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「ぁがぅっ!」
これで何度目だろうか。シンクリは蹴り飛ばされ、またクリートのそばへと転がった。
「シンクリ……」
クリートはもう、助け起こすこともできなかった。そして絶望の象徴たるバイオスは、ゆっくりと迫ってきている。
と、クリートの代わりに、
「どけ、クリート」
山門から戻ってきたエイユンがシンクリを抱き起こした。そしてシンクリの顔と肩に触れる。
「ねーちゃん?」
「気光治癒……」
エイユンの手が柔らかな光を宿した。その光はシンクリの肩と顔の怪我を、少しずつ癒していく。
苦悶に歪んでいた顔を和らげたシンクリと、エイユンの目が合う。
「……其方」
「気の流れが、クリーティアによく似ている。認めたくないが、やはり同一人物なのだな」
「ふん」
エイユンの言葉に、シンクリは鼻で応えた。
「いいかシンクリ、これだけは忘れるな。お主などどうでも良いが、クリーティアは絶対に死なせぬ。このエイユンの、命に代えてもな」
「此方にとっては、其方も製作者もクリーティアもどうでも良いわ。ただ、利用できる者は利用するだけじゃ」
拍手の音がした。足を止めたバイオスだ。
「面白い面白い。実に面白い芝居だぞ、お前たち。今時珍しい人情モノだ」
その顔、その瞳には、絶対の優位に裏付けられた完璧な残虐さが宿っている。
「褒美に、死ぬ順番ぐらいは選ばせてやろう。さあ言え、誰から……」
「シンクリさんっ!」
バイオスの背後から声がして、バイオスの頭上を越えて何かが飛んだ。
バイオスが振り向くと、ひえっと声を上げてポチを抱いたナデモが走っていく。
そのナデモがクリートたちのところに着いた、と同時にたった今ナデモが投げた物が、倒れているシンクリの手の中に落ちた。
それは、バイオスが使っていたあの棒。
「それを使ってシンクリさんが思いっきり叩けば、あいつにダメージを与えられるかも!」
シンクリは少し悔しそうな顔をしながら、
「……あの爪とあの骨の前では望み薄じゃが、確かに今、可能性があるのはこれぐらいかの」
棒を握って、立ち上がった。
その後ろには、クリートとエイユンがいる。
「製作者と尼僧、援護せよ。焼け石に水でも、無いよりはマシじゃろう」
「言ってくれるな」
「今は従えクリート。クリーティアの為だ」
「解ってるよ、ねーちゃん」
三人が構えた。バイオスと対峙する。
バイオスが笑う。どいつから細切れにしてやろうか、あるいは叩き潰してやろうかと。
四人の闘気、いや殺気が高まり、シンクリの口から裂帛の気合いが迸り出ようとした、その時!
「っ?」
棒が突然、輝き出した。棒全体を包み込んでいた錆が一筋ひび割れ、そこから鋭い輝きが溢れ出ているのだ。
その輝きはクリートたちを包み込み、あっと言う間に眩しい光のドームを形成する。
そして、棒から元気の良い声が響いた。
《はぁい! 最強無敵の完全結界、その名も、絶対防御シイイィィルド! この中にいる限り、私の親切丁寧な説明の邪魔は何人たりとも、不・可・能ぉ!》
クリートがエイユンがナデモがポチが、そしてシンクリが、ぽかぁんとしている。
一人、ドームの外のバイオスだけが慌てて、
「ぜ、絶対防御シイイィィルド? その棒にそんな機能があるなんて、マスターの記憶にもなかったぞ、おいっ!」
光のドームにとりすがり、殴りつけ、爪で切り裂き歯で噛み付いた。
が、ドームはびくともしない。突如輝き語り出した棒をしげしげと眺めて、シンクリとクリートが訊ねた。
「い、一体、何が起こっておるのじゃ」
「とりあえず大戦争時の何か、だろうとは思うが。何なんだ、この光は?」
《はぁい! 忌々しきネオ・ヒューマンでもそう簡単には破れない、最強レベルの防御魔術。それがこのシイイィィルドでございまぁす!》
はぁぃ、とか妙にハイだ。棒が。
「で、其方は何者じゃ。いや何物じゃ」
