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「こんなのが街へ行ったら……ええいっ! 喰らえ、爆発するファイヤー!」
ナデモの放った炎の球が、ギョニクゾンビを襲う。が、ギョニクゾンビはそれを迎え撃ち、
「ギョギョ・ビィム!」
青い光と赤い炎が激突、ぼむ! と音がして、ナデモの放った魔術の炎は焼き魚と化した。
「んなアホなっ⁉」
どうやらこのビィム、本当に情け容赦なく、なんでもかんでも焼き魚にしてしまうらしい。
この調子では、どんな強力な魔術も伝説の剣も通じなさそうだ。
「ギョッギョッギョッギョッ。さあ、覚悟してもらおうか。俺をあざ笑う愚か者ども」
怒りの中に笑みを混ぜた壮絶な表情で、ギョニクゾンビがにじり寄ってきた。
一体どこの異世界からやってきたのか、この非常識なバケモノは? と言いたいところだが、ナデモは知っている。いつものお得意さんのとこの、買取品からだ。
「……あ、そうか! クリートさんなら何か知ってるはず! どうにかできるかもしれない!」
ナデモはギョニクゾンビに背を向けて、一目散に駆けだした。チンピラーズ二号は慌てて、
「お、おい! 俺を置いていくなっ!」
「おっと待てい! ギョギョ・ビィム!」
ナデモの後を追おうとした二号は、恐怖の焼き魚化光線、ギョギョ・ビィムを背中に喰らった。青い光に包まれた二号を、ギョニクゾンビが蹴り倒して踏み潰してナデモを追っていく。
……二号は、体が焼き魚に変わってていく感覚を味わいながら、必死にもがいていた。薄れていく視界の片隅に、遠くから駆け寄ってくる人影が見えた。自分を呼ぶ声も聞こえ……
「しっかりして下さい! 何があったんです?」
誰かに、抱き上げられたような感触がする。
それがどこの誰だか判らないまま、二号は声を絞り出した。
「ギョニクゾンビ……ってバケモノの仕業だ……一号も俺も、焼き魚に……」
「ギョニクゾンビ? どこにいるんです、そのバケモノは?」
「多分、クリートとかいう奴のところ……あいつが追いかけ……」
ぼむ! と音がして煙が立って、二号はお皿に乗った焼き魚と化した。
その焼き魚を手に、気品溢れる華奢な美少年が、驚愕に目を見開いている。
「クリートって……ご主人様?」
ホムンクルスの性転換について情報を得ようとやってきた、クリーティアだ。
だが情報を得るどころか、チンピラーズ二号はたった今、腕の中で焼き魚と化してしまった。
「な、何だか解らないけど、ご主人様が危ないっっ!」
クリーティアは焼き魚をその場に置くと、クリートの研究所へと駆け出した。
その頃、ギョニクゾンビはナデモを追いかけてティオンの街に入っていた。しかし変種とはいえやはりゾンビ、そう速くは走れない。なので、既にナデモを見失ってしまっている。
だがその代わり、街には彼の恨みの対象が山ほどいた。
「俺の心を弄ぶ女の子、弄ばれた俺をあざ笑う男の子、どっちもみんな、許っさああぁぁん!」
突如現れたナゾのバケモノに、人々は悲鳴を上げて逃げ惑うばかり。
「な、何だこいつは? マヌケな外見に似合わず、実は世界征服を企む大魔王だったり?」
「何でもいいけどこっちに来ないで! 気持ち悪い~!」
何人かの冒険者たちは剣や魔術で立ち向っていったが、いかんせん相手が悪い。誰が何をやっても、ビィムの一撃であっさりと焼き魚にされてしまうのだ。
そうして暴れる合間に、ギョニクゾンビの全身を包む無数の魚たちの口が大きく開かれ、大きく大きく息を吸う。と、どこからか薄い煙のようなものが集まってきて、ギョニクゾンビはそれを吸い込んでいく。
その煙が栄養にでもなっているのか、ギョニクゾンビの体、つまり魚肉の塊が、少しずつ少しずつ肥大化していく。するとギョニクゾンビの全身にある魚の口は、
「病弱儚げ許さん……眼鏡委員長許さん……世話焼き幼馴染み、許さん!」
「三つ編み許さん……横ポニーテール許さん……リボンもヘアバンドも、許さん!」
「ニーソックス許さん……ビキニアーマー許さん……全身タイツなど絶対に許さん!」
などなど尽きぬ怨念を、怨嗟の声を上げる。そんなことをしながらも中央の魚屋の口からは、恐怖の焼き魚化光線、ギョギョ・ビィムを放ちまくっている。
もうティオンの街は、阿鼻叫喚の地獄絵図、というか焼き魚の大展覧会場と化してしまった。
