
それにしても、息切れたら息遣いが盛りのついたオッサンみたいになるんだな僕。
…………オッサンかよ。
チッ。
心の中で討論していると、周りの生徒は皆、集中してポスター作りをしていた。
「何やってんだよ白鷺もう授業始まってんぞ?」
先生には聞こえなくて、僕には聞こえるくらいのボリュームで隣の男子が話しかけて来る。
「知ってたし。頭ん中でどんなの描こうか整理してたんだよ」
咄嗟に軽く嘘をついた。
「ふ〜ん。頭の中でね…」
ジロジロと怪しい視線で見られたけれどそいつは興味が無くなったのか再び作品に手をつけ始めた。
………さっきはビックリしたけど、休み時間中ずっとちひろと話してたってことだよね?
授業中、本当は集中しなきゃいけないんだけど、好きな人と二人きりで話せたんだという喜びの方が集中を上回った。
ぅう。……ああでもない。こうでもない。
ちひろのことを考えていたら当然のことだけど授業時間が少なくなっていた。
マズイ……非常にマズイ。
なんてったって、今日中には大体完成させといて次回には仕上げないといけない予定なのだ。
周りは完成に近づいているのに……情けない。
私が難しい顔をして考え続けても良い案は出て来なかった。
どうしたらいんだろ?
「ここを暖色系にしてみればいんじゃない?」
僕の作品に指を指しアドバイスをくれたのはちひろだった。
ち………ちひろ!?
暖色系かぁ………。
確かに、それも少しは考えていたけど…………
本当に決めるか迷ってたりもした。
「そうだね、ありがとう」
顔を上げて大好きな人に飛び切りの笑顔ーーーを向けたけど、そこに彼女の姿は無かった。
「へ?」
なんとも間抜けな声を出してしまう。
ひょっとして、幻想……だったのかな?
時間が無いので考える余裕がなく、疲れてるのかな?で終わらせる。
とりあえず、暖色系の絵の具で作品を作り始めた。
ー15分後ー
「ふうっ。こんな感じかな」
全体的に暖かい色合いの作品になって来た。
時間も少ないので片付けに入ろう。
水彩画セットを片付け、机に付着した絵の具をゴシゴシと雑巾でおとしてるとちひろが横を通って行った。
手には作品を持っていたから乾燥棚に作品を仕舞いに行ったのだろう。
そしてちひろが再び横を通ろうとする時、声をかけられた。
「やっぱ良い色合いになってるじゃん!暖かそうで春香みたい」
「僕みたい?そうかなぁ……」
暖かそう。なんて言われてなんだか少し照れてしまう。
「本当だよ?………………ほら、暖かいし」
ぎゅっとちひろに抱きしめられた。
う………ヤバイ…顔が赤くなってないと良いんだけど。
ちひろが僕から離れると僕はまともにちひろを見つめることが出来なかった。
う〜ん………。
ちひろが何やら頭を捻って考えているようだ。
僕はさっきので緊張してしまったのか、今だ心臓が激しく鳴っている。
「あのさ、最近寒いじゃん?」
「……んまぁ、確かに寒いけど………」
疑問符で質問されたのでそれに答える。
ニコッとちひろが満遍な笑みでこちらを見つめてきた。
「春香って暖かいじゃん?だからさ、一緒に帰ろうよ」
………一緒に帰ろうよ?
…一緒……に?ちひろと?
ちひろの言ったことが直ぐには理解できなかった。
僕とちひろが一緒に帰るってことだよね?
