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フルーツェン&ベジッタ 

 サトパがせきばらいをした。

「本来は、ニンゲ界にいって、われわれ野菜のいいところを宣伝でもすればいいんだろうが……」と言った。 

「だが、ニンゲ界に行くのは難しい。でかけていったきり帰ってこない人もいる……」とサトじいが腕をくんで、うなるように言った。

「なにせ、ニンゲ界に行くには、めったに姿を現さない幻の空飛ぶ乗り物に乗っていくしかありませんからな……」とサトパが言った。

「ああ、ムニーカとよばれているやつですな、巨大なくらげみたいにふわふわと漂って……」

とじゃがいもがうなずいた。

「昼間なのか、夕方なのかよくわからない時間帯とか、晴れと曇りの中間みたいに、どこかあいまいな時間、空間のときなんかによく出るとか聞いたことがありますよ……」

とピーマンが言った。

「雲の中に半分隠れるようにしてぼおと現れることも……。雲とほとんど同じ色で、出ていても気がつかないこともあるようです……」と付け加える。

「しかも、きまぐれにしか丘なんかにおりてきてくれない……」

とミズナが話の輪に加わった。

「そう、あれは、われわれ野菜とか果物の精をのせるというより、一休みするために丘に着陸しているようだという者もいます……」とゴボウが硬直したまま言った。


「その点、果物町には、しょっちゅう降りてくるんだろう、ムニーカ。なにせフルーツさんたちはニンゲたちのお気に入りだからな……」

 ほうれん草が、深くたれた髪の毛の奥の目をにぶく光らせながら言った。

「いや、そんなことないよ。フルーツェンだっておんなじさ……」

とあわててライムは言った。

 一度だけ、見たことがあったことを思い出した。ふと見上げた雲の間にやっぱり幻のように浮かんでいた。……だが、それはただの雲だったのかもしれない……

 ニンゲ世界に行ってみたら、「おお、これはすばらしいフルーツだ」、とニンゲが手のひらにのせて、とてもやさしく微笑んでくれる、という妄想にふけったものだった。

 でもあれは本物だったろうか……。蜃気楼しんきろうか幻だったのかもしれない。


 そのとき、診察室のドアが開いて、「ライーミさーん」と白衣のパセリが顔をのぞかせた。爆発したみたいなふわふわの緑の髪をナースキャップに押し込んでいる。

「ライムくんだよ」とサトパが訂正した。

 「失礼しました、ラ、ライムさん、どうぞお入りください」と、パセリ看護師はドアをさらに大きく開いた。ライムを見て目も大きく開いている。サトパは、ライムを抱えて診察室に向かった。里いもの家族もぞろぞろと後に続く。

 デスクに向かっていた医者のモロヘイヤは、ふりかえって、目をまるくした。

「ほお、フルーツの患者さんは、はじめてだな。いや、ほんと珍しい」と大きな声で言った。

 それからきっぱりとつづけた。「でも心配しなさんな。だれであっても目の前の命を救うのが私のつとめだ」

「ええっ、い、命にかかわることなんですか! 」サトマはさっと青ざめ、悲鳴のような声をあげた。 

「いや、まあ、まず、みてみましょう……」眉間にしわをよせて、ライムの全身をじろじろと見た。

「あのぉ……」サトバアは心配そうに、ちいさな声で尋ねた。

「この子、足をくじいちゃったみたいなんですけど、い、命は、だ、だいじょうぶですよね……」

「あ、足か……」モロヘイヤドクターは、椅子からぶらさがったライムの短い小さな足に目をやった。

「ジャンプの着地に失敗して、足くびをぎくっとやっちゃったみたいなんです」とライムの後ろに、家族とともに並んで立っていたサトじいが説明した。

「ほお、わんぱくにあそんどったというわけだ……」

と医者が、もちあげたライムの左の足首をそっとつかみながら言った。

「ええと、遊んでたわけじゃないんだけど……」とライムはつぶやくように言った。

でも、医者がつかんだ足をさらに上に持ち上げたので、「いてっ!」と思わず大声をあげてしまった。

「あ、すまない。でもそんなにれてるわけでもないし、それほどひどくはないかんじだな、一応、念のためにレントゲンを撮っておきましょう」と医者はひとりうなずいた。

 ライムはレントゲンのある別の部屋につれていかれた。里いも家族もみなぞろぞろとついていく。

「うわあ、まっくら!」とサトミが叫ぶ。

「おい、サトミ、うしろにへんな影が……」とサトチがいうと、きゃー! とサトミの悲鳴がレントゲン室内にひびきわたった。

「あの、」と看護師がふたりをにらむ。「お化け屋敷なんじゃないんだから、しずかにしてください」ときびしい声で言った。


 レントゲンをとり終わり、また一同はぞろぞろと診察室に戻った。しばらくしたあと、医者が、ぺらんぺらんとレントゲン写真をふりながら入ってきた。

 「うん、骨折などはしとらんよ、でもけっして軽くはない。しばらく安静にしてなきゃだめだな……」といった。

 そして足にぐるぐると真っ白い包帯を巻いてくれた。

 「痛み止めのお薬も出しておきましょう」

 モロヘイヤドクターは処方箋しょほうせんにペンを走らせた。

「ではお大事に」と医者がいったので、ライムはぺこりとおじぎをして、診察室の椅子からおりた。そのままびっこをひきひき歩き出そうとすると、「おいおい、無理しちゃだめだよ」とサトパの声がして、ライムのからだはひょいと持ち上げられた。

「よっこらせ」掛け声をかけて、サトパはひょいとライムを広い背中に回した。

「だ、だいじょうぶだよ、おれっち、包帯でがちがちに足、まいてもらったから」

 ライムは、脚をばたばたさせながらいった。また顔があつくなるのを感じた。

 「いいから、いいから」サトパはおおらかな声でいって、ライムをやさしくゆすりあげた。

 そして、医者や看護婦におじぎをすると診察室を出た。

「ありがとございました。」後の家族も口々にいって、丁寧におじぎをした。そして、サトパのあとに続いた。

 受付で湿布薬や痛み止めの飲み薬をもらってお金をはらうと、里家族は医院を出た。

「すいません……」ライムはサトパの背中で小さな声で言った。「あとで必ず、返しますから……」

「さすが、クダモノさんだ、礼儀正しいな」とサトじいがほほえんだ。

「いいんだよ、これくらいのこと……」とサトパは、はつらつとした声を出した。「出会ったのもなにかのご縁なんだから……」

「サトミもだっこ、だっこぉ」とサトチの妹が、サトパにまとわりついた。サトパの紺色のだぶっとしたズボンを引っ張る。

「ほらほら、パパを困らせないの」とサトマがいって、サトミを抱き上げた。

「だっことおんぶ。あかちゃんが二人みたいだね……」とサトチがライムと妹ををみあげて笑った。

「すいません……」とライムは、またいちだんと熱くなった顔を隠すようにサトパの広い背中に伏せた。

 ゆっくりとサト家族は、帰り道をたどった。サトパが、あまり揺れないように気をつけている様子が背中のライムにも伝わった。狭い迷路のような路地をあちこち曲がりながら、みなでぞろぞろと進む。

 ぐねぐね曲がる狭い通りをはさんで連なる黒っぽい家々。軒先にぶらさがる提灯にはあかりがともっているものもある。つらなりのところどころに、こぶりの店もはさまっているのにライムは気がついた。行きには、余裕がなかったせいか、それらの店は目に入らなかったようだった。

 店の前に台が置かれて、ちょっとでこぼこしているけど、味わいのある食器などがいくつか並べられていたりする。赤かぶの形をした湯呑ゆのみポットや、ナスみたいな茶碗、白菜の葉みたいな皿なんかが見えた。

 

 なんだか、香ばしいにおいが漂ってきた。

 「お、だんだ焼、うまそうだな」

 食器屋のそばにあった屋台の前でサトパは立ち止まった。

「ここ、甘辛あまから具合が絶妙ぜつみょうなんだよ」と背中のライムをふりむくように首を曲げた。

 「ほんと、いつかいでも香ばしい香りだな」とサトじいは目をとじて、深呼吸するみたいに、深く息を吸った。「うん、長生きしそうな香りだ」といって目をとじたまま、ひとりうなずく。 

 「おやっさん、12本ちょうだい。いや、20本だっ」と、網の上の串だんごみたいなものを指さしながら、威勢いせいよくサトパが言った。

 「お、きょうは豪勢だね」まっしろい割烹着かっぽうぎに身を包み、ひたいにきりりと鉢巻をしたいんげんも威勢よく答えた。

 「ま、今日はお客さんもおるから」と、からだをちょっとねじって、いんげんにライムが見えるようにした。

 「あ、あれ、どなたさん……」

 いんげんはおどろいた顔をして手を止めた。

 「ライっちだよ」とサトチが言った。

 「くだもの町から来たの」とサトミがママの背中から付け加えた。いつのまにか、だっこからおんぶになっていた。


 「ライムのライム君なんだ、よろしくね」と、ひとつ背中を軽くゆすってサトパが言った。

 「よろしくおねがいします」サトばあとサトマもそろって頭を下げた。

 「お、おう、よろしくさん」いんげんも、何をお願いされたのかよくわからない、といった顔のまま、ぎこちなく頭をさげた。

 いんげんは、新聞紙につつんで、だんだ焼きを渡してくれた。

 「ほい、二、三本、おまけしといたよっ」と再び威勢を取り戻した張りのある声で、はちまきおじさんは言った。

 「くだもんさんも気に入ってくれればいいんだが……」

 サトパはポケットからうす茶色のふろしきを引っ張り出して、それを包んだ。

 「ありがとうございます」といってサトバあは深々と頭をさげた。みなもそろって頭をさげた。ライムもサトパの背中ではずかしそうに、なんだか中途半端な笑みをうかべながらおじぎをした。

 「ありがとさんっ、また、どうぞ!」

 いんげんもよく通る声をあげてハチマキの頭をさげた。

 

  すすきが生い茂った空き地にさしかかったところで、ふとサトパが立ち止まった。

 「その足の様子じゃ、とても君の町には帰れないだろう……」

 「そうね、いくらパパでも、この子を背負って、ぼんだ山を越えるのはちょっとね……」とサトマも言った。

「なんだか、ぼんやりした名前のわりには、ぼんだ山はけっこうけわしいからな」サトじいもそう付け加える。

 そのとき、きゅうにサトマがはじけるような大きな声を出した。

「あ、そうだ、ご家族に連絡しなくちゃ!……」

「いや、おれっち、家族いないんだ……」サトパの背中でうつむきながら、ライムは小さな声で言った。

「え、家族いない?、ええと、じゃ、どうやって生活を……」サトじいはそういってから急に口をつぐんだ。

「い、いや、すまん、立ち入ったことを……」

「いや、いいんだ。おれっち、ごみ集めとかの仕事して、なんとか食ってるんです……」

 ライムはとてもはずかしかったが、そう言った。この家族の前ではうそはつけない、となぜか思った。

 「ほ、ほお、そうか。そりゃ、働きものだなあ……」

 サトじいはいかにも感心したみたいに言った。

 「小さいのに立派だねえ」とさとばあも微笑んだ。あとのみなもうなずく。

 それ以上はきこうとせずに、サトパは落ち着いた声で言った。

「そうだな、とりあえず、今日は、うちに泊まっていくといい……」

「え」

 ライムはびっくりしてサトパの背中で体を固くした。

「そうだよ、それがいいっ」とサトチが叫んだ。

「おとまり、おとまりっ」サトミもぴょんぴょんはねた。

あんまりはしゃいだので、サンダルが片方脱げてふっとんでしまった。 

「あ、これこれ……」

 さとばあが、あわてて拾いにいく。


「仕事は休んだりできるかい」とサトパが聞いた。

「まあ、かわりの人はけっこういるから……」とライムは小さな声でぼそぼそと言った。

 この足で、あの山を乗り越えるのは無理だ、と自分でも思った。

 それになんだか急に疲れが襲ってきて、サトパの広く温かい背中にいつまでもいたい、となんとなく思った。

 (な、なんでそんなこと思うんだよ……)と焦り、あわてて首を横に振った。


 「じゃ、遠慮なんかしないで泊まっていきなさい」とサトパがもう一度言った。

 「い、いや、それは悪いから……」ライムはサトパのせなかで、ちいさなからだをもぞもぞさせた。

 「そんなことないよ。楽しいお客は大歓迎だよ、よかったらフルツェン町の楽しい話を聞かせてちょうだいな」とサトマが言った。

 みなは狭いくねくねした路地を進んだ。

 くすんだ土壁の家が並んでいる。そのうちの一軒の前でサトパは立ち止まった。ライムをおぶったまま、がらがらと黒ずんだ格子戸をあけて、中に入った。玄関は、ほくほくとあたたかい土のにおいがほんのりした。

 薄暗い、ところどころきしむ廊下を通って居間らしい部屋に入った。畳敷きの部屋のまんなかへんには背のひくい濃い茶色の楕円形のテーブルがあった。サトパは、そのわきにライムをそっと下した。サトチやサトミもテーブルを囲んで座った。ふたりともお行儀よく正座をした。ライムもまるっこいからだをもぞもぞさせ、まねをしようとした。

 「いやいや、足は投げ出していいんだよ」とあわてて、サトじいが言った。

 「痛くないようにしてな」さとばあも、ゆったりした声で付け加えた。

 「うん、だいじょうぶ。かちかちにしてもらったから」とライムはほうたいで固くぐるぐる巻きにされたみじかい青緑の足をもちあげてみせた。

「そんなむりをしなくていいよ」とサトパはほほえみながら言った。「足はおろしておきなさい」

 ライムは「はい」とすなおにいって、きずついたほうの足を投げ出した。

 しばらくすると、

「はい、お茶ですよお」おぼんにいくつかの湯飲み茶わんをのせてサトマが居間に入ってきた。

「はい、ライムちゃん」

 サトマは真っ先にライムの前に湯呑茶碗をおいた。

 ライムはのどがかわいていたので、すぐに手を茶碗に伸ばした。

「あちちっ」あわてて湯飲みから指をはなし、自分の口の中につっこむようにした。はふはふと、いきおいよく息をかける。

 ライムはお茶というものをほとんど飲んだことがなかった。

「ふうふうしてからのむんだよ」とサトマが、あかんぼうを相手にするみたいに言った。そして自分の湯飲み茶わんにふうふうと息をふきかけてみせた。

 ライムははずかしかったけど、まねをして、テーブルに置いた茶碗に息をふきかけた。みなの視線を意識して、うまくふけているかな、と心配だった。そのうち、強くふきすぎて、お茶がとんで、顔にかかり、「あちちっ」また顔をしかめた。

 「だ、だいじょうぶ?」とサトマが心配そうに顔をのぞきこむようにする。ライムはなかばひきつったように笑ってみせる。

 

 「はい、おまたせ」

 サトバがいくつものお皿を抱えて入ってきた。そのうしろから、おぼんにだんごをのせて、さとばあも続く。

「はい、ベジッタ町の名産、ドトターンでございますっ」

 サトバは高級レストランのシェフみたいに、きどった手つきでみなの前にだんごの皿を並べた。さっき、屋台で買ったどとんただだんごだった。

「ほお、玄さんのだんごは町の名産だったんか……」

 サトじいがおどけた口調でいうと、みな笑った。

「さあ、食べて食べて」とサトバがライムにすすめた。

 ライムはだんごの皿をおそるおそる口にちかづけると、「ふうふう」といきおいよく息をふきかけた。

「おっ、今度はさっそく、ふうふうしてるね。すごいぞ」

とサトパがほめた。

「……でも、それは特に息、かけなくていいよ、もう熱くないから……」と笑う。

 ライムは、「あ、そうか」といって、あわててかじると、がり、とへんな音がした。歯が折れそうに痛い。

「あ、くし、くし、くしをとらにゃあ」とあわててサトじいが言った。

 見ると、隣のサトチはくしからだんごをはずしていた。さとみもサトマにはずしてもらっている。

「あ、わすれてた」とわざとらしくいって、ライムもみようみまねでだんごからくしをはずした。だんごも食べたことはなかったのだった。

 なんだか、いろいろはずかしくて、味はよくわからなかった。

だんごをほおばりながら、サトパが言った。

「まあ、とにかく怪我がその程度でよかったよ。なにしろあいつらは乱暴で、怪力だからな……」ライムの投げ出している短い脚をみている。

 野菜レスラーたちの話だった。

「おれっちがわるいんだよ、あんな悪さをしちゃったから……」

 ライムはうつむいて、口のはしについただんごのかすをぬぐった。

 それから、運動会でしかけたいたずらをすべて正直に話した。話しながらなんでも正直に話せてしまう自分に驚いていた。

 この家族の前ではうそはつけない。そうおもった。今日、出会ったばかりなのに、この家族とは長いつきあいで、なんでもいいあえる関係みたいな気がした。

 すべて話し終えて、ライムは、サト家族たちが、野菜レスラーたちのように怒り出すと思って、短いくびをすくめた。でも彼らは誰も怒りはしなかった。反対に、野菜たちが、すっぱジュースをぬられた巨大あんぱんを食べた場面など、おなかをかかえて笑った。

「いつも、くだもんさんらに、迷惑かけているんだから、そのくらいの目にあってもしかたないわな……」とサトじいが笑みを浮かべて言った。 

 サトパは、「醜い嫉妬からいつもそんなひどいことをしていて……まったく申し訳ない……」と頭をさげた。

 「いや、それにしても野菜、果物、二つの町は昔はもっとなかがよかったんだがなあ……」と、サトじいがため息まじりに言った。

 「そうそう、懇親会といっても、いまみたいに殺伐としたものはありませんでしたよ」とサトバあも言った。「かるた合戦とか、歌合戦とか……」

 ちょっとあわてたようにライムの顔を見る。

 「合戦っていっても 戦いじゃあありませんよ。それはそれは平和なものでした……」

  サトバあは目をつぶり、ちょっとうつむいてくすっと笑った。

 「なあんだよ、なあにがおかしい」

 とサトじいが笑いながら、サトバあを見る。

 「いえ、な、なんでもありません……ちょっと歌合戦のことを思い出して……」

 とサトバは笑いをこらえながら言った。

 「そうそう、じいさんはこんな感じの歌、歌ったんじゃなかったかね……」

 とサトバあは目をつぶり、すこし上を向いた。

 「ええと、……」

 「メロンさん、つるつるつやつやきれいだね……」

 「なんだ、そりゃあ」とサトチがわらいごえをあげた。みなも大声で笑う。

 「よくおぼえてるなあ」とサトじいも感心したように笑った。

 「きのうのことなんかはわすれても、昔のことは覚えてるんだよ……」とサトバあが笑いながらいった。

 

 「でもなにがおかしい。あみめのないつるつるのキンショウメロンさんのうつくしさをうたった深い歌なんだぞ」

 とさとじいは口をとがらせた。

 「そもそも。キンショウメロンさんがぼくにこんな歌を歌ってくれたから、そのお返しに、うたったんだ……」

 とさとじいはいって、こほんとひとつせきばらいした。それからふしをつくってろうろうとうたった。

 「さといもさん、かみのけ、ふさふさうらやましい……」

 居間は爆笑に包まれた。


 笑いがおさまったとき、ライムのおなかがぐうとなった。

 「さっき、おだんご食べたばかりなのにぃ……」とサトミがわらった。ライムははずかしくて、うつむいて自分のまんまるいおなかを両手で押さえた。

 それでももう一度、ぐううとなった。

 そのときになってはじめて、昼ご飯を食べていなかったことに気づいた。

「まあ、こんな時間」と、薄茶色の壁にかかった振り子時計を見上げてサトマが言った。

「珍しいお客さんがきたから、すっかりわすれてた」

 手をひとつ打つと、あわてたように立ち上がった。

「あらあら、たいへん」といってサトバあもよっこらしょ、と立ちあがろうとした。

「あ、おかあさんはすわっててください」とサトマが笑顔で振り返って早口で言う。

「お医者でけっこう待たされたからなあ……」とサトパも言った。

 ライムはなんだかそわそわと落ち着かなかった。

 どうすればいいかわからず、うつむいたまま、テーブルの下に隠すようにしている自分の手をいじったりしていた。

 そのとき、サトチが声をかけてくれた。

 「ごはん、待ってる間、すごろくしよっ」

 「サトミ、もってくるっ」サトチの妹はいきおいよく立ち上がると、すごい勢いで走り出した。廊下に飛び出ると、視界から消えた。

 (そ、そんなに猛ダッシュしなくてもいいのに……)とライムは思った。

「あわてない、あわてない」サトパがサトミの消えた方向に向かって笑いながら大きな声を出した。

 サトミはあっというまに大きなひらべったい箱をかかえて、走ってもどってきた。ふたがよくしまっていなかったらしく、畳敷の床に置こうとしたとたん、こまやサイコロが飛び散った。こまはなす、じゃがいも、トマト……みな野菜の形をしている。

