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Page.1 デレって何ぞ?

七月某日日曜日。天気、晴れ。




「デレっていうのは最近の二次元業界の必須要素よね」


 唐突にそう言い出す俺の彼女に、俺はされど視線を移すことも無く漫画を読みふける。お、やべ。今週のワンピすげぇ展開だわ。

「話を聞きなさいよ」

「……なんだよ唐突に。今ワンピがいい展開だから後にしてくれよ」

「ワンピースは確かに神漫画に違いないけど今は私の言うことを聞きなさい。さもないとアンタのありとあらゆる恥ずかしいことを家族に――」

「何でしょうか」


 自宅。の自室。の俺のベッドの上で、彼女は寝転がりながら買い溜めておいたラノベを読んでいた。ちなみに、俺は床で寝転がって今週のジャンプを読んでいるところだ。いや、だったというべきか。

 彼氏彼女が一つ屋根の下にいるなら、やることは一つだろう――そう思っている貴方。現実はそう甘くない。えっちどころかキスすらしたことがありません。もちろんそうしたいという願望はある。あるけれども、お互い草食系とあってはなかなか仲も進展せず。別にギャグではなくて。

 別に冬華が俺の部屋にいるからといって色っぽいことがあったことなど今まで一度もない。では今回の成り行きを説明しよう。

 夏休みを目前に控えた七月のとある日曜日。部屋のクーラーが逝った彼女はいつものように避暑の為にやってきて「ベッド借りるわよ」と言うや否や俺の寝転がるベッドに横になっては、ラノベを読み始めたのだ。密着するような形になるため、純情で初心な俺は素直にベッドから降りたというわけである。

 どうにも、幼馴染というのはやりずらい。付き合うまでの成り行きが成り行きだったからか分からんが、恋人と言うより兄妹のような感覚だ。姉弟でも別に構わんが。

 とっとっと。話を元に戻そう。ともかく、二人して特に会話も無く冬華はラノベを、俺はジャンプを読んでいたのだ。そうしたら、いきなり話を振られたというわけである。


「別に萌えと言い換えてもいいのだけれども。樹には分かりにくいだろうし、デレのほうがいいわよね」

「別に興味が無いからどっちでも――」

「……そういえば、昔、六歳ぐらいの頃に悪戯で私のスカートを下ろそうとしてパンツまで脱がしたことが――」

「なんでしょうか」

 幼少期の俺、いっぺん死んでくれ。頼む。でなければ今の俺のように落ち着きを持ってくれ。

 このようにたくさんの弱みを握られているのもまた、幼馴染特有のものじゃないだろうか。

 っていうかめくるということがあっても脱がそうとした昔の俺って……。

 冬華はすまし顔でよろしいと頷くと話を続ける。

「『半分の月がのぼる空』はもう既に読んだのよね?」

「あぁ。なんていうか、俺の中のラノベのイメージと違っててあれには驚いたな」


 半分の月がのぼる空。略称は半月。

 ある病気を抱えた少女と、平凡な少年が恋をするという、まぁなんてことないありきたりな話だ。

 穏やかに過ぎていく病院での日々。甘くて切ない感じは、確かに良かった。エンドも個人的に安心できるものだったし。


「でもそのありきたりさが斬新と言うか、ラノベっぽくなくて面白かったのよね。個人的に電撃文庫の中じゃ傑作の部類だと思うわ。……で、今回焦点を当てるのはキャラクターの方よ」

「ほぅ。となると、里香か?」

「そ。彼女のこと、どう思った?」

「どうって……」


 そのとある病気を抱える少女と言うのが里香……秋庭里香だ。かなりの美少女だが、性格が少々難儀という、これもまぁありきたりな女の子である。

 天真爛漫というか、小悪魔的というか。……子供っぽいとも違う。天上天下唯我独尊? そこまではいかないよなぁ……。

 悩む俺を冬華はどこか楽しそうに見ている。自分の趣味を理解して欲しいと思っていることは前々から知っていたが、ここまで嬉しそうにしているのを見ると、こうして話に付き合うのもいいな、って思えてくるから不思議だ。

「……我がままで、だけど一途な女の子か、俺の中じゃ」

「可愛いと思う?」

「まぁ、ね。実際に居たら俺なら付き合いきれないだろうけど」

「どこら辺が可愛いと思った?」

「細かいな」

「いいから」

 少し弾み気味な声に、俺は逆らえず言うとおりどこら辺が可愛かったのかを考える。

 暫く考えて、何となくだが自分なりの答えを出した。

「なんていうか、時折見せるとびっきりの可愛さなんじゃないか?」

「それよ」

 合格、と冬華は頷いた。どうやら満足のいく答えを出せたらしい。


「普段はちょっときつく当たったりするけど、時折飛びっきり可愛い部分を見せる。これが俗に言う〝ツンデレ〟って奴なのよ」

「まぁ、最近は結構普通に聞くしな。何となく分かる」

「最近のデレじゃ一番人気。ギャルゲとかエロゲにもかなりの頻度ででてくるキャラね」

 とんでもない一言をいただきましたー! エロゲって……おま!

