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R15の境界線  作者: 匿名記号


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4/6

境界を越える?

「……あれ?」


 夜、スマホをいじっていた悠斗は思わず声を漏らした。

 画面に映るのは小説投稿サイト『ノベルステージ』の新着欄。

 そこに──見覚えのある名前があった。


作者:白河なな

タイトル『R15の境界線』


(……おいおい、まさか)


 軽い気持ちでタップした。

 しかし数行読んだところで背筋がぴんと伸びた。


「演技と現実の境界線ってどこなんだろう」

「抱きしめただけで世界が止まったみたいだった」


 ……これ、完全に俺たちじゃねえか。


 しかも物語の中の男女は“演劇部の先輩と後輩”。

 タイトルも台詞も会話のテンポまで──全部、既視感しかない。


(うわ、やられた……!)


 スクロールを止めた指が震える。


「抱きしめた瞬間、息が混じってどっちが演技か分からなくなる」


 その一文を読んだ瞬間、悠斗は顔を覆った。


「……それ、アウト寄りだろ」


 けれど、どこかで笑ってしまう。

 七瀬らしい。真面目に見えてやるときは全力でふざけるタイプだ。


 だが──ふと、胸の奥がざわついた。

 この小説の“相手役”は、誰でもなく自分なのだ。


 次の日の放課後。

 部室の鍵を閉めようとしていた七瀬の背中に悠斗は声をかけた。


「ななせ」

「……あ、先輩。どうかしました?」

「あのさ、昨夜“ノベルステージ”でさ……」


 ピクリと、彼女の肩が動いた。


「……読んじゃいました?」

「うん。“R15の境界線”」

「……わぁ、バレた……」


 七瀬は両手で顔を覆い、椅子にぺたんと座り込んだ。

 耳まで真っ赤だ。


「まさか読まれるとは思ってなくて……いや、読まれても困るんですけど……!」

「いや、困るっていうか……内容がもう完全に俺らじゃん」

「モチーフです! あくまでフィクションです!」

「抱きしめただけで息が混じるのが“フィクション”って言える?」

「だ、だからあれは、“演技的な描写”です!」

「……演技的な描写ねえ」


 悠斗はニヤリと笑う。


「じゃあ、確認のためにもう一回やってみるか。どこまでが“演技”か」

「え、なにを」

「“R15の境界線”の再現。作者監修で」

「監修って何ですかそれ!」

「だって作者だろ? 自分の書いたシーン、ちゃんと演出できるか試してみようぜ」

「……先輩、悪い顔してますよ」

「演出家だからな」


 七瀬は呆れながらも、目を伏せて笑った。

 それから少しだけ真面目な声で言う。


「……本気にしませんよね?」

「おう。演技だし」

「……ほんとに?」

「……たぶん」

「“たぶん”って何ですか!」


 部室の照明を少し落とし、二人は“稽古”を始めた。

 狭い空間に静寂が降りる。

 脚本も台詞もない。あるのは“彼女の作品”の記憶だけ。


 七瀬が一歩近づく。


「……“先輩、距離が近いです”」

「“それも演出のうちだ”」

「“演出ってそういう意味でしたっけ”」


 掛け合いの中にいつもの軽口。

 だが、声が揺れている。

 七瀬の指先がかすかに震えていた。


「“……息、混じってますよ”」

「“そういうシーンなんだろ?”」


 どちらからともなく、沈黙になる。

 距離、十センチ。

 息が触れるか、触れないか。


(──やばい、これ本気で意識してる)


 七瀬のまつげが、震えた。

 目線が合う。

 演技のはずなのに台詞がもう出てこない。


「……七瀬」

「……はい」

「……演技と現実の違い、もう分かんなくなってきたかも」

「……それ、私の台詞なんですけど」

「引用してみた」

「……ずるいです」


 そう言いながら七瀬は笑った。

 でもその笑顔の奥にはほんの少しの緊張が混じっている。


 指先がかすかに触れた。

 まるで脚本にない、アドリブの一行みたいに。


──けれど、そこで止まった。


 その先のセリフはもう“R18”の領域だ。

 二人とも、それを暗黙のうちに理解していた。


「……ここまで、ですね」


 七瀬が小さく息を吐く。


「“ガイドライン”的に」

「“倫理的にも”な」


 二人は同時に笑った。

 部室の空気が、やっといつもの温度に戻る。


 でも、心臓だけは、まだ“稽古中”だった。

 夜、七瀬から短いメッセージが届いた。


『先輩、今日の“再現稽古”ありがとうございました。すごくリアルでした』


 悠斗はしばらく返信を打てず、やがて指を動かす。


『次の章はどうなるんだ?』

『境界、越えるかもしれません』

『……創作的に?』

『たぶん。……たぶん、ですよ?』


 スマホの画面の向こうで、七瀬がどんな顔をしているのか──

 想像した瞬間、胸の鼓動がまた一段、R15を越えそうになった。


次章に続く。


──「想像の先へ」

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