3話 聖なる泉
古来から生えている大きな木々に囲まれた泉が目の前に広がっている。
本来ならばここは澄み切った聖域のはずだ。
でも今日は残念ながら水は濁っていて、底のほうがよく見えない。いつもなら多くの生き物たちが動く様子まで見えるらしいのだけど。
こんな状態で今、生き物がいるのだろうか。
周囲に生えている植物も、何百年と生えている木も、本来なら生命力に溢れ、色鮮やかで神聖さを放っているはずが、なんだか枯れている葉っぱや枝が多くて、元気がない。
「どうしてこのように濁ってしまったんでしょう」
「……」
「……」
「……」
「……そうだな。まずは聖像のところへ行ってみるか」
私の独り言ともとれる問いかけに、唯一答えてくれたのは、アイリーンだけだった。
今日は聖者の選定試験のために、ローデン領まで遠征して来ていた。
聖域であるはずの泉が濁っているのでなんとかしてほしいという訴えを受けて、候補者の聖者四人とともに、アイリーンが選定者として同行してきているのだ。
また水に関してのトラブルなので、本来のアイリーンの仕事でもあるらしい。
選定試験なので、当然のことながらケンリックさん、ルーシーさん、ガレンさんもいる。
でもお互いにライバル同士のせいか、ここまでくる旅の途中でもほとんど会話がなく、馬車の中は常に緊張感がただよっていた。
アイリーンは別のルートで来ていたようで、昨夜この泉の近くにある村に着いたら、既に前日から来ていたと知らされた。
この旅にはコナーさんや、ジャックとオリーブ亭に同行していたのと同じ衛兵さんたちも一緒に来ている。
アイリーンの仕事中だからか、今は彼らも静かに様子を見守っていた。
この泉には聖獣をかたどった聖像があるはずだった。
その聖像に祈りを捧げたり、祈願をすると、この泉の主である大鹿の聖獣様に願いが通じると言われている。
年に一度、大神殿からも聖者が赴いて、毎年浄化と祈願をしていた。
このような聖域は、コルベ王国の各地にあり、その管理は神殿の大切な仕事の一つなのだ。
しかし今回は、一年中澄み切っているはずの泉が濁っているということで、本来大神殿の聖者が来るはずのない時期に呼ばれたのだ。
アイリーンが先導して、聖像のところへと移動する。
聖像は見事な紫水晶でできており、鹿の形をしていた。
本来神聖なはずの像は、確かに神聖な力が宿っていることを感じる。でもな今はなにかに邪魔をされて、輝きがかき消されてしまっている。
なんというか、中は綺麗で素晴らしい力があるはずなのに、外側が曇っていてそれが伝わってこないような。
「この像も濁っているな。……誰か浄化してくれ」
「私が」
「いいえ! 私がやります」
先に名乗り出たルーシーさんを押しのけるようにして、ガレンさんが強引に前に出る。
ケンリックさんは名乗り出ることもなかった。
『創光神イルミナよ。我らに宿りし真理の焔を呼び覚まし、その聖なる光において迷いと穢れを灼きはらわん』
ガレンさんの浄化魔法で、少し濁りが薄まった。だけどまだ澄み切ってはいない。
――これは、やり直したほうがいいのかしら。
「……いいだろう」
迷っていたら、アイリーンがそう言ってあっさりと終わらせてしまった。
――本当にこれでいいのかしら。
アイリーンが私のほうをチラリと見て、一瞬目が合った気がした。
「それでは次は、泉のほうだな。泉は大きいので、四人同時に浄化してくれ」
「はい」
アイリーンの指示で、全員で泉まで戻る。
『創光神イルミナよ。我らに宿りし真理の焔を呼び覚まし、その聖なる光において迷いと穢れを灼きはらわん』
私以外の3人が、同じ浄化の呪文を唱える。
その呪文を知らなかったので、私は心の中でだけ、自分の知っている呪文を唱えた。
『光よ。真理の焔で闇を裂け』
さすがに四人同時に浄化をすると、それなりに大きさのある泉がみるみるうちに綺麗になっていく。
特にケンリックさんの聖なる力はとても強い。いや、ルーシーさんも思っていた以上の実力者だ。
私がいなくても、きっと二人がいれば完全に綺麗に浄化できただろう。
ガレンさんも聖者の中では上のほうだろうけれど、この二人と比較するとどうしても劣ってしまう。
聖者の能力の大きさは生まれつきほぼ決まっている。
だけど子どもが大人に成長したら背も伸びて力も強くなるのと同じように、聖なる力も成長と共に伸びはする。
例えば子ウサギが成長して大人のウサギになったら、子どもの頃よりも早く走れたり、高くジャンプができるようになるように。
ガレンさんはまだ若そうなので、聖なる力がまだ成長している途中な可能性もある。
でもどんなに成長しても、ウサギが狼や熊に勝てるようになる日はこない。
今まではルーシーさんが実力がトップだと言われていて、ケンリックさんがその次だとされていたようだけど、最近ガレンさんが急激に魔力が伸びているとして、評価されているのは、一体どういうことなんだろうか。




