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プリンセス☆ボーイ  作者: 川口大介
第五章 プリンセスなボーイは伝説の戦士!
31/38

「了解だ、ねーちゃん! さぁて、これで振り出しに戻ったな、お二人さん!」

「街の者などどうでも良いが、其方らは生かしておけぬからの。覚悟して貰うぞえ!」

 どうやらバイオスの仕込みは、あっさり空振りに終わったようだ。

 だがそのバイオスが、動じない。

「これは予想外の展開でしたね。ここの温泉が、気光の観点からも健康にいいとは聞いてましたが。いや、そもそもクリート=イブロッサに続いて、あの住職までこれほどとは」

「ええぇぇいっ! 何をグダグダと! 何とかせんか、何とかっ!」

 地団駄踏んで、ゾレクタンが慌てる。

「一つ、必勝の手段はあります。ですが若干の問題がありまして」

「手段を選んどる場合か! 何でもいいからこいつらを始末しろ、早く!」

「手段を選んでいる場合ではない。何でもいい。こいつらを始末。……了解しました!」

 クリートが魔術を撃とうとした、シンクリが襲い掛かろうとした、その時。

 バイオスは棒を地面に突き立てると、ゾレクタンの胸に両手刀を叩き込んだ。

「ぐぉぼぉうっっ⁉」

 人間離れした速さと硬さのその手刀は、あっさりとゾレクタンの胸に突き刺さった。鮮血が噴水のように溢れ出し、バイオスの五指がゾレクタンの胸の中で、心臓に触れる。

 その光景に、クリートとシンクリの動きが止まる。ポチを抱いたナデモが、嘔吐を堪えながら目を逸らした。

 バイオスはそんな一同に向かって、ゾレクタンの体を軽く持ち上げながら語った。

「私には、胸に触れることで相手の魔力を吸収する能力がある。が、こうして直接心の臓を掴めば、魔力のみならず知識や経験も吸い取ることができるのだ。ただ、マスターには禁じられていてな。お前に余計な知恵は不要、わしの命令だけ聞いていればいい、と」

「……今みたいにお前がぶっ壊れて、服従設定が切れた時の為に用心してたんだろうよ。口調まで変わりやがって」

 少し青ざめたクリートが、返り血に染まっているバイオスの顔を見て言った。

 だがバイオスは反論する。

「失敬な。私はマスターの命令を忠実に実行している。手段を選ばずお前たちを始末する、と。口調が変わったのは知識と共に感情も得ているからに過ぎん。私は、そこのできそこないとは違い、服従設定も含めて全てが正常に機能している。壊れてなどいない」

 言われてクリートが、傍らのシンクリを見る。シンクリもクリートの方を見返して、

「残念じゃ。此方にもあのような能力があればのう。その点は、できそこないと言われても仕方ないわ」

「この俺を殺して、知識や経験を吸い取ってパワーアップ、ってか」

「うむ。……あ、また一段と落ち込んだようじゃぞクリーティアが。己の恐ろしさを自覚したらしい。どんどんどんどん、意識の谷底へと沈んでゆくわ。ほほ、愉快愉快」

 楽しそうに笑うシンクリ。その後ろから、

「クリーティアを苛めるなああぁぁっ! こらクリート、何とかしろっ!」

 必死で街の人たちを食い止めつつ、エイユンが叫んだ。

 クリートは冷静に応える。

「解ってるよ、ねーちゃん。後できっと何とかする。でも今は、悪いけどクリーティアに出てきて貰うわけにはいかない」

「そういうことじゃの」

 二人が正面に向き直った、ドサリ、と音がして血塗れのゾレクタンの死体が地に落ちる。

 武闘着の袖で顔についた血をふき取りながら、バイオスは満足げに言った。

「クリート=イブロッサよ。どうやらマスターが、私の服従設定が壊れた時のことを警戒していた、というのは正解のようだ。今判ったのだが、私にはまだ私の知らない能力があった」

