*六章*
「ただいまー…」
いつもよりすっかり遅くなった時間に家の中に入る。
家の中大丈夫かな、って心配だったけど、案の定大丈夫じゃなかった。
リビングから、空と鈴の喧嘩とそれを止めるお姉ちゃんの怒鳴り声。
それからお母さんと編集者里奈さんの言い争いの声。
帰ってきていきなり皆の怒声を聞くのは、気分いい物じゃないなー…。
初めにリビングに向かう。
空と鈴は掴みかかって喧嘩、お姉ちゃんは料理しながら二人を叱っている。
「お姉ちゃん」
「ああ、舞!お願い、助けて!」
「舞姉!空が酷いの!」
「あ!舞姉、鈴がまたバカにしたんだ!」
三人が一斉にしゃべるもんだから、私の耳はキーンと痛くなる。
お部屋の中が綺麗なところから見て、空と鈴の喧嘩は物理的なものではなく精神的なものかな。
「何があったの?」
優しく尋ねると、空と鈴は少しだけ落ち着いた。
「今日、算数のテストが返されたの…」
「うん、そういえば、空は算数苦手だってよね?」
「そうだよ、それで、鈴が俺のテストの答案を見てバカにしてきたんだ」
ははぁ…。なるほど。
うーん、これは鈴が悪いけど、それを聞いてムキになった空も悪くないとは言えないから…。
「二人とも、喧嘩両成敗。今回はからかった鈴も、ムキになった空も悪いよ」
「「…はぁーい」」
しゅんと二人はうなだれた。
お姉ちゃんが包丁を持ったまま拍手する。(危ないって…)
さて、問題はお母さんと編集者の里奈さんだ。
リビングを出て、言い争いの声が聞こえるお母さんの仕事部屋の前に立つ。
毎回、ここだけは大変なんだよなぁ…。
「入りますよ」
ノックした後、ドアノブを回して中に入る。
床に散らばった原稿用紙と、睨みあいながら言い争っているお母さんと里奈さん。
私に気付いた二人は、それぞれの言い分を言う。
「あ、舞おかえりっ。ねぇ、私、一応一生懸命頑張って急いで原稿書いたけど、それでも間に合わなかったの!でも里奈ちゃんったら聞いてくれないのよ!」
「だって、〆切までに原稿を預かるのが編集者の仕事でしょ!?これは沙夜さんの方にも責任はあると思います!」
あ、沙夜っていうのは、お母さんの名前です。
里奈さんはお母さんを担当している編集者。
まだまだ若いのに、かなり優秀な編集者で、見た目も美人。
たまに、一緒にごはんを食べに行ったりする。
「お母さん、里奈さん。そんな言い争いしてる暇があるなら、原稿を書き上げては?」
私の正論に、お母さんと里奈さんは「目からうろこ」という感じの顔をする。
その後、「ああ!」と叫ぶと、お母さんは机に向かい、里奈さんは散らばった原稿用紙をかき集め始めた。
ふぅ…。
邪魔にならないように、部屋を出る。
部屋の外には、お姉ちゃんが立っていた。
「お見事っ」
「アハハ…。空と鈴は?」
「二階に行って宿題してるよ。ごはんもできた」
「じゃあ、先に食べましょうか」
「だねぇ」
リビングに入り、お皿やお椀にごはんを盛り付ける。
二階から、空と鈴の怒鳴り声がまた聞こえてきた。
日常茶飯事だから、それほど気にもならないけど…。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「それでは、失礼しましたー」
「はーい」
空と鈴が寝静まった頃、ようやく里奈さんは原稿を抱えて帰って行った。
里奈さんも、それを見送ったお母さんも随分やつれてる。
「なんとか、できたみたいだね」
「私、将来絶対に編集者と作家は避ける」
真剣な口調でお姉ちゃんが編集者と作家を拒否する。
まぁ、確かにあのよれよれの姿を見たら誰だってそう思うと思うけど…。
アイドルも似たようなものだよ、お姉ちゃん。
「あー…。私もうダメ。おやすみっ」
お母さんは私が握ったおにぎりを3つくらい口に放り込んだ後、寝室に行ってしまった。
……まぁ、最近徹夜だったみただし、仕方ないよね。
「お姉ちゃん、私ももう寝るね」
「はいよー。私はテスト近いからもう少し起きてるわ」
そういうけど、ソファでまったりくつろいでテレビを見てる。
…だから、テスト前に慌てることになるんだよ、お姉ちゃん。
あ、凛先輩にお礼のメールしなきゃ…。
「おやすみ」
「ん」
二階に行って、自分の部屋に入る。
タイミングよく、メールが来た。
画面を見ると、凛先輩から明日の仕事をメールだった。
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【明日の予定】
<こんばんわぁぁ!
今日言ったカフェおいしかった!今度皆で行こうね!
とと、明日の仕事!仕事!
明日は、雑誌の読者モデルの撮影!
アイドル兼読者モデルって、かっこいいよね!(^^♪
歌の方も、皆に伝えたら「頑張って!」って応援してたよ!
真央ちゃんも舞ちゃんも、可愛いから絶対に大成功すると思うよ!
リーダーの私からも一言…頑張ってね!(^O^)/>
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凛先輩、相変わらず楽しいメール打つよなぁ…。
読者モデルか…。
私、実は撮影って苦手なんだよね…。
フラッシュの時、ついつい目を閉じちゃって…
あ、凛先輩にお礼のメールしなきゃ!
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【なし】
<仕事の内容、了解いたしました。
あと、今日カフェで一緒に歌詞を考えてくれてありがとうございます!
真央ちゃんと一生懸命頑張りますね!>
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えと、こんなのでいいのかな…。
ううっ、メールって苦手だよ…。
送信すると、すぐに返信が来た。
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【感激!】
<舞ちゃんからメール来たの、ほんとに久しぶり!
感激にふるえちゃってるよぉ!ヽ(^。^)ノ
歌うのは真央ちゃんと舞ちゃんだ!
二人共頑張り屋さんで努力家だから、絶対にいい歌が歌えるよ!
それじゃ、おやすみぃー!($・・)/~~~>
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うわ、先輩メール打つの早い…。
私、携帯ほとんど使わないからなぁ…。
明日の文化祭の準備もあるし、今日はもう寝よう。