擬人化部屋へようこそ! 〜家賃一万円の格安アパートはちょっと賑やかすぎる〜
まぁまぁ都会であろうとなかろうと、田舎であろうとなかろうと。ダイニングキッチン、リビング、洋室二間を備えたアパートが、一部屋一万円で借りられることはなかなか、滅多にないことだと思う。
おまけにウォークインクローゼットまで付いているし、風呂トイレは別。浴室乾燥機だって付いている。
それが、一万円? まさか事故物件? 恐る恐る不動産屋にその理由を訊いてみると、まったくそう言った問題はないそうで。
ならば、なんでこんなに安いんです? 女の一人暮らしは不安だから、何かあるなら聞いておきたい。そう問いかければ、不動産屋はこう答えた。
「実は、化けるんです」
※
「ナカナさんっ! なんで観ないんですかっ!?」
朝、眠たい目を擦りながらインスタントコーヒーを淹れていると、一人の少女が怒りながら話しかけてきた。
見た目は十代半ばだろうか。制服を着させたら可愛らしかろう。しっかりと着こなされた和服もそれはそれでいいのだが、どこかこう、顔の造形が現代人で、洋服のほうが似合いそうなのだ。
「何の話?」
私はあくび混じりに聞き返す。因みに言うと、私はまだ二十代前半であって、こんなサイズの子供がいるような年ではない。
なら、なぜこんな子供がいるかと言えば……。
「ワールドカップの話ですっ! あんな大きな世界大会をご覧にならないなんて、他の誰が許そうとも、このテレビは許しませんっ!」
そう、テレビ。テレビが擬人化したのだ。
私はあの不動産屋に言ってやりたい。これもある意味、事故物件では?
「あっそう」
「気のない返事っ!? ちょっと、その手を留めて話を聞いてっ!」
電気ケトルに伸ばした手を払い落とされ、私の手の中のマグカップは寂しい思いをしているだろう。
インスタントコーヒーの恋人たるお湯を、早くカップに注いで一つにしてやりたい。……こんな表現、官能小説的な何かで使えないだろうか? インスタントコーヒーをなにに例える? んー、判らん。
「いいですか? 放映権だなんだとテレビで放映される機会も減るかもしれないこのご時世。それをテレビで連日放映されているのですよ? 無料で観られるのですよ? 観れば話の種になるのですよっ!?」
「で?」
「あなた、一応、小説家ですよねっ!? 話のネタにしなくて良いんですかっ!?」
無駄にテンションが高いなぁ、と思いながら、私はこのインスタントコーヒーが冷たい牛乳でも溶けるタイプだと思い出し、冷蔵庫を開ける。
よし、今日は擬人化しない。これが擬人化すると、まともに料理が出来ないんだよ。
「一応とは酷いな」
「でも、ベストセラーにはなっていませんよね?」
「収入に困らないほどには売れているさ」
「もっと売りたいと思いますよね? そんなときこそ流行りに乗るんですよ」
「お前、私の書いているジャンルを知っているか?」
「ミステリー」
「ワールドカップを題材に、そんな物を書けば炎上だろう。あと、もう間に合わん。こういうのは鮮度だからな」
体よく濁して描くようなセンスはありません。そう断言して冷蔵庫を閉じた。
「テレビも牛乳飲みます」
二杯分で空となる。買い物にも行かないとか。
さっさと支度して、出かけている間に洗濯機を回しておこうか。あぁ、顔を洗ってタオルを使って、それも洗ってしまいたい。
私は腰に抱きついて喚くテレビを引きずりながら、洗濯機のある脱衣所に向かい――。
「ユニフォーム、洗いたいなー」
体育座りをして待ち構えていた女の子に頭を抱えた。
「日本代表のレプリカユニフォーム、洗ってみたいなー」
「そんな物を買っている余裕はありません」
「なら、売れる本を書きましょうよっ! テレビは閃きました。ワールドカップを題材にした恋愛小説を書くのです!」
「そんで、保険金殺人?」
「なんでそっちの方へ持っていくんですっ!?」
それが私の仕事だから。
「じゃあ、ボクを題材にして書いてみてください」
「はぁ?」
洗濯機は、何を言うのだろうか。
「選手のユニフォームを洗う女性スタッフと選手とのラブストーリー」
「へぇ、そして洗濯をしながら密会」
「近付く顔と顔」
「突き刺さるナイフ」
「ボクは一生懸命仕事をします」
洗濯機の話かよ。いや、嘘偽りはなかった。こいつ、私のセリフを先読みして考えていやがったな?
「うぅ、序盤までは良い感じだったのに。テレビがそのストーリーを修整します。洗濯スタッフは選手の住む家に行って密会するのです。そして、彼のプライベートな服を洗濯して――」
「見つかるキスマーク」
「訪れる修羅場」
「乱れ飛ぶ食器類」
「持ち出される刃物」
「何を二人してそんなコンビネーションを見せているんですかーっ!」
よくキスマークに反応したね? 修羅場は定番です。そう語り合って健闘を称える。
「もうっ! 話を戻します。なんでナカナさんはワールドカップを観ないのです?」
「興味ないから」
「男性と一緒に観戦すれば、仲も深まりますよ?」
「そんな相手はいないし、興味のないことで話を合わせたくないね」
「ブーブー。そんなことではモテませんよ!」
「モテなくて結構」
素っ気なく言って、私は歯ブラシに歯磨き粉を載せる。買い物のついでに、コインランドリーに行くとしよう。
「というか、なんであんた女の子なわけ? 男だったら、もっとロマンスくんだりがあったと思うけれど」
「風紀的によろしくない」
洗濯機が横から口を出す。擬人化する奴がそんな気を利かせんの? 私は驚いて彼女を見る。
「違いますよ、洗濯機。女性の部屋で女の姿を取ることで、やってきた男を誘惑して修羅場を起こさせるのです」
「質が悪いわ」
パシッとテレビの頭を叩く。
「あ、いま電波が入りました。正常になりました。ワールドカップが映っちゃいますよー」
「液晶テレビが何を言ってんの?」
テレビを叩いて正常に戻すとか、いつの時代の話だよ。
「おおっとー、華麗なスルーパス。フォワードの華麗なパスワークに、相手国は混乱しているようです!」
「それ、本当の実況?」
「妄想です」
逞しいやつ。
「……ナカナさん。もうこうなったら、見てくれたら何でもします。順序は逆でも構いません。さぁ、要望を言ってくださいっ!」
「もとに戻って」
「了解しました!」
そうして、テレビはもとに戻り、部屋に静けさが訪れた。
私は歯を磨き、顔を洗い、化粧で顔を整え。身支度を整えて玄関へ。
「洗濯機、留守番頼むぞ」
「はーい」
「お願いだから、テレビを見てーっ!?」
玄関を閉めて、施錠して、私はため息をつく。
一万円で話し相手、か。まぁ、ホストクラブやキャバクラに行くよりは安い、かな?