「ほらほら、あわてるから」とサトパがたしなめるようにいう。

 サトチはなにもいわずに、さっさと手際よく、慣れた様子で散らばったこまを拾いあつめる。

 すごろく盤をひろげると、そのわきに野菜こまを並べる。

 「じいちゃもやろ」

 とさとみがサトじいをさそう。

 サトチは、「はい、みんな、こま、選んで」と言った。

 「うーんとね、……」

 サトミは畳に並べられたこまに目がくっつくほど近づけて、うなっている。

 「このまえは、かぼちゃさんだったからぁ……」

 頭をこまに上にめぐらせて悩みつづける。

 サトチは、とくにいらいらしたようすもみせずに、そんな妹のようすをみている。

 やっと、ラッキョウをえらんで、ちいさな手のひらに、とても大切なもののように乗せた。

 「はい、じゃ。つぎ、ライッチ」とライムのほうをみる。

 なんだかわからなかったが、ライムはうなずくと、だまってカブのこまをとった。

 それから四人でじゃんけんをして順番を決めた。

 サトミが勝った。サトミはちいさな両手でさいころをつつみこむと、熱心に何度も何度も振った。それから、「えいっ!」とすごろく盤に転がす。

 「あ、五だ!」

 サトミはかん高い声をあげる。

 「いち、に、さん、……」

 おおきな声を出して、元気よくこまをすすめる。

 ライムはしまった、と思った。

 数があまりよくわからないのだ。

 ライムは学校というものには行ったことがなかった。

 すごろくもやったことがなく、ルールがよくわからない。

 でもつぎの番はライムだった。

 ライムは、なにかいいわけをつくって、もうやめる、と言い出そうか迷ったが、いくらなんでもはやすぎる、と思った。

 なるようになれ、とさいころをころがした。

 たくさんの点のついた面が上になった。

 「あ、六だ、いいなあ……」とさとみ。

 「いっぱい進めるね……」とサトチもほほえんだ。

 ライムはカブのこまをもったまま固まった。

 でも、なかばやけくそで、てきとうにますめにそってこまをすすめた。

 「あ、いきすぎだよ」とサトチがいった。

 「あ、そうだ」あわててこまをうしろにすすめる。

 「あ、今度はさがりすぎだよ」とサトじい。

 ライムはこまをもったまま固まってしまった。

 いつもなら、かんしゃくをおこして、こまをほうりなげるところだった。

 でもじっと奥歯をかみしめて、こらえた。

 サトじいがそっと手をのばして、ライムのこまをもった手をとった。

 「ほら、いいち、にいい……」

 とゆっくりかぞえながら、こまをすすめる。そしてむっつ数えたますで、しわだらけの手をはなした。

 「あ、そうだった……」ライムはむりにあかるい声を出した。

 それからますを進めるときは、サトチたちがいっしょに数えてくれた。そのうち、ライムもひとりでなんとか数えられるようになった。

 すると、だんだんとおもしろくなっていった。

 ライムは足の痛みも忘れて、すごろく盤をのぞきこんだ。

  そのとき、

 「ごはんですよお」

 サトマのはつらつと澄んだ声がした。

 でもサトミは聞こえないふりで、

 「はい、つぎ、ライッチだよっ! 」とライムにサイコロをわたした。

 「ほらほら、お片付けしなさい。」とおぼんをもって入ってきながらサトマが言う。

 「ごはんのあとでやろ……」とサトチがいった。

 サトミは口をとがらせていたが、やがてしぶしぶと、食卓のテーブルにむかって、よつんばいでのろのろと向かった。

 ライムもサトじいにうながされて、テーブルの前に座った。

 サトマは「さあ、めしあがれ」とほほ笑んで、ライムの前におわんやさらをおいてくれた。汁が満たされた赤茶色あかちゃいろのお椀からはふわふわと湯気がでている。ごはん茶碗にはまっしろいごはんが盛り上がっている。

 お皿には、おいものにっころがしや、いろいろな野菜があふれていた。

 家族全員がテーブルを囲み、手をあわせた。「いっただきまーす!」

 いいにおいにつられて、おみそしるの茶碗に手を伸ばすと、

 「さあ、またふうふうしながら食べるんだよ」とサトバがほほえみながら言った。

 「しつこいよ、ばあさん。ちょっとさめるまでに、先におかずを食べてればいいんじゃないか」とサトじいが言う。

 ライムは夢中で食べた。初めて食べるものばかりだったが、からだじゅうにしみこむような感じで、とてもおいしかった。

 そのうち、「あれ、ライムちゃん、おはしの使い方が……」とサトマがひじきをつまんでいたライムの手に目を向けた。

 「はい、このゆびを、おはしの間にはさんでえ……」とライムのちいさなぷよぷよした手をとって、サトマはただしいお箸の持ちかたを教えてくれた。

 ライムはけんめいに、教えてもらったとおりにやろうとしたが、なかなかうまくできなかった。「おれっち、指が短いから……」と言いわけを言った。

 「いつもは、しゃもじ、つかってるんだ」

 それはごみ拾いで手に入れたものとは言えなかった。

 「ま、いっぺんに覚えるのは大変だから、すこしずつ慣れていこうね」とサトマがいって、台所からスプーンをもってきてくれた。ライムは「ありがとう」といって受け取ると、自己流のもちかたで、ごはんをかきこんだ。


 彼らはよく笑った。いろいろおしゃべりしては笑い、テレビをみては笑った。

テレビでは、「いもねえちゃんといもやろうっ!」とのさけび声が聞こえたかとおもったら、「いもいもいもいもいもねえちゃん♪……」

にぎやかなへんな音楽が流れ始めた。アニメ番組かなにかのようだ。

「おっ、はじまったぞ」

とさとじいがテレビに向き直った。

「今日もきっとおもしろいよ」

とさとみが笑った。

画面には、きらきらとかがやく、まんまるいフルーツが現れる。グレープフルーツみたいなのに、からだにはメロンみたいなあみめ模様もようがついている。ライムが見たこともない不思議なフルーツだった。口笛をふきながら、丘の上みたいなところを歩いている。

すると、とつぜん、「わあっ」とさけび、なぞのフルーツがはでにころぶ。

丘にねそべっていたじゃがいもみたいないもにつまずいたのだった。みると、近くには、おおぜいのいもがあおむけにねそべっている。ひなたぼっこでもしていたのだろうか。

「なんだ、なんだよお、おまえら土とおんなじ色だから、気がつかなかったじゃんかよお。」

とフルーツはおきあがりながら口をとがらせる。

「おれさまは、フルーツの中のフルーツ、メロンゴールドスペシャル―ゼだぜっ」と胸を張ってなぜか自己紹介する。

 すると、いものおねえさんがむっくりとおきあがり、

「ごめん、ごめえん、ごめんちゃーいっ♪」と歌いながら踊りだす。ほかのいももみなすっくとおきあがり、同じように元気よくおどりだす。

「ごめんなちゃーい、ちゃちゃいのちゃちゃーいっ♪」いもたちの大合唱になる。

テレビを見ている里いもの家族は大笑いした。

「え」とライムは絶句する。

なんだか、いも族をばかにしているみたいにみえる番組なのに、里いもの家族はみな大きな口をあけて笑い、夢中になって見ている。

さとみなど、わらいすぎてひっくり返ってしまう。


「はい、ごはんをたべたあとは、歯磨はみがきだよー!」

 サトパが元気のいいはつらつとした声をあげた。

「ええーっ」

 サトミが両腕をだらんと体のわきにたらして顔をしかめる。

「ライムくんも、歯磨きおねがいね」とサトマがほほえみながら言った。

「ライッチ、はみがきいくよっ」

 サトミはちいさな手で、ライムの手をにぎった。あたたかい手だった。

「いっちに、いっちに」、と元気よく、つないだ手を大きくふり、足も大きくあげて、サトミは廊下を行進した。後ろからサトチも続く。

 大きくふられた腕がけっこう痛かったが、がまんして、ちいさな声で、「いっち、に、いっち、に」と声を合わせた。

「洗面所、とうちゃくーっ!」とサトミが大きな声を出した。

 タイル張りのおおきな洗面所だった。

 ふたりは洗面所の前にならんだ。ライムもおずおずと二人の後ろに立つ。

「はい、ライッチは、新しいのっ」

 サトチはたんすの引き出しからパッケージに入った新しい歯ブラシを出した。

 パッケージをおちついた手つきではずし、「はい」とライムにわたす。

 「あ、ありがと……」ライムは受け取ったはぶらしをぼんやりと見つめる。

 「何味にしますかぁ」サトミがライムを見上げる。両手に、へこんでいるちいさなチューブがいくつかのっている。

「いろんな味のはみがきこがあるんだよ。ぼくはいつもしゃきっとさわやかなレタス味」とサトチが説明した。

 「あたしはかぼちゃ」とサトミがつづけた。

 さっきのすごろくでも、こまにかぼちゃを選んでたし、かぼちゃがすきなのかな、とライムは思った。

「ええと……」よくわからないので適当にひとつを選んだ。「にんじん味ね」といってサトチはライムのはぶらしにチューブのなかみをつけてくれた。つづけて、サトミのちいさな歯ブラシにかぼちゃはみがきこをつけた。最後に自分の歯ブラシにレタスはみがきこをつける。

 サトイモの兄妹は、大きな鏡にむかって背筋をのばすと、腰に手をあてた。それから反対の手でしゃかしゃかと、歯をこすり始める。いきおいよく手を動かしている。ふたりともそっくりのしぐさだった。ライムも横目でみながら必死に真似をした。

 と、突然、サトイモ兄妹は洗面所にかがみこむと、ぺっぺっと、いきおいよく何かを吐き出した。えっと思ってライムが見ると、つばとまじった歯磨き粉のようだった。

ライムは、(にんじん味ってけっこうすっぱいんだな……ま、おれっちのすっぱジュースに比べればたいしたことないが……)などとおもいながら、はみがきこを飲み込んでいたのだった。

 きゅうにのどに歯みがきこの残りがからみついて、ライムはごほっ、ごほっとはげしくせきこんだ。

「だいじょうぶ、ライッチちゃん」サトミはせのびして、ライムのまるい背中をぽんぽんとたたいた。

 「うがい、うがい」サトチはあわててコップに水をいれて差し出した。

 ライムはうがいをして水をぺっぺっとはきだした。

 心配そうにライムをみながら、サトイモ兄妹もそれぞれコップをもって、ぶくぶくと音をたててうがいをした。

(まちがって飲み込んでしまった、とおもってくれたらいいな……)とライムは思った。

 ちょっと失敗はあったけど、はみがきをしてよかった、とライムは思った。自分の息がすうっと、いい匂いなのにきがついたからだ。

(これをしてたら、ダンスパーティーで「口、くっさーい」なんていわれることもなかったんだな)と思った。


 居間にもどると、またすごろくの続きをした。いちばん先にゴールしたのはサトミ。次がライムだった。三位はサトじい。みんなのお世話をしたのに、残念ながらサトチは最下位だった。

 (おれっち、はじめてやって二位はすごいな)とライムは自慢したかったが、おさえた。

まあ、わかってしまったかもしれないが、すごろくというものをはじめてやったことをなぜか知られなくなかったからだ。

 そのあとも、さらに里芋のこどもたちとトランプをしたり、かるたをしたりしてあそんだ。サトミの相手をしてお手玉やお人形あそび、おままごとにつきあったりもした。

 ライムたちが居間で遊んでいる間、大人たちはとなりの部屋にいた。

遊びが一段落して、のぞいてみるとその板張りの広い部屋には、不思議なものがいっぱいだった。

 木の香りがぷんと鼻をつく。板張りの床にはなにか木の枝みたいなものがたくさん散らばっている。そこにサトパやサトじいはあぐらをかいて、ながいつるをまげたり、つないだりしてして何かつくっている。

 部屋のはしには、いろいろな形や大きさのかごや、ざるなどが置かれてあった。

「藤のつるや枝をあんで、いろんなものをつくってるんだよ」とサトチが説明した。

みるみる長細ながほそいわらみたいなものが、皿みたいなものにしあがっていくのをみて、ライムは目をまるくした。みな木の床にすわり、足までつかって編んでいるのだった。

 

 お風呂に入ってから、子供たちだけの部屋で布団を並べて寝た。

ふとんは大きくて、ちょっと重かったけど、ライムは疲れていてすぐに寝てしまった。

ときどきみるへんな夢をみることもなかった。

 夜中に一度、サトミになにか大きな声で話しかけられたとおもって起きてしまったが、ただの寝言だった。

 翌朝、「足がよくなるまでうちでゆっくりしていけばいいよ」とサトパはあらためていって、みなもほほえんだ。

 そうしてサトイモ一家とのくらしがはじまった。

 すこしずつ、足がよくなってくるにつれ、サトチたちといっしょに近所を散歩するようになった。最初は野菜たちにびっくりされたり、こわがられたり、顔をしかめられたりした。だが、しだいに近所の人も慣れたのか、とくに目立った反応はみせなくなっていた。

ライムは最初は大きな野菜をみるたびに、(野菜レスラーかっ)とびくっとしたが、幸いなことに彼らとは出くわさなかった。


 そんなある日のことだった。くもり空のもと公園に遊びに行ったら、ベンチにダイコン、なす、ジャガイモが並んで座っていた。

 まんなかにすわったダイコンをみた瞬間、ライムは、あの相撲大会にいた女レスラーかとおもい、はっと、からだが固くなった。だが、よくみると、ダイコよりかなりちいさな、別のダイコンだった。

 ベンチの野菜たちはみな、なかばしおれて、どんよりとうなだれている。

ライムが、(あのひとたちどうしたんだろう、元気ないな……)と見ていたら、ベンチのはしにすわっていたナスがするどい目つきで見返してきた。

「なんだよ、おまえ、このぼけやすやろうっていいたいのかよっ」

 ライムはあわてて手をふった。

 「そ、そんなこと思ってないよ……」

 「ああ、わるかった……」とナスは、すぐに、ため息みたいな力ない声を出して、うつむいた。

 「フルーツさんにやつあたりしても仕方ないよな……」さらに深くうなだれる。

 「こんな調子だから、ますますニンゲからばかにされるんだ……」

 「ニンゲからばかに……」ライムはナスのことばを、ふしぎそうに繰り返した。

 「ああ、おれたちナスは、ニンゲから、軽蔑けいべつされているんだ。ニンゲランドでは、ナスはばかの象徴なんだ。ぼけなすだけじゃなく、おたんこなすっていいかたもあるらしい……」と付け加えた。

「おたんこ、おたんこ」サトミは笑いながら繰り返した。

 そんなサトミを無視して、ナスはうつむいたままつづけた。

「そう、やさいはみんなそうさ……、ドテカボチャとか、もやしっこ、とか、みんなばかにする言葉さ……ショウガも、しょうがないやつ、なんていわれてるんだ……」

「おらだってそうだ。じゃがいもみたいな顔っていえば、ニンゲランドでは、とても不細工でみっともない顔って意味なんだ……」と、なすと反対のはしにすわったじゃがいもも言った。

「そう、あたしだってよく、わかってる。おでぶちゃんの足は、大根足っていわれるのよ」と大根がヒステリックにさけんだ。「それに、ニンゲ界では、へたっぴな役者のことを、大根役者っていうんだそうよ」といって、大根はとうとう泣き出した。

「い、いや、そんな名前だけで、そんなことは……」ライムはたじたじとなった。

 サトミはダイコンに歩み寄って、何もいわずに手をつないであげた。

 「反対に、フルーツは、そんな言い方はされないだろう……」となすが顔をあげて言った。「ええと……」ライムは空を見上げて、ううん、とうなった。

 「ばななやろうとか、どてめろんとかってきいたことがない気がするが……」となすが言った。

 たしかにそうだ。でも、なにかとものをしらない自分だから、自分だけが知らないのかもしれない……とも思った。

「そ、そういえば、フルーツェンにだって、そういう人はいるよ。ええと、たとえば……」

 ライムはくびをかしげて、必死に思い出そうとした。

「あ、そうそう、ナシさんなんて、ときどきぼやいているよ。みんなに何かもらえるときも自分だけは、「きみはなしだ」っていわれるって……」。

「でもそれはニンゲから言われた言葉じゃないだろう……」とじゃがいもが言った。

「あ、いや……」

 秋風が吹いているのに、ライムのひたいに汗がにじんできた。

「おんなじようなもんさ……それに……」

ライムはさらにつづけた。

「……そんなバナナっていうのは、そんなばかな、って意味とか……」

前にテレビで見たことをおもいだして言った。

「え、そうなの」。大根は目を見開いた。

「じゃ、なまえをつかった悪口みたいのは、あたしたち野菜だけじゃないのね」

「それに、野菜を使った悪口みたいな言葉があるのは、むしろ、野菜がよりニンゲに身近で、親しまれてるからだってきいたことあるよ」

とサトチがいった。

「そうそう」とライムもうなずく。心のなかでは(へえ、そうだったのか)と驚いていた。

 ベンチの三人のやさいはそろって顔をあげた。

 「健康にいいのも果物より、野菜だってのも……きいたことあるし……」とライムは言った。そして、このまえ病院で話したコビトカバの話をした。

「そ、そうなのかなあ……」

 なすが頭をかいた。

 「ニンゲにとって、より身近かぁ……」

 「健康にもいいのか……」とジャガイモがつぶやくように言う。

 「そうだ、水、飲みに行こう……」

 なすが元気よく立ち上がった。

 「ニンゲを健康にするのに、自分たちが不健康だったら話にならない。それこそ、おたんこなすだっ!」

 「たしかにぼくら、ちょっと水分が足りない気がする。うるおいというか……」ジャガイモもいきおいよく立ち上がる。

「おひさまもいっぱいあびましょうっ」ダイコも両うでをおおきく広げ、空をみあげながら立ち上がった。

「よしっ、水飲み場まで競争だっ!」なすがさけんで、突然、走り出した。

「まけないぞっ」「まけないわよっ、あんたたち、このたくましい、がんじょうな足にかなうとおもってるのっ」とさけんでジャガイモとダイコンも猛烈な勢いで続いた。

ライムとサトイモ兄妹は、いきおいよく公園の奥に向かってけていく三人の後ろ姿を見送った。

 「すごいね、ライッチちゃん、じゃがいもさんたちを元気にしたっ!」さとみが元気な声で叫んだ。「ほんとだ、すごい」サトチもライムのまるい肩をたたいた。

「いや、サトチも野菜のいいところをいってくれて……」ライムはちょっと恥ずかしそうに言った。


 それから別の日にやはり公園を散歩していたときのことだった。

 野菜のちいさな子供たちがシーソーの下がったほうの側に並んで座っている。

 メキャベツ、ミニキャロット、まめかぶの三人が、やや斜めに傾きながら、体をよせあって、一冊の本を夢中でのぞきこんでいる。

「なにみてるの? 」ライムは笑みをうかべながら。シーソーにちかづいていって、大判の雑誌をのぞきこんだ。

 あざやかな色彩が目に飛び込んでくる。

 そこには、カラフルでおしゃれな服に身を包んだモンキーバナナや双子のチェリーなどのかわいい果物の子供たちが思い思いのかっこうで踊っていた。みな、かがやくような笑顔だ。その後ろにはコバルトブルーの湖がこれまたかがやいて広がっている。

