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8. 夜空に咲く ④

 ある程度兵が集まり、(かげ)を迎え撃つ体勢が整ってきた庭園。

 翳たちは、力の強いものが人を殺し、弱いものがその死体を住処へ持ち帰るという連携をとっているようだ。

 その弱い運び屋たちはあらかた倒されたが、強い翳はまだ人を殺し続けている。

 未だ、このまま押し切られてもおかしくない状況だ。


「俺たちと翳は、利害の一致で手を組んでるだけだから、説得は無理だろう。力ずくで行くぞ」

 そう言って千影(ちかげ)は、腰に下げた剣を抜く。

「分かった。近づかれたら頼む」

 大きく息を吐いて、珠子(みこ)は迫ってくる翳に向けて手を伸ばした。

「ああ。……来るぞ!」

「っ!!」

 翳力(えいりょく)を固めて、目の前の翳に弾き出す。

「うぁっ」

 翳はそれをするりと避け、珠子の喉元にその鉤爪を伸ばす。

 それには千影が応じる。

 足を切り落とされ、翳は地上へ落下していった。


「速すぎてついていけないっ」

 いくら翳力が大きくても、それを考え作り出す頭が追いつかなければ意味は無い。

「初めての戦闘だから当たり前だ。避けられないくらい広範囲にぶちこめ」

「なるほど……」

 一度に扱う翳力が大きくなるほど、その制御は難しくなる。

 そんなことを考えている間にも、新しい翳が闇から顔を出す。

 できるかできないかなんて考えている暇は無い。

「しばらく任せる」

「ああ」

 頷いた千影に身を任せ、珠子は瞳を閉じた。


 体に流れる熱いものを、手のひらあたりにギュッと集める。

 固めて固めて、それを少しづつ大きくしていく。

「ふっ……」

 目を見開いて、頭の中に描いたものを、そのまま瞳の先に映し出す。

 千影は、翳の攻撃が全く意識に入っていない様子の珠子を庇いながら、敵を叩き切り、空を指した。

暁炎(ぎょうえん)、やつらを引き連れて空へ登れ」

 ポロロロと返事をし、暁炎は空高く登る。

 体勢を大きく変えた暁炎の背から珠子が落ちないよう、千影はその腰に手を回した。


 数十の翳が暁炎の背を追う。

 その一匹が暁炎の羽先に触れようとした瞬間――

 暁炎は、真下へと落ち始めた。

 千影に後ろ向きに抱き抱えられ、珠子は追ってくる翳たちを真正面から捉える。

 できる限りの翳力を注ぎ込んだ球体は、その圧力に耐えきれず、熱と光を発して大きく震えている。

「らぁっ!!!」

 焼けるように熱い手のひらから、それを押し出す。

 翳力を握りこんでいた意識を消すと、決壊した球体から一気に解き放たれた爆風に、翳たちは姿を消した。

 そして珠子たちも、その黒煙に飲み込まれた。


「っっ……。大丈夫か?」

 珠子たちが地面に叩きつけられた数秒後、翳の破片が落ちてくる。

「……うん。でも毎回これをやるのは、珠子たちが持たなそうだな」

 塵となって消える翳たちを見ながら、千影は同意する。

「ああ。調整できそうか?」

「やってみる」

 立ち上がった二人の頭上から、子供の悲鳴が響いた。


「離せクソ野郎!!」

「俺たちのことは気にすんな!珠子!」

「兄上!」

 まだ黒煙の晴れぬ中で、時政(ときまさ)と千影の仲間の少女が、人の倍は背丈のある翳に囚われていた。

「あいつ……!人質のつもりか!」

 翳も、普通の生き物と同じように、種によって知能に大きな差がある。

 人に近い知性を持つものも、もちろん存在する。

 そしてそういうやつは、翳力が弱いから知力を身につけたやつか、知も力も全て揃っているやつかの両極端だ。

 そして多分、この翳は後者。


「コレ、コロスシナイ、オマエ、シネ」

 珠子らが死ねば、人質の二人は助けると言いたいのだろう。

「ざっけんな!死ぬのも、こんなやつに借り作って生き延びるのもごめんだ!」

 少女が暴れるのを気にも止めず、翳は珠子の動きを見ている。

「サン……、ニ……」

「なっ……!」

 まだ翳力を使い慣れていない今、一か八か、翳だけを狙い撃ちしてみるか。

 自ら致命傷を負い、翳が二人を解放したところで回復し、翳を始末するか。

 もしくは、またもや一か八か、翳の脳内に介入し、思考を操るか。

「イチ……」


 胸に手を当て、そこに翳力をぶつけようと力を込めた刹那――

 翳の後方の空を、一筋の光が登った。

 そして、そこに咲いた大輪は、殺戮の最中、一瞬の静寂を生んだ。

