表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
R15の境界線  作者: 匿名記号


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/6

想像の先へ

──公演本番の日。


 部室から舞台袖へ向かう廊下で、悠斗は七瀬の手を軽く押さえた。


「準備はいいか?」

「はい……でも、やっぱり緊張します」


 その言葉に悠斗は小さく笑った。


「大丈夫。俺たちの演技なら観客も息を呑むはずだ」


──それは、昨日の“再現稽古”で味わった距離感の延長線上にあった。

 舞台上では目線だけで感情を伝えるシーンが待っていた。


 カーテンが上がり、観客席のざわめきが舞台に響く。


 七瀬と悠斗は間合いを測り、自然に向き合った。

 台詞は少ない。

 目と呼吸、ほんのわずかな身振りだけで二人は物語を紡ぐ。


『……君の髪、少し香るな』

『あぅ……そんな……演技ですよね、先輩』

『演技に見せかけるのも演技だろ?』


 観客にはただの恋愛シーンに見えるはず。

 しかし二人の胸中は、昨日と同じ緊張が走る。

 視線が交錯するたび息が重なる。

 演技の延長線上で心臓が本当に鳴った。


 舞台袖にいる部員たちもざわつく。


「……あれ、二人とも妙に近いんじゃない?」

「……演技以上にリアルさだぞ」


 小声で囁く部員たちの声がふたりの背中に届く。

 悠斗は口元に手を当て七瀬にそっと耳打ちする。


『……舞台上でもR15ギリギリだな』

『わかってますよ……心臓止まりそうです』


 二人だけの世界。観客はおそらく、ただの恋の演出として受け止めるだろう。

 でも、二人にとっては“想像の先”まで踏み込んでしまいそうなリアルな瞬間だった。


 本番は順調に進み、最後の抱擁シーン。


 悠斗がそっと七瀬を包む。

 手は腰のあたりに触れそうで触れない。

 距離、十センチほど。

 息が混じり心臓が喧しく鳴る。


 七瀬は少し肩をすくめ、頬を赤く染める。

 観客にはただの“緊張感ある抱擁”に見えるだろう。

 しかし、二人の間には確かに現実と演技の境界線が揺らいでいた。


 カーテンコール。観客の拍手が舞台に降り注ぐ。

 悠斗と七瀬は手を繋ぐわけでもなく、軽く目で合図を交わすだけ。

 それでも、互いの胸中には言葉以上の感情が宿っていた。


 終演後。

 夕方の校舎裏、静かな風が通り抜ける。


 七瀬は衣装のままベンチに座っていた。

 そこに悠斗が歩み寄ってくる。


「……ねえあれ、演技……ですよね?」


 七瀬が小さな声で言う。


「少なくとも、R15の範囲では」


 悠斗も笑みを浮かべ、微妙に視線を逸らす。

 ほんの一瞬指先が触れそうになった。

 でも、そこは踏み込まない。

 お互い暗黙の内に“これ以上はR18”と理解している。


「……でも、なんだか心臓が変です」

「俺も。演技なのに胸が痛い」

「……まるで、リアルの恋みたいですね」

「……ああ、そうかもしれない」


 二人は互いに目を合わせ微笑む。

 言葉にできない、けれど確かな気持ち。

 それは演技の延長でもなく、物語の中でもない二人だけの瞬間だった。


 夕焼けに染まる校舎裏で、二人はただ静かに互いの存在を感じていた。


──R15の線を意識しながらも、心はすでにその先を想像していたのだ。


「ななせ、顔赤い」

「照明のせいです」

「照明……? ここ、校舎裏だぞ」

「反射です!」


 軽口でごまかしながらも彼の目が離せない。

 笑っているのに、優しい。

 優しいのにどこか危うい。


「……なあ、七瀬」

「はい……?」

「"R15の範囲"ってどこまでだったっけ?」


 その一言で、空気が止まる。

 七瀬の心臓が舞台の拍手よりも大きな音を立てた。


「……そ、そこ聞きます?」

「いや、確認しとこうかなって。次の作品のために」

「次……?」

「"R15の境界線"の続編」


 七瀬は息を呑む。

 "続編"という言葉がこんなに危険に聞こえるのは初めてだった。


 そう言いつつ七瀬は笑う。

 笑いながらも心臓の鼓動が止まらない。

 彼の顔が差し込む街灯の下で淡く光っている。

 ほんの少しの風が髪をかき上げて、頬にかかる。


 その仕草ひとつにまた胸が高鳴る。

 距離はたった数十センチ──彼の存在はすぐ隣。


「……ねえ、先輩」

「ん?」

「今日の"抱擁シーン"リアルすぎました」

「演技力、上がったな」

「違います。……先輩のせいです」

「俺の?」

「距離近すぎです」


 七瀬は思わず口を尖らせた。

 けれどその声は震えている。

 ほんの少しの沈黙。

 悠斗が笑いながら、ひと言。


「"近い"のが演出の肝なんだよ。観客の想像を誘うために」

「……私の想像力まで誘ってどうするんですか……」

「創作は想像から始まるだろ?」

「……やっぱり、ずるいです」


 彼の言葉の一つひとつが危険な温度を持っている。

 優しいのに、少し甘くて、触れたら溶けそうで。


 七瀬は胸の奥でこっそり思った。


(──この人、きっと自覚してない。距離感の殺し方)


 ほんの数秒。

 彼の指先が彼女の髪に触れそうになって──止まる。


 それだけで、息が詰まる。

 それだけで、顔が熱い。

 それだけで、心がR15を越えそうになる。


「……ここまで、だな」


 彼が微笑む。

 七瀬も、静かに頷く。


「“ガイドライン”的に、ですね」

「“創作的に”も」


 ふたりは笑い合った。

 でも、笑顔の奥で──まだ"何か"残っている。

 まだ、越えていない境界がある。

 それを互いに知っている。


次章で終章!


──ガイドライン更新のお知らせ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