「お前、高こ――」

「ギャップに萌えるって奴の一番の例かしら。普段のツンとした態度からは想像も出来ないようなデレが強烈なのよね」

 流された。踏み込んではならないということが何となく伝わってきたので、俺はそれを聞かなかったことにして先に進める。

「じゃ、デレはツンデレが一番ってことでいいな。というわけで俺はジャンプを――」

「だがしかし!」

 テンションアップ。急所に当たりやすくなったり会心が出やすくなったりというわけではないのであしからず。

「私はデレデレこそが至高であると声を大にして叫びたい!」

 叫んでるよ、という突っ込みは控えておく。

 どこか熱っぽい視線を俺に向けて、手をぐっと握り冬華は力説を始める。


「確かに、ツンデレとかクーデレとかヤンデレもいいかもしれないけど! でもやっぱりデレデレが一番可愛いと思うのよ私は!」

「はぁ」

「見なさい!」

 バッと目の前に出されるのは一冊のラノベ。閉ざされているあたり、どうやら読み終えて暇になったから俺に話を振ったようだ。

 何々――『機巧少女は傷つかない』?

「夜々の可愛さは異常だと思うのよ! 病んでる部分は目を瞑るけど!」

 それヤンデレって奴じゃねぇの?

「クーデレの魅力はさっきのツンデレと通ずるものがあるわね。ギャップに萌えるのよ。ヤンデレはその異常なまでな執着心が可愛い。だけどデレデレは常にデレしか見せない! 単純明快で分かりやすいと思うのよ!」

「……でも一番人気はツンデレなんだろ?」

「そう! そこが残念なのよ!」

 額を押さえ、頭をぶんぶんと振る冬華。オーバーリアクションだぜ。全身を使って残念さをアピールしたいらしい。確かに、そのジェスチャーからひしひしと伝わってくるぜ、お前の残念さは。

 言っておくが、決して俺の彼女が残念な奴だなんて思っていない。決して。

「『夢喰いメリー』の勇魚とか! 『Fate』の桜とか! もっと分かりやすく主人公のことが好きなキャラクターとかにも脚光を当てるべきなのよ!」

 ちなみに、どっちも分かりませんでした。

 ただ何となく後者がヤンデレっぽく感じたのは一体何故だろうか?

「『ソードアートオンライン』の明日奈とかも超絶可愛いわよね。ぶっちゃけSAOは神ヒロインばかりだと思うわ」

「SAO……?」

 あぁ。ソードとアートとオンラインの頭文字か。

 話のまとまりが見えなくなってきたところで、俺はため息と共に尋ねる。


「……で、結局何が言いたかったんだ? デレデレが至高っていうのは分かったけど?」

「だからつまり、デレは必須なのよ」

「意味が分からん。論理が飛躍しすぎだろ」

「一昔前のラノベはそういう要素が若干弱くても売れたのよ。でも、今の時代は萌えが重要視されてるってこと」

「だから、飛躍しすぎ」

「行間を読み取りなさいよ」

 読み取る行間がねぇっつの。

 呆れる俺の顔を見ると、ため息をついて「仕方ないわねぇ」と講義を始める。


「いい? 最近はストーリーよりもキャラが注目されるようになってきているの。キャラゲーって呼ばれるギャルゲとかエロゲが出てきているぐらいだからね。こういう類のラノベとかゲームはクソとか批難されがちだけど、純粋にキャラの可愛さを楽しみたいだけなら十分に面白いわ。実際、面白いっていう人もいるしね」

「で、その上で必要なのがデレであると」

「そう。純粋にキャラの魅力とかもあるんだけど、あんたには難しいでしょうからとりあえずこれはいいわ。『ましろ色シンフォニー』なんかまさしくキャラゲーね。明日、PSP版があるから貸してあげるからやりなさい。話を続けるわよ? デレというのは女の子の魅力を引き出す必殺技みたいなものなのよ」

 面倒くさくなってきた。俺はさっさと切り上げるためにまとめに入る。

「つまり、最近はキャラ重視の人間が増えたから、その分デレ……冬華風にいうなら萌えの重要性が増したと」

「そういうことよ」

 満足したらしい。冬華がようやく話を終えた。やれやれ、やっとジャンプに戻ることが出来――


「というわけで、デートをしましょう!」


「……は?」

 なかった。

 待て。何がというわけでなんだ。脈絡も何もなかったぞ。ってかデートって。

「いきなり、どうして」

「だって、付き合ってそろそろ一ヶ月ぐらい経つのにそれらしいこと一回もしたことなかったじゃない」

「まぁ、確かに」

「だからこれが私のデレの部分のなのよ! 早く行きましょう! 時間は有限よ!」

「………」

 ほんのりと顔を赤に染める冬華を見て、さっきまでの話はどうやら恥ずかしさを誤魔化すためのものだったのか、と俺は理解した。デートがしたかったが、どう誘えばいいか分からない。だから、強引に切り出すための手段として、こんな意味が分からない方法を選んだと。

 苦笑する。そして、俺の彼女はなんて可愛い奴なんだと同時に思った。

 そういえば、普通に俺の部屋に来たにしては、服装が少し気合入ってる気もしていた。最初から誘うつもりだったらしい。

「どこ行こうか」

「え?」

「初デート。っていっても、まぁ俺たち昔は普通にどっか遊びに行ってたけど」

 途端に、冬華の目が輝きだす。

 やれやれ。そんなに期待されても困るんだけどなぁ。こちとら彼氏力ゼロの新米彼氏なんだからよ。


 ともあれ。

 デレてくれた彼女に、少しは頑張ろうと俺は思った。

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