「いいなあ、これ……」とまめかぶがいうと、「ほんとかわいい……」「そうだね……きれい……」とミニキャロットと、メキャベツもうなずいた。

「ほんと、すてきな服だよね……」とライムもうなずいた。

「服? これ服じゃないよ」メキャベツが指さしたのは、モデルたちのかぶっている帽子だった。あみめのあるネット帽だ。

「あ、こっちのほうか……、フルーツキャップだね……」ライムは、ピンク、イエロー、グリーン……、色とりどりのふわふわしたフルーツキャップに目をやった。

 ニンゲ界でも使われている、と聞いたことがあった。たしか、高級なフルーツを運ぶときなんかに傷つかないようにかぶせるとか。服もろくにもっていないライムはもちろんかぶったことはなかった。そもそも、高級な店にはいかないから、本物はみたことだってなかった。

 「ぼく、このきいろいのかぶりたいな」

 「あたしは、ピンクのっ」と、野菜の幼いこどもたちは、ちいさな指で大きな写真ページのフルーツキャップを指さした。

 「ねえ、おにいちゃんもフルーツなんでしょ」とまめかぶがライムの顔をみあげた。

 「う、うん……」じっと顔をみられて、ちょっとどきまぎした。

 「なんで、あみのおぼうし、かぶってないの」

 ライムは頭に葉っぱでもかぶせてしまいたいと思った。きゅうにむきだしの頭がはずかしくなった。

 「い、いや、おれっち、帽子はあまり好きじゃないから……」ライムはしどろもどろになっていった。

 「そ、そんなにほしかったら、今度、もってきてあげるよっ」

 三人のちびっこにじっとみつめられて、おもわずそう言ってしまった。

 だが、手に入れられるあてなどまったくなかった。

 フルーツキャップがいくらぐらいするのかライムにはまったくわからなかった。ごみ集めの仕事では食べものなどを買うのがせいいっぱいで、そんなものを買おうと思ったことが一度もなかったからだ。ごみとしても落ちていたことはなかったように思えた。

「ほんと、やったあ!」

 まめかぶはシーソーからおりてとびあがった。あとの二人もまねをした。

「お、けっこう、いいジャンプしてるじゃないかっ」ライムはとっさに、話をそらすチャンスだと思った。

「こうやって、もうすこし膝をまげて、力をためてから飛んだら、もっと飛べるよ」

といってかるくジャンプしてみせた。

「わあ、フルーツおにいちゃん、すごーい!」

 かるくとびあがっただけなのだが、かなり上までとんでいき、ミニ野菜たちは歓声をあげた。

「あたしにもおしえてっ!」とミニキャロットがかけよってシャツのすそをつかんだ。

「ジャンプっ、ジャンプっ!」

 ひっぱってふりまわすようにする。 

「わかった、わかった、教えるから」というとやっと離した。

 足はまだ完全に治っていなかったけど、ライムはジャンプを教えた。

「もっと、力をぬいて、リラックスしてえ……」

 こどもたちは、きゃーきゃーさわぎながらジャンプを続けた。

 「こんなの、できるっ?」ライムはジャンプしながら、くるくる回転してみせたりもした。

 ちいさなこどもだから、ただのジャンプだけではあきてしまうと思ったからだった。

 「できるーっ!」幼いこどもたちは目をさらに輝かせた。

  こどもたちはまねをして、ジャンプしながら回った。けれど、半回転もできず、地面につくと、ころびそうになった。

「あ、なんかあぶないから、これはやめとこう」ライムはちいさなからだを支えた。

 つぎにライムは、ジャンプしながらべろを出したり、目をおもいきりよせたり、変顔へんがおをしてみせた。

 子供たちはからだをくねらせたり、よじったりして大笑いした。

 ライムはたてつづけに、とびあがりながら、手足をへんな感じに振り回したり、みょうちくりんなポーズをとってみたりした。

 子供たちは大喜びで手をたたいた。

「ちょっと、危ないよ。もうそのくらいにしたほうがいいよ」とサトチがいった。

「まだ包帯とれてないんだからっ」とライムの足を指さした。

「そうだよ、あぶないよっ」と妹もかんだかい声で叫んだ。

「大丈夫、大丈夫」ライムは、笑いながらも必死にジャンプをつづけた。

 ちいさな子供とあそんであげられる自分になかばびっくりしていた。

 ジャンプに疲れてくると、ライムと、サト兄妹と野菜のこどもたちは。いっしょにシーソーに乗って遊んだ。

 それから、ライムはサト兄妹と公園に行っては、野菜のこどもたちにジャンプを教えた。

 三人組がつれてきたダイコンやハクサイの子供ともなかよくなった。

 公園にある鉄棒で、さかあがりや大回転を教えたりもした。

 また、なわとびやおにごっこ、かくれんぼをして遊んだりした。

 もちろん、遊んでばかりいるわけではなかった。

 サトパやサトマのお手伝いをしたり、藤細工を手伝ったりした。


 足はもうほとんど治っているのに里家のだれも「もう帰ったら」といわなかった。ライムもまた、帰らなくっちゃとはおもいながらぐずぐずしていた。



 でも、外での活動はなかなかうまくいったが、サト家での仕事はあまりうまくいっているとはいえなかった。ライムは、藤細工などの工芸の仕事や、洗濯、掃除など家の仕事を、自分からたのんで手伝わせてもらっていた。けれど、そっちのほうは、動作がなにかとがさつで、乱暴で不器用だったせいか失敗ばかりしていた。

 布団の中でときどき考えた。(おれっちがこんなところにいるのはおかしいよな……おれっちは何もできない。この家に役に立つことなんて何ひとつできない……

 それにしてもなんだってこの家のひとたちはごみみたいに扱われていたおれっちなんかに親切にしてくれるんだ……)

 ライムなりにその親切に答えようとした。あるとき、いいことをおもいついた。

サトミはぬいぐるみのかぼちゃんに持たせる手提げかごが欲しいといっていた。こっそり藤細工でミニかごをつくってプレゼントしよう……

 さといも家族の家は、けっこうひろくて、使っていない部屋もある。隠れてつくることはできそうだった。その北側の小さな部屋がいつのまにかライム専用の部屋みたいになっていた。

 ライムはひまをみつけては「隠れ部屋」にこもり、けんめいにつくった。うまくいかず、なんどもつるをほどいては、やりなおしたりした。けれどついに、まあまあみられるものができあがった、と思った。

「わあ、ありがとう!」サトミはとびあがらんばかりに喜び、をつかんだ。そのとたん、ぱちん、とばねみたいに、つるがほどけ、サトミの手の甲をついた。

手から血が流れ出た。

「ごめん!」

すっかりパニックになり、あわてて、ライムはあたりを見渡した。部屋のすみに布があったので、いそいでそれを拾い上げ、サトミの小さな手をつつもうとする。とたんにサトパの手が激しくそれをはらいのけた。ライムがつかんだ布は雑巾だった。

「なにをするっ、はなれていなさいっ!」

サトパはライムをつきとばすようにして、サトミをだきかかえた。

「ごめんなさい……」もういちどいって、ついていこうとしたが、

「来なくていいよ」とサトパがリビングのほうにサトミを連れて行きながらいった。

仕方なく自分の部屋に戻った。しばらくぼんやり座っていたが、やがて、ショルダーバッグをしょって立ち上がった。


 ライムは部屋を出ると廊下を走った。玄関で靴をつっかけると外に飛び出す。迷路のような路地をひたすら走る。路地を出ると、枯草やごつごつした岩が広がる荒地を駆け抜けた。

 気がつくと、目の前にそびえる切り立った山が行く手をさえぎっていた。

 野菜と果物の町をへだてる小さいけどけわしい山。

 ライムは山の前でしばらく立ち止まっていた。

 するどい岩がところどころに突き出た、ほとんど垂直にみえる壁をにらみつける。それから一気にジャンプして岩壁にとりついた。だけど、手がすべった。ライムは落下した。なんとか地面に着地したが、ぎくっ、足首にいやな衝撃が走った。

 荒れ地に転がる。つぎの瞬間、やけつくような痛みが右の足首に走った。(うわあ、またやっちまった)治りかけていた右の足首にふたたび、きりで刺し貫かれたような痛みが走った。

 「くっそぉ」なんとか立ち上がろうとしたが、とてもダメだった。ライムは足首を両手でつかんだまま地面に転がった。どんよりくもった空をみあげながらライムはうめき続けた。



「ちくしょう……」どんよりした空をみあげながらライムはうめき続けた。もう立ち上がることはあきらめ、ふてくされたように、荒地に寝っ転がっていた。どのくらい、そのままでいたことだろう。

「だいじょうぶーっ?」

 かんだかい声がきこえてきた。最初は空耳かと思った。ライムはぼんやりと目をあけた。かけてくるサトチの姿がみえる。夢をみているのかと思った。なんとか目を覚まそうとして、寝転がったまま頭を振った。 

 続いて「おいっ、どうしたっ!」、よく響くりりしいサトパの声もした。

 サトパはころがっているライムを見て、すぐに状況を察したようだった。

「あの……」ようやく上半身を起こして、ライムは力なくいった。

「あそこから落ちて、また足をやっちゃったみたい……」垂直にそそりたつ山壁を指さす。

サトパはライムの前にしゃがみこんだ。

「さ、かえろう」と手をさしだす。しばらくためらった後、ライムはその手をそっとつかんだ。その手は大きくて、あたたかった。ほくほくと土のようなにおいがした。

 それから、ライムのまるく小さなからだは、サトパのひろいがっしりした背中におさまった。

「この前と同じになっちゃったね……」

サトチはちょっとからかうように言った。


 また、外には出られなくなった。ライムはおもに、作業部屋にこもって工芸細工をすることに専念した。サトパやさとじいに、もう一度、基礎から、しっかり教えてもらうよう頼んだ。今まで通り、みなで福笑いやすごろくをしたり、サトミのお人形あそびにつきあったりもした。

 そんなある日、小さな子供たちがやってきた。

 ジャンプを教えたり、いっしょに遊んだりしている芽キャベツ、ねずみダイコンやタイニーシュシュだった。

 「サトチにいちゃんから聞いて……あし、けがしちゃったんでしょ」とねずみダイコンがいった。「おみまいにきたの」といってタイニーシュシュが花束を差し出した。野原でつんできたと思われる花束だった。

 「ありがとう……」

 ライムは涙が出そうになったが、必死にこらえた。こんなちいさな子供たちの前で、泣くわけにはいかない。

 それから、小さなこどもたちにあがってもらって、いっしょに遊んだ。

 

 足が治ってくるにつれ、またすこしずつライムは外に出ていくようになった。

ある日、あしの訓練をかねて公園を散歩しているときだった。

公園のなかほどまで行ったとき、遊歩道のわきの少し小高くなったところで、数人がなにかを囲むようにして作業をしているのがみえた。

小屋みたいなものを組み立てている。

 「何つくってるの」

 ライムがきくと、

 にんにくがぼんやりと振り返った。

 「ああ、東屋あずまやをつくってるんだ……。ガゼボともいうがな……」

 「前のがちょーぼろっこちくなったから、仕方なく立て直してるのさ……」

 と、のこぎりをもったしいたけも、どこかうかない表情でいった。

 「屋根と柱だけの、休憩所ってことさ……」

 と大きな木槌をぶらさげたえりんぎが付け加えた。

 しかくい柱のひとつに、しめじが絵を描いていた。

 やわらかい輪郭りんかくの花や野菜の絵……

 (わあ、きれいだな……)とライムが見ていると、突然、しめじはかがみこんで、筆を乱暴に絵具の缶につっこむと、乱暴に絵の上にまっくろいペンキをぬりつけた。柱のあちこちに描いてあった絵にも塗りたくる。

 「えっ」ライムは目を見開いた。しめじはほかの柱のところにすごいいきおいで移動すると、そこに描いてあった絵もまっくろにぬりつぶした。

 「だめだ、だめだっ!」

 しめじは絵筆を投げ捨てると、髪をかきむしった。

 「かけるわけない、かけるわけないよっ」

 「え、いや、すてきな絵だったじゃないか……」

 ライムはやっとのことでそう言った。

 「そんなわけない、そんなわけないんだ。おれに絵なんかかけるわけがないっ」

 しめじは叫んだ。

 「おまえらフルーツ町みたいに、まわりにきれいなものばかりがあるところで育ったんじゃないからな。美的なセンスなんて身につくわけないんだ……」

 しゃがみこみ目をぎゅっとつぶって叫び続ける。

 すると、今度はえりんぎが叫びだした。

 「わあ、この柱、曲がってるっ!」

 両手でしかくい、まるい柱をつかむと、ぐらぐらとゆする。

 塗られたばかりの黒ペンキが飛び散る。

 そうしているうちに、柱はどんどん傾いていく。

 「ぼくの心がねじまがっているから、柱もねじまがっちまうんだっ」

 そして四、五本あった柱をすべて力任せに倒してしまった。

 「ええっ、もうちょっとで完成だったんじゃないのかよっ」

 ライムはびっくりして、さけんだ。

 「いや、べつにそんなにおどろくことはないよ。いつものことだから」

 しずかな、しらけた声でにんにくがいった。

 「かならず最後はこうなっちまう……」

 「そう、完成間近だと必ずこうなるな……」

 とえりんぎが付け加えた。

 「つくってはこわし、つくってはこわし……もう何年続けているか……」とにんにくがいうと、

 「いや何十年かもしれないな……」

 とえりんぎが付け加えた。

 「なぜならわれわれは能力がなくダメだからだ。どんなに努力してもな……」

 とにんにくが静かな声で続ける。

 「そう、われわれはだめなんだ。うまれつき優秀な、なんでもできるくだもんさんにはわからないんだろうけどな……」

 「ああ、けっしてな……」

 とえりんぎがいう。

 

 ライムはあっけにとられて黙りこくっていたが、やがて踏み込むように言った。

 「なあ、もう一回つくってくれよ、もう一回だけ……」

 野菜たちはぼんやりとライムの顔を見た。

 「まあ、べつにいいけど……」とにんにくがいう。

 「いつものことだからな……」

 とえりんぎがいう。

 

 「じゃ、頼む。ちょっとまってて、すぐ戻ってくるから」

 といってライムは家にひきかえした。

 そしてサトパから借りたカメラを抱えてもどってきた。彼はサトパからカメラのうつし方を教わっていた。

 そして、作業をしている野菜たちを辛抱強く見守った。

 真っ黒だった柱には再び、うつくしい野菜や花が描かれた。

 

 もうすこしで完成、というところで野菜たちがまたいらいらしてきたのがわかった。

 「ああ、だめだ」

 ついにしいたけが叫びだした。

 木槌をふりあげたしいたけをあわててとめてなだめる。

 「ちょっとまった。まった!」と手をあげて、必死に野菜たちの動きを止める。

 そして完成した東屋の写真をとった。

 

  家に帰るとライムは大きな紙に写真をプリントして公園の掲示板に張り出した。

 掲示板のまわりにはひとだかりができた。

 「わあ、すてき!」

 「いつもつくってるけど、ついに完成したんだね」

 「本物を見に行こうっ」といって公園を走り出す野菜たちもいた。

 掲示板のそばにいた作業員たちはぼうぜんとして立ちつくしていた。

 「すてき?……」「完成?……」まったく信じられないものをみている感じだった。

 「……なんだ、おれたちが作っていたもの、はじめっからそんなに、ひどいものでもなかったんじゃないかな……」

 「いや、それどころか、けっこういけてたんじゃないか? 」

 「せっかく作ったのを何度も、いや何十度も壊して……、なんか損しちゃったな……」とにんにくもいった。

 

 ところが、そんなある日のことだった。

 ライムは通りですれちがったナスのおばさんに、いつもどおり、ほがらかに「こんにちは」と挨拶した。けれどおばさんナスは挨拶を返さず、うつむいて小走りに去っていった。

 つぎに通りの向こうから歩いてきたオクラも同じだった。目をそらして足早に去っていく。

「ど、どうしたんだろう……」ライムは心臓がどきどきしてくるのを感じた。

 駄菓子屋の軒先に、最近、なかよくなったアスパラガスのパーガスがいたので、近よっていって声をかけた。すると、パーガスはいいよどんだすえに、小さな声でこう言った。

 「掲示板に……」

 「え?」

 「きみのことが載っているんだ……」

 「え、どこ?」

 「……えと、まあ、こっちだけど……」パーガスは公園に向かって歩き出した。

 ライムが急ぎ足でつづくと、パーガスもちょっとあせったように、つられたように小走りになった。

 公園の入り口近くに掲示板はあった。ライムは走っていって、それを見上げた。新聞を大きく拡大したものが一面に貼ってある。その右上に「フルベジタイムズ」と書いてあった。

「あっ!」

 ライムの写真が大きくのっていた。

 フルーツェンのダンスパーティーで大ジャンプして、お菓子やフルーツたちにすっぱジュースの雨を降らしている写真。顔をゆがめ逃げまどうひとたちの大きくあけた口からいまにも悲鳴が聞こえてきそうだ。

 また、大きなパンを放り出して、苦しそうにうずくまっている体操着姿の野菜たちの写真。

「パ、パン食い競争の写真だっ」

ライムはパンにすっぱジュースを吹き付けたときのことを思い出した。


さらに、収穫祭で、ジャンボフルーツマンのちぎれた腕とともに落下しているライムの写真……。

「だれがとったんだ、こんなものっ! 」

 ライムは叫んだ。公園にいた野菜たちがライムに気がついて、あわてて去っていった。


 写真の下には、飛び出さんばかりの大きな文字が躍っていた。

 「くそ、なんて書いてあるんだ! 」

 ライムはむずかしい字は読めないのだった。

 「あの、おこらないでよ」といいながら、パーガスがおそるおそる読み上げた。

 「凶悪フルーツ、ベジッタ町に潜入! 」

 ライムは目を見開いた。

 「そ、それからこうも書いてある……」

 パーガスはつづけた。

 「毒の液を口から発射し、市民を無差別攻撃……」

 ライムは食いしばった歯の間からうなるような声をあげた。

 「その下にも、ちっこい字でいろいろ書いてあるな……」

 パーガスはため息をついたあと、しかたない、といった感じで読みだした。

 「フルーツェンで、数々の犯罪を犯してきた凶悪なライムが、わがベジッタ町に入ってきています。小さくてもとても邪悪で、凶暴です。いよいよ、フルーツ町にいられなくなって、この町に逃げて来たものと思われます……。」

 パーガスは気のない早口で続ける。

「いまのところおとなしくしているようですが、ひとはそう変われるものではありません。どんなひょうしで、とんでもないことをしでかすかわかったものではありません。みなさん、くれぐれも気をつけましょう……」

「ああ、もういいよ……」

ライムは力なく手をふった。これ以上、聞く気はしなかった。

「あ、あの、一応、いっとくけど、ぼくが言ってるわけじゃないからね……」

パーガスはかぼそい声でいった。


 ライムは掲示板にとびかかると、新聞をびりびりとはぎとった。くしゃくしゃにまるめて放り投げる。

 そのとき気がついた。公園のあちこちに紙が散らばっている。近いところに落ちていたものを拾い上げる。ずっと小さかったけど、掲示板に貼ってあるのと同じ新聞だった。ジャンプして空中できっとつりあげた目でこちらをにらみつけているライムの大きな写真……。ほかにもたくさんの写真……

 「たくさん、くばりやがったんだな、くばったんだな、これ」

 その新聞もおもいきり力をこめてくしゃくしゃにすると、地面に投げつけた。


 ライムは掲示板を読んでくれたお礼をいって、家に引き返した。

 その日は一日中、家にこもっていた。だが掲示板にはやはり我慢できなかった。次の日、ライムは一人で家を出た。


「ちっきしょう、くそったれマガジンのやつらめ、たたきのめしてやるっ」

ライムはこぶしを握り締めた。「フルベジタイムズって、たしか大どおりにあるって誰かいってたな……」いきなり大どおりに向かって走り出す。けっこう風がつよかったが、体を前に傾けるようにしてぐんぐん進む。