 人々にとっては救いで、翳にとっては災いとなる光。

 腹を震わす轟音に飲まれるころには、全ての決着がついていた。


 瑞園国(ずいえんこく)一の翳術が込められた花たちは、小さな翳をかき消し、強力な翳の皮を焼いた。

 時政と少女を捕らえていた翳はその光に耐えかね、二人を取り落とし、暁炎の背に乗った千影に首を刎ねられた。

「どぁぁぁぁ」

 珠子はなんとか、叫びながら落ちてきた二人を抱きとめる術を出した。


「兄上、と……お前、名は何だ?」

 そこまで背の高くない珠子の、目線あたりからアホ毛を伸ばした少女に問うた。

「あ?名前なんて教えてどうなる」

「アサだ」

「アサ。怪我はないか?」

 断りもせず名を告げた千影に、アサは殴りかかる。

 それを見て、時政は失笑する。

「……大丈夫そうだな。俺も何ともない」

 本当は全身がガチガチに痛かったが、何も言わないのが時政らしい。


「暁炎、お前も大丈夫か?」

 千影は、暁炎の顔の横を撫でる。

 今も打ち上げられ続けている花火は、人に害をもたらす翳だけを払う術が込められているが、翳である暁炎に全く影響を与えないとは限らない。

「ポロロ」

 暁炎は傷ついた羽を揺らして、千影にすり寄る。

 久しぶりに主と会えた喜びで、怪我どころではないようだ。


「ねぇ様ぁ!!」

「姉上!兄上!」

 楼閣に立てこもっていた弟や妹たちが、兵に囲まれながら走ってくる。

「みんな大丈夫だったか!」

 息を合わせて飛びついてきた双子を抱きとめ、その顔を確認する。

「大丈夫!」

「姉上は?」

 文政(ふみまさ)紋子(あやこ)もかすり傷や汚れはあるが、顔色は悪くない。

 その後ろの子らも怪我をしている様子はなかった。

 ホッと肩をなで下ろして、大きく笑みを作る。

「珠子も兄上も、見ての通り無事だよ」

「おう」

 時政は、目を真っ赤にして兵に抱かれている靖政(やすまさ)の頭を、わしゃわしゃと撫でた。


「ははうえ、とちちうえは?」

 泣き疲れて今にも眠ってしまいそうな声で、靖政が言った。

「あっちには右京(うきょう)もいるし、父上も兵士たちも強いから大丈夫だよ」

 珠子たちを襲った程度の翳なら、正面から戦えば、父やそれを守る兵たちが負けることは無いだろう。

 奇襲なら、そうも言えないが。

「それにさっきの花火は多分――」


「おーい!」

 花火の上がった方角から、多くの兵を引き連れた男が走ってくる。

「無事だったか!」

「父上!」

 珠子ら兄弟の父、そしてこの国の帝である男。

 特別強そうな訳でもない、道端にいてもおかしくない、だがなぜか恐れを感じさせる。

 皇族であるとは、帝であるとは、そういうことなのだろう。


「みんな無事か?」

「うん」

「ああ」

 みな一斉に頷く。

 険しい顔をしていた父が、ハッと息を吐いた。

「よし。じゃあすぐ俺の館へ移動しろ。母上たちも後から来るから。今日は一緒に寝てろ」

「母上たちも怪我してないよね?」

 紋子は、父の服の袖をつかみ問う。

「大丈夫だ」

 父は、笑いながら紋子の肩を叩いた。


「兵士たちの言うことをちゃんと聞くんだぞ。俺はまだ仕事があるから、ここに残る」

 そんな、と弟妹たちは不安をあらわにする。

「父上!珠子も残る。あと……、こいつと、こいつも」

 千影とアサを両腕で引き寄せ、珠子は言った。

「詳しくは後で話すから」

「珠子……」


 先程の巨大な翳力の爆散。

 まさかとは思っていたが。

 失うだけの戦場を後にして、何か必要だったものを取り戻したような我が子に、帝は思わずその手を伸ばした。

「ありがとう」

 そう言って肩を叩かれた珠子は、何に対しての礼なのかと首を傾げる。

「珠子の方こそ」

 すべてを飲み込んで見守ってくれていた父に、感謝をするのは自分の方だ。

「じゃあ、行くぞ」

「うん」


 傷や汚れだらけの父の背中を追い、珠子は呻き声をあげる人々の傷を癒す。

 千影やアサは、瓦礫に埋もれた者を引き上げ、運んでくる。

 そこにはいつの間にか、時政と知政(ともまさ)も混ざっていた。

 体の内側の見えない傷や、ぐちゃぐちゃでどう治せばいいのか分からない傷を、父の的確な指示に従って癒していく。

 そうやって、一時も切ることができない糸を何とか保ち、夜が更けて日が登りきったころに、ようやく珠子たちは眠ることができた。


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