ヘッドロック
小脳バイパスから連絡通路を通り、前頭葉へと抜ける途中のこと。軟壁に囲まれた側道沿いに、デナンは立っていた。手には、クワガタとエメリウム光線銃を所持し、周囲を取り囲む軟壁に目を向ける。
「よし、揃ったな!」
デナンを始めとする、現場に集まった面々を見回し、ベルガがそう言った。肩から腰にかけてウルトラダイナマイトを巻き、ラギアントを片手で抱えている。
「いいか! 我々ジューゾにとって、これは生き残るための戦いだ! 絶対に手を休めるな! どれだけの苦難が待ち構えていようと、最後の瞬間まで暴れ続けろ! 分かったな!」
ベルガが怒号にも似た声を上げると、デナン達は一斉に声を出し、「はい!」と力強く返答した。それぞれが持ち寄った武器を抱え、全員の視線が軟壁に向く。
「それでは、まず大切なコツだ! この路地の壁はとても薄い! 突き破りやすい! そして、この向こうには、幹線神経が走っている! そこに衝撃を叩き込め! 死ぬほどの衝撃を与えろ! いいな!」
ベルガの言葉に全員が「はい!」と答えると、ベルガは満足げに頷いてから、ラギアントを軟壁に押し当てた。
「では、このラギアントの打ち出しが合図だ! いいな!」
デナン達に声をかけ、ベルガは片手でラギアントを押さえながら、もう片方の手を杭に伸ばす。そこで息を整え、それが合図となることを強く意識しながら、ベルガは一気に片手を打ち出した。
次の瞬間、ラギアントから杭が力強く射出され、軟壁に深く突き刺さった。
同時に、側道全体が大きく揺れ、デナン達の足元は僅かに揺れる。デナンの隣では、ビギナが盛大に転び、手に持っていたローズ・ウィップを思わず落としている。
「おい! 何してる! この程度の揺れで転ぶな!」
「す、すみません!」
「謝罪はいい! お前は糧となれ!」
そう叫んだかと思えば、ビギナに近づいてきたベルガが、ウルトラダイナマイトの一本をビギナの口に押し込み、軟壁に押し当てる。
「そこでじっとしていろ!」
「は、はい……!」
ビギナは涙目になりながら、ベルガの命令に頷くと、ベルガはゆっくりとビギナから離れ、手に持っていた梵天を力強く地面に叩きつけた。
その瞬間、梵天の生み出した振動の全てがビギナを襲い、ビギナの口元から盛大に墨汁が跳ねた。あちらこちらに痛々しい焼け跡を残しながら、墨汁は滴っている。
「さあ、手を止めるな!」
ベルガが再び命令を下し、デナン達は握っていた銃を、再び軟壁に押し当て始めた。デナンもエメリウム光線銃の引き金を引き、軟壁に少しずつ穴を開けていく。
そして、その時は唐突に訪れる。
デナンから少し離れたところ、そこに立っているエビルが鎌タマを振り下ろした時だった。軟壁に突き刺さった鎌タマの隙間から、じわじわと赤い液体が漏れ出したかと思えば、何かに耐えかねるように一気に吹き出した。
「おお! リコピンだ!」
ヘルガが喜びの声を上げ、エビルの元に駆けつける。デナン達もそれに続いて、すぐにエビルのところに集まっていた。
そこから吹き出すリコピンを全身に感じながら、デナン達は恍惚の表情を浮かべる。
「これだ! これこそが、我々ジューゾの求める至宝だ!」
ヘルガがそう声を上げた時だった。側道沿いに誰かの叫ぶ声が上がり、辺り一帯に墨汁が滴った。何かが起きたと察した直後、墨汁は連鎖的に広がって、デナンの手前まで一気に弾ける。エビルも例外ではなく、デナンの足元に転がっている。
「武器を取れ! 奴が来たぞ!」
ヘルガがそう叫び、大きく指を差した先には、銀色の煌めく金属生命体が佇んでいた。
「アセチルサリチルだ!」
その声を掻き消すように、アセチルサリチルから金色の光が伸びて、側道沿いに集っていたジューゾ達が一気に焼かれる。
デナンは辛うじてその光から逃れられたが、ベルガはそうではなかった。半身と墨汁とウルトラダイナマイトを残し、デナンの前に転がってくる。
「ああ!」
デナンは思わずクワガタを落とし、そこに転がるベルガを見た。リコピンを手に入れ、ようやく助かるという瞬間のはずだったが、その希望も潰えたと言える。
「戦うしかない!」
そう決意したデナンが、そこに落ちたウルトラダイナマイトを拾い上げ、アセチルサリチルを見つめる。両手を上げ、声を上げながら、デナンはその方向に駆け出す。アセチルサリチルの身体がゆっくりと光る。
その間も、リコピンは軟壁から漏れ続け、常に軟壁は悶えるように動き続けていた。