無常記
1、序
行く河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。云々と言うけれども、人間の愚かさは、800年過ぎた今でも変わらない。鴨長明が隠遁者を気取って、方丈記を書いた時と幾ばくの変化があるだろうか?
僕も、彼と同じく世の中が、嫌になったので、現代の隠遁者を気取って、生活を記したい。僕は今、失業者であるので、少なからず似た境遇に違いない。ただし、鴨君には、老後の蓄えがあったのに対して、僕には何もないのだから、その違いは大きいだろう。
鴨君が継げなかった実家の下鴨神社は、あの時と同じように、行く河のながれは絶えずして、いて、しかも、もとの水にあらずに見える。神社は気を切ることが許されないので、植生は古代のままである。そのことで、世界文化遺産にも、選ばれている。鴨君は、一見変わらない木々に囲まれて、変わりゆくものを見たに違いない。
奥の深い話だ。無常迅速と、僕もぼやこー。人生は、朝に死に夕に生まるるならひ、やし、何方よりきたりて、何方へか去る、のだから。
2、失業の季節
僕が、失業したのは9月末であった。失業者には、大きく2種類あって、クビになった場合と、自分から辞めた場合だ。クビになった人は、まあすぐに失業保険がもらえる。しかし、自分から辞めた場合には3ヶ月間はもらえないのだ。僕は、自分から辞めたので、その間は、バイトをして過ごしていた。
ある日、バイトから帰ってくると、市役所から、郵便が届いていた。部屋の電気をつけ封筒を開けてみると。中には、国民健康保険料の納入変更通知書という厚い紙が入っていた。僕は、いろんなことを考えていた。それは晩御飯のことだったり、明日のことだったりした。その通知書の内容は、5千8百円の健康保険が5万1千7百円に大幅に変更されるということだった。僕はそれを見てこれは、何かの陰謀だと思った。僕は、今、失業中でバイトで生活しているのだから。僕は、その何日か前に市民税、県民税通知書というのを受け取っていた。それは、あなたは、会社を辞めたのだから、給料から毎月払っていた住民税を個人で払ってくださいというものであった。
しかも、分割払の方法はないようで、今年の残り分、3万8千円4百円をまとめて振り込んだのだった。私は、銀行で振り込みながら、これでは、借金の取り立てにあっているようなものだと考えていたのだ。それから、数日後に、この用紙が来たので、これは、一見まともに見える社会でも、一歩横へ入ると中々のものだと思った。
失業者及びフリーターは、国民生活のすべてを自分でやるため、やたら数字に強くなる。例えば年金も、厚生年金から国民年金へ変更した。全額自己負担で、1万3千3百円を45年払って、もらえる金額は月に6万6千円だ。そうすると、74歳より長生きしないと元がとれない。すでに、4割が支払いを拒否をしていて制度として崩壊している。僕は、もらえない年金の掛け金を払い続ける責任があるのだろうか。この国の国民として。
僕は、通知書を見ながら、この国と僕の生活のことを考えている。僕は、月4万5千円のマンションに住んでいて、食費を会わせて10万円は絶対かかるのだ。さらに家賃より高い健康保険を払うことは、決して許されない。仕事が見つかるまで、保健なしでその都度、医療費全額を払ったほうが、安いんだろう。
僕は、明日が平日で、バイトが休みであると確認し、朝一番に市役所へ行くことに決めたのだった。その決心は僕に心地よい眠りをくれたのだろうか。その日はぐっすり眠れたのだった。
僕は、朝から、必要になるかもしれない書類を持って、自転車に乗った。外は、もう寒くなっていた。バイトは、いつも昼からなので体が、季節の変化に鈍感になっているようだった。僕は、遠くから、市役所が見えてきたとき、すべてのことが現実的に動き出すのだと考えた。京都市中京区役所の壁がこんなに濁って、非現実的に見えたことはなかった。ロビーに入ると
その汚く無機質なことは、いよいよ現実となった。僕の喉は乾いていた。