このままでは遠からず、街の人々は老若男女まとめて全部、焼き魚にされてしまうだろう。
「なるほど。どうやら焼き魚にした相手は元より、遥か彼方まで射程に収めて……おそらくは世界中から吸い集めているみたいだな。自分の同志である失恋男の怨念、つまり一種の生霊を。それでパワーアップしてる、か」
ギョニクゾンビが繰り広げている焼き魚地獄を、街外れの研究所前から望遠鏡で眺めている男がいた。
この研究所の主、白衣の魔術師クリートである。
「フラれ野郎どもの怨念集合体か。なかなか笑える冗談だ。まあ失恋に関しちゃ、俺も人のことは笑えんがな」
「笑うも笑わないもないにゃっ!」
ジャンプしたポチが、ぼこん! と肉球でクリートの頭をドツいた。
そのそばでは、慌ててここにやってきたナデモがおろおろしている。
「どうするんですクリートさんっ。あなたなら、あのギョニクゾンビの弱点とか解るのでは?」
「って言われてもな。俺が直接創った訳じゃないし。そもそも、あいつの誕生のいきさつには、お前の商品管理の甘さがあると思うが。俺は取り扱い注意の危険物だと言ったはずだぞ」
ずばり言われて、ナデモは詰まってしまう。
クリートは、ナデモからギョニクゾンビの方へと目を移す。
「だが、俺はあいつの材料を知っている。それでなくても、あんなゴミの寄せ集めみたいなゾンビの処理ぐらい……ふむ」
にや、とクリートが笑って人差し指を立てた。
「こうしよう。俺は何も知らず、ただ正義感と天才的な実力でもってあいつを退治する。これだけの騒ぎを収めたとなれば、騎士団から金一封ぐらいは出るぞ」
「悪どいにゃ。そもそもこの事件は、違法な危険物の実験をしまくってた、アンタのせいなのにゃ。ばいお・はざーどにゃ」
「猫畜生は黙ってろ。そして商品管理の甘い店員さんにも黙っててもらう。いいな?」
「……はい」
「よし、決まりだな。待ってろ、すぐにあいつを分解処理する薬品を作るから」
クリートは研究所に戻っていった。
ポチが、やれやれと呆れ果てる。その傍らではナデモが、少し萎んだ顔で立っている。
「気にすることないにゃ。アンタのせいじゃないにゃ。アイツの非常識な研究のせいにゃ」
言ってから、ポチは気付いた。アンタのせいじゃないという慰めは、これで本日二人目である。そのどちらもクリート絡み、クリートのクローン・ホムンクルス製造絡みだ。
「ったく、これだからケダモノは。自分の欲望の為に、周囲に騒動と迷惑を振りまいてるにゃ」
とポチが溜息をついたところで、
「ご主人様ああああああああぁぁぁぁっ!」
遥か彼方からクリーティアが駆けて来た。研究所前でポチとナデモを見かけるや、土煙を上げながら急停止して、ナデモに向かってぺこりと一礼する。
「こんにちは、店員さん。先程はお構いもできませんで」
「は、はあ。どうも」
それからクリーティアはポチの方に向き直って、
「ポチさん、ご主人様は今どこにおられますか⁉ ご無事ですかっ⁉」
「ご無事で研究所にいるにゃ。でもアンタ、何をそんなに焦ってるにゃ」
クリーティアは、口を動かすのももどかしいような慌てっぷりで答える。
「ギョニクゾンビとかいうバケモノが、ここに迫ってるんですっ! ご主人様を追いかけ……」
と言いながら周囲を見渡したクリーティアの目に、そのギョニクソンビが映った。
街の人々を、次から次へと焼き魚に変えている、巨大なバケモノ。非常識な怪獣。
「あ、あれですね! よぉし、ご主人様に危害を及ぼす前に、僕が退治します!」
クリーティアはポチたちに背を向け、街中で暴れるギョニクゾンビへと向かっていく。
「ま、待つにゃ、こらっ! アンタが行ったって、どうにかできる相手じゃないにゃ!」
とか言ってる間に、クリーティアは行ってしまった。その小さな体に、愛と使命感を熱く燃え上がらせて。全身から湯気さえ立てているように見えた。
「あぁもうっ。アイツにヒドいこと言われて家出したと思ったら、今度はアイツを護る為にって暴走してるにゃ。ケダモノもケダモノだけど、あの子もあの子にゃっ」
「私が行きましょう。元々、あのギョニクゾンビは私を追ってきたのですし。ポチさんはクリートさんの薬品が完成し次第、届けに来て下さい。それまでは何とか持ち堪えてみます」
「う~……解ったにゃ。あの子のこと頼むにゃ。けど、無理しちゃダメにゃ」
ナデモは頷くと、クリーティアを追って駆け出した。