《はぁい! ワタシは万能翻訳機能つきヘルプ機能! そしてこの棒本体は超絶最強武器、その名も無敵ロッド!》
「無敵ロッド……」
そのネーミングセンスにコメントしたもんだかなんだか、と悩むシンクリ。
そんなシンクリをほっといて、ヘルプ機能はひたすら元気だ。
《このワタシが起動したからには、もうダイジョーブ! スリープ中に少し破損したようですが、機能に影響ありませぇん!、そしてもちろん、もう決して、破損などしませぇん!》
バイオスの爪で、一部切断されたことを言っているらしい。確かにあの時はただの錆び棒だったが、今は錆びこそ変わらぬものの、その錆びの下から眩しい光が漏れ出ている。そして元気に喋っている。これが、無敵ロッドとして起動したということなのだろう。
《はい、その黒い髪のアナタ! アナタならワタシを完全に使いこなせるハズでぇす! そしたらきっちり大勝利ぃ!》
「何?」
《アナタはどうやら知らないでぇすね? ワタシには、このシールドの他にも、強力無比な機能がついてまぁす! 今、愚かにもこのシールドを破ろうとしているネオ・ヒューマン如き、けちょんけちょんでぇす!》
「ほ、本当かそれはっ?」
というシンクリの言葉には、後ろで聞いていたクリートが答えた。
「多分、本当だ。確か大戦争の時に決着をつけた武器ってのはヘルプ機能つきの何とか、らしい。つまりそいつが、ネオ・ヒューマンを倒した武器ということになる」
「おぉ! そうなのか! それがこの棒、あ、いや、無敵ロッド!」
シンクリが嬉々として棒、無敵ロッドを抱き締めた。
ドームの外では、そのシンクリを憎々しげに睨みつけながら、バイオスが暴れている。
「こら、ヘルプ機能とかいうお前! なんでこんな、そいつらにとって絶好のタイミングで、いきなり起動したっ?」
ヘルプ機能は威勢良く答える。
《はぁい! それはこの方の、第一級戦闘思考を受信したからに決まってまぁす! それがワタシの基本機能でぇす!》
「なら私の方が先に、ずっと握って戦っていたぞ! なのになんで起動しなかった! なんでそんな、不完全な奴に!」
《え、不完全? そういえば……》
錆のひび割れから漏れているロッドの光が、明滅した。
そして。
《肉体スキャン、おっけー。精神スキャン……あ、ほんとだ。精神構造に異物発見。残念ながら、安全の為これ以上の機能は起動させられません。悪しからず。異物を排除したら、また会いましょう。ごきげんよう》
「な、何じゃと?」
シンクリが、妙にテンションの下がったヘルプ機能=無敵ロッドに顔を近づけて訊ねた。
「どういうことじゃ。おい、ヘルプ機能?」
《……》
沈黙するヘルプ機能。一同を包む光のドーム、絶対防御シールドはまだ残っているが、ロッド自体の光は消えた。
「おい! こら! ヘルプ機能っっ!」
ヘルプ機能は、答えない。もう元の、錆び棒に戻っている。
シンクリは振り向いてクリートの襟首を掴んで、思いっきり揺さぶった。
「ええぇぇい! 聞いたか製作者! 其方が、ちゃんと純粋なネオ・ヒューマンを創らなんだから! あの軟弱者を混入したから! どうしてくれる! 責任を取れぇいっ!」
「……」
クリートはシンクリに揺さぶられながら、今起こったことを分析した。
大戦争時代の武器、そのヘルプ機能とやらが間違えるとは思えない。言葉通りシンクリの中に異物があって、そのせいで正常に起動してくれないのだろう。それはクリートが混入させたもの、プティア姫の遺伝子、つまりクリーティアに違いない。
だがそうすると、バイオスに反応しなかったのはなぜだ。向こうは純粋に、ネオ・ヒューマンを目指して創られたはず。実際、全機能を使いこなしている今、強い。シンクリには魔力吸収機能などは備わっていないし。
あっちの方が、正しいネオ・ヒューマンなのだから……いや待て、このロッドは対ネオ・ヒューマン用の武器だ。ということは?
「何か引っかかるな……何か」