ロビーには、不用な男が一人いて、プラッチック案内板は彼の横にあった。そこの案内板には、覚えきれないほどのたくさんの課があって。私はその分だけ、課長とか課長補佐がいるのだと考えると不快になった。建物は、なお公共性という静けさで、私に不快感を維持させ続けた。
僕は、一段一段と階段を上って、空気が薄くなっていくように感じた。パッと部屋が明るくなると、真正面に窓口が見えた。待合室には、大勢の市民が、じっと順番を守っていた。住民票や戸籍の手続、住所変更、年金、健康保険など窓口は多い。近年、コンピューターによる処理が増えたとはいえ、かなりアナログなのは、間違いない。窓口業務をしているのは、僕には臨時やパートの職員に見える。一つ一つの書類を、ありえない勢いで処理し、コピーをとり、マーカーでチェックを入れる。それでも、市民の数は増えるばかりで、事務処理のスピードは上がり続ける。個人の情報なんてすべて、一つのデータに入れてしまえばいいのに。別々に管理して、すべてのつじつまを合わせていくなんて、人間のする仕事じゃない。世の中ってもっとシンプルにならないのだろうか。これでは、人間が制度を使っているんじゃなくて、制度に人間が支配されている。僕らが、いくら税金をおさめてもきりがない。
僕は、健康保険の窓口へ行った。順番待ちの券をもらった。12番目だった。ああ随分まつんだなあと思った。目の前の窓口では、ひげヅラの男とみすぼらしい女が何かを説明している。2人とも家のなかにいる服装のまま、ここに来たみたいだと思った。受付の女は、30代の女で、しゃべり方がタメ口と敬語をおりまぜた、役所特有のしゃべり方をしていた。突然、ひげの男が立ち上がり何かをいい始めた。
『さっさと健康保険作ったらええんちゃうんか。コラッ何やねん、さっきから、それは大阪市に聞かなわからへんって、どういうことやねん。俺から言わしたら、役所は、京都も大阪もいっしょやろが。おい、コラ、責任者、呼べやこら』
その下品な声は、フロア中に響いたので、座っている人たちは、皆こちらを見た。男はすっかりキレていて、赤い顔で怒り続けた。
『なんやこら。2回健康保険を作ってるからっ作れへんってなんやねん。俺は、そんなん作ってへんねん。あんたらが勝手に作ったんちゃうんか。さっきから何回もそう言うてるやんけ。俺の保証書を誰かが勝手に作って、金借りたやつがおるって。こっちは、それで裁判にもなっとんねん。お前ら保険証つくる時、本人確認するんちゃうんか。お前らのせいで、俺はひどい目にあってんのやぞ。何で、勝手に、保険証作っといて、俺が正式に作ろうとしたら、あかんってなんやねん。お前らあほやろ!』
と言った。しかし、30代の女は、
『だから、その詳しい話は分かりませんので』
といいかけた所で、男はかぶせるように言った。その声は、あまりに大きな声であった。
『わからへんって何やねん。それがお前らの仕事やろが。大阪やろが京都やろが同じ組織やろ。俺は大阪でさんざんしゃべっとんねん。何でまた、三年も前のことを、人がいっぱいいるとこでしゃべって、恥かかなあかんねん。お前、税金で飯食ってんやろ。それぐらい責任持ってやれよ。もーえーおばはんは、はよ責任者呼べよ。』
僕は、その風景を見ながら、何か大変なところだなあ。お役所は!おっさんの言うことも一理あるよなあ。保険証一つで何でもできるもんなあ。恐い恐いと思った。おっさんは、相変わらず切れまくっていて、来る人、来る人に何度も怒っていた。しまいには、新しく来た責任者に事情を一から説明すること自体にもキレ始めた。そうこうしているうちに僕の順番が呼ばれた。僕の担当者は、同じくらいの年の女の子で、大変がんばりやさんタイプですよという感じの子だった。僕は、事情を一から説明し始めた。
『9月末に会社をやめて、厚生健康保険から国民健康保険に変えたんです。始めは、5千8百円っていうのが来て払ってたんです。でも、昨日、月に5万1千7百円払ってくださいっていう紙が来たんです。僕には、そんな金ありませんし、失業中なんで、何かの間違いだと思うんです。調べてくれますか?』
担当の女の子は、直球の笑顔ですぐ調べますからといって、奥の方へ消えていった。しばらくして、戻ってきた彼女は、僕の目を見て、こう説明し始めた。