 あまりにいきおいよく進んでいたので、街路樹の影から荷車みたいなものが出てきたのに気がつかなかった。

「わあっ!」

 ライムは荷車にぶつかった。とたんに、荷台にのっていたものが、ばらばらっと転がり落ちた。ライムもしりもちをついた。

 次の瞬間、「わああーーん!」「うえええーん!」あかんぼうみたいな泣き声が、爆発するみたいにわきあがる。

 見ると、歩道に野菜の苗の子供が何人かちらばっていた。

「ごめん、ごめん!」。エプロンをつけたパプリカのおばさんが、壊れ物でも扱うような手つきで、そっと苗を拾い集める。ライムもあわてておきあがって、手伝った。

 かわいらしい色あいの小さなポットたちを荷台に並べる。何種類かのおさない野菜の苗が並んでいるが、ライムにはなんの野菜かよくわからなかった。

 荷台には何十ものポッドが並べられている。

とおりかかったレタスやセロリなんかも手伝いに加わった。

「ごめん、こわかったねえ……」

パプリカが苗たちををやさしくなでる。

「ほんとごめん」ライムもぎこちない手つきで苗をなぜた。

「ごめんなさい……」ライムはパプリカに向き直ってあらためてあやまった。

「こちらこそ、気をつけなくてごめんなさい」

と、パプリカも頭をさげた。

しばらくすると、荷台に並べられた苗たちは泣きやんだ。

ゆっくりと荷車を押しながらパプリカはいった。ライムはなんとなくそれについていった。

レタスやセロリもおだやかな笑みをうかべながらついてくる。

 「この子たち、うちの孤児院の子たちなの。これから、ほかほかと栄養たっぷりの畑に植え替えるんですよ」とおだやかな口調でいう。

「なんだか急に風がつよくなってきたから、はやく植えなきゃ」

大通りから横道にはいり、しばらくいくと、畑がひろがっていた。

おれっちも孤児院いたことあるよ……と言おうとしたとき、

「じゃ、われわれも手つだいますよ」レタスがいった。セロリもうなずく。

「ありがとうございます」

パプリカはおっとりと頭をさげる。なぜかライムも頭をさげた。

パプリカに教わりながら、みなで苗をポットから取り出しやさしく、はたけのふわふわの土に埋めていった。

 しばらくしたときだった。

 いきなり殴りつけるみたいな、すごい突風がふいてきて、植えかけていた苗を吹き飛ばした。これから植える苗も吹っ飛んだ。

「大変だっ!」

ライムはあわててジャンプして、飛んでいく苗をつかんだ。そっと手のひらでつつむようにして急いで戻り、パプリカに渡す。これを何度も繰り返す。

だが、風は強まり、つぎつぎに苗は飛んでいく。

幼い苗たちの悲鳴が風のうなりにかき消されそうだった。

レタスもどたどたと走り回ったが、ライムほど機敏きびんには動けなかった。

そのうち、何人かの苗が風に舞い上げられて、高い木の枝にひっかかった。

「待ってろ!」

 ライムは得意のジャンプで、木の枝にとびのり、苗を救い出した。

 だが、いちばん高いところにひっかかった苗には届かない。

 まるっこい小さな葉をつけた苗がなんとか、枝の先につかまって震えている。

 「がんばって、つかまっていてっ」

 ライムはさけびながら、足場にしている枝の上から手を伸ばした。

「よし、もうちょっと……」。さらにせいいっぱい手を伸ばす。

なんとか、苗をつかむ。だがそのとき、……足元がゆれた。風がたたきつけてくる。

ライムは足元をすべらせて、あっというまに枝から落ちた。

さけぶひまもなかった。

だが……地面にたたきつけられる衝撃はなかった。

大きな両腕がしっかりとライムをだきとめていた。ライムの腕の中にいる苗も……。

レタスだった。

「おお、ナイスキャッチ!」

ライムはおもわず叫んだ。


それからレタスと連携プレーで救出作業を続けた。

大柄なレタスの肩の上からジャンプしてより高いところまで飛んでいって、高いところに引っかかった苗を救ったり、ボールのようにほうってもらって、空中高く、ひらひらと舞う苗をキャッチしたりした。

そして……ついに全員の苗を救出することができた。

ライムはジャンプして、レタスとハイタッチをした。

ふたりともぱんぱんと、手のひらや、服についた土ほこりを払い落とした。お互いの背中の土をはらいあったりもした。

そのうち、風はおさまってきた。

そのあと、パプリカたちと、苗を丁寧に畑に植えていった。


パプリカやレタスたちと別れて大通りに戻ったとき、ライムは首をかしげた。

「あれ、それにしても、おれっち、なんでこんなところにいるんだっけ……」

ふとわれにかえったようにライムはつぶやいた。

そして、フルベジタイムズに殴り込みに行こうとしていたことを思い出した。

でも……さっきの苗救出作業ですっかり疲れ果てていた。ライムはひとまず家に帰ることにした。


 次の日の朝、居間で新聞を広げていたサトパが大きな声を出した。

「ほお、なかなかいい話じゃないか……」

 そして記事を読み上げた。

「わがフルベジタイムズのレタースン編集長が大活躍!、災害にあった苗を大救出!!」

 そしてふむふむと記事を読んでから、みなに説明した。

「どうやら、苗の植え替えのとき、突風が起こって、苗の子たちがおおぜい、吹き飛んじゃったらしい。でも、たまたま近くを通りかかった編集長が助けたそうだ」

「へえすごいなあ、」「えらいね」とサト家族のひとたちは口々にいった。

 どれどれと、ライムは近寄ってマガジンをのぞきこんだ。

 すると、一番最初のページに大きな写真があった。苗たちを大きなてのひらにのせてやさしくみつめるレタスの写真……

 「あ、あいつっ」

 ライムはおもわず叫んだ。

「あ、あいつが編集長だったのかっ」

 みなライムをみつめた。

「い、いや、その……」

 フルベジタイムズ編集長をやっつけにいこうとしていた、ということは言い出せなかった。

 「いや、すごいでかい顔の編集長だなーっ、ってびっくりしちゃって」とあわててごまかした。

 マガジンには、ほかにも、「苗をエプロン姿のパプリカおばさんにわたしている写真」とか。「ほっこり土の畑に、やさしい手つきで苗を植えている写真」などレタースンと苗の写真がたくさん載っていた。けれど、ライムはどこにも写っていなかった。

(なんだよ、いっしょに協力して助けたじゃんかよ……)


 でもその日の午後、学校から帰ってきたサトチが言った。

「ねえ、ライッチも苗の子、助けたんでしょ……」

「え? 」

 ライムはサトチのえがおを見つめた、

「みんな言ってたよ、ライッチがレタスといっしょに大活躍してたって」

「い、いや、その……」

 ライムはしどろもどろになって頭をかいた。

「孤児院の先生たちとかがとっても感謝してたって」

 なんでそんなところにいたの、と聞かれたらどうしよう、と思ったが、サトチは何もいわなかった。

 そのあと、おそるおそる外に出ても、野菜たちから口々に、

「大活躍だったそうじゃない」

「すごいね」

などといわれた。

 ライムは顔を赤くして照れた。

 

 秋も深まってきたある日のこと。ライムはサトチ、サトジイとの三人で、広々とした公園の遊歩道を歩いていた。イチョウの実であるギンナンを拾いに来たのだった。

 澄んだ空気の中、並木の間からさしこむ柔らかい光が、葉の影を幅広い遊歩道にあわく落としていた。

 後ろのほうから、ひくくしずかなエンジン音が聞こえてきた。振り向くと、青紫色にぼおと光る大きな自動車が近づいてきて、そっと縁石に沿って止まった。

 何台ものくるまがくっついたみたいに長い車のドアがすっと開く。

 サングラスをかけ、ぴしっとした青いスーツに身を包んだオクラとセロリが降りてきて、ていねいにおじぎをした。

 「あの、突然、お声をかけ失礼いたします……」と長身のセロリが低くしずかな声で言った。

 「フルーツェンタウンからいらっしゃったライム様でしょうか……」と続ける。

 「あ、はあ……」とライムはうなずいた。

 「おうわさは、かねがねお聞きしております……」やはり静かなおだやかな口調でオクラが言った。

 「悩める野菜たちの心をいやしてくれる奇跡のお方だと……」と続ける。

 「え、いや、そんなこと……」ライムはあたまをかいた。

 「おれっちはべ、べつに、当たり前のことを言っているだけで……」

 「いや、当たり前のことこそ、大切なのだよ……」とさとじいがほがらかにいった。

 「そうだよ、ライッチは、みんなの話をよく聞くんだ。そしてアドバイスする……お医者さんもびっくりのいいアドバイスなんだよ……」とサトチも元気よく言った。

 青スーツのふたりはゆっくり丁寧にうなずいた。それからセロリが口を開く。

 「じつはうちのボスがぜひ、お目にかかり、お話を聞いてほしいと申しておりまして……」

 「悩みがなかなか解決しないのです……」とオクラも言った。

 「野菜からのアドバイスにはやはり限界がありまして……」とセロリがいうと、「ここはひとつ、果物さまの新たな視点が必要なのではと……」とオクラが続けた。

「ぜひ、お話だけでもきいていただけませんでしょうか……」とふたりは声をそろえて言った。

「へえ、どんな?……」とさとじいがわりとのんきな口調できいた。「それは、ちょっとたてこんでいる面もあって、ここではいえないのですが……」セロリはうつむいて、声の調子を落とした。

 「ほお、なにか、わけありということですか……」さとじいがまゆをしかめる。「どうする、ライッチ……」とライムを見下ろす。

「おれっち、聞いてやるよ!」と元気よくライムは言った。「どんなお悩みだって、どーんとこいさっ!」まるっこく、ぷよぷよした自分の胸をたたいてみせた。

フルーツェンでは、人から頼られることなんか一度もなかった……。

ライムは、相談相手として頼られることがとてもうれしかった。

このところ、悩みをうちあけあう会によばれて、みなの話を聞くこともあった。つらい目にあったことの多かったライムは親身になって、じっくり相手の話を聞いてあげることができた。

 「ありがとうございます。では、ボスの家にご案内いたします。」とセロリが頭をさげ、「お乗りください」とオクラが青紫のつやつやしたドアをあけた。そのとき、分厚いドアがぷりん、とゆれたような気がした。

「え? 」とライムは思った。

「こういうながーい、立派な車は、たしか、リムジンとかいうのじゃなかったかなあ……」といいながら、何のためらいもなく、さとじいが乗り込んだ。

 つづいて、ライムとさとちも乗り込んだ。

 「わ! 」車に入った三人は、目をまるくした。部屋みたいに広い空間に、大きくてゆるやかにカーブしたソファがあった。おそるおそる、かすかに青みがかったクリーム色のシートにすわると、ふわふわしていて、しかも弾力があって、包み込まれるような感じがした。

 「ほお、豪勢なものだねぇ……」サトじいが感心したようにシートを遠慮がちにさわった。

 「うん、すっごい、ごうせい」シートにすわったサトチはしずかにからだを上下にゆらした。ライムもまねをして、シートの上ですこしはねてみた。すぐに天井に頭がぶつかった。でも天井もソファのシートみたいにぷりんぷりんとして、痛くなかった。

 ドアの内側も弾力があってやわらかい。

 なにかに似てるな……とライムは思った。すぐに思い出した。ゼリーオブジェだ。

 かすかにあまずっぱいようないい匂いがする。どこかちょっとなつかしいような感じのする香りだった。

 セロリは助手席に、オクラは、ライムたちとすこし離れた、運転席に近い、ソファの前のほうに座った。

 リムジンカーは低くしずかな音をさせて、すべるように動き出した。運転手はいなかった。自動運転のようだった。

 ライムは絶妙なカーブをした背もたれに体をあずけた。

 (お金持ちのお屋敷やしきに行くんだったら、なにかおいしいお菓子でも出してくれるかも……)とちょっと思った。

 (どんなものかな……)でもあまり、というか、ほとんど高いお菓子を食べたことがなかったので、どんなものかは思い浮かばなかった。

 車は町をはずれ、畑のひろがるゆるやかな丘を越え、滑るように走りつづける。徐々にスピードがあがっていくような感じだった。野原を過ぎ……木立の中に入っていった。木漏れ日の注ぐ白樺林をすすむと、急に広場のように開けたところに出た。車のスピードが緩む。ライムは大きな窓に顔を寄せた。

 そこには……お城みたいなお屋敷が……と思ったら、意外とこじんまりした赤茶色の三角屋根の家が建っていた。

 (あれれ、これはお屋敷じゃなく、別荘なのかな……)、とライムは思った。アーチ型の大きな窓が三つほど並んでいる。

 (あの家、どっかで見たことがあるような……)

 家をじっと見ながら、考えているうちに、低く静かな声がした。

 「到着いたしました」

 セロリが振り返る。

 車は止まっていた。あまりにもしずかで、止まったことがわからなかった。

 サングラスの男たちはさっと車からおりると、ライムたちの乗っているところのドア をあけた。三人は車から降りた。

 ライムはあらためて目の前のクリーム色の建物を見上げた。

 「こ、これってフルーツェンにあったやつにそっくりだ」と思わず言った。

 「たしか、こうみんかん、とかいうところ……」利用したことはなかったが、ごみ集めで行ったことがあった。

  車の中でもかすかに漂っていたあまずっぱい香りが、この建物からも漂っていた。

 「さすが、ライム様、よくおわかりになりましたね」とセロリがほんのわずかに笑みを浮かべて言った。

 「この建物はフルーツェンからいただいたものなんです。」とセロリがいうと、「フルーツェンとの親睦会の際に……」とオクラが付け加えた。

 (ちぇっ、いただいた、なんて……。おれっちの町から無理やりぶんどったものじゃないか)とライムは言いたかったが、とりあえず黙っていた。

 「ライム様の町からいただいたものは、基本的に、オークションにかけられます……」とセロリが説明した。

 「そして、この車も公民館もみごと、わがボスが競り勝って手に入れられたものなのです……」とオクラはちょっとほこらしげに言った。

 「だから、あの車、ぽよんぽよんとして、ゼリーっぽかったんだな……」

 とライムは、青紫にぼおと光る、豪華で巨大な車を振り返った。

 「ふむ、やわらかくて、なかなか、けっこうな乗り心地でしたな」とさとじいがいった。

 こころなしか、長いくるまはほこらしげに、顔を上げ、むねをすこしそらしているようにみえた。

 「そうです。これもフルーツェン町様から払い下げていただいたものを改造したものでして……」オクラがちょっと恥ずかしそうに言った。

 

  セロリとオクラは背すじを伸ばしたまま、洗練された身のこなしで元公民館の玄関に歩み寄った。

 優雅にうねったつるや、さまざまな果物の木彫りがほどこされた重厚なドアの両側にふたりは立った。

 それぞれ鈍い光をはなつ金属のドアハンドルをつかんで、ゆっくりと両開きの扉をあける。

 そして、三人に中に入るよう、うながした。

  中に入ると、広い玄関の両側に、こげ茶色のマス目の靴箱が並んでいた。室内もかすかにフルーツの香りが漂っている。

 廊下の奥のほうには長テーブルや、黄ばんだ冊子みたいなものが入れられたラックなどが並んでいる。

 中はドアほど立派ではなさそうだった。

 「どうぞ、こちらへ」セロリとオクラは声を合わせると、薄暗い廊下の先を指し示した。そして板張りの廊下を進んでいく。

 廊下をいくつかまがると、突き当たりのドアの前で二人は止まった。

 セロリは分厚い木の扉をあけた。

 「どうぞ、こちらへお入りください」

 ライムたちが入ると、部屋の中はいやに暗かった。

 「相部屋でまことにすみません」というオクラの声がしたと思ったらバタンと、うしろでドアがしまった。


 部屋の窓にはすべて黒っぽく分厚そうなカーテンがしめられていた。だから暗いのだ。

 「あの、あなたがたは……」うす暗がりからおずおずとした声がした。

 「ええと……ぼくらですか……」とさとじいは口ごもった。とまどったように、声の主をさがそうと薄暗がりのなかに視線をさまよわせた。

 少し目がなれてきて、ライムはすっとんきょうな大声を出した。

 「あれっ、チョウチョっ?!」

 黒っぽいソファにだらしなく、もたれていたのはフルッツェンの町長、パイナ町長だった。

「おお、ライムか、おお……」パイナ町長はふるびて、へたれた感じのソファからよろよろと立ち上がると、ライムのほうに歩み寄った。

 薄暗いなかでも顔の青白さがわかった。顔の下半分がぼおぼお伸びたひげで覆われている。

 「あれ、チョウチョ、なんのコスプレ?」

 ライムはパイナのあごひげの先をひっぱった。

 「山賊さんぞくかなにかのつもり?」

 「いててて……」

 パイナ町長は顔をしかめた。

 本物のひげらしい、とわかってライムはびっくりした。町長がこんなに「原始果物」みたいにひげをぼうぼうに伸ばし放題に伸ばしていたなんて……

 パイナは、あごを押さえながら言った。

 「それにしても、なんでこんな所にいるんだ……」

 「それはこっちのセリフだよ……」とライムは大きな声を出した。

 「それは一言では語れん……。いやそれにしても……」

 町長はしわがれた声で言った。「ほんとうに、久しぶりだなあ……」

 ライムの小さなまるっこい、両手を包み込むようにして何度も振った。

 「そ、そんなになるかな……」

 たしかにベジッタ町にはもうずいぶん、長いこといる……。

 サト家で過ごすのにすっかり慣れてしまって、もうどのくらいになるのか自分でもよくわからなくなっていた……。 

 「お、おれっち、この町で、け、けっこう人気なんだぜ……」ライムは思い切ってそういった。笑われるかと思ったが、

 「お、おお、そうなのか……」パイナはうれしそうにほおをゆるませた。

 「チョウチョ、少しやせた?」さっきは、ぼおぼおのひげに気を取られて気がつかなかったが、全体的にずいぶん、ちいさくなってしまった感じだった。

「やせた、そうかな……」パイナはぼんやりと自分の体をみおろした。

 ライムは、町長をサトじいとサトチに紹介した。

  「ライムがお世話になっているようで……」と町長は力なく微笑んで、握手をしようと、一歩、前に進み出ようとした。そのとき、よろけて倒れそうになった。

 あわててさとじいがパイナのからだをささえる。

 「具合がおわるいのではないですか。座っておられたほうが……」

とさとじいが心配そうに言う。パイナはすなおに、ゆっくり向きをかえると、よろよろとソファにもどった。力尽きたように、どさとソファにしずみこむ。

 「いえ、大丈夫です、」町長は力なくライムたちをみあげた。

 「もうずいぶん、長い間、動いてないもんですから、足腰がすっかり弱ってしまって。……ご心配かけてすみません……」

 「あ」突然、さとじいが声をあげた。

 そのときソファのはしにうずくまっている、まるっこい黄緑の野菜に視線を向けている。

 「あ、あんたはフルベジマガジンの編集長さんではありませんか……」とサトじいがしおれたレタスの顔を覗き込むようにした。

 「さっきからどこかで見たような、って思ってたんですよ……」

 「フルベジ? ……いや、ベジベジタイムズだけど……」投げやりな低い声で、レタスはぼそぼそと答えた。

 「え、編集長っ? 」ライムも思わず声をあげた。

 この前あった同じレタスとはとてもおもえなかった。孤児院の苗を助けていたときのはつらつとした感じはまったくなかった。(あれ、この前のやつとなんかちがうぞ、雰囲気なんかも……)

 「ああ、そうか、いまはそういうんだったな……フルベジタイムズ……すっかりわすれてたよ……」

 レタスは疲れたような、笑い声らしき音をたてた。

 「レタースンさんもマガジンなどの編集を離れてずいぶんになるんですよ……」とパイナが言った。

 「フルッツェンの町長さんのインタビューじゃなかったんですか?」 サトじいはレタースンを見て聞いた。

 

