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プリンセス☆ボーイ  作者: 川口大介
第一章 清楚なお姫様は可憐な美少年(泣)
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クリートの研究所。ドアの前でポチが、うろうろいらいらしている。

 ついさっきまで街の方から聞こえていた、悲鳴や怒号が今は絶えている。聞こえてくるのは、ギョニクゾンビの咆哮ばかり。もう街の人たちはみんな焼き魚にされてしまったらしい。

 となるとあのギョニクゾンビの次の標的は、ここか。あるいは他の街を襲うのか。

「まだかにゃ~、まだかにゃっ。何してるのかにゃ、あのケダモノはっ」

と言いながらポチが研究所のドアを睨みつけると、狙ったようなタイミングでドアが開いて、

「できたぞぉ! クリート様特製の秘薬、その名もゾンビ分解処理液・タイプ【魚肉】赤と青!」

 晴れ晴れした顔のクリートが出てきた。その手には、小瓶が二つ握られている。

「待つにゃ。薬ができたからって喜ぶのはまだ早いにゃ。例えば、その薬自体がアイツのビィムで焼き魚にされたりしないかにゃ? そしたら意味ないにゃ」

だがクリートは動じず、

「心配は無用だ。この薬は奴の力の源、魚肉に宿る失恋怨念に対抗できるように作ってある。いわば、霊体を斬る魔力を帯びた剣とか、炎の攻撃を防げる護符とかと同じようにな。従って、奴の攻撃は一切効かない。瓶ごとぶつけて、飛沫が一滴でもかかればそれでOKだ」

 偉そうに胸を張って、自作の素晴らしさを語った。

「まず、この赤い薬で魚肉を全て切り離し、削ぎ落とす。それで土台がなくなり不安定になった怨念集合体を、こっちの青い薬で切り離す。これで魚肉は元の魚に戻り、怨念たちも発した本人のところへ帰っていくという訳だ」

 通常、薬で怨念をどうこうするなどというのは不可能である。それは聖職者の領分だ。

 だがギョニクゾンビは、非常識な体の非常識な術で無理矢理に吸い集めているだけなので、その非常識部分をつついて崩壊させてやれば、吸い集めも解除されるはず。もちろんそれとて、俺の豊富な知識と卓越した技術ゆえにできた、このオリジナル薬だからこそ可能なことだがな、とクリートは胸を張る。