『この支払い顎は正しいですよ。健康保険は市民税によって決まりますから、でもこの金額は払えないでしょうから、失業中の為っていう減額申請をしてもらうんですよ。そうすると月に直したら1万9千161円ですね。』
『でも、高すぎませんか。サラリーマンの時は、7千円もせんかったと思うんやけどなあ』
『まあ、厚生健康保険は、掛け金を会社が半分もってくれますからねえ。あと、国民健康保険は退職後のおじいちゃん、おばあちゃんが入ってますから。自然と掛け金が高くなるんですよ。』
『へーでも、24万円の収入の人が、月に5万円の健康保険って制度として崩壊してますよねえ。絶対、払えませんもん。個人で払っている人もいはりますもんねえ。フリーターとか。まあ、それ以上安くならへんのやったら、それでお願いしますわ。』
『あ、わかりました。支払なんですけど、払っていただいた5800円と、今月の51700円は、システム上変えれないんですよ。来月から、残りの割った分を払ってもらえますか。後で紙を渡しますので。』
『えっ、変更できへんのですか。今月の5万は痛いなあ。まあ、がんばりますわ。でも、大変ですね。この仕事も変な制度で、本来は便利なもんなんでしょうけど。働くほうは大変ですわね。』
と僕が同情すると彼女は隣で怒鳴り続けるおっさんをちらっと見て、僕に
『まあ、大変ですよね。』
と困ったさんの笑いをした。
しばらく、席で待っている間も、おっさんの大演説は続いていて、僕らは、ただその正論を聞いている。僕が振り込み用紙をもらいにいったとき、おっさんはこう言ってたんや。
『こんなことがまかりとおるんやったら、お前ら国が犯罪者ちゃうんか。俺は一度も、お前らから、謝ってもらってへんけど。今お前らが、そんな態度とるんやったら。みんなの言う通り、こんなシステムなくしたらええねん。お前らも、制度、システムいう前に、市民に対する対応っていうもんがあるやろう。俺は、なんにもできへんねんから。』
3、平成の飢饉
その手続きをした日から、数日後、友人とあった。窮屈そうにネクタイをはずす姿が似合い過ぎている。その友人を誰が見ても、窮屈という感情を、自分のほうが理解しているとは思わなかっただろう。友人は、大学を卒業してから、投資関係の仕事をしている。経済学部の時から、何かを総合的に話す奴だったし。彼をよく知る人たちは、彼の仕事を聞いて、もっともだと思っていた。
僕と友人は、いつものように、昔の話や友人の話をしていたが、一時間もすれば話すことはなくなってしまった。趣味の話へと移っていったが、あれほど多彩な趣味を持っていた友人も、最近は忙しく、何もしていないようだった。結局、仕事の話をするしかないようで、僕は、昔の仕事と今のバイトの話をして、次にどのような仕事をしたいかをしゃべった。その後友人が、今している仕事の内容を、投資のシステムや金融商品について、とてもやさしく教えてくれた。おかしなことに、投資の仕事をしている友人は、プライベ ートでは、貯金や投資をすることなく、根っからの浪費家であった。人生をきっちり、一年、12ヶ月に分けて、無駄なく、100%楽しくお金を使いきるのだ。僕が、そのことを友人に指摘すると、『料理人が家で料理をせんかったり、運転手がドライブせーへんのといっしょ。プライベートと仕事は、べつにしたいねん。それに私情が入ると判断がにぶんねん。冷静に見れへんやん。自分が株持っとったら、願望はいるやん。人の金やから、思いきって進めららるし、早めに手を引けるんやって。』とくびくび音をたててビールを、飲んでみせた。僕は、からかうように
『ほんまは、儲からんからやらんのやろ。』
と言ってやった。友人は苦笑いしなかがら
『ちゃうで、俺も浪費したくないんやで。』
と友人なりの冗談を言った。僕もジンライムを口に入れた後、『株でもやろうかなあ。』と言った。それを聞いて友人は株についてこうしゃべり始めた。