 「いや、まさか……」

 レタースンはだるそうに首を横に振った。

 「もうインタビューはしつくしたよ。もうどのくらいになるのか……四六時中一緒なんだからな……」抑揚のない声でレタースンが言った。

 「……もはや、何年なのか、何十年かもわからなくなっているのですから……」と魂の抜けたような声でパイナも続けた。

 「そりゃ、いったいどういうこと……」とサトじいが言いかけたところで、急に光がさしこんできた。一同はおもわず顔の前に手をやったり、強く目をつぶったりした。

 ドアが大きくあけられ、光を背に巨大な影が立っていた。その影がのっそりと入ってくる。

 「いやあ、よくぞ、いらっしゃいましたぁ!」影がのぶとい声を放つ。

 その姿をみて、ライムは思わず、とびあがってしまいそうになった。

 それは全身から無数ともいえるするどいトゲがはえた赤茶色の巨大なフルーツ、ドリアンだった。

 「ドリアンのドルアと申します。この館の主です……」とにこやかにいった。

 手にワイングラスをもっている。「いやあ、こんなにあっさりと、うまくいくとは思わなかったよ。ひとまず乾杯といこうじゃないか」

 卵型の巨体をゆらすと、グラスを持ち上げて見せた。

 うしろから、さっきリムジンを運転していたセロリが入ってきた。お盆の上にワイングラスをいくつかのせている。その後ろにオクラも控えていた。

 セロリが、「ウェルカムドリンクでございます。ドルア様からです。」背筋を伸ばし、抑揚のない口調でいう。

 セロリが盆からワイングラスを一つ手に取ると、部屋の中に進んだ。

 ソファの傍らに突っ立っていたサトじいに赤紫色のワイングラスをわたす。サトじいはぼんやりしたまま、それを受け取った。

 「町長さん、編集長さんもどうぞ」、セロリは、へたりこむようにソファに座っているレタースンとパイナにもグラスを差し出した。

 パイナは乱暴に手で振り払うしぐさをした。

 「どうせ、グレープさんをしめあげて、作ったものだろう。そんなもの飲めるかっ」と吐き捨てるようにいう。

 「ほお、よくわかったな、ご名答っ」巨大ドリアンがどら声で言った。

 サトじいは慌てたようにグラスをセロリに返す。

 「ぼっちゃんたちにはこれを」といってセロリはオレンジジュースを盆からとりあげた。

 「それも、きっとオレンジさんをしぼりあげてつくったものだぞっ」

 パイナはしわがれた声をせいいっぱいはりあげた。

ライムは、「いらないよ、そんなものっ」と叫んで押しかえすように両手をつきだした。サトチも口をきゅっと結んだまま、強く首を横に振った。

 ドルアは部屋のなかのひとたちを悠然とみわたした。

 「みな断るとは、謙虚ですなあ」とドリアンはにやにや笑った。

 「ではもったいないから、わたしがかわりにいただくとするか……」 

 ドリアンはすでにからにしていたグラスをセロリにわたすと、盆から赤紫の液体でみたされたグラスを取った。一気に飲み干す。つづけてもう一つのグラスに手を伸ばす。ドリアンはつぎつぎにグラスを手に取ると一気にあおった。


 「も、もしかしたら……あんたは……」

 そんなドリアンを見上げながらサトじいが突然、うわずった、かすれた声をあげた。

 サトじいは目を見開いていた。「無事だったのか……」

 「ほお、覚えてくれていたのか……」

 ドリアンは、さらに新たなグラスをとって一気にあおった。

 ドリアンは突然、半眼になると、不気味な呪文のようなものを唱えだした。「ドリリラル、ドラルルリリ……」両腕を妙な具合にくねらせる。「ドッラリルルリイ……ドラルルリリ……」

 すると、どうだろう……。彼の鉄ででもできているかのような硬そうな全身から、もわあ、と青紫色の煙のようなものが出た。へびのように身をくねらせて、ドルアの巨体にまとわりついて、全身を覆った。そのあと、煙は霧のようにうすくなっていった。

 そして霧が晴れたあと、現れたのは……。

 「チョ、チョウチョ……」とライムは思わず叫んだ。

 

 漂流者みたいなもじゃもじゃひげのないパイナはにやりと口をゆがめて笑った。

「やあ、ライム、ベジッタウンに来てもあいかわらず元気にやってるようだな……」

 張りのある聞き覚えのある声だった。

 ライムはゾッと全身にとりはだが立つのを感じた。

 ドルアはそれからさらに、「ドムル、ムルドラリリラル……」と低く不気味にひびく呪文を唱えた。

 すると今度は、赤紫色の煙が出て、町長の姿を覆い隠した。次に現れたのは、フルベジタイムズのレタースン編集長だった。

 「さてさて、スクープはどこかな……」へんにひびく、気取った高い声がうすぐらい部屋にひびいた。「わるがきフルーツの記事をものにしなくっちゃあ……」

「ほんと、そっくりだ……」とつぶやいてから、ライムはあわてて首を振った。

「いや、感心してる場合じゃないっ」

 再び呪文を唱え、もとの巨大なとげだらけの姿に戻ったドリアンは、ライムのほうに近づくと、かがんで顔を覗き込んだ。

「なにはともあれ、本当に来てくれてありがとう。ご相談というのはほかでもない、おまえに消えてほしいってことだよ……」

 ドリアンはきばみたいにとがった歯の間からきしむような声をしぼりだした。

「おまえは調子にのりすぎたよ……」とドルアは冷たい口調でつづけた。「野菜たちの相談に乗ったりして、何様のつもりだ。え、ライムせんせぇ……」

 いやみったらしく、ねちっこい口調でドルアは言った。 

「親もおらず、しつけも教育も一切、されていないおまえが、ひとさまを導くなど、一億年早いというものだ……」

 ドルアはさらにワイングラスをあおった。口をごつい、大きなこぶしでぬぐってからつづける。

「鼻つまみもののごみ拾いのぶんざいで……」

「な、なんでそんなこと知ってるんだっ」ライムはおもわずどなった。ごみ拾い、鼻つまみもの……でもすぐに気づいた。ドルアはフルーツェンの町長にばけていたからだ。そして運動会で野菜たちから、「親なし」などとやじられたこともこれでわけがわかった。

「まあ、そんなことはどうでもいい。おまえなどと、おしゃべりしているひまはないのだ」

 ドルアは、からになったワイングラスを直立不動のセロリに押し付けると、つめのとがったごつい人差し指を、本物の町長と編集長につきつけた。

「いくらこいつらから、仕事の仕方やふるまいかたなんかを聞き出しているとはいえ、一人二役がどれだけ大変かわかるか……」

そして一瞬間をおいてから付け加える。

「いや、自分自身もふくめたら三役だな……」

といって大笑いした。セロリとオクラも笑った。でもどこか機械じみたような笑い声だった。

「フルベジマガジンにのせなくちゃな。ライムはフルーツェンでの悪事がばれて、わがベジッタ町にいられなくなり、逃げだした模様とな……」

 ドルアはすこしふらつく足取りで、ドアに向かった。「フルーツ町町長としての仕事もいろいろあってな。ああ、忙しい、忙しい……」

 ドアノブをつかむと、ドルアは赤みの差した顔で振り返った。

「まあ、これからきみらは長いつきあいになるだろうから、せいぜいなかよくやってくれたまえ……」ドルアはだるそうに手をあげると、部下を従えてうすぐらい部屋を出ていった。

廊下を去っていく足音が聞こえた。

「まてっ」ライムはしめられたドアに突進していって、ドアノブをひねった。……けれど、ドアはびくともしなかった。部屋から出ていったとき、誰かが鍵をかけたようすはなかった……

「むりだよ」と力なくパイナが言った。

「魔法をかけられている。ドアはどうやったってあかない……」とレタースンもよわよわしい声で付け加えた。

 ライムはしばらく、ドアノブをつかんでがちゃがちゃやったり、ドアに体当たりしたりしていたが、やがて、あきらめて、部屋の中央にあるふるびたソファの方にもどった。

 「とにかく、カーテンをあけましょう、こう暗くっちゃ」

 サトじいは窓際に行くと、黒っぽく分厚いカーテンをつかんで引いた。しゃっと音がして、光が入ってきた。だが次の瞬間だった。カーテンはすごい勢いでひとりでにしまった。

 「え」サトじいは窓際でぽかんと突っ立っていた。おそろしいものでもみるように再びひろがったカーテンをみつめる。

 「無駄ですよ、なんどあけてもすぐにこうなる……」

 本物の町長が窓のほうに目を向けもせずに、なげやりな口調でそう言った。

 「魔法がかけてあるんだよ……」本物の編集長オクラーンもしずかな声で続けた。「ほかの部屋の窓や、玄関ドアもそうだ。けっして内側からあけることはできない……」

「あいつの一族は代々、魔法が使えるんですよ……」と前を向いたままパイナが抑揚のない声で言った。

「そしてあいつの親は40年ほど前、あの事件を起こした……」オクラーンがうつむいたまま言った。

 「のちに悪魔の霧事件とよばれたやつです……」

 しばらくの沈黙のあと、「ああ……」とさとじいはうなずいた。

 「知っております、そのあと、悪魔たちはわがベジッタ町に入り込みましたから……」

 さとじいはうなるような声をあげた、

 「あのとき、ちいさかった悪魔の果物が、あのドルアなのですな……」

 パイナはゆっくりとうなずいた。

  それから、いまはじめて気がついたように、ソファからゆっくりと立ち上がった。

 「さ、おすわりください……」ソファを指し示す。それを見てレタースンも腰をあげた。

 「い、いえ、わたしらは大丈夫です……」と、さとじいは遠慮したが、町長と編集長はのろのろした動きで、部屋のすみにあったベッドに向かい、そのすみに腰をおろした。

「お客さんを……、いや、これからお仲間になるひとたちをずっと立たせておくわけにはいきません……」とパイナがいう。

 「あ、いや……そうですか、じゃ、座らせてもらおう……」とさとじいはソファに向かい、ライムとさとちもうながした。ふたりはさとじいのとなりにちょこなんと座った。

 

「あの、……これからお仲間になるって……」

 とのさとじいの問いにはこたえず、パイナ町長はまたゆっくりと話し始めた。

 「あいつの親や祖父母が町に魔法の霧を流し、その霧をかぶったひとたちはみな狂暴になり……」

 そのときのことを思い出したのか、パイナはすこしうつむいて目をつぶった。しばらくだまっていたが、やがて口を開いた。

 「お互いに傷つけあったのです……」とパイナはそのときの様子を思い出したのか、顔をしかめた。

 「その魔法の霧を被ると、目の前のひとが化けものとか、怪物に見えるのです……」

 さとじいは目をみひらき、ゆっくりとうなずいた。

 「そう、家族や恋人同士もお互いが怪物にみえて、傷つけあったのです……」と目をつぶったまま絞り出すようにつづけた。

 サトチがそっと手をのばしてきた。ライムはその手を握った。


 「わたしも……、被害にあった一人です…………」

 パイナは苦し気に続ける。

 「わたしはまだ若かった、子供といってもいいくらいの年だったのです、そのころ、好きになった女の子がいて……」

 パイナはまたうつむいて目をつぶった。

 「その子と公園でいっしょにいたところ……霧が……」

 「い、いや、」とさとじいは身をのりだして、パイナにむかって手を差し伸べるようなしぐさをした。

 「そんな、悲しいこと、思い出さなくてけっこうです……」

「もともと、ドリアンは、「悪魔のフルーツ」と呼ばれているんだ。あの一族は、たとえではなく、本物の悪魔のフルーツだったというわけだよ……」とレタースンが吐き捨てるように言った。

 「幸い、わが町、ベジッタでは、あなたがたの町の話を聞いておりましたから、まえもって対策をうつことができました……」とさとじいが言った。「魔法の霧を使う前に、悪魔の家族をいためつけて、町から追い出したので、ことなきを得ました……」 

「やられる前にやっつけたというわけですな、それは賢明な策でした」とパイナ町長がゆっくりと息を吐きながら言った。

 「わたしは攻撃に参加はしませんでしたが、聞いた話からすると、かなり徹底的にやったそうです。なにしろ相手は悪魔の魔法使い集団なのですから……」さとじいは続けた。

「町じゅうの武器をもってやつらがすんでいる丘の上に向かいました。夜中、やつらが寝静まっている間を襲ったのです……やつらの家にはじいさん、ばあさんや子供もいましたが容赦しなかったそうです……」さとじいは口調に力を込めた。

 「なんだかかわいそうな気もしますが、仕方なかった……」

さとじいはかすかに顔をしかめた。

「そうしないと、われわれはどんな目にあわされるかわからなかったからです……」

「それはそうです。同情などしている余裕はない。やつらはわたしたちとはまったく別の生き物なのですから……」

とパイナもうなずきながらいった。

「やつらはほうほうのていで逃げた。われわれはやつらの家を焼き払いました……」と抑揚のない声でさとじいはそう続けた。


 「しかし、そもそもいったいやつらは、なんのためにくだもんさんらを魔物にする魔法などをかけたのでしょう……」と、少し声の調子をかえて、さとじいは聞いた。

 「はらいせでしょう、われわれはやつらを忌み嫌っていましたから……」

 パイナはため息をつきながら言った。

 「やつらは町に住んではいたものの、完全に孤立していた。」

 よごれた灰色の壁を見つめながらパイナはつづけた。

 「子供を学校に通わせようとしていたようだが、入れてもらえず、じいさんかばあさんかが病院に行こうとしたが、断られたそうだ……」

 「あいつらは魔法を使えるんだから、病気やけがは魔法で治しゃあいいんだよ」

 と吐き捨てるようにレタースンは言った。

 「そもそも、やつらの姿はそれはおそろしい。こどもたちは彼らの姿を見ただけで泣き出していました……」とパイナは静かな口調で言った。

 「見かけだけじゃない、その心も恐ろしいものだったんだ……」

 とレタースンが低い声で言った。

 「やつらはもともと悪魔だ。悪魔は、周りのものが傷つき、悲しがったり、苦しんだりするのを見るのが何より楽しみなんだ……」とレタースンが吐き捨てるように言った。

 「最初はおとなしくしていたんだが、やはり遺伝子にながれる悪魔性はおさえられなかったんだな……」。苦虫を?み潰したような顔でレタースンがいうと、

 「そう、ついに悪魔の本性を発揮して、あの事件を起こしたのです……」

 とパイナが暗い声で引き取った。

 「黒い霧事件……」さとじいがつぶやくように言った。

 「われわれはなんとか、ドリアン一族を町から追い出すことに成功し、事件もなんとか解決しました……」とパイナはうつむきかげんで言った。

「まあ、逃げ出した先が、野菜さんらの町だったことは申し訳ない限りではありますが……」と付け加える。

 

 「だが、やっつけられたことを、やつらは恨みに思ってたんだろうな……深い恨みを……」とレタースンが額にふかいしわをよせていった。

 「あのとき、子供だった悪魔のフルーツが成長して、復讐しにきた……」さとじいがひとりごとみたいに言った。

 「まあ、戻ってきたのがドルアひとりだったのがせめてもの救いだな……」

 とレタースンが唇のはしをかすかにゆがめながら言った。

 「家族そろって戻ってきて、また悪魔の魔術をかけられたら、たまったもんじゃないからな……」

 「しかし、それにしても家族の後ろに隠れるようにしていた、ちっこいドリアンの子供が、あのようにおそろしげな巨大な怪物になっているとは思いもしませんでした」とパイナは言った。

 「といっても、そのことに気づいているひとはいないがな……」

 とレタースンは苦笑した。

 「というと……」

 さとじいは首をかしげた。

 「ドルアはわたしと、レタースンさん以外に姿をみせていないからです」とパイナは言った。

 「本当の姿は、ということだが……」

 とレタースン。

 「ドルアは自分の正体を明かしたあと、わたしたちに化けて過ごしているからです……」とパイナはくぐもった声でうつむき加減に言った。

 「フルーツェンでは、パイナ町長さん、ベジッタでは、フルベジタイムズのレタースン編集長としてね……」

 といってレタースンはしわがれた声で笑った。

 「そして本物のわれわれは、なにもかもとりあげられて、この薄暗い部屋にずっと閉じ込められているわけだ。もう何年になるか、何十年になるのかもわからない……」

 「見ての通り、ここにはカレンダーも時計もないですからな……」とパイナが付け加える。

 「そして、魔物さまに、それぞれの町でのふるまいかたを教えてさしあげているというわけだ……」とレタースンも自嘲的に口をゆがめていった。

 

 「いったい、どうしてそんなひどいことを……」

 とさとじいが、ソファから身体を乗り出すようにして聞いた。

 「われわれふたりに化けて好き放題にするためだよ……」とレタースンがだるそうに口を開いた。

 「フルーツェンの町長になって、はりぼての城をつくったり、ベジッタのマガジンの編集長になって、野菜たちに果物への嫉妬と憎しみをあおる記事をひたすら載せたり……」

 「なんで、そんなばかばかしいことをするんだ」

 とライムがいらだった声をあげた。

 「政治とメディアをおさえればコントロールしやすく効果的と思ったのかもしれないな……」とレタースンが言った。

 ライムはわけがわからず、何も言わなかった。

 「これは推測にはすぎませんが……」とパイナが口を開いた。

 「やつの魔力はたいしたことないんでしょう。せいぜい、化け狐みたいにばけることくらいしか……」

 「両方の町から迫害されうらみがあるあいつは、両方とも暗黒に落とそうとおもった。だがたった一人で両方の町を地獄に落とすほどの魔力はない……」

 「そこで、ふたつの町を対立させ苦しめる方法を考え出したというわけだ……」とレタースンが補足した。

 「われわれベジッタ町には、フルーツェンの優雅で裕福なうその世界をみせつけ、悔しがらせる。そして自分たちの生活がつらくみじめなものだと思わせる……」

 苦虫をかみつぶしたような表情で、レタースンが話をつづけた。

 「果物町には、野菜レスラーなどのような、ならずものを、けしかけて、果物のひとびとを傷つけ、大切なものを奪わせる……」

 「いや、もしかしたら……」メディア王がさらに声をひくめた。

 「やつは、二つの町を喧嘩させ、うっぷん晴らしをしているだけではないのかもしれない……」

 「というと……」

 さとじいがくびをかしげた。

 「やつは、もっとおそろしいことを考えているのかも……」

 床をじっと見つめる。

 「二つの町を喧嘩させたうえで、支配しようと考えているんだ。二つの町が手をとりあい、力をあわせて、ドリアンに立ち向かっていったら、なかなか手ごわいと思ったんじゃないか……」

 

「じゃ、こうしちゃ、いられないじゃないかっ」

ライムはその場でぴょん、といきおいよくジャンプした。

とたんに天井に頭が激しくぶつかってはねかえり、いきおいよく床にころがった。

壁にぶつかって止まる。

「いてててっ」

 ライムはおもわず頭をおさえた。けれど……実際には、あまり痛くないことに気がついた。

(あ、そうだ、これはもともとはフルーツェンのゼリーハウスだからだ……)と思い当たった。

「あのとげとげとやろうを止めなくっちゃあ」みなを斜めにみあげながら、ライムはうなるような声をあげた。

「あいつはどんなひどいことを企んでいるかわかったもんじゃないぞっ」立ちあがりながら、きびしい表情できっぱりと言った。

 

 ライムはドアに突進すると、ドアノブをはげしくつかんでがちゃがちゃまわした。だがやはりドアはあかなかった。思い切り押したり引いたりしてもダメだった。

 ライムはドアからはなれると、向かいの壁まで下がった。ドアをきっとにらむと、すごいいきおいで走り出した。

「とおりゃあああーっ! 」 

 ドアにおもいきり飛び蹴りをくらわせた。

 次の瞬間、「わあああっ!」ライムはすごい勢いではねかえされ、もといた反対の壁までふっとばされた。床にころがる。

「そんなことやってもダメだよ」と興奮したライムとは対照的に、しらけたしずかな声で、パイナ町長が言った。

「そんなこと、何百回、いや何千、何万回だってやってみたさ……」とレタースンも投げやりな口調で続けた。

ライムは、今度は窓際に走って行って、窓に手を伸ばした。

「やめなさい……」とベッドからふりかえってパイナがいう。

「どうやっても開かない。窓だってそうさ……けっして開かないし、たたいてもガラスじゃないからまったく割れない。ああ、われわれのゼリーハウスがこんなに丈夫だとはな……、まったく皮肉なことだ……」