「何?」

 バイオスが、余裕の笑みを浮かべてクリートを見る。

「今の私は、少なくとも魔術師に対しては、完全無敵になったのだ。おそらく大戦争時のネオ・ヒューマンも、この能力で製作者や他の魔術師どもを屠っていたのだろうな」 

 言いながらバイオスが、右掌を突き出してクリートたちに見せた。

 と、その掌に突然、縦に切り傷が走った……違う、まるでヒルのような口が開いたのだ。

「?」

「見るがいい! これが伝説の、全世界を相手に戦ったネオ・ヒューマンの力だ!」

 そのバイオスの言葉と共に、巨大な何かが、バイオスの手に開いた口へと流れ込んだ。

 その何かは、目には見えないが確かに感じ取れる。まるで風のように。

 と思った次の瞬間には、この場にいる全ての人間が同時に、悪寒と脱力感、そして吐き気と頭痛に襲われた。

「ぅぐっ! こ、これは……?」

 クリートが頭を抱える。ナデモが両膝をつく。その腕の中で、ポチも苦しんでいる。

 エイユンの眼下で、操られていた人々がバタバタと倒れた。それを見ているエイユンも、冷たい汗を浮かべてふらついている。

 ただ一人シンクリだけが、平然としている。

「? おい製作者、何が起こっておる」

「……あいつ……め……っ」

 クリートが、バイオスに向かってバイオスと同じように、右掌を突き出した。そして、

「焼き貫くレーザー!」

 必殺の、熱の閃光を放った。

 だがバイオスは一歩も動かず、右手を少しだけ動かして熱閃に向ける。

 すると、まるで竜巻に舞い上げられた木の葉のように、熱閃は捻じれ曲げられ、バイオスの手に開いた口へと吸い込まれてしまった。

 それで、終わり。山を貫くクリートのレーザーが、呆気なく消滅させられてしまった。

「……! そ、そんな……」

「これが本来の、制限を解かれた魔力吸収能力だ。直接相手に触れずとも、そして敵の魔力が術に変換された後でも可能」

 バイオスは、魔術師に対して必殺の武器であり完璧な防具でもある右手の口を、左手でひと撫でした。

 すると口が閉じ、消え失せる。同時にクリートたちの悪寒も消えた。

「満腹満腹。安心しろ、もう吸わんぞ」

 気持ち良さそうなバイオスとは対照的に、クリートたちは青ざめている。

 そんな中、ふんと鼻を鳴らしてシンクリが、

「魔術などという小細工、此方はせぬからの。其方のその能力も、此方には無意味!」

 クリートたちを省みず、バイオスに襲い掛かった。

 バイオスは地面に突き立てた棒に触ろうともせず、シンクリを迎え打つ。

「さっきマスターが言っていただろう。私の体には、大戦争後に創られた新素材も使われていると。だから部分的には、大戦争時を上回っているのだ。例えば、」

 シンクリがバイオスの間合いに入り、鋭い回し蹴りを放った。

 バイオスがその脚に手刀を叩き込む。すると、

「ぐっ!」

 蹴りを叩き落とされ、苦悶の叫びを上げて、シンクリが倒れた。打たれた脚を抱いてごろごろ転がって、バイオスから離れる。

 バイオスはそれを楽しげに見つめながら、自分の手を誇らしげに摩った。

「魔力を与えることで、硬度を増す魔術金属。今では武具に使われることが多いそうだが、私の場合は骨や爪、筋繊維にも使われている」

「……軽く百人以上の魔力を吸った今のお前なら、ウソみたいな硬度に達している、か」

足下に転がってきたシンクリを助け起こしながら、クリートが呻くように言った。

「そうだ、クリート=イブロッサ。だから今の私には、こんなこともできる」

 とバイオスが言ったのと同時に、キィン! と甲高い音がした。

 バイオスの手刀が一閃し、コインのような薄い金属片が飛んだ。

 何が起こったのか、クリートたちにはすぐに解った。バイオスの目の前に突き立てられているあの棒が、僅かに短くなっている。

 つまり……

『あの棒を……俺の二重レーザーを力ずくで弾き飛ばして、折れるどころか曲がりもしなかった、あの棒を……!』

「と、こういうことだ。今は爪でやったのだが、次は噛み切ってみせようか?」

 笑うバイオスが、輝く白い歯を見せる。その歯の硬度は今、そこらの冒険者が持っている【伝説の剣】とかその類のモノを間違いなく上回っている。

 これで。あっという間に、クリートたちにはなす術がなくなってしまった。

 魔術は完全に通じない、シンクリの力もあの骨や筋肉の前には無意味、そしてあの爪や歯に貫けぬものなどない。

 攻めるも守るも、どちらもできない……

「ええい放せ、製作者っ!」

 クリートに助け起こされたシンクリが、そのクリートの手を振り払った。

 そして、右足の痛みを無視してバイオスに向かって行く。

「此方こそ最強、無敵! 其方の骨も肉も爪も歯も、此方には通用せぬのじゃああぁぁっ!」

 シンクリが吼え、殴り掛かる。だが、

「時間をかけて経験を積み、更に改造手術でも施して、お前が完璧な体となればまだしも。今の、未完成不完全なネオ・ヒューマンたるお前では、私には絶対に勝てん!」

 シンクリの拳を易々とかわしたバイオスが、人差し指でシンクリの肩を軽く引っ掻いた。

 シンクリの肩から、鮮血の飛沫が上がる。痛みに顔をしかめたシンクリのその顔を、バイオスが蹴りつける!

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