『株っていうのは、短期的にやれば、麻雀に似とるよ。大きなマージャン大会。会場は国家が仕切っとって、広場には、会社という名の雀卓があるんや。コインを買って、一日マネーゲームをずっとやっとる。儲かる人も、儲からへん奴もおる。会場にはいるんは、誰でも自由やけど。運営は証券会社がやってるから、手数料というなの席代をとるんや。その日、一日は株が上がるか下がるかやから、一番高い時で買えば、損をするし、一番低い時に買えば特をするんや。麻雀といっしょやとゆうたのは、競馬や宝くじのように、もうけてんのは元締めと一部の人だけというギャンブルではないということ。基本的に得している人がいれば、それだけ損をしている人がいるんや。ケチケチな儲け方のやつもいれば、大きい儲けを狙うやつもおる。素人もいれば玄人もいる。かたいゲームをする素人が、大勝ちすることもあれば、玄人で策に溺れるやつもいるんや。ただ大事なことは、ゲームに夢中になってしまうと、席代をとられ続けるんやから、ゲームには勝ちつづけなあかんのや。でも手数料を考えた上で勝つんやから、かなり難しくなるんや。』
僕は友人の言うことがよくわかったので、一つの質問をしてみた。
『つまり、株に夢中になるってのは、友人と麻雀やって、勝ったり負けたりして楽しんで席代だけとられるって話やろ?』
『そう、だから、一番効率のいい買い方は、ゲームに参加しないで、コインだけ買うんや。始めの手数料しか掛からへん。選ぶポイントは雀卓のコインを出してる人が安心してゲームをやらしてくらるかってことや。その人、まあ会社やけど、業績が上がれば安心できるといって客が増え、コインの価値も上がるわけや。価値が下がるコインで遊ぶより、上がるコインで遊びたいやろ。雀卓の増える会社選びやね。次のポイントは、会場の持ち主である国家選びやね。つまり、日本の将来が不安やと、麻雀人口が減るんや。手数料とられて、ゲームしている場合やあらへんって。するとコイン価値が下がるから素人の人たちは、安心できへんっていってやめてまうんや。残された玄人の人と証券マンは、プームが来るのをずっと待つわけやで。つまり株にしても国債にしても長い目でみて、日本っていう国を買うかってことやねん。長い目で見てどないやねんってこと、3週間とかでは、なにも変わらへん。』
『じゃあ日本は頼りにならんなあ。他にはないの。』
『うーん中国か、ユーロやろなあ。何か買う気あんの。』
『っていうか 、貯金があると、余裕あるやん。次の仕事せなって思うために、30万ぐらいは残して、他の金、使えんようにしようと思うねん。』
『へーじゃあ 。ドルよりユーロがいいと思うで、安定しとるよ。ヨーロッパは、通貨危機しまくった歴史から勉強しとるわ。法律や制度を自分のものにしとるわ。日本は自分のものにしとると勘違いしてるけど。日本はやばいよ、やっぱ今。』
4、ひきこもりの気味
その会話をした日から、数日後、友人の進め通り、30万円以外の金ユーロ建てで貯金した。30万あれば失業保険と合わせて、半年はやっていける。少なからず、自分の中で、プレッシャーもびしばし出てきたのだ。失業保険は3ヶ月間出るので、一ヶ月はゆっくりして、2ヶ月目から職探しをしようと思った。今までのバイト生活は出勤日数が、会社勤めと変わらなかったので、本格的に休むのは、高校以来であった。
僕は、会社員時代に忙しくて見れなかった映画を、ビデオですべて見るという第一の目標を、この時点で達成していたので。残り、一ヶ月の目標を読書と決めていた。
会社に入った時から、本を読むという習慣がなくなってしまった。それは、物心ついた時から僕にあった習慣だったのて、読まなければいけない本は永遠に増えていくように思えた。
読まなくなった原因は、単純に読書欲が睡眠欲に負けただけだったので、僕はこの機会に、読書をまとめてすることにした。
読む本は、大きく3つに分かれていて。一つ目は買ったけど、読んでいない本で部屋の隅に山のようにあったし。二つ目にある小説家の全集を一度すべて読んでおこうと思ったということだ。三つ目は、苦手だった語学の勉強を急にしたくなったので、今のうちからやっておこうと思った。