と町長はため息をついた。


 「だからあいつは、われわれを閉じ込める先として、ゼリーハウスを選んだんだろう……」とレタースンが言った。

「そう、わが町のゼリーオブジェは生き物めいたところがあり、ドルアはそのほうが魔法をかけやすいようなのです……」とパイナが付け加える。

「とことん、ずるがしこいやつだな……」

ライムは両方のこぶしを握りしめた。

 怒りがさらに高まると、口の中に、にがいつばがたくさん湧き出てきた。ぺっ、と床にすっぱジュースをはきかける。

「くそ、くそっ!」

 壁にもそこらじゅう、おもいきり、いきおいよくふきつけた。

「まったく、フルーツェンのもののくせに、あんなやつのいいなりになりやがって! 」

そう毒づきながら、へやじゅうにつばをはきかけた。

「魔法なんかにかかってんじゃないよ」

すると、どうだろう。

びくっと、部屋が震えたような気がした。

「え、地震? 」

 サトチが高い声を出して腰をかがめた。

 部屋は振動していた。

「いや……」とパイナがかすれた声をあげた。

「家が、いやがっているんだ……」

 町長の目は見ひらかれていた。

「部屋に体当たりしたり、つばをはいたりしたからだ……」とレタースンも押し殺した声を出した。

 みな、驚きと恐怖の表情をうかべて、ぴくん、ぴくんと心臓の鼓動みたいに脈動する壁や天井をみあげていた。

 「ごめん、わるかった!」と突然、ライムはさけんだ。殺風景な部屋のなかほどに立って、部屋をみわたしながら話し続ける。

「おれっち、かっとなるとすぐこうなっちまって……」うつむいてしおらしい声を出す。

「ふるさとがなつかしくないか……」

突然、さとじいが壁に向かって話しかけだした。

「きみはこんな森の奥で、ひっそりと身をひそめているような存在ではないはずだ……」

 とおちついた声で続ける。

 「勝手にわが町につれてきてしまってもうしわけないが……」さとじいは頭をさげる。

 それにこたえるように、ハウスはびくん、びくんと、大きく壁を震わせた。

「みんなが、おおぜい出入りして、わいわいとにぎやかな建物だったはず……」

ハウスは考え込むように動きをとめた。

「帰ろう!、フルーツェンに!」

ライムは力強く言った。

「そうだ、ふるさとに帰ろう」とさとじいもやさしげな口調で言った。


 突然、分厚い暗い色のカーテンがしゃっ、という音とともにひとりでにいきおいよくあいた。

同時に、部屋じゅうが白いまぶしい光に満たされた。みなおもわず目を強くつぶった。

床が足の裏をぐうっと押し上げるような、奇妙な感覚があった。ふわりとライムは自分の体がうきあがるのを感じた。

 ライムとさとじい、さとちはまぶしい光にまもなく慣れて、目をあけた。

 だが、長年、暗いところに閉じ込められていた町長と編集長は、目を射るような日ざしにえられないのか、床に倒れてしまった。両目を両手でしっかりと覆っている。


「だ、だいじょうぶか?」とライムはふたりを助けようと思ったが、窓の外のうごきに気を取られ、動きを止めた。

「え」

 驚いて窓から外をみると、林の木々がどんどん縮んでいた。

 いや、そうではない。家が浮き上がっているのだった。

 どんどん木々は短くなってついに消え、視界は真っ青な空だけになった。家は空を飛んでいるのだった。

 ライムはおそるおそる窓に手をかけうごかしてみた。窓は開いた。

おそるおそる窓から顔を突き出してみると、屋根の少し下のほうに巨大なまっしろいつばさがみえた。

 白鳥のようなつばさをゆっくりとはばたかせながら、家は空を移動していた。

 自分が飛べることのよろこびに、あっちにふわりと大きく飛んだり、きまぐれにはんたいがわに、いきおいよく向かったりした。そのうち、くるくる回転したりさえした。

「わあ、目がまわるう」ライムたちはゆかにしゃがみこんだり、はいつくばったりした。

ライムは必死に立ちあがり、よろけながら、窓にむかった。

 ハウスのスピードがゆるんだ。さっき遠ざかっていた林が見えてきている。ハウスはもとの場所に戻ろうとしているのではないだろうか……とライムは思った。

 窓からぐうっとからだをつきだすと、まっすぐにボンダ山を指さした。「あっちだ。あの山を越えるんだ」ふきつける風にまけないように大声をあげる。

「フルーツェンに帰ろうっ!」

 ゼリーハウスは、その声に勇気づけられたように、くるりと方向をかえ、再び、上空にのぼりだした。翼に力を込めまっすぐに進む。塀のようにうねうねと続く小さく鋭い山が前方にみえてきた。

 つづけてサトチやさとじいも窓から顔を出した。歓声とも恐怖の声ともつかない声をあげる。

 パイナとレタースンも窓辺にやってきた。しんぱいそうにまゆをしかめて、家からはえている大きなまっしろい翼をみあげている。

「だいじょうぶですよ、ちからづよくはばたいている」

とさとじいが笑顔をふたりに向ける。

 ぼんだ山をこえ、フルーツェンが見えてくると、みなは歓声をあげた。

 パイナ町長が窓から大きく身を乗り出す。

 「おおっ、あれはジュシーカントリー?楽部だっ」と眼下にひろがるゴルフ場を指さした。パイナは下側の窓枠につかまってぴょんぴょんはねている。雄大なゴルフ場は日差しを浴び、青々と輝いている。

 「お、おれもベジ・フル合同ゴルフ大会のとき、取材に行ったぞっ」とすかさずレタースンもすっとんきょうな高い声で叫んだ。

「おお、なんだあれはっ?」

 さらに身を乗り出しながらパイナは叫ぶ。その指さす先には、丘の上にそびえるお城があった。おとぎ話に出てくるようなお城は全身に日の光をいっぱいにあび、白く輝いている。

 「あっはは」ライムは笑った。

 「あれが張りぼてのハリー城だよ、自分でつくっといて忘れちゃったのかよ」とからかった。

 町長はつんつん髪がとがった頭をかいた。

「そ、そうだったな、ぼくが作ったことになってるんだったな……」

 そういって苦笑しながらためいきをついた。

 「おお、あれもそうなんだな……」

とレタースンがあおじろい指をさす。

そこには青々と輝いている港にまっしろい豪華客船が浮かんでいた。

「あれもそうさ、豪華客船ボテール号。すごいだろ。とても発泡スチロールでできているとはみえないだろ」とライムはなぜか自慢した。

「ふーん、すごいね、」

「すごいなあ」

 パイナとレタースンにおしのけられていたさとじいとさとちが、みなの間にわりこんで首を突き出しながら言った。

 やがて、“飛行ハウス”の速度が緩やかになってきた。バナナの形をした公園の展望塔が見えてくる。公園の芝生広場やサイクリングロード、ボート池なんかが大きくなってくる。やがてかすかなショックとともに、公民館ハウスは止まった。芝生広場に降り立ったようだった。

 しばしの沈黙のあと、レタースンが言った。

「と、とまった?……」


「あ、ああ、公園に降り立ったようですな……」

とパイナ編集長もなかばつぶやくように言った。

「すばらしい着地ですな、ほとんどショックはなかった……」

 さとじいが笑みをみせる。

 パイナ町長はよろよろと部屋を横切り、ドアに向かった。おそるおそるふるえる手でドアをあける。

 「あ、あいた……」ドアをあけ、よろけながら一人出ていく。

 みなもあとに続いた。

 町長はいまにもころびそうに、へっぴり腰で廊下の先の玄関に向かった。玄関は光にあふれている。

 両開きの玄関ドアは開いていた。

 「あいてる……」とつぶやいたきり、パイナ町長は広い玄関で突っ立っている。

 まるで玄関の外にはてしなくひろがる光を恐れているかのようだった。


 「さあ、お二人ともいきましょう……」と声をかけて、サトジイはふたりのわきをそっとすりぬけて前に進んだ。

 それでもふたりは、まぶしそうに手を目のうえにかざしたままうごかない。

(長い間、閉じ込められていたから、足腰がすっかりよわくなっているのかも……)とライムは思って、立ちすくむ二人の間に割って入った。

 「さあ、おれっちの肩につかまって」

 ふたりはぼんやりと手をのばした。だが、……ライムは小さすぎて、肩につかまるとかえってバランスを崩しそうなことに気がついた。

「い、いや、その、気持ちだけで十分……」とパイナはいった。

 そしてよろよろと公園のひろばに歩みだした。レタースンもあとに続く。

 芝生広場にいた人たちは突如、空から舞い降りた赤い三角屋根の建物に驚いた。目をまるくし、口をぽかんとあけている。そこからあらわれた人たちにも驚きの声をあげる。

 「あっ、パイナ町長! 」クリが声をあげる。

 「なんでそんなところに……」

  ゼリーハウスと町長たちを交互に見比べている。

 「あ」とキウイが声をあげる。

  「あれ、この建物見たことある」

  目を大きく見開いて公民館を指さしている。

 「羽はなかったような気がするけど……」

 「これ、昔あった公民館じゃないの……」

  デコポンのおばさんが叫ぶ。

 「あ、そうだ。たしかずっと前に野菜たちに奪われたやつだよっ」

 と、びわも興奮した声をあげた。

  色とりどりのフルーツたちがざわざわする。

 「パイナ町長、あいつらから公民館、取り返してくれたんだね」とイチジクがさけんだ。

 「さっすが、町長だっ」

 「はりぼてばかりつくったり、へんなことばかりしているって思ってたけど、ちゃんと、やることはやっていたんだね! 」

 と信頼に満ちた目をきらきらさせて桃が叫ぶように言う。

 「あ、いや、その……」町長はとまどった目をきょときょとと動かす。

 「あれ、」デコポンが素っ頓狂な声をあげた。

 「町長、ずいぶんやせたね、それにひげがぼおぼお……」

 「あ、ほんと、さっきから気になっていたんだけど……」とハッサクもいった。目をぱちぱちさせている。

 「どうして急にそんなにやつれちまったんだよぉ」などと心配する声があがった。

 「わかった」とポンカンが軽快な声をあげ、ぽんと手を打った。

 「それだけ、野菜たちから公民館を取り戻すのが大変だったってわけだよ」

 「なるほど」

  みな納得して、そろってうなずいた。

 「でも、あれ……」急にけわしい顔になってハッサクがレタースンを指さした。

 「あいつ、野菜じゃないか……」

 「あ、そうだ。それにあいつらも……」

  と桃が今度は、さとじいとサトチを指さす。

 「あいつらはたしか、イボ……」

 「いやちがう、イモだ。二匹もいやがる……」

 と洋ナシが叫ぶように言う。

 「町長さん、な、なんで野菜といっしょに……」

 「わかった」

 ぽんかんがぱん、といきおいよく手を打った。 

 「あいつらは捕虜だ、パイナさんは、わが公民館を戦い取って、ついでに捕虜も取った、というわけだ」

 「なるほどっ」、みなもぽんかんの真似をして手を打った。

 「英雄だ、英雄だっ、」

 「ばんざい、ばんざーい!」

 みな大声をあげて飛び上がった。

「あれっ」ハッサクが急にばんざいをとめて、指さした。

「おい、あれ……」

 顔をしかめている。

「わ、悪ガキライムもいるぞっ、ライム小僧……」

とタンゴールが叫んだ。

「うわ、なんかちっこくて気づかなかったよ」

とみかん。

「ちぇっ、せっかく最近みかけなくて、町が平和だったのに……」とオレンジが舌打ちした。

「ライムは捕虜だっていらないけどな……」とバンペイユが低い声でつぶやくように言った。

 「なにが捕虜だっ!」ライムがこぶしをふりあげて叫びかけたときだった。

「ほお、にぎやかだな、みなさん……」とどすのきいた低い声がライムたちの背後からひびいた。

ふりかえると、ドルアが立っていた。すこしふらふらしている。顔が赤い。酔っぱらっているようだ。まぶしそうに眼をほそめてあたりを見渡してから、太い首をゆっくり何度か横に振った。

「なんでここにいる……」ひとりごとみたいに低くつぶやく。

 かたわらにレタスとオクラも首をかしげたり、目をぱちぱちさせたりしている。

「おい、これはどうしたことだ……おまえら、どんな魔法を使ったんだ……」

ドルアはぎょろ目でライムたちをにらみつけた。

「もしかしたら、ハウスが空を飛んだことに気がついていないんじゃないだろうか……」

とさとじいが、みなに小声で言った。

「どうやら、飛行中、よっぱらって寝ていたんじゃないか……」

とレタースンも声を潜めて言った。

「でかけたわけじゃなかったんですな……」パイナも声をひそめて返した。

「ああ、さっき、けっこうワインをがぶがぶ飲んでましたからな……」とサトじいが言った。

「なにをごちゃごちゃ言ってるんだ、おまえら」とドルアは真っ赤な目をして、すこしふらつきながら、パイナやレタースンたちのほうに近づいてきた。

「おまえら、いつ、家から出ていいっていった……」

 とげだらけの太い腕を町長たちにむけて突き出す。

「お前たちは枯れはてるまで、ずっとわが家にいるはずだろう……」

 パイナは逃げ出そうとしたが、脚がもつれて転びそうになった。

「チョウチョ、あぶないっ」

 ライムはジャンプすると、すっぱジュースをドルアにふきかけた。

顔をねらったがはずれ、頑丈そうな肩にあたった。じゅっと、なにかが焦げるような音がしたが、ドルアの赤黒くぶあつい皮膚はなんともなかった。

 パイナは体勢を立て直し、走り出した。オクラーンも続く。かれらのせなかにむかってドルアは大きな手のひらを向けた。

「リド、アドリリド……」

 赤く濁った眼でにらみつけ、低い異様な声でうなる。

 ドルアの口から、もわあと黄土色の煙みたいなものが出た。それは霧のように広がってパイナとオクラーンをつつみこんだ。

 同時に、「うわ、くさっ!」みな、鼻をつまんでうずくまったりした。

 何かが腐ったみたいな強烈なにおいがあたりに広がった。

 黄土色の煙が消えると、そこにはツタのようなものに脚をからめとられたパイナとオクラーンがいた。ふたりが悲鳴をあげながらころぶ。

「おい、だいじょうぶかっ」とライムはかけより、パイナの脚にからみつくツタをひきちぎった。サトチはオクラーンのツタをはぎ取る。 

 ふたりは再び、ひいいというような情けない声をあげて逃げ始める。

「くそっ、酔いがまわっているせいか、うまくきかんなっ」

とドルアは毒づくと、また、手のひらをパイナとレタースンに向けた。

「しつこいやつめっ」ライムは助走をつけてから、思い切りジャンプした。そしてドルアにとびげりを見舞った。

「どりっ!」ドルアはうめいた。肩の当たりにキックがあたった。べきっ、妙なにぶい音がした。赤茶色のとげがおれた。汁のようなものがすこしにじんでいて、そこからしゅうしゅうと、赤黒い煙のようなものが漂い出た。

 ドルアはかまわず、再び逃げ出したパイナとレタースンに向けて手のひらを差し出す。

「ドルルリア、リドルラリドル……」低くうなる。

 煙がかかると、もつれる足取りで逃げていたパイナとレタースンの足が突如、止まった。ふたりの足に黒々とした太いへびのようなものがまきついている。それはよくみるとねじくれた木の根っこで、ふたりのあしをしめつけていた。そして二人の足と一体化してぐねぐねとうごめきながら地面にもぐりこんでいった。

 パイナとレタースンのもじゃもじゃのひげにおおわれた口から悲鳴があがった。血走った目が大きく見開かれている。ふたりは、なにかにすがりつこうとするように両手をふりまわしたが、地面からのがれることはできなかった。

「おい、しっかりしろ」

 近くにいた人たちがふたりを地面からひきずりだそうとした。だが、体格のいい男たちがうなりながら、ふたりのからだをひっぱってもびくともしないようだった。パイナとレタースンはさらにふかく、ゆっくりと沈み込んでいった。

「魔法だっ」広場から悲鳴のような声があがった。

「あいつは魔法を使うドリアンだっ」

「も、もしかしたら、あのときの……」

ドルアを力なくゆびさしたまま、年老いたあんずのドライフルーツが震えて立っている。

「まさか……」同じくしわがれた老人の声が続いた。いちじくのドライフルーツだった。

「そ、そうだ、思い出したぞ。悪魔のドリアン一家……」

「こいつはあの時の、親玉だ!」

「また懲りずにやってきたのかっ」

「あんなに痛めつけてやったのに」

 広場にいた年寄りのドライフルーツたちは口々にさけんだ。

「いえ、違うんです」と地面にしばりつけられたままのパイナがうめきながら言った。

「あいつはあのときの親玉ではありません」

「あのとき、こどもだったドリアンなのです……」ともはや観念して身動きひとつしないオクラーンが続けた。

「あ、そうか……たしかに相当、昔のできごとでしたよな……」

「ああ、のろわしいできごと……」

「たしかに、悪魔一家にはこどももいた……」

「だが、あんなにおそろしげな姿に成長しているとは……」

 驚きと恐怖の声が交錯した。

 「さあ、詳しいことを教えてさしあげます。ここから出してください」パイナはあわれな表情で、みなに訴えかけた。

 しかし、みな、パイナたちにかまっている余裕などなかった。

 おそれながらも、ドルアをにらみつける。

「なぜ、またやってきたんだっ!」

「地獄の底から来た醜い悪魔のフルーツめっ!」

「地獄に戻れっ!」

 憎悪と恐怖に顔をゆがめながら、ドライフルーツたちは細い枯れ枝みたいな腕を振り回した。

 ドルアは何も言わず。赤い目をドライフルーツたちに向けた。とげが折れた肩のあたりから、青紫色の煙のようなものが湧き出て、空中を漂い、ドライフルーツたちの方に向かう。

 同時に、なにか生ごみが腐ったような強烈なにおいがひろがった。

「わああっ! 」広場にいたひとたちは鼻をつまみ、その場にうずくまった。

「ドリリリル、アドル……」低くひびく不気味な呪文をとなえながら、手のひらをドライフルーツたちに向けた。

 青紫色の煙がドライフルーツたちのからだを覆い隠す。やがてその煙はうすくなって、風にふきはらわれた。

 するとどうだろう。そこにいたドライフルーツたちはみるみる、青紫色っぽく変色していき、やがて漆黒の闇のような真っ黒になった。

 そして手から足から、顔から、赤や青、黄色などの毒々しい色のおできのようなものが生えだしたのだ。ドルアはじっと彼らをみながら呪文を続ける。からだじゅうを覆う無数のおできはみるみる、長く伸び、先端がするどくとがり……つの、というかとげのようなものになっていった。

 近くにいた人たちはその無数のとげに覆われた姿をみてひめいをあげた。

「わああ、ばけものっ」そうさけばれたトゲトゲフルーツは自分の手を見おろした。

「なんだ、これは……」

 そして顔にさわる。「いたっ」顔のとげが刺さったみたいだった。手のひらから血がしたたる。

「わあ、たすけてえ」と友達に、すがるみたいに血まみれのとげだらけの両手をつきだして迫る。友達は悲鳴をあげるとあわてて逃げ出す。

 そういう友達もトゲが生えだし成長し、全身、とげだらけになっていった。

「ドム、ドリリルンンア……」

 ドルアは今度は別の方向に向き、また手のひらを差し出しながら呪文を唱えた。青紫色の煙が漂い出る。煙をかぶったオレンジやりんごたちの顔や体がみるみる黒ずんでいった。同時に空気がぬけた風船みたいに、しなびて小さくなっていく。しだいに枯れて、どろどろと解けはじめ、ついには土の地面に混ざり合ってしまった。


「やめろーっ!」ライムはさけぶと、猛烈ないきおいで走り出した。そしてドルアのとげだらけの背中に飛び蹴りをくらわした。

 するとまたとげが折れ、根元からしゅうしゅうと青紫の煙が噴出した。からだから漂よい出た煙は近くにいるフルーツを包む。すると彼らもまた不気味に変化して争いあった。

 ドルアは驚きと歓喜の声をあげた。

「おお、おれがこんな強い魔法を使えるとはおもわなかったぞ……」

「ドリリ、アドル……」ドルアは呪文を唱えながら、あたりを勢いよく歩き回った。煙はどんどん広い範囲に広がっていった。

 広場中に悲鳴と怒声があふれ、つかみあい争う人々の姿でいっぱいになった。


 「知らなかった。こんなことは……ライム小僧よ、ありがとう……。」

 ドルアは、必死に霧をよけながら動き回るライムを見やった。

「とげを折ったらこんなに強い魔法を出せるとはな……」

 ドルアのからだは赤みを増し、全身に血管が浮き出している。大きな体が一段と大きくなったようにみえた。

「おれの傷の霧がかかれば魔法の力は各段に強力になる。こんなに効く魔法はかけたことがない。こんなことだと知っていたならもっと早く、こうしていればよかったな……。」

ドルアは喜びと力に満ちた声を張り上げた。

ドルアは霧をふりまきながら、さらにまがまがしい呪文をつぶやきつづけた。地面を揺るがすほどの低音で。しかもそれはつぶやきなのに、なぜか、どこまでも届くみたいによく通った。 

