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星屑日記(六)

作者: たのすけ


 2025年2月10日(月)


 よく行くファミレスのトイレに〝ウォッシュレット故障中〟という張り紙が貼られていた。タノスケは、これは困ったことになったと思った。彼は肛門への思いやりが人一倍強い男なのである。それは過去、少年期に流行したカンチョーによって散々痛めつけられた、その反動故かどうかは知らぬが、しかし、タノスケはこれまでの人生、常に肛門への配慮を忘れずに、何事も肛門ファーストで生きてきたという自負がある。だから、言うまでもないことかもしれぬが、肛門への想像力というのも、他者のそれがどの程度のものか正確に把握しているわけではないが、それでも人一倍、人十倍、温かな思いやりを持っていると自負している。

 その真実性は例えば彼の中で時折起こるこのような連想から保証されるのだが、その連想というのは、トイレにて、用を済ませた後、いくらあらゆる手段を尽くしてどんなに綺麗にしたとしても、僅かに残った残渣、もしくは内部直腸より漏れ出て流れ来る極めて少量の汚液に乗り、意気軒昂に攻め来たる細菌群。それが湿潤温暖なる肛門の溝という環境の中で、一般人の想像の何倍も短い時間の間にネズミ算式に指数関数的爆増を遂げ、溢れ出、あっという間に肛門上に広がる、そんな想像に日に時折頭を掻きむしるのであった。どこに脳内リソースを割いているんだよ、とツッコミたくなる話だが、本当なのだから仕方ない、事実タノスケという男はそういうイマジネーション豊か系のほわほわした何ともいえぬ可愛げがある愛らしい男子なのである(四十五才だが)。

 もちろん不潔な細菌が肛門上に広がり、常在菌との平衡を保つことは人体としては自然なことで、健康的なことですらあるだろう。そんなことは承知している。しかし、そうは理解しても湧き上がってくる嫌悪の情があることもまた事実で、それがどうしようもないという話なのである。

 んで、その嫌悪の情を一時削減してくれるのがウォッシュレットで、タノスケにとってウォシュレットという存在は非常にとてもお有り難い存在なのである。

 だが、冒頭に述べた通り、トイレの個室扉にいはデカデカと〝ウォシュレット故障中〟の張り紙がなされていたのである。これにより先に述べた肛門ファーストの事情からタノスケは天地鳴動、富士山噴火、その震撼の衝撃を真正面から受け、まるでバイブに乗せた寒天のように我が身が打ち震えたというのである。

 とはいえ光明消えず。なぜと言えば、タノスケという男は実は〝(穴限定の)ネバーギブアップの星〟の下にも生を受けており、そのため対象に対し極めての粘着体質を発揮する男である、決して簡単には諦めないのだ。だから、さっきの話だが、用を足した後も、件の無情なる張り紙アナウンスに心折られることもなく、カチカチピッピッピと、トイレ操作のボタンをアレコレ、関係無いのも含め手当たり次第、あらゆる押しタイミング、あらゆる組み合わせでもって押しに押しまくったのである。これだけ執拗に押されたことは、トイレのリモコンとしても誕生以来初めてのことであったろう。処理しきれぬほどの波状の情報が、タノスケの執拗の指の動きによって一気にトイレ中枢の制御システムに流れ込んだことは想像に難くない。んで、その結果、なんと、なんと、ウォッシュレット、出たのだ!

 あっそ! と言いたくなる、その極みのような話で恐縮だが、出たのである。マジで、本当に、故障中のはずなのに、いつも通り出せたのである!

 ということは、である。故障中の張り紙が貼られている間、何十、何百の愚民がこのトイレを使うことになると思うが、しかし、そんな中でもウオッシュレットの恩沢に浴することが出来た、これからも出来るのは、あれだけ無闇目ったらボタンを押す奴もそうそういないだろうから、おそらくはかなりの高確率で、この賢者たるタノスケただ一人ということになるのである! なんという格差社会!

 そう思うと、タノスケの身体、その内側から優越感による、臭気漂う自尊心が、粟粒のように湧き上がったのである。今日はそんな昼であった。

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