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私の婚約者である騎士は男爵令嬢に夢中なのだが、彼の目当てはどうやら彼女が作るカレーらしい

作者: ミント

 私の婚約者である騎士のカリオ様は、このところ男爵令嬢であるココ様とおっしゃる方に夢中である。




 ……正直、いい気はしない。


 貴族同士の政略結婚だから、愛情が持てないのは仕方ないと思う。だが……将来、夫になろうという殿方が他の女性にかまけているというのはさすがによろしくない。カリオ様の容姿が整っていて、ご令嬢たちに人気があることは理解している。家同士の事情を逆手に取り、やっとの思いで打ち明けた恋心が


「えっ? あっ、そ、そうか。そうだな、君は僕の婚約者だからな。はは、サリー。僕も、き、き、君が、すっ、好キじゃ」


 という、「必死に絞り出したのはわかるがもうちょっと様にならなかったのか?」と言いたくなる反応で流されてしまった現実も受け止める。……せめて「好きだ」の一言ぐらい、スムーズに言ってほしいとは思ったが。なんだ、「じゃ」って。仙人か。




 とはいえ、カリオ様が他の女性に熱を上げているというこの現状はどうにかすべきだ。


 私の感情を無視するにしても、互いの家の立場ぐらいは守ってほしい。ただでさえココ様は、多くの男性を侍らせているとして同性から反感を買っているし……そう思った私だが、「君にそんなことを言われる筋合いはない」なんて言われてしまったらどうしようという不安が頭をもたげる。


 ろくに目も合わせてくれず、一緒にいる時は黙ってばかりのカリオ様。騎士としては優秀で将来有望らしいのに、私と共に歩く時はロボットみたいにカクカクした動きのカリオ様。


 ……酷いこと言われたら、泣いちゃうかもな。


 塞ぎこむ気持ちを抑え、なんとか私はカリオ様とのお茶会に向かった。




「……というわけですのでカリオ様。私以外に、愛する方がいらっしゃるのは構いません。ですが、婚約者がいるという立場を弁えて周囲の目を気にするように――」


「っなんてことを言うんだサリー! 君は、誤解している!」

 私が最後まで言い切らないうちに、いきなりカリオ様が席を立つ。


 このリアクションは予想通りだ、最初から素直に聞いてくれるとは思っていない。それでも私は身を固くして、じっと「我慢」の姿勢に入る。


「僕がココの近くにいるのは、決してそんなやましい気持ちがあるわけではない! ココは、ココは……!」


 はいはい、「純真無垢」とか「心優しい」とか、そういうことを言うんでしょ。そういうピュアなところがいいって、もっぱらの噂だからね。


 でも貴族社会はそんな綺麗事だけでどうにかなるほど甘くはない、それをカリオ様は知らないのだ。カリオ様なんてちょっと顔が良くて、剣の才能はもちろん学業の成績も悪くないし、笑顔が素敵だけどときどき子どもっぽいところも見せる……言ってて空しくなってきた。とにかく、どこにでもいる……いるかな、いないよな……いや、きっと世の中に星の数ほどいるはずの男の一人にすぎないんだから。


 心の中で精一杯、虚勢を張る私にカリオ様は容赦なく告げる。




「ココは、美味しいカレーを作れるんだ!!」




「……はい?」


 予想外の言葉の登場に、私は間抜けな声を返す。


 ついに真正面からふざけに来たか、と疑う私だがカリオ様は大真面目だ。気を抜けば見入ってしまいそうになるその端正な顔立ちで、堂々と語り続ける。


「ココの作るカレーは、絶品なんだ。ごろっとした具材は柔らかく煮込まれ、旨味が舌に絡んで離れない。米と合わせれば、もうスプーンを持つ手が止まらない。あれぞまさしく至高の料理、人々を魅了する究極の一品……」


「えっと、ちょっと待ってください。カレーって、あの、料理のカレーですか?」


 勝手に熱弁するカリオ様を、ひとまず私は制止する。




 カレー。それはかつてこの世界を救った勇者が作り出したという、この国の人気料理の一つだ。


 老若男女を問わず食べられる人気の一皿だが、香りが強く汚れが付きやすいことから貴族社会では敬遠されている……そんな大衆的な料理の登場に、私の頭が疑問符だらけになる。


「あぁ、なんでもココが想い人に近づくために自分の得意料理を差し入れに来たらしくてな。『一緒に鍛錬している騎士団の皆様もどうぞ』と配ってくれたんだが……そのカレーを食べた瞬間、あまりの美味しさに体中に電撃が走ったんだ『こんなに美味しいカレーがこの世にあるなんて』と……それ以来、僕たちはココが作るカレーにすっかり夢中になってしまって。今ではココを見る度に口を揃えて、カレーをリクエストするようになっている」


「騎士団の皆様はツバメの雛か何かですか?」


「いや、本当に美味しいんだ……それに、僕たち騎士だけじゃない。彼女のカレーを食べたらあの舌にまで絡みつくような味の洪水、鼻孔に抜けるスパイシーな香りが食欲をそそるのを忘れられずまたココのカレーを食べたくなってしまうんだ。だから僕たちはココにカレーを作ってもらうため、いつもココの機嫌を取るようにしているんだよ」


 ……なんじゃそりゃ……


 そう言いたくなるのを必死で抑え、私は頭を抱える。


「……その、一つ確認したいのですが……カリオ様の目当てはあくまでココ様の作る『カレー』ということでよろしいのでしょうか?」


「当然だ。ココの作るカレーがとんでもなく美味しいという話は、既に学園内部でも知れ渡ってきている。とはいえココ一人で作る量には限度があるからな……僕たちは普段からココを気にかけて、できるだけカレーを振る舞ってもらえるチャンスを増やそうとしているんだ」


