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R15の境界線  作者: 匿名記号


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3/6

エロスは演技の中に

「──演技における“エロス”って何だと思います?」


 唐突にそんなことを言い出したのは、七瀬だった。

 昼下がりの演劇部室。舞台用の照明器具が整然と積まれた隅で、彼女は真面目な顔でノートパソコンを開いている。


「いきなり重いテーマだな……」


 悠斗はペットボトルの蓋を開けながら、苦笑した。


「また“R15研究会”の続きか?」

「ええ。レポート課題なんです。“表現における身体性と心理的距離”っていうテーマで」


 七瀬は画面をこちらに向けた。

 そこには、“演技におけるエロス表現”という文字が大きく打たれている。


「いや、大学の課題で“エロス”とか書く勇気すごいな」

「真面目にやってます。芸術学科ですから」

「なるほど、“合法的にエロを語る方法”か」

「違いますって!」


 頬を赤らめながら七瀬が机を軽く叩いた。

 だがその照れも、どこか“演技”のように見えて悠斗は思わず笑ってしまう。


 取材という名目でふたりは映画館や図書館を巡った。

 古い恋愛映画を観ては、「これR15?」と囁き合い、舞台作品の台本を読んでは「このセリフはアウトだな」と笑い合う。


 気づけば、話題の中心は“どうすれば直接的な描写なしにドキドキさせられるか”になっていた。


「結局さ、身体よりも“距離”がエロいんだよ」


 悠斗が休憩中の喫茶店でカフェラテをかき混ぜながら言った。


「息の間とか、沈黙の数秒とか」

「……距離……ですか」


 七瀬はその言葉をゆっくり口の中で転がすように繰り返した。


「じゃあ今、私と先輩の距離は?」


 ふと、彼女が椅子を少し引き寄せた。

 カップの縁越しに視線がぶつかる。


──近い。


 ほんの十数センチの空間に体温が流れ込んできた気がした。


「……演技の練習ってことで」


 七瀬が目を逸らしながら言う。


「“目線だけで惹かれ合うシーン”の再現」


 悠斗は息をのんだ。

 それはまるで、稽古場よりも現実的で、

 芝居よりも本気の“演技”だった。



 数日後、部室。

 二人は“無言で惹かれ合う”短い場面を試していた。

 セリフなし。照明は夕方の窓光だけ。


 七瀬が一歩、前に出る。

 視線が絡む。

 呼吸が合う。

 それだけで空気が変わった。


「……今のちょっと、やばいな」


 稽古が終わると、悠斗が小さく笑う。


「なんか、演技っていうより……」

「うん……。自分でも、よくわかんない」


 七瀬は両手で頬を押さえた。


「こういうのが“エロス”なんですかね」


 沈黙。

 距離、十センチ。

 さっきより近い。

 たったそれだけで心臓が喧しく鳴った。


「──これ、演技だからな」

「ええ、“演技”です」


 けれど、どちらも一歩を踏み出せないまま、

 互いの息だけが、同じリズムを刻んでいた。



 その夜、七瀬からメッセージが届いた。


『今日の稽古、すごく“リアル”でしたね』


 悠斗はしばらく返信を打てずにいた。

 送信欄に指を置いたまま言葉を探す。


──“リアル”ってどっちの意味だ?


 彼は結局、こう返した。


『演技に“境界”なんてないのかもな』


 しばらくして返ってきた短いメッセージ。


『……恋もそうかもしれませんね』


 スマホの光が夜の部屋を淡く照らす。

 その文字がやけに熱を帯びて見えた。



次章につづく。


──「境界を越える?」

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