 一連の説明を聞いたポチが、クリートに質問した。

「その大層な薬、魚屋さんに害はないのかにゃ?」

「人体には完全無害だ。これは魚肉と怨念を強引に引き剥がし、処理するだけの薬だからな」

「って、随分都合のいい薬だにゃ」

「ふっ。こう見えても俺は、エクスラム魔術学院始まって以来の神童と謳われた身だ。その俺自身が魔力を込めて造った薬、その効力に死角はない」

 ふんぞり返ってエビ反るクリート。

『う~ん。ま、今は悩んでる場合じゃないにゃ』

 ポチは不安を感じつつも、とりあえず薬をクリーティアたちに届けることにした。クリートから受け取った小瓶二つを、リボンでしっかりと首に結びつける。

 そして走り……出そうとして、あることに気付いて立ち止まった。

「一つ確認しとくけど、この薬でギョニクゾンビは確実にやっつけられるんだにゃ?」

「ああ、間違いない。天才魔術師たる俺を信じろ」

「そしたら、焼き魚にされた人たちも元に戻るんにゃ?」

 ぴき、とクリートの顔面が引きつって固まった。

「まさか、そのことすっかり忘れてた~とか言うんじゃないにゃ?」

クリートは、あさっての方を向いてもごもごしている。

「まあ、その、なんだ。焼き魚化は、言ってみれば奴の呪いによる肉体変化。それを薬品でどうこうするのは、一人一人の体質にもよることだから、ちと不可能に近くてだな」

「そ、それじゃ元に戻らないのかにゃっ?」

「いやいや大丈夫だ。ギョニクゾンビさえ消滅させれば、呪力の源が絶たれるワケだから、術の効果は薄れていく。まあ、一ヶ月も経てば徐々に……」

「ぅおにあああああぁぁっ!」

 裂帛の気合いと共に、ポチの肉球百連打が炸裂! 怒涛の勢いで疾風の速さで鋼鉄の重さで、百の肉球がクリートを襲った。

 あわれクリートは、瞬きする間もなくボコボコにされてKO。足跡だらけになって倒れたクリートを見下ろしてポチは、ぜ~は~ぜ~は~と肩で息をする。

「何が天才にゃ何が神童にゃ! 一体どうしてくれるんにゃこの始末!」

 街中の機能が1か月も麻痺したら、製造から流通から、農業やら畜産やら、あれもこれも、どれだけの被害が出るか判らない。

 が、実際どうにもならない。とりあえず今は、この薬でギョニクゾンビをやっつけてなくてはならない。そしてこれ以上の被害拡大を食い止める。それしかないのだ。

「ああもう、全くどうしようもないケダモノにゃ!」

 ポチは、暴走しているギョニクゾンビに向かって、ててててっと駆け出した。


「ご主人様許さん! ご奉仕許さん! 夜のおつとめなど、絶っっっっ対に許さぁぁん!」

 クリーティアの発言に怒り狂ったギョニクゾンビは、絶え間なくビィムを全方位乱射している。空を飛んでいた小鳥も、ゴミを漁っていた野良犬も、容赦なく焼き魚にされていく。

 そんな無差別攻撃の嵐から、クリーティアはナデモに手を引かれて逃げている。

「夜のおつとめ、か……いいなぁ……」

「もしもしっ! 憧れの溜息をついてる場合じゃないですよっ!」

 と、その行く手にポチがやってきた。ポチは二人の目の前で止まると、リボンを解いて小瓶二つをクリーティアに渡す。

「ポチさん、これは?」

「ケダモノが作った薬だにゃ。これであのギョニクゾンビをやっつけられるそうだにゃ」

 ポチが、手短に薬の使い方を説明する。

 それを聞いたクリーティアの顔が、ぱっと明るくなった。

「さすがご主人様! あんな得体の知れないバケモノ相手に、こんな簡単に、こんな凄い武器を作ってしまわれるなんて!」

「……アンタには、後でじっくりと事情を説明するにゃ。それより今は一刻も早く、」

「このご主人様の薬で、ギョニクゾンビを退治! ですね。では早速、」

「! 危ないっ!」

 ナデモが突然、クリーティアを突き飛ばした。と同時に、地中から間欠泉のように青く太い光の柱が吹き出してナデモを貫いた。

 突き倒されたクリーティアとポチが、何事かと目を見張る。その二人の目の前で、ナデモの体が青い光に包まれて、

「ナ、ナデモさんっ!」

「うぐぐ……あ、後は……頼みました……」

 ぼむ! と音がして煙が立ち、ナデモの体が焼き魚と化した。

 クリーティアは立ち上がって駆け寄ろうとしたが、ポチに阻まれて立ち止まる。と、焼き魚と化したナデモの脇から、まるでモグラのように土を掻き分けてバケモノが出てきた。

 無数の魚の顔を持つ、魚肉の塊。フラれた魚屋を核に、魚肉を怨念で固めたバケモノ。

 いつの間にやら地中を掘り進んでいた、ギョニクゾンビである。

「ギョッギョッギョッギョッ。手応えあり……ん? 本命は外したか。まぁいい」

 完全に地上に出てきたギョニクゾンビが、ポチとクリーティアの方を向く。

 二人が、キッと睨みつけると、ギョニクゾンビは、ギロッと睨み返した。

「次は外さんぞ! まとめて焼き魚にしてやる! 喰らえ我が必殺の、ギョギョ・ビィ……」

「今にゃクリーティア!」

「はいっ!」

 クリーティアが、赤い液体の入った小瓶の栓を抜いて、ギョニクゾンビに投げつけた。

 ギョニクゾンビはビィムで迎撃する。瓶にビィムが命中し、焼き魚と化してしまった。が、それは瓶だけ。中の液体は焼き魚にはならず飛び散って、飛沫の数滴がギョニクゾンビに付着する。

 するとその雫が、眩しい光を放った。光はまるでヒビ割れのように、みるみるギョニクゾンビの全身に広がっていく。

「ギョ? ギョギョオオオオオオオオォォォォッ⁉」

 悲鳴を上げて、ギョニクゾンビが苦しそうに身をよじった。そのよじりによって引き千切られるように、魚肉がぼたぼたぼたぼた剥がれて落ちる。クリートの薬が効いているようだ。


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