「もう人懐っこい愛玩犬じゃないですか……」


「っとにかく、僕がココの近くにいるのは彼女が作る美味しいカレーを食べたいだけだからだ。本当に、それだけだからな!」


 姿勢を正して堂々と、しかしどこか言い訳がましくそう語るカリオ様。自分が犬レベルだという自覚はあるのだろうか? あまりに馬鹿馬鹿しい結末に、私は軽く眩暈を感じてしまう。


「……ちなみに、カリオ様はココ様本人のことをどう思っています?」


「本人? あぁ、彼女の本命は騎士団にいる僕たちの先輩らしい。もちろんカレーに夢中だが、休日に一緒に出掛けたりランチを共にしたりしてなかなか順調みたいだ。『結婚したら毎日カレーを作ってもらう』って、惚気ていたな」


「それは良かったですね……」

 もうカレーと結婚しとけよ、という言葉を飲み込み私は溜め息をついた。




 ――とはいえ、婚約者が別の令嬢に夢中という現状に変わりはない。


 正確には彼女が作るカレーが目当てなのだが……カリオ様を始めとする騎士たちがみんなカレーの虜になるなんて、この国の防衛は一体……なんて考えていれば「サリー君?」と声をかけられる。


「あ、モンド先生……」


 大人びているがまだ若く、カリオ様とはまた違った落ち着きのあるタイプの美形。すらりとした長身が魅力的な彼は、学園教師の一人だ。そんなモンド先生に「どうしたんだい? 溜め息なんかついて」と優しく声をかけられ、私は素直にこれまでの経緯を話してみせる。


「なるほど、彼がカレーに夢中というわけか……」


「先生、それギャグで言ってます?」


「なら君も、カレーを作ってみたらどうだい?」




 短いツッコミをスルーされ、「へ?」と聞き返せばモンド先生は熱い眼差しを私に向ける。


「実は、僕もココ君の作るカレーを食べたことがあってね……とても美味しくてまた食べたいと思ったが、教師という立場の僕が生徒にものをねだるわけにはいかない。だから、自分で作ってみたらすっかりカレーにハマってしまって……君も僕と一緒にカレーを作ってみないかい? カレーは作る人間によって、微妙に味が変わる。だから、僕も他の人が作ったカレーを食べてみたいんだ。代わりに、僕のカレーもぜひ食べてみてほしい」


「……いや、先生もカレー目当てなんですか!?」




 この国の男性は、どこまでもカレーの魔力に取り憑かれているらしい。




 そんな気の抜けたやり取りはさておき、私はモンド先生のご厚意に甘えてカレーを作ってみることにした。


 ……正直、カレーに魅了される殿方の気持ちがちょっとわかった。


 まだ骨抜きにはされてないが、時間の問題な気がする……そんな私が作ったカレーを振る舞えば、カリオ様は喜んで食べてくれた。だが――


「へぇ、サリーがモンド先生と二人で……二人で仲良く、作ったんですか。僕の婚約者であるサリーと……そうですか、へぇ……」


 じろり、とカリオ様がモンド先生の方を睨む。




 我ながら美味しくできたカレーを食べているはずなのに、なぜだかカリオ様は不機嫌そうだ。


 しかしモンド先生は余裕綽々で、スプーンを手にしながら「そうだよ、カリオ君」と笑ってみせる。


「カレーは美味しい。自分の恋焦がれる相手が、別の何かに夢中なんて現実を忘れるくらいだ。けれど、自分がそうされたら寂しいだろう? いくら自分の気持ちを伝えるのが下手でも、自分がされて嫌なことを他人にするのは良くない……たまには二人でカレーを食べて、愛を深めておかないとどこからか僕みたいなお邪魔虫が湧くかもしれないよ」


「っ……気をつけます」


 ? なんだか抽象的な話をされたが、カリオ様は思い当たるところがあるようだ。焦った顔で頭を下げるカリオ様を、満足げに見つめながらモンド先生が私に話しかける。


「でも、やっぱり愛情込めて作られたカレーは美味しいね。どうやらサリー君にはカレーを作る才能があるようだ、良かったら今度は僕と二人で……」


「っサリー! また僕にカレーを作ってくれ! いや、次は僕と二人でカレーを作ろう! 絶対! 誰にも邪魔されない場所で! 二人で! な!?」


「は? あ、はい……」


 よくわからないが、カリオ様は私のカレーを気に入ってくれたようだ。




 それから少しずつだが、カリオ様は私と話してくださるようになり手を握ったり愛の言葉を囁いてくれたりするようになった。




 相変わらずカレーに夢中で、私にもしょっちゅう「僕は君の作ったカレーが、毎日食べたい!」と言ってくるが……私もカレーが好きになってきたので、まぁいいだろう。


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― 新着の感想 ―
読んでいるとカレーの匂いが漂ってくる作品でした。 サリーやココのカレー、ぜひ食べてみたいですね。
カレーはすべてを解決する(*´ω`*) すごく面白かったです! ツバメの雛、で笑っちゃいました笑。 皆が皆カレーの虜な異世界って新鮮でなんかいいですね♡ それにしてもココさんがつくるカレー、食べてみた…
分かり易いカリオの反応だと言うのに、サリー嬢ったら辛辣ぅ!? 仙人、ロボット、ツバメの雛、愛玩犬…………。 それを聞いたら「キミ、本当は僕の事が嫌いなのかいっ!?」と泣きそうになったカリオに問い立たさ…
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