「えと……それって、ちひろと二人っきりで?」
「ん……そうだけど、嫌だった?」
いや、まさか嫌なハズが無い。
寧ろ願ったり叶ったりなのだ。
ーー好きな人と一緒に帰れるなんて。
「嫌、じゃない。嫌じゃないけど………僕なんかでい…いの?」
神様が与えてくれた奇跡に涙が出そうで……
嬉しくて声が上擦ってしまう。
「春香だからいんだよ?暖かいし」
真顔で即答された。
本当……そういうの辞めて欲しい。
だって、脈ありだと思っちゃうじゃないか。
女の子同士……なのにさ。
でも、それでも君が好きだから僕は想い続けようと思ったんだ。
神様、僕にこんなラブハプニング的なフラグを立ててくれてありがとう。
冷めきった僕の心が、ほんの少しだけど君の熱で溶かされていった気がした。
何故だか、心がじんわりと暖かくなった。
「それじゃ、また後でね?」
可愛い笑顔なんかこちらに向けて、小さく僕に手を振りながらちひろは自席に戻って行った。
〜♪
今の僕の顔を一言で表すなら歪。だろうか?
にやけでどうしても顔が歪んでしまうのだ。
こんな、友人同士なら当たり前のことが僕にとっては凄く嬉しかった。
僕だけに笑ってくれたし?
そう。他の誰でもなく僕に、なのだ。
しかも、放課後もちひろを独占できるしぃ?
まさに、心ウキウキワクワク状態だった。
「お〜い。顔気持ち悪いぞ?」
隣の男子が話しかけて来た。
「だ〜か〜ら〜僕は気持ち悪くないっつの」
全く、失礼な。と思ったけどそれでもニヤケが止まらなかった。
僕の脳内時間にして約1分。
「気をつけ、礼、さようなら」
気がつけば場景が変わり教室になっててHRも終わったようだ。
目の前に膨らんだ鞄があるし、無意識のうちに教科書も詰め込んだのだろうか?
断言して良い。今の今まで僕の頭の中はちひろ一色に染まってた。
「春香〜〜〜〜」
早速、ちひろに話しかけられる。
上目遣い気味なのが………さらに可愛い。
つか、コレ、僕の夢とか幻想とか妄想じゃないよね?
嬉しすぎて号泣しそうだ。
「帰ろっかぁ」
甘い声が僕の脳裏に反響する。
あれ!?ちひろってこんな声だったっけ?
まぁ、可愛いから……いいよね?
さりげなく左腕を見てみれば、彼女が腕を組んでいた。
ほんと、何も無かったようにサラっと。
脳内Question2
ちひろってスキンシップ自分からする子だったっけ?
確かに、女子同士はスキンシップがかなり激しいと僕は思う。
でも、友達にそうされても全く意識しないのに、ちひろが相手だと全く違った。
彼女はこんな風には思ってないだろうと、緊張なんてしていないのだろう。と
それを考えたら少しだけ悲しくなった。
「春香、良い匂いする…………」
ん?僕が良い匂い?
そんなこと今までで一度も言われたことは無かった。
「あ…え…えっと……聞こえてたかな?」
頬を赤らめて弱上目遣いで僕を見るちひろ。
そりゃまぁ、僕の身長が高いからいけないんだけど…………。
「ちひろも良い匂い、凄くする……というか、僕は好きだよ?」
「そう……かな?」
ちひろが赤面しているように見えたけど、それは気のせいだろう。と思った。
彼女が僕の言葉に恥ずかしがったり喜んだりすることなんて無いハズだから。
階段を下りて下駄箱で靴に履きかえるまで、お互い話せないでいた。
だけど、僕はそれを気まずいとは思わなかった。
昇降口を出て冷たい北風が吹き付けて来たとき、「寒い………」
と言いながらちひろが僕の手を繋いだ。
ちひろの小さな冷たい手を僕は無性に暖めてあげたくなった。
「暖かい………」
ちひろがポツリと呟いた。
「ちひろは、寒そうだね。ほら、………」
僕は言いながら自分の首にかけていたマフラーを彼女に巻き付ける。
マフラーが長くてよかった。
ギュッとちひろが手に力を込めた。
「……ぁりがと………」
「うん…………」
それからはお互い話せないでいたけど、校門を通り過ぎた所で彼女が口を開いた。
「………あのさ……?」
「うん?」
