5話 スッキリ
大神殿に戻ってすぐに、私は祭祀長の部屋へと直行した。
なぜかケンリックさんとルーシーもついてくる。……それを見て、自室へ行こうとしていただろうガレンもなぜか、不審げな顔をしてついてきた。
「失礼いたします、ギャレット様。お願いがあって参りました」
「おお、お疲れ様。旅装も解かずに遠征の報告にきてくれたのかい?」
ギャレット様は、いつも通りの呑気な顔で、ニコニコと笑っていた。
大神殿の中ならコバルトグリーンの長い聖衣を着ているけれど、確かに今の私たちは、旅用に裾の短い聖衣に、下は普通のズボンだった。
「それで、お願いと言うのはなんだい?」
「私をガレンの補佐から外してください」
「えっ」
ギャレット様は、私がこんなことを言い出すと思わなかったのか、顔をキョトンとさせた。
「なんだと! 俺の補佐が気に入らないのか!?」
「気に入りません! もう嫌です」
ガレンの補佐を続けるくらいなら、候補を下りる覚悟だった。
そもそもそっちから呼び出しておいて、なんで選定なんて受けないといけないのか。
守護聖獣様との契約の儀式はとても大事だけど、いざとなったら薬草畑におびき出してやるわ!
「えっと、えっと。そ、そうですね。アンワース家のお嬢さんに対してちょっと失礼だったかなー、ははは。そろそろ大神殿のやり方に慣れた頃でしょうし」
「祭祀長! こいつは役立たずです! 一人で仕事など任せられません!」
「ガレン。ニーナは、素晴らしい力の持ち主です。十分一人で仕事をこなせますよ」
私を庇ったのは、意外なことにルーシーだった。
「私は今回の旅で、ニーナに助けてもらいました。……あなたもそうでは?」
「それはっ! こいつがズルでポーションを……」
「私もニーナさんは、一人で十分やっていけると思います。ガレンの下につけるような人物ではない」
次はケンリックさんだ。二人とも、いきなりどうしてしまったんだろう。
「ケンリック。お前なに言っているのか分かっているのか!?」
「うんうん、そうだね。では遠征の次の日は休暇だから、明後日からはニーナさんも一人でお任せしようかな」
「祭祀長!」
候補を辞める覚悟を決めたらあっさりと、補佐なんてしなくてよくなってしまった。
――最初から、こう言っておけばよかったかも。
祭祀長室を出ると、ガレンが私をギロリと睨みつけた。
だけど私の両隣にケンリックさんとルーシーがくると、一瞬ひるんでそのままどこかへと行ってしまった。多分自室に戻るのだろう。
「……味方していただいてありがとうございます」
ケンリックさんとルーシーに、ペコリとお辞儀する。
「でもなぜ急に?」
「……助けていただきましたから」
すまし顔でそう言ったのはルーシーだ。意外と仲良くなれそう……なのだろうか。
「俺はノリで」
「の、ノリですか」
ケンリックさんのいきなり言葉遣いが砕けるのも、慣れてきた。
ルーシーは初めてだったみたいで、小さく「えっ」と呟いて、ケンリックさんの顔をまじまじと見ている。
「今のあんたに付いたほうが、スッキリしそうだったから」
「そうですか」
◇◇◇
「また何日も手紙すら寄こさないなんて。ケンリック様とお付き合いしていると、習慣の違いに、驚かされてばかりだわ」
「遠征に行っておりましたので。申し訳ございませんでした」
遠征から帰ったすぐ次の日、ケンリックは婚約者の貴族令嬢に貴族御用達の高級料理店に呼び出されていた。
だって休みなのでしょう? と言われて。
実のところ今回の旅では予想以上に魔力を使ったケンリックは、疲れていて内心休みたかったのだが。
つまらない会話に、気を抜いたら一瞬で眠ってしまいそうだ。
「それにドレスや宝石をプレゼントしていただいたこともない。聖者は儲かるのではないの?」
「神殿勤めの間はあまり……。勤めを終えて神殿を出るときに、それなりにいただけることになっていますが」
「一着くらい買えるんじゃなくって? 婚約者からドレスの一枚も買っていただけないなんて、私恥ずかしくって、お友達に言えないわ!」
「私の今ある全ての財産を投げうっても、あなたのお眼鏡にかなうようなドレスを買うことは難しいのです」
神殿勤めの間は、普通はそれほどお金を使うことはない。
こうやって令嬢と料理店にくるだけで、ケンリックの自由にできるお金はほとんどなくなっていた。
ケンリックは困ったように眉を寄せて、だけどいつものように穏やかに微笑んだ。
「もういいわ!」
怒った貴族令嬢が、席を立ちあがる。
個室なので、周りの目を気にする必要はない。
「もう限界! お父様に言いつけてやる! 婚約なんて、なしよ、なし!」
「分かった」
「え?」
ケンリックの返答が予想外だったのか、令嬢の動きが止まる。
「俺ももう我儘令嬢のお守りはこりごりだ」
「なっ……なっ……」
緩やかなウェーブの金髪と優し気なこげ茶の瞳という外見から、穏やかそうな印象の――事実いつもはなにを言おうが穏やかに受け流す――ケンリックの突然の言葉遣いの変わりように、目を白黒させている。
「お前が言う通り、聖者は儲かるんだよ。地位も欲しかったから我慢してけど、お前もういいわ。はい、さよなら」
あっちにいけとばかりに手を振るケンリック。
「ほっ、本当に言いつけてやるわよ! 今更謝ったって、もう遅いんだから!」
「だから良いって言ってんだろ」
「なによその言葉遣い!」
「庶民なもんでね」
なんだかんだ言って中々部屋を出ていかない令嬢に焦れて、ついにケンリックのほうが立ち上がった。
「お前この店の会計しろよ。今までさんざん奢ったんだから。お父様にもしっかり婚約破棄のことお伝えください!」
そう言うと、ケンリックはスタスタと個室を出て行った。
「お客様?」
「あ、会計は中にいる人の家に付けておいてください」
戸惑う店員に一言告げて、そのまま店の外まで止まらずに歩いていく。
店の外に出たとたん、ケンリックは大きく腕を広げて伸びをした。
「あ――、本当に。スッキリした―――――――――――――――――――!!」
そして旅の疲れを癒すべく、大神殿の自室へと帰っていったのだった。




