4話 何者かの背中
「シャドウリンクスが現れたのかしら」
隣でルーシーさんが呟いた。
急いで兵士さんたちの脇を通って、前のほうへと走っていく。
兵士さんたちは浄化した範囲を出られないので、誰もが動けないでいる。
――こんな状態で、どうして先へなんて進めるのよ!!
心の中で嘆いても、もう遅い。
やがて列の先頭へと出ると、そこには最悪の光景が広がっていた。
シャドウリンクスの群れに、囲まれている。
その中心では大怪我を負ったカルジス侯爵が倒れていた。
ガレンさんが壊れたみたいに、空になった瓶を振り続けていた。
ポーションの残りを、全てぶちまけたのだろう。
カルジス侯爵は、恐らく先頭を歩いていて、シャドウリンクスに真っ先に襲われたのだろう。
頭は避けたみたいだけど、胸のあたりが鎧ごと、バッサリと切り裂かれている。
だけどガレンさんがぶちまけたポーションの効果か、傷は治り始めている。
解毒作用もあるはずだ。
最悪の中の、幸運だった。
ポーションをぶちまけたおかげか、シャドウリンクスたちは取り囲むだけで、まだ襲ってこない。
だけど治癒に力を割いているポーションの効果は、もうすぐ切れる!
ドンッ!!
いきなり背中に衝撃を感じて、前につんのめってしまう。
何事かと振り返ったら、ガレンさんが腕を突き出していた。
前に押し出されてしまったらしい。
「お、俺はカルジス侯爵を連れて帰る! 緊急事態だ! お前! なんとかしろ!!」
「……」
呆れて言葉がでなかった。
――もういいや。こんな人、どうなっても。これからは絶対に助けないわ。
こんな時なのに、なんだか逆に吹っ切れた気分だった。
「いいんじゃない? さっさと帰ったら?」
「え……あ?」
「早く走って帰りなさいよ! 足手まといなの!」
ガレンなんかもうどうなってもいい。だけど道連れにされる兵士さんたちが可哀そうだった。
――何も言わずにただ命令に従って付いてきたんだから、二度は助けないけどね!
「ニーナ……」
「ルーシーも走って逃げて! 少しの間、シャドウリンクスたちを止めておくから。まだ多分、なんとか入口まで帰れると思う」
全力で走っていけば、多分なんとかなる。
少し効果が薄れていても、ガレンとルーシーがいればなんとかなるだろう。
「ごめんなさい! ありがとうニーナ!」
そう言って、ルーシーが元来たほうへと全力で走り始めた。
それにつられるように、ガレンや兵士たちも逃げだしていく。
一応カルジス侯爵を何人かで運んでいくようで、そこは安心した。
『光よ。真理の焔で闇を裂け』
ギャウッ!
浄化された空間を避けて兵たちを追おうとするシャドウリンクスを、浄化する。
――落ち着いて。1匹ずつよ。
まだポーションの効果が続いているうちに、少しでも減らそう。走って逃げてもどうせ付いてきてしまうだろうから、正面を向いていたほうがマシだ。
大きく息を吸って、吐き出す。
自分で浄化している結界の中だけど、薄暗いし周り中が瘴気だからか、空気が重い気がする。
どうしても息苦しくって、足と手が震えそうになるのを、意志の力で抑え込む。
ポーションの効果は大分薄れてきている。浄化の効果は続いているけど、シャドウリンクスが近づけないほどじゃなくなってきた。
『光よ。真理の焔で闇を裂け』
また1匹減らす。
あと何匹いるかなんて、考えない。
目の前の5匹ほどが、連携をとって、一斉に飛び掛かってこようとしているのが見えた。
無理かもなんて、考えちゃダメ。
『光よ』
諦めずに呪文を唱えようとしたその時、私の目の前に、何者かの背中が現れた。
ガァ! グァァ…… ギャッ!!
飛び掛かってきたシャドウリンクスたちが、次々に地面に叩きつけられ、苦悶の声を上げる。
「ランス! なぜここに⁉」
左側の道へ行ったのではなかったのか。
「ニーナの声が聞こえて、途中で引き返した。……ニーナが怒鳴るなんて、よっぽどのことがあったのかと思って」
「……そう。大変だったんだから」
安心感から、なぜか涙がでてきてしまう。
「途中でアホ共とすれ違った。聖女が心配していて、ニーナのことを頼むと言われた」
ルーシーさんか。無事に入口まで着いているといいけど。少なくとも彼女だけなら、問題ないだろう。
会話をしながらも、ランスはシャドウリンクスを剣で退け続けている。
私も服の袖でグイッと涙を拭き、また大きく深呼吸をした。
さっきと同じ空気のはずなのに、なぜかとっても空気が軽い。
『光よ。真理の焔で闇を裂け』
1匹ずつ浄化の魔法をかけていく。
ひたすら目の前にいる魔獣を、1匹ずつ。
最初のころは毒の牙や爪にかすらないかと少し心配していたけれど、そんな心配必要ないくらい、ランスは強かった。
もしも剣で魔獣が切れるなら、今頃とっくにシャドウリンクスは全滅しているだろう。
「いくら時間が掛かっても、俺は大丈夫だから。落ち着けニーナ」
「うん。分かってる」
ランスの言葉が強がりじゃなくて、本当だと分かるから。
私は落ち着いて、浄化の呪文をかけ続けることができた。
「ニーナちゃん!」
「大丈夫ですか!?」
しばらくしたら息を切らせたグウェンさんとケンリックさんがやってきた。
「はい! 大丈夫です」
笑顔で答えることができた。
「もう! ランスロート足が速すぎるんだよ。全然追いつかなかった」
文句を言いながら、グウェンさんが目の前のシャドウリンクスを炎で包む。
ギャーーー!!
断末魔の声を上げて、シャドウリンクスは消えていった。
『創光神イルミナよ。我らに宿りし真理の焔を呼び覚まし、その聖なる光において迷いと穢れを灼きはらわん』
ケンリックさんも、1匹ずつ浄化していく。
普通の聖者なら多くて1日3回しか使えないはずの呪文だけど、彼は明らかにそれ以上の回数を使っている。
「……クソッ、呪文が長すぎる! あとで短いほう教えてくれ」
「承知しました!」
四人になってからは、あっという間にシャドウリンクスの群れを退治することができた。