「やめろーっ」

 ライムは、ドルアを追いかけ、走った。が、もう飛び蹴りなどの攻撃をすることはできない、と思った。トゲを折れば折るほど、あの霧が体から出て、魔法が強まるだけということがライムにもようやくわかったのだった。

 ドルアのからだは、もとの二倍、三倍へと巨大化していた。全身のとげもそれぞれが巨大な刀剣のように、からだからそそり立っている。

 赤茶色だった体の色はどんどん濃くなっていき、ついには闇のような真っ黒になった。吸い込まれるような漆黒の闇の中で、目だけがらんらんと赤く光っていた。

 

 そのとき、あたりに風がわきおこった。ライムがふりかえると、三角屋根のドルアの家が芝生広場に着陸するところだった。どこかに飛んでいたのだろか。両開きの玄関ドアが大きくあけられ、中からサトじいとサトチが出てきた。

 「おーい」とライムに手をふる。

「強力なすけっとたちを連れてきたよっ!」とサトチが叫んだ。

ふたりの後ろから、窮屈そうにからだをかがめながら、巨大な影があらわれた。その姿をみて、ライムは声をあげそうになった。キャベツ、ダイコン、そしてはくさい……。野菜レスラーたちだった。

 さっと体の奥が冷たくなったような感じがした。

からだをこわばらせて身構えていると、キャベルが声をかけてきた。

「おう、ライム、ひさしぶりだなっ」

ごつい腕をふっている。

おだやかな声と表情。

「娘がいつも世話になっているようで……」

と笑顔で続ける。

「え」と思ったつぎの瞬間、おもいあたった。あの公園の芽キャベツ、キャベッチュは、キャベルの子供だったのではないだろうか。

 「うちの子もいつも遊んでもらっているらしくて、ありがとうな」

 「お世話になってまーす」とハクサイックとダイコもにこやかに大声でいって笑顔をむけた。ライムはタイニーシュシュとねずみ大根の顔を思い浮かべた。

 それから、キャベルはきっと表情を変えると、どら声を放った。

「おう、よっぱらって暴れているってのはどいつだっ!」

野菜レスラーたちは足音をひびかせ、あたりを見回した。

戦うべき相手はすぐにわかった。

巨大なドルアのからだはさらに、三倍ほどの大きさになっていた。からだのあちこちからくすぶるように煙が出ている。

野菜レスラーたちは体をこわばらせた。だがひるむことなく、じり、じりとドルアを囲んだ。

 なんとか霧をよけながら、キャベルたちはドルアに迫った。だが、野菜レスラーたちの数倍の大きさに巨大化したドルアはいともかんたんに野菜レスラーたちを蹴散らした。

 つきとばされ、あおむけにころんだハクサイックは立ち上がろうともせずに虚空に向け、目を見開いている。黒い霧が彼の巨体に忍び寄っている。

 「おい、だいじょうぶかっ」

 ライムはあわててかけよると、近くにあったそこらにあったビニールシートをあおいで、ハクサイックにまとわりつく霧を吹きはらった。

 ハクサイックはきょとんとした顔でのろのろと上半身を起こした。

 

「そうだ!」ライムは思いついてさけんだ。

「あいつから出ている煙をふさぐんだ!」といって近くのビニールハウスを指さした。

野菜レスラーたちは畑に踏み込んで、「ちょっとわるいな」、などといいながら、ビニールハウスからビニールをべりべりとひきはがした。それからドルアに突進してかぶせた。ドルアはぐるぐるまきにされ、煙は封じ込められた。だが、すぐさま、彼はビニールの中で、うなり声をあげながら、すごい勢いで巨大な体を回転させた。全身のとげがビニールをひきさき、ずたずたになったビニールから出てきた。

 そしてまた呪文を唱えだした。

ドルアは煙の出が悪くなると、自分でからだのとげを折ったり、むしり取ったりした。そのたびに、ぎぼっ!というような異様な音がして、血のようなものが噴き出た。つぎに濃い煙が漂い出る。ドルアはさけび、顔をひどくしかめた。だが食いしばった歯の間から、低くひびく呪文を紡ぎだした。

 ライムはそれを見ているうち、なんともさびしいような悲しいような思いにとらわれた。

 「そうだっ!」、ライムは叫んだ。さっき、公民館の廊下を通ったとき、すみにバケツや雑巾がいくつか置いてあったのを思い出した。

 走り出すと、「ちょっとごめんよ」と公民館に声をかけながら入っていった。

 バケツをふたつ手にさげて、ハウスを飛び出ると、今度はドルアから距離をおいてにらんでいるキャベルのもとに走り出す。

 「なあ、キャベル、頼みがあるんだ」

 ライムはキャベルを見上げた。

 「あのときみたいに、おれっちを吹っ飛ばしてくれ」

 「はあ……」とキャベルはライムを見下ろして首をかしげた。

 「ほら、相撲大会のときに……」

 「あ、ああ、」

 キャベルは太い首をきまりわるげにかいた。

 「あのときはわるかったな……」

 「いや、いいんだ」

 といってライムは指さした。

 「ほら、湖の向こうの林を超えたところ……」

 「でもどうして……」キャベルは太い首をかしげる。

「いや、今は説明しているひまはないんだ、頼むよ」とライム。

「お、おう、わかった……」

 キャベルはライムの真剣なかおつきを見て、決心をしたようだった。

 

 キャベルはバケツをもったライムをむんずとつかんで抱えると、大きな体を回転しはじめた。回転はだんだん速くなっていく。

それがマックスになったところで、ライムをはなした。

バケツをもったままライムはいきおいよくふっとんだ。

町を超え、林を超え、湖の上を超える。

 ライムは野原に着地すると走り出した。丘みたいに小高くもりあがったところを探す。

草にかくれてわかりづらかったが、あのドラゴンの形の岩をさがしだし、急いで穴にもぐりこんだ。真っ暗な穴を進むと、先のほうに青白い光がゆらいでいるのがみえた。

 岩の間からもれるその光はゆっくりと、七色に色をかえていく。なにもかもこのまえと同じだった。

 バケツを泉にひたし、“びっくら水”をくみあげる。もう一つのバケツにも。

(この水でおれっちは、けががたちまち治った……)

バケツのとってを握りしめる。

「これをかければあいつの傷もたちまち治るはずだ……」とライムはひとりつぶやいた。


 重いバケツをさげてよろよろと歩き出す。行きはあっというまだったが、帰りはそうはいかなかった。一歩一歩、大地を踏みしめて進んでいかなければならない……得意のジャンプを使うこともできない。水はおもいし、だいいちこぼれてしまう。

 どんなに歩いても林の向こうの公園の塔の大きさは同じように見える。いつまでたっても小さいままだ。

 からだじゅうから汗がふきだした。だらだら額から流れ落ちる汗が目にはいるので、ときどきバケツをおろして汗をぬぐわなければならなかった。

 のどがからからだった。足元のバケツには水がたっぷりと入っている。

いやだめだ……とライムは目をつぶって、水のことは考えないようにして、先を進んだ。でも反対に頭の中は水のことでいっぱいになる。日差しはさらにつよくなっていった。


「ちょっとだけならいいだろう……」

 もうろうとしてくる頭で考える。

「ほんの一口……」

 (いや、まてまて、やめろ)という心の声があったが、もう勝手に、自然に手がうごいていた。バケツを草原におくと両手ですくって、水を口にふくんだ。とたんにからだじゅうに生気がよみがえった。まさに生き返った、という感じだった。

 「うわあ、うめえ!」

 ライムはさらに黄緑色の手を、きよらかに澄んだ水の中につっこんだ。

 どんどん続けて飲んでしまいそうだった。でもそこで頭を強く左右にふった。

「だめだ、だめだ、これはドルアにかける大切な水なんだ」

目をぎゅっとつぶって、両手を水から引き出した。そしてバケツのとってをぐいと、しっかりつかむと、再び、草原をあるきはじめた。草が足をくすぐっていった。脚に、いや体全体に力がみなぎる。ライムはかけだした。水はこぼれなかった。ライムは自分でもびっくりするような軽やかさとスピードで公園に向かってかけつづけた。


 ドルアの巨大な姿はすぐにみつかった。公園を出たところの街中で、低くうなる呪文が地響きのように伝わってくる。

あたりには猛烈なにおいと、青紫だったり、赤紫だったりする霧が漂っている。ライムはあわててバケツをおろし、両腕で鼻や口をおおった。


 ちかづいてよくみると、鳥肌がたった。ドルアの上半身にはもはやほとんど、とげがなかった。とげをぬいたあとなのだろう、からだじゅうの傷あとから青紫だったり、赤紫だったりする霧のようなものがうっすらと出ていた。

 ドルアはふとい腕を力なくあげ、巨体をよろよろさせながら、さまよいあるいている。その口から洩れる呪文は、どこか死者のものを思わせた。もはやその目は宙をさまよい、何を見ているのかはわからなかった。

周りの住宅や商店の間で人々は争い続けている。こずきあいや殴り合い。とげだらけの姿で目を血走らせ、お互いにつかみあっている者もいる。お互いのとげが刺さって、悲鳴があがる。

ライムはもはやへとへとだったが、両腕のバケツを握りなおすと、口を一文字にひきしめ、ドルアに向かっていった。

 ドルアはライムに気がつき、動きを止めるとにごった目でみおろした。

 ライムはまけじとにらみかえすと叫んだ。

「魔法はやめろ、おまえ、傷だらけだぞっ」

 ドルアは低い、抑揚のない声で言った。

 「なんだ、そのバケツは……水が入っているのか。火事は残念ながら起きてないぞ……」

 ドルアの赤黒いおおきな顔には表情がなかった。

 「たしかに魔法煙が出ているから、火事とまちがえたんだな。相変わらずまぬけなやつだ……」と力なくせせらわらってみせる。

 「目をさませ、おれっちはおまえを助けようとしてんだ!」

 ドルアのうつろな目をみすえたまま、叫ぶように言った。

 「だから火事なんかおこってないから助けなくていいんだよ、おれは火元じゃないんだよ」とドルアは投げやりに言った。

 ライムはさらに巨大化したドルアをみあげて、こころのなかでつぶやいた。(やっぱ、これっぽっちの水じゃ足りなかったか……)

「あのさ、じつはこの水はさ……」ライムは自分の表情をやわらげようと努力した。「ただの水じゃなくて……」

ライムは「びっくら水」のことを説明しようとした。

 きいているのかいないのか、ドルアはゆっくりからだのむきをかえるとのっしのっしとあるきだした。

 「おい、待ってくれっ」

 ライムがバケツをかかえようとしたときだった。ドルアはいきなりくるりとふりかえると、かがみこんで、すねのあたりのとげをひきぬいた。

「よせ、やめろっ」とライムは叫んだ。けれど遅かった。

 ドルアは上体を起こしたかと思うと、なげつけた。とげはバケツに命中し、衝撃音とともに一瞬にしてバケツは吹っ飛ばされた。バケツの水はぜんぶこぼれて、地面を濡らした。地面からしゅうしゅうと青白いあわい霧のようなものがたちのぼった。

 さらにもう一本、太い脚から引き抜いたとげをなげつけ、地面においてあったもう一つのバケツもひっくり返した。

ライムは一滴でもすくいとれないかと地面にはいつくばったが、水はあっというまに地面に吸い取られて消えてしまった。


 ライムはあわててふっとばされたバケツを起こしたが、その中には水はまったく残ってなかった。ライムはからのバケツをみつめたまま、固まってしまった。じっとみつめているうちに、そのなかが何か不思議な力で再び水が満たされるのではないか、と思っている自分に気づいた。はっとして顔をあげる。

 ライムは大きくとびあがった。ドルアの頭上をくるくる回転しながら飛ぶ。そして真上まで来たとき、自分のおなかをおもいきり強く押した。

 口からぴゅーっと、いきおいよく水が飛び出した。

 びっくら水は霧状にひろがり、ドルアの巨体にふりかかった。

「なにをしやがるっ」ドルアは両目をおさえるとうずくまった。

「すっぱジュースをかけやがったな」

すると、しゅううというような音がし、ドルアの体から白い、湯気のようなものが立ちのぼった。それは霧のように広がったかと思うと、ゆるやかにうねりながら、ドルアの体を包み込んだ。

 ドルアの体を隠したミルクのような霧はぼおとやわらかい光を宿した。

やがて、光はうすれ、霧はうすくなってどこかへ静かに流れ去った。

 ドルアの姿があらわれた。目をつぶりしずかにうずくまっている。

それを見て、ライムはあっと声をあげた。

「と、とげが戻っている。」

肩にも、腕にも、胸にも、全身にあわい栗色のとげがはえていた。からだも、どす黒いような赤紫色だったのに、つやのある黄色みをおびた優しい色あいになっている。

 大きさも元に戻っていた。まがまがしい雰囲気は完全に消えている。

 ドルアはゆっくりとした動作で自分のからだを見下ろした。うでのとげにそっとさわってみたりしている。それからあたりを見まわした。

まゆを下げ、自分はどこにいるのだろう、と考えているような様子だった。

 「あんなにちょびっとの水でいたんだ……」

と、ライムはつぶやいた。

「傷が治っただけでなく、とげがぜんぶ生えてくるなんて……さすが、びっくら水だ……」

ほおと感心したみたいな息をつく。

「それとも、おれっちのおなかの中ですっぱジュースとまざったから効き目が超パワーアップ化したのかな……」

 半分、眠っているかのようなおだやかな表情をたたえていたドルアだったが、やがてはっとしたように顔をあげた。

 さっと立ちあがると、あらためてあたりをみまわす。町のあちこちで、怪物化し、ののしりあい、つかみあう果物たちの姿があった。怒鳴り声、悲鳴や金切り声が飛び交う。

 ドルアは、彼らのほうに向かった。

 目を半眼にし、両手をしずかにあげて、何かつぶやきだした。それは呪文のようだったが、さっきのまがまがしく狂暴な調子はなかった。

 すると、手のひらから、ミルクみたいなやさしい、やわらかい白い光が漂い出た。さっき、ドルアを包み込んだ光とよく似ていた。光は霧のようにしずかに広がっていく。

 光の霧につつまれると、争っていた人たちは動きをとめた。霧が消えると、そこにはきょとんとつったっている果物たちがいた。からだじゅうに生えていたとげはなくなっている。つのやきば、いぼ、こぶみたいなものも消えている。

いったい、何をしていたのだろう、と目をぱちぱちさせて、いままで争っていた相手を見たり、不審げにあたりを見渡したりした。

 乳白色の霧はどこまでもひろがっていき、すべての争ったり逃げ惑ってたりする人たちをもとにもどした。

怒声や悲鳴はまったく消え、おたがいにあやまったり、いたわりあったりする声や姿で満たされた。

 

 やがて町から喧噪がきえ、静けさに満たされた。

 やがて、ドルアは公園広場に戻ってきて、ライムの前にどっかとあぐらをかいた。あっけにとられてつったっていたライムもつられたように芝の上に腰をおろした。

「お前も魔法が使えるのかい?」

しずかな、穏やかな声で聞く。

ライムは首を横にふった。

 そして、偶然、洞窟の中の泉を発見して、そこに浸かったら自分のからだじゅうの傷がたちどころに治ったことを話した。

 ふうん、とドルアはうなずいた。

 「不思議な水だな……」つぶやくように言う。

 さっきまでの荒れ狂っていた果物と同じ果物とはとても思えなかった。

 「ま、腹んなかで、おれっちのすっぱジュースと混ざったから魔法みたいな力が出たんだろうけどな」

 と得意げにライムは言った。

 ドルアはほほえんだ。


 いつのまに、二人のまわりには、フルーツェンの住民たちがあつまっていた。みな芝生の上で体育ずわりや、あぐらなど思い思いの恰好をして座っている。野菜レスラーたちもいた。さとじいとさとちはもちろん、ライムのそばにいた。

 柔らかい日ざしが一面にひろがる芝生をあわく照らしていた。


 「おれたちは悪魔のフルーツと呼ばれてきた……ずっと昔からな……」

 さっき、ドルアの放った白い霧につつまれたひとたちは不思議と澄んだ目をして、しずかにドルアの話に耳をすます。

「おれたち一族は、うっぷん晴らしのはけ口として使われてきたんだ。災害、飢饉、戦争……みんなおれたちのせいだとされた。おれたちがそれらをひきおこす魔法をかけたとな……」

 ドルアは口をゆがませて、笑い顔のようなものをみせた。

「おれたちにそんな魔力があるわけがない。だいたい、なんでそんなことをする必要がある。なんの得があるんだ……」

 誰もこたえず、あたりは静まり返っていた。

 「そして、われわれはある村で襲われた。すべての不幸をつくりだす悪魔のフルーツの家族を襲撃というわけだ。おれたちが寝静まっていた夜中に、「悪魔よ消えよ、悪魔よ消えよ……」と取りつかれたように繰り返しながら……村のやつらはやってきた。手に手にかまやすき、なたなんかをもって……家には火をつけられた……。

 幸い、眠りの浅いうちのばあちゃんが直前にかんづいて、襲撃のやつらが来る前に家族全員、逃げ出したがな……。

 別の町や村に行っても同じことだった。「悪魔のフルーツ」ということばは知れ渡っていて、どこにいても俺たちは憎まれ、恐れられ、追われた……。

 そうやっておれたちは町から町、村から村へと旅の暮らしを続けた。そうするしかなかった。どこへ行ってもよそ者なので、よけい疎んじられた……。


 そして、俺たち家族はこのフルーツェンに流れついた。そして日の当たらない谷の底近くでひっそりと暮らしていた。暗くて寒くじめじめしたところさ……」

 ドルアは口をゆがめて皮肉な笑みを浮かべた。

 「おれたちは本来、温かくて、日のさんさんと降り注ぐところで暮らすものだがな……」

 「まあ、南国のフルーツだからな……」とドリアを囲んだフルーツの一人がつぶやくように言った。

 「……それはともかく、とくに何事もなく日々が過ぎた……。町に行くと、うさんくさげな眼で見られたものの、騒がれたり、襲われたりするようなことはなかった。ここではうまくやっていけるのではないかと思った……。」

 ドルアはひとつ大きなため息をついた。

 「だがそれは幻想にすぎなかった……。ある日のことだった。それは突然、起こった……」

ドルアの声は低くなり、暗さを増した。

 「最初、俺たちは町のその異変に気づかなかった……」

ドルアはやや視線をあげて、遠くを見やるような目つきをした。

 「やはり、そのときも異変に気付いたのは、じいちゃんだった……」

 その声には、どこかなつかしさのようなものがにじみでていた。

「町から妙なにおいが漂ってくる、というのだ……町から離れた谷底にいてもその匂いに気づいたのは、じいちゃんの魔力のおかげだ……」。

 一息ついたあと、またドルアは淡々と話し続ける。

 「どこかあまずっぱいにおい……。だが、それは腐ったような、なんとも不快なものが含まれていた……

 町にちかづくにつれ、その匂いは強くなる。

 そして町に入ると、とんでもないことになっていた。

 あたりはどんよりと暗かった。まるで夜に入りかけた時間みたいだ……

 天気のいい日が多いフルーツェンにしたら異例のことだ。

 一面が黒い霧におおわれていた。

 そしてなにか得体のしれない、悲鳴のような声が聞こえてきた。怒号のようなものも交じっている。町の中央部のほうからだ。

 おれたち家族はいそいでそっちにむかった。

 進んでいくにつれ黒い霧が濃く、深くなっていった。

霧はまるで生き物のように、つめたくぬめぬめとからだにまとわりついてくる。それに覆われるにつれ、なにかいらいらとし、どこか不安は気持ちにおそわれた……

「この霧を吸うな、息を止めろ」と、とうさんは、緊迫した声をあげた。そして両手を静かに上げると何やら呪文をとなえた。かあさんも、じいちゃん、ばあちゃんも立ち止まり同じことをした。

 そしておれはすぐに、みなが呪文をかけだした理由を知った。


 町のひとびとは化け物になり、お互いに争っていた。

 メロンからは無数のつるがはえ、それがぐねぐねと動いている。よく見たらそれはみな黄緑色の蛇だった。柿が蛇たちにまきつかれ、悲鳴をあげている。だがその柿もまた、口が耳までさけ、するどい牙がずらりと並んでいた。次の瞬間、柿は蛇をつぎつぎにかみきりはじめた。叫び声をあげるのは今度はメロンの番だった。