言いにくいのか、唇をキュッと結ぶちひろ。
「……………さっき、好きな人居るって言ってたよね?」
何故だか瞳をうるうるとさせて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「……居るよ」
暗い表情になる彼女。
ギュッっとさらに手に力が込もった。
「……その人って、どんな人なの?」
「とっても優しい子だよ」
泣き出しそうな表情なんてしてるから、いくら鈍感な僕でもほんの少しくらいは思った。
ちひろは、自分のことを好きなのかも知れない。と
だけど、核心がもてなかったんだ。
ーーーでも、彼女をこれ以上不安にさせる訳にはいかないんだ。
フラれても良い。彼女が女の子も恋愛対象になると知っただけで僕はーー
ーー普通に想いを伝えられるだけで幸せなのだから。
ッーーーーー
頬を何かが伝っていく感触がした。
「春香………?」
「え?あ……どうかした?」
「涙が……………」
「えっ……?涙……?ほんとだ。何やってるんだろ、僕」
ハハッと自嘲気味に笑う。
「ちひろ……?」
ちひろは僕の手を引いていた。
「……ちょっ…何処行くの?」
「いいからっ!早く、早くこっち来て」
ちひろの悲痛な声が聞こえた。
やがて、人気のない路地裏に入ると、くるりとこちらに向き直る彼女。
真摯な目だった。真剣で、ただ真っすぐに僕だけを見つめていた。
「私、どうしても春香に言わなきゃいけない事があるの」
「……待って。僕もあるんだ。大事な話」
?と顔をしかめるちひろ。
「私……私は…春香のこと……っう!?」
僕は彼女の唇を塞いだ。
僕が、僕が先に伝えたかったから。
ガタガタ震えてて、めちゃくちゃ緊張してる僕のお姫様に、ーー好きだ。って気持ちを伝えたかった。
これで、最後かも知れないね。
僕は……僕は……………
もしかしたらフラれるかも知れないなんて分かってた。
頭ではちゃんと理解してた。けど、止まらないんだ。
心音が激しく鳴って、バクバク言って、止まらないんだ。
君をーーー君を好きだって気持ちが。
ちひろの唇は柔らかくて、暖かくて、夢中になりそうだった。
「ちぃに、ちひろに好きな人がいるって分かってる。だけど……だけどーーー僕はっ………」
言わなくて良い。とちひろの視線が物語っていた。
スウッと彼女の唇が近付いてきて、僕のソレにそっと触れた。
「ーーー!?」
驚きで目を見開いてしまう。
そして、唇が離れた時、彼女は優しげな笑みを浮かべて。
「好き」
と一言囁いた。
嘘………嘘だぁ…………
でも、嘘じゃ…ない……。
僕の口がパクパクと酸素を求める魚のように動いた。
「………僕も好き。ちひろのこと大好き」
一音一音、噛み締めて言った。
「……うん。私も……私も大好きだから」
僕はちひろがこんなに嬉しそうに笑うことなんて知らなかった。
だって……普段、友達と話してる時だってこんな表情しないのに。
僕のこと………本当に好きでいてくれたんだ。
「女の子同士だけど、これからの人生も卒業してからもずっと、君の傍に居たい。だから……だから……僕と…付き合って貰えませんか?」
「………はい」
答えはもう決まっている。そんな表情だった。
僕は……僕はずっと、ちひろのこんな表情が見たかったのかも知れない。
ーーだけど、諦めてたんだ。
叶うハズ無いって。
君が、君が勇気を出してくれたから。
それから二人で手を繋いで帰り道を歩いた。
「あの、さ……授業中とかに見てたの……気づいてたかな?」
「………え?それ……僕のセリフ………」
お互い様だね。と笑い合った。
「映画とか遊園地とか水族館とかたっくさんデートしようね?」
全く。デートなんて……ほんっと…可愛いんだから。
「するする。今週の土日、空いてたりする?」
「空いてるよ!」
やり、デート決定だ。
小さくガッツポーズをした。
今でも、君と帰ってるなんて夢みたいだ。
だけど、夢じゃない。
奇跡って本当にあるのかも知れない。
なら、君と出会えたそれが奇跡だ。