R15とは何か
それは、翌日の放課後のことだった。
部室の隅。片瀬悠斗はノートパソコンを広げ、なにやら真剣な顔で検索していた。
その隣では白川七瀬が紙コップのアイスコーヒーを手に同じ画面を覗き込んでいる。
「……ほんとに調べるんですか? “R15のライン”なんて」
「当然だろ。昨日、俺たち決めただろ。“R15ライン研究会”を立ち上げるって」
「冗談だったんですけど……」
「冗談のつもりで始まるのがだいたい面白い研究なんだよ」
悠斗はそう言いながら検索バーにキーボードを叩く。
“R15 表現 基準 演劇”──Enter。
画面にずらりと並ぶ検索結果。
映画倫理機構の説明、舞台演出のブログ、そして──
「……『小説家になろう』? なんでそれが出てくるんですか」
「創作系のガイドラインが一番具体的なんだよ。創作ジャンルの基準として意外と参考になる」
悠斗がクリックしたページには、丁寧に書かれた注意書きが並んでいた。
> 『性描写(性行為そのもの、またはそれを直接的に連想させる描写)は禁止です。』
> 『未遂・強制など、読者に性的被害を想起させる表現もNGです。』
> 『キス、抱擁、下着、入浴などは、文脈次第で可。』
「……へえ。思ったより細かいですね。特に性描写は……具体的、直接的じゃなければ可……なんですね」
「だろ? しかも“文脈次第”ってのが曲者なんだよな。つまり、アウトかセーフかは“読者の想像力次第”ってことだ」
「じゃあ、“想像させたら勝ち”ってことですか?」
「お、いいこと言うな。七瀬、天才じゃないか」
「な、なにが天才なんですか!」
「つまり、直接的に書かなくても、想像で“見せる”ことができる。そこが“R15の美学”だ。──演技も同じだと思わない?」
「……想像で見せる演技、ですか」
七瀬は頬杖をつき、少し考え込むように目を伏せた。
“想像させる”という言葉が、胸の奥に妙な熱を残す。
「たとえば──セリフで“抱きたい”って言うのはアウト。でも“君の髪、まだ少し香ってる”ならセーフ。……この違い、わかるか?」
「……どっちにしても、ちょっとドキッとしますけど」
「それが狙いなんだよ。直接言わずに伝える。言葉の中の温度で、読者の想像を操る。これがR15の醍醐味だ」
「……なんか、だんだん“研究”っていうより、“口説き方講座”みたいになってません?」
「研究ってのは本気でやるから面白いんだよ」
悠斗は冗談めかして笑い、手元のノートを取り出した。
タイトルには堂々と書かれている。
『R15ライン研究ノート』
「これに、“ギリギリセーフなセリフ”と“ギリギリアウトな表現”をまとめていく」
「まさか、本当にノート作ってたんですか!?」
「当然だ。昨日の“抱擁”もきっかけとして記録してある」
「や、やめてください! あれは演技です!」
「“演技として成立していたかどうか”は、今後の研究テーマだな」
「うわぁ……変態の方向に進んでる気がする……!」
そんな言い合いをしながらも、二人の手は自然とノートに向かっていた。
“セーフ”の欄には──
> ・「指が触れた気がした」
> ・「息が混ざる距離」
> ・「目が合った瞬間、呼吸を忘れる」
そして“アウト”の欄には──
> ・「唇が触れた」
> ・「押し倒した」
> ・「肌に触れた」
「……この“息が混ざる距離”って誰が考えたんですか」
「俺」
「自信満々に言わないでください!」
「でもいい表現だろ? セーフだし、妙にドキッとする」
七瀬は反論できず思わず顔を伏せた。
確かにその言葉だけで昨日の感覚が蘇ってくる。
胸の鼓動と近すぎた距離と、何も言えなかった沈黙が。
──あれも、演技の一部だったはず。
でも、もしあのときの“息の混ざり”が本物だったら。
そんな考えが浮かんでしまい、七瀬は慌てて首を振る。
「ど、どうせなら、台詞とかも考えてみましょうか。演技用に」
「いいな。それこそ創作的アプローチだ」
二人で台詞を書き出し始める。
「お前の顔、近い」
「……近づけてるんですよ」
「じゃあ、これは?」
「──それ以上はR18です」
書き終えて、沈黙。
七瀬が小さく笑った。
「……これ、セーフですかね」
「完璧にR15だ。ギリギリを攻めた名作だよ」
「もう、やっぱり変態研究会ですよ、これ……!」
部室の外から声が聞こえた。
「なにやってんの二人ともー? 稽古もう始まってるよー!」
副部長の声に二人は顔を見合わせる。
気づけば稽古開始時間をとっくに過ぎていた。
「やば、ガチで研究してたな……」
「R15ライン研究会、活動休止ですね」
「また再開しよう。……今度は、演技で“想像させる”ほうを」
そう言って笑う悠斗に、七瀬は小さくため息をつく。
けれど、その頬はうっすらと赤くなっていた。
──“想像させる表現”。
それが、こんなにも心をざわつかせるものだなんて。
彼女はまだ知らない。
この研究が、二人の関係そのものを“R15ライン”のぎりぎりへと導いていくことを。
次章に続く。
──エロスは演技の中に