 町のあちこちで「バケモノめーっ!」「消え失せろーっ!」などと叫びながら、つかみあい、殴り合う怪物の姿があった。

とうさんは「黒い霧は魔法の霧だ。これを吸い込んだがために、怪物になったのだ」と叫ぶように言った。

 ブドウはつぶのひと粒ひとつぶが目玉になり、それがむぎゅむぎゅという感じの不気味な音とともに際限もなく増え続けている。膨らんだふさはついに破裂した風船みたいにはじけ、無数の目玉がそこらに飛び散った。目玉は地面をころがりながら、ぎょろぎょろとあたりを見まわす。

 そしてどんよりと黒ずんだ空には、ドラゴンフルーツが数百匹、飛びまわっていた。するどいきばのならぶ口をあけて、真っ赤な炎をはきながら、ばっさばさと、なにか不穏なつばさのはばたく音をにぶくひびかせていた。

真っ赤にふくれあがり、全身から、だらだらと血を流しているようにみえるイチゴが、そのあたりを漂うように、ふらつきながら歩いていた。


 おれはその光景をみて、わなわな震え、座り込んだ。いまでもときおり、そのときの光景を夢にみる……

「おい、ひきかえすぞっ」

とうさんはどなった。

「いつまでこの防御魔法がもつかわからん、この霧をすいこんだら、おれたちも怪物になってしまうっ」

そして俺たち家族は、回れ右をすると、走って帰り道についた。

 苦しみもがいている果物たちを放置しておくのは気の毒だったが、自分たちが怪物になってしまったら、助けられるものも助けられない。おれたちはあともふりかえらずただ走っ走ってにげた……」。

 「なんだって」とドライフルーツのいちじくじいさんが口をはさんだ。

 「町の人々を怪物にする魔法をかけたのは、おまえらドリアン一族じゃなかったのか……」

 「なんでおれたちがそんなことをしなくちゃならないんだ……」

 ドルアは苦笑した。

 「われわれではない。第一、そんなことをしていったい何の得があるんだ……」

  ドルアはうつむいて、低い声で言った。そしてまた話し始めた。

 

 「……そんなある日、街はずれの丘の上に忽然と光り輝く巨大な樹が現れた。まるで塔のようにまっすぐ、空に突き刺さるようにそびえる樹だった。黒ずんだ雲が渦巻くような空に向かい、それは赤味をおびたにぶい黄金色に輝いていた。高いところにひろがる枝や葉もまた黄金色にぼおとかがやいている。まるで黒い空から降りてくる邪悪なものから人々を守るかのように。

 その樹は空から降りてきた、といううわさがひろがった。空の上の神の国からおりてきたのだと……

 その巨大な樹のてっぺんには、ときどきにぶい金色にかがやくキンカンが姿を現した。何も語らないが、両腕をおおらかにひろげ、みなを救うというメッセージを示された。

 人々はその樹を天樹塔となづけ神のように崇め奉った。天からつかわされた、ありがたい樹、みたいな意味なんだろう……

 その塔のような樹のそばにいくと、その病がおさまるような気がしたからだ……」。

  「いや、気がした、ではない。じっさいに治ったんだ……」とドライフルーツのいちじくじいさんが口をはさんだ。

 「そのとおりよ、あんなにありがたいことはなかった……」とあんずのドライフルーツばあさんも両腕で胸をおさえ、口をそろえた。


 「天樹塔が現れ、しばらくして、誰かが気がついたんだ……」とドライいちじくはしわがれた声をはりあげるようにして言った。

 「その樹のそばにいると、症状が治まることに……まあ、ほんのしばらくの間だがな……」

 「そう、樹からは、癒しの“気”のようなものが出ていたんだよ……」

 ドライあんずが身を乗り出し、なぜか声をひそめて言った。

「そのうち、その効果をもっと長引かせる方法が発見された……」

 ドライあんずはもったいぶって、みなの顔を見渡した。

 「そのとおり……」といってから一呼吸おいて、ドライいちじくが話し出した。

 「誰かが、感謝のしるしに、樹の根元に、貢物を置いたんだ。すると……効果はあらたかになった……」

 「幹から出てくる気の量は増え、力強くなり……」とおちくぼんだ目にあやしげな光をたたえ、ドライあんずが続けた。

「そう、最初のその人は、どうやって感謝を伝えたらよいかわからなかった。その樹の神さまは、何も語らず、めったに姿をお現しにならなかったからな……」とドライイチジクが言った。

「翌日になると、その貢物は消えていた。まるで樹木に吸い込まれるように……そして、病にかかった人たちはこぞって、樹の根元に争うように貢物をおくようになった……」


「そう、あのときの感触はよく覚えている……」

ドライあんずはうっとりと目を閉じる。

「……あまずっぱいかんきつ系の香りとともに幹や枝葉から“気”が漂い出て、あたしをつつみこんでくれた……」

 夢でもみているような緩んだ顔つきになる。

「俺もそうだ……まさにあれは神がつかわされた救いの気だった……」ドライイチジクも穏やかな顔つきで目をつぶる。

「たこみたいな化け物の姿だったおれは徐々にもとの姿に戻っていった……」

自分のからだをだきしめるようなしぐさをする。

 「もちろん、感謝のしるしにさらにお宝を根元に置いたさ。あるだけの金細工、銀細工を。女房のブレスレットやネックレスなんかもみんなささげたよ。」

 ほほえみをうかべたままつづける。


「すると、樹から出る癒しの気は一段と強くなり、たこみたいな触手はさらに減っていった。」

 ドライイチジクはばんざいするみたいに両腕をあげた。でも細く節くれだった腕はまっすぐにあがらず、なにをしているのかよくわからないポーズになった。

 「それでとうとう、すっかりもとのイケメンに戻れたというわけだ……」

 「あたしもべっぴんさんに……」といって二人はしわだらけの顔をさらにくしゃくしゃにして笑った。

 「町長はそのことをみなに伝え、新聞や雑誌にものり、みな競うように、より豪華な貢物を天樹塔に供えるようになった。……」

 ドライイチジクはおだやかな笑みを浮かべ話し続けた。

 「塔の下には宝石、金貨や宝飾品などがうずたかく積み上げられた。キンカーン様は神の力で、だれがどれほどの財宝を貢いだか、ちゃんと把握されていた。財宝の価値によって癒しの気の量はきっちり決まっていた。」

 「そう、あたしもいっしょうけんめい、町長の話をきいたり、ベジタイムズを読んだりして勉強したわ……」

 そして思い出すみたいに、うーんとうなった。人差し指をぴんとたてて唇のはしにあてている。

「ほら、ちゃーんと思い出した。ぜんぜんぼけてなーい」

とはしゃいだような声をあげる。

「お宝は命の樹に吸い込まれ、癒しの気に変わる……」

 目をつぶって暗唱するみたいに話しはじめる。

「財宝を供出きょうしゅつするということは、身を切られるほどつらいこと。貧しき者にとってはなおさらのこと……しかし、だからこそ、効験こうげんあらたかなの。苦しい生活のなかで財産を差し出す心が、キンカーン様の心を動かし、キンカーン様も命をけずって癒しの気を絞りだしてくださるの……」

と一気にいうとにっこりした。しわがさらに深くなる。

ドライいちじくが話をひきとって話し出した。

「そう、キンカーン様にとって、“気”を出すのは大変な消耗を伴う。それでも、みなの気持ちにこたえて、御身おんみをすり減らしてまで天樹塔に“気”を吹き込んでくださったのだ……」

 そのときのことを思い出したのか、ドライいちじくは鼻をすすってうつむいた。

「でも……」と急に悲し気な顔になってドライあんずが口を開いた。

「ものごとはそう簡単にはいかなかった……」

 みな、ゆるみつつあった顔をひきしめて、彼女に目を向けた。

「キンカーン様が癒しの気を出してくださった一方、黒い霧のほうも、それ以上に濃く、強くなっていったの……」

「そうだな、怪物になる人の数は残念ながらさらにふえていった……。怪物はより醜く、より狂暴に、より強力になっていった……」とドライいちじくも低く抑揚のない声で言った。

 「みな、前にもまして、きそいあって高価な貢物をささげるようになった。でもよほどの金持ちでもない限り、財産は尽きるものだ。みな、貢物を買うため、必死に働いた。だが、それでも追いつくものではなかった。なかには体をこわして、もう二度と働けなくなった者もいた……」

 ドライいちじくは表情のない顔で続けた。

 「ついには、貢物を手に入れるために、店や他人の家から盗んだり、暴力で財産を奪う、という者も出始めたんんだ……。そのため争いはさらにひどくなっていった……」。


「もう、そのくらいでいいだろう」ドルアは太い腕をあげて、ドライフルーツたちの話をさえぎった。

 「これからキンカーン様とやらの種明かしをしてやろう……」

 としずかに話しだした。


 「……キンカーンは、まず、ひっそりと目立たないように、フルーツェンに入った。なにしろやつは小さいからな、変装でもしていたんだろう。誰にも知られずに、その仕掛けをほどこすことができた。

 やつはたくさんの「魔キンカン」の種を町のあちこちに埋めたのだ。

埋めこまれた種は芽は出さずに、地下にものすごいいきおいで、黒い根を張り巡らせる。数日のうちにその黒い根は土の中で網の目のように町じゅうに広がっていた。

 無数ともいえる根の先端は、地面からほんのわずかに顔を出し、そこから、呪いの霧をうっすらと出していたのだ。それは空中で集まり、黒い霧へと変化していった。一本の根から出る霧はごくわずかだったから、誰も地面から、そして根っこからその魔の霧が出ていることには気づかなかった。

  そして黒い霧につつまれた人は、次々に怪物に変化していった。

 そして、そのあとに奇跡の樹の登場だ。キンカーンは別の魔法の種を丘の上に埋める。それは芽を出し、すごい勢いで成長し、空をつく高さへと伸びる。その太い幹やひろがる黄金色の葉からは、貢物の大小によって、強かったり、弱かったりする癒しの気が出る、

 それは黒い霧によって怪物になった者たちを元に戻す。どんな医者や、祈祷師でも治せなかった病を……。

 つまり、根からは化け物をつくる魔の霧を、幹や枝葉からは、それをいやす気を同時に出していたというわけだ。

 自分で不幸をばらまいておいて、それを自分で解決して大金を稼いでいたんだよ……。

やつは、この手であちこちの町をわたりあるき、財宝を築き上げてきた。その町の財宝を食いつくしてはほかの町に……というふうにな……」

「そんなばかな……」「きっとうそよ……」とドライアンズとイチジクはいったが、その声に力はなかった。

 ドルアは話し続ける。

 「……われわれは町に向かった。キンカーンは、財宝をむさぼることに夢中で、しずかに忍び寄るわれわれには気がついていないようだった。

 おれたち家族は魔樹塔をかこむと、手のひらを向けた。子供だったおれももちろんそうした。ちなみにおれたち家族は、町のやつらが天樹塔と呼ぶ樹を魔樹塔といいかえていた。だって、その名前のほうがはるかに的確に体を表しているからな……

 

 そして、力を合わせて、大木にかかった魔法を解く魔法をかけた。

 とうさんは以前にすいこんできた呪いの霧を調べていたからな。それに対抗する魔法の呪文もあみだしていた。

 すると、われわれの魔力で塔は姿をかえはじめた。ぼおと鈍い光沢を放つ黄金色はみるみるあせていき、腐った古木みたいなどす黒い姿が現れた。こぶがあちこちに出、ごつごつとねじくれた不気味な姿……。

 おれたちはなおも、意識を最大限に集中して、魔法の波を送り続けた。

あまずっぱい匂いは次第に腐敗臭に変わっていった。どす黒い樹皮はボロボロと落ちていく。

 しかし、それからのキンカーンの判断は早かった。

半分、崩れ落ちた大樹は上に伸び始めたようにみえた。それはまるでロケットのように空にむかい飛び立ったのだ。ところどころにあいたうろから、財宝がぽろぽろと零れ落ちた。

大樹はあっというまに空のかなたにきえた。……

 それからキンカーンが戻ってくることはなかった。おれは、やつがおれたちの魔法力におびえたからだと思っている。……

  われわれはキンカーンを倒すことができて、ほっとしていた。

 これでもう白い目でみられなくてすむ、それどころか、明日から英雄扱いされるんじゃないか……とこどもだったおれは思った。

 「ところが、つぎの日の新聞にのった記事はこうだった……」。深いため息をついたあと、ドルアは再び話しはじめた。

「写真つきで、塔を囲んでいるわれわれの写真がのっていた。まさか、あのとき、誰かに写真を取られているとは思わなかったよ……。見出しはこうだ、

『悪魔のフルーツ、救世主を追い出す』

 まさか、あいつら、そこまでの忠誠心があるとはな。よっぽどひどい脅され方をしたんだろう……」

とドルアはあきれたような声を出した。

そしてあたりを見回す。

「やっぱりいないか。どこかに逃げたんだろう。パイナとレタースンは。……」

「パイナ町長がどうした。町長はおまえたちをたおした英雄だぞ」と今までだまっていたプラムが言った。

「おまえ、いったいおれの話を聞いていたのか……」

ドルアはあきれたように言って、プラムに目をむけた。プラムはおもわず、といった感じで、うつむいた。

「まあ、いいか……とにかく……」

ドルアはため息まじりに話し続ける。

「パイナは声を大にして、“キンカーン様”をおれたち家族が邪悪な魔術で追いやったことを非難し、レタースンもその内容を大々的に記事にした……。

 きっと、またご主人であるキンカーンが戻ってくると思っていたんだろうな……。

 パイナをしめつけて聞き出したから知っている……あいつは町のトップつまり責任者として、キンカーンに近づいたんだ。自分が悪夢のような事態をなんともできないでいるのに、キンカーンは町を部分的にせよ、救っているんだからな……

 パイナはこともあろうに、その手柄を横取りしようとした。この町にいることをゆるして、いろいろ便宜べんぎをはかってやるかわりに。その癒しの気はパイナの命令によって出している、ことにしろとな……

 まったくばかなやつだよ。あいつは逆に脅されて。キンカーンの手下にされた。パイナの悪友であるレタースンもひきこまれた。

 パイナとレタースンはぐるになって、それぞれキンカーンの手下として彼の悪事に協力していたんだ。

 キンカーンの秘密を彼らが知ったからといって、キンカーンにとってはなんでもなかった。きっと、ばらしたらひどい目にあうぞなどと脅して、二人にいうことを聞かせたのだろう。

 ふたりは忠実だった。パイナは町のひとびとに、キンカーン様にお布施をするよう話し、レタースン編集長はそのことを熱心に自分の媒体ばいたい、つまり新聞や雑誌なんかにのせて宣伝した……。」

 ドライフルーツをはじめ、皆、驚いたように声もなく、ドルアの話に耳を傾けていた。


 「だいたい、やつが去ってからは、誰も魔物になることはなかったんだから、キンカーンの仕業だったことは 誰の目にも明らかだったはずなんだが……」

 とドルアは皮肉まじりのため息をついた。

「そ、そんなことはない。キンカーン様は去るまぎわに、すべての癒しの気を放ったのだ。永久に効果があるほどの強烈な気をな。自分の命とひきかえといえるほどのなっ」

とプラムが再び口を開いたが、その声にはそれほどの自信は感じられなかった。


「だいたい、こういったことが真実の話だ……」と、話し終えたのか、ドルアは深いため息をついた。

「まあ、そうはいっても信じないだろうがな、おれの言うことなど……」

 沈黙が広がった。

 ぽかんとした表情だったライムだが、やがて口を開いた。

「じゃあ、おれっちとつきあってくれていたのは、ドルアだったということか……ほんものの町長じゃなくて……」

ライムはぽかんとした顔つきで、ドルアをみた。

「けっこうやさしくしてくれていたよな……」

「ああ」とドルアは穏やかな表情でしずかにうなずいた。「おまえは、おれとどこか似てたからな…」 

「じゃ、なんでライッチにひどいことしたんだよ」とさとちがドルアをにらんだ。

「おまえ、野菜町で人気者になっていったろう……」とドルアは力ない口調でライムに顔を向ける。「おれから離れていくような気がしたんだ……」と付け加える。

「おれだけおいていかれるような……ひとりぽっちになるような……」

ドルアは深くため息をついた。

「われながら、まったく勝手だよな…それにこどもじみている……どうかしていたんだ、」おれは…」


ドルアはゆっくりと立ち上がった。


 そのときだった。ドルアとライムたちを黒い大きな影が覆った。と思ったら、上から強い風が吹きつけてきた。空から猛烈ないきおいで迫りくるのは、真っ白い翼を鋭くたたんだ公民館ハウスだった。次の瞬間、ふたりはすごいいきおいで飛びのいた。地面に激突しそうになった公民館ハウスが大きなつばさを広げて急浮上した。強い風がまきあがる。

 ドルアたちの上空でハウスは旋回する。窓から顔を突き出したのはパイナだった。

「悪魔のフルーツめっ、また、わがまちを地獄にするつもりだなっ!。そんなことはさせんぞっ!」と叫ぶ。

「今度こそ退治してやるっ!」とレタースンもパイナの隣から首を突き出して怒鳴った。

 あっけにとられて上をみあげていたライムだったが、「まだ、あんなこといっていやがる……」やっとのことでそういった。

 公民館ハウスは上空をぐるぐる回りながら狙いを定めているようだ。

 あんなものがぶつかってきたら、さすがのドルアもひとたまりもないだろう。


ライムはおもいきりジャンプした。だがハウスは空中でひょいとよけた。

ライムは必死に何度もジャンプしながら、ハウスにつかまろうとした。

だがハウスはからかうように、つばさをなめらかに動かしてライムから逃げた。

「くっそお」ライムはジャンプしながらハウスにむかってすっぱジュースをはきかけた。でもそれはかすりもせずに。霧となって宙にひろがった。

ライムは息がきれて地面にうずくまった。

 地面をにらんで荒い息をついていたライムだったが

突然、「そうだっ」と叫んで立ち上がった。

 苗を助けたときのことを思い出した。

 「ドルアっ、あれ、やってくれ、苗救出のときのっ」

 それだけで通じた。

 ドルアはいきなりライムをつかむと、ひょいと上にほうりなげた。そして両方の手のひらを肩のところで上に向ける。ライムはぴたっとその上に両足をつける。

「いくぞっ」とドルアがいうとドルアはしゃがみこんだ。

 それからのびあがると同時に、ライムはドルアの手のひらを思い切りけった。

 すごい勢いでライムは空へと上っていく。

 あわててハウスは逃げようとしたが間に合わず、ライムは窓枠につかまった。

 窓から部屋にころがりこむと、すぐにハウスの中から悲鳴があがった。パイナとレタースンの声だった。

 ハウスはコントロールをうしなったようにふらふらと飛ぶと、下におちはじめた。かろうじてつばさをはばたかせ、ころがりながら着地する。

 横倒しになったハウスから二つの影がとびだし逃げ始める。もちろんパイナとレタースンだった。

すっぱジュースなんかをくらったのだろう。

顔をおさえながら、もつれる足取りで走っていく。

ドルアとライムは走り去るふたりはほうっておって、横倒しになったハウスにかけよった。

ハウスからは妙なにおいがただよっていた。

「灯油だ……」とドルアが低い声で言った。

「いうことをきかないと火をつけるぞ、とおどして、ハウスをコントロールしたんだろう。あいつらのやりそうなことだ……」

と吐きすてるように言う。

ドルアは野菜レスラーの助けも借りてハウスを助け起こす。


それからドルアはみなに背を向け、ゆっくりと歩き始めた。

向かっている先がぼんだ山だと、ライムは気づいた。

ライムはドルアの背中に向かって声をかけた。

「おまえはフルーツだぞ。ここがおまえの町だろう」

ドルアは大きな背中を向けたまま足を止めた。


数か月後、ライムの姿はフルーツェンにあった。

公園でフルーツの子供たちにジャンプを教えていた。

野菜の子供たちもいた。

みな、カラフルなフルーツキャップをかぶっている。

新しい町長にたのんで、ライムがプレゼントしたものだった。



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