僕は、この失業生活にだれてきているのを感じていたし。いっそ3週間一度も外に出ずに、テレビ、ラジオ、新聞などいっさい目に触れないで、社会から、離れて生活しようと考えた。僕には、それが正しいと思ったのだ。僕は、その日のうちに、3週間分の食料を4回に分けて買い出しに行き、すっかり準備を整え。3週間後の職安に行く日まで、ひきこもり生活を始めた
ひきこもりの生活は、どうってことはない。夏休みの受験生のようなもんだ。一見して多く見えた、本も内容は薄い物だし、小説化の全集もメモをとるほどのこどない。駄作がやや多い。語学の勉強は、3週間じゃ足りないのは明白で、一日のバランスを、それで調節すれば、目標の3週間はあっという間だろう。一日一日を確実に前へ進む、それほど、生きやすいことはない。僕は初日のレッスンを続ける。テキストをめくると一ページ目にこう書かれている。
one must go everywhere
one must see everything
ひとはどこへでも行かなければならない。
どんなものでも見なければいけない
(マンスフイールド)
5、むすび
その文章を読んだ日から、3週間後、僕はマンシヨンのドアを開けた土の匂いがした。風の音を聞いて季節が進んでいると感じた。僕は息を吐いた。白くなった空気がうれしかった。にやっと笑った。僕は、コンクリートの階段をパタパタ歩いた。自転車置き場には、いくつもの赤い自転車があり、僕をしっかり待ってくれたと思った。これから、職安へいって手続きをすれば、4日後には15万円が振り込まれる。僕は、べダルの円運動を繰り返し、前へ進んだ。失業保険で飲む酒はうまいだろうなと思った。
大きくカーブを曲がって、堀川今出川から、堀川丸田町へ向かおうとした時、僕は、この町に車が一切走ってないと気付いた。僕は下ばかり見ていたから、今まで何も感じなかったんだ。目の前の商店や銀行は、シヤッターを降ろし商店街に人はいない。道路の中央の信号機が規則的に点灯をくりかえす。僕は、目を細めて道の先を見る。右から左まで堀川通りを埋め尽くした民衆が、北上してくる。車は、歩行者天国の民衆の前で、釘づけにされている。祇園祭でもないのに、拡声器の音と、心臓の音と、人の呼吸が聞こえる。プラカードと怒りの声を張り上げる人々は、丸田町通りで右に折れ、京都府庁まで続いている。歩道には、鉄の盾をつけた自衛隊が、一歩も動かず、持ち場を守っている。
これほどの規模のデモは見たことがない。僕は、これは10万人単位の祭りと同じ規模のデモだと思った。しかしすぐに、これは適当な表現でないとも感じた。
僕が、知らない3週間の間に、戦争が始まったか、経済が破綻したか、どちらかだろう。僕が、自転車に乗って、前へ進むにつれ、その集団は色彩をおびてくる。僕には、一人一人の怒号と、静寂な顔と、生活臭の垢と、やるせなさと、無気力と、不謹慎さと、コートの臭いと、妬みと、気狂いと、無感動と、朝への苛立ちと、寒さへの殺意と、集団への高揚と、未来への不安と、幸福への革命と、生理への嫌悪と、風土への愛着と、忍耐との決別と、うらみつらみと、見栄や欲求と、不自然さと、悲しみと、辛抱への大嘘つきと、代弁者と、油のにおいと、苦しい血の色と、ろくでもないものへの拒否が、目に焼きついてくる。今、僕の正面から、1センチだって、すり抜ける道はないのだ。僕は、場違いな集団へつっ込むことはできない。集団の20メートル手前で、一本道をそれて、回り道を選んだ。
いつの間にか、季節は、政治の季節へ移ったようだ。もし仮に、戦争が起きてたとしたら、失業者にとって平和は苦しく、戦争は楽かもしれない。狂気は、日々の惨めさを忘れさせてくれるから。でも、つまらない日々でも、私は戦争を選ばず苦しい平和を選ぶ。日常が、ひどく平凡だという理由で、戦争に賛成票を入れる人間を!僕は馬鹿だと叫ぶ!
もし仮に、日本が破綻していたとしたら、僕はこの国を捨てよう。今の僕に重要なのは未来に向かうということだ。そこで僕は、あのユーロ立ての貯金を使っての、ヨーロッパ生活や、各地への放浪の旅を考えた。
僕は黒い町屋の一本通りをかけぬけながら、日本の破綻に、賭けていて、
『悪くない、悪くないなあ。』
と口に出して言ってみた。
(05年2月3日)