1話 大神殿の治療院
「おい、今日は大切な貴族の治療だからな。とにかくお前は俺の邪魔をしないように、目立たないようにしていろよ!」
「……はい」
ガレンさんの補助として、神殿のお仕事をする生活が始まった。
この神殿で作業する全般を見て、聖者としての能力を総合的に判断するためだ。
今日のガレンさんのお仕事は、神殿にある治療院での治療らしい。
神殿には病気やケガ、呪いといった身体に不調のある人がくる治療院がある。
平民向けの治療院では白い聖衣を着た見習い聖者が治療をするが、貴族向けの治療院もある。
貴族向けの治療院では、コバルトグリーンの聖衣を着た、高位の聖者が治療にあたるのだ。
ガレンさんは今朝会った時からなぜか既に声を荒げていて、不機嫌さを周囲に振りまいていた。
「本日は、カーク伯爵がいらっしゃっています」
白い聖衣を着た、まだ子どもと言ってもいいくらいに若い男性の見習いの聖者が書類を差し出すと、ガレンさんは奪うようにしてそれを受け取った。
ちなみに見習い聖者といっても、神殿にいるのは全員魔力判定で一定の水準以上の能力が認められ、神殿から認定されている立派な聖者だ。
ただ魔法や仕事の仕方を習い途中というだけで。
「カーク伯爵? こないだ治療したばかりじゃないか」
「……また再発なされたのでしょう」
「なんだと? 俺の治療に文句があるのか」
「も、申し訳ございません」
ガンっと近くにある椅子を蹴るガレンさんに、見習い聖者が慌てて謝った。
やはり相当機嫌が悪いみたいだ。
書類を持って、カーク伯爵の待っている部屋へと移動した。
貴族の治療の場合は一人ずつ個室で待っていてもらうのだ。
「失礼いたします、カーク伯爵」
「ガレン様! 本日はよろしくお願いいたします」
ガレンさんが部屋に入ると、カーク伯爵がわざわざ立ち上がって会釈する。
それほどガレンさんを聖者として、頼りにしているということだろう。
カーク伯爵は大分お年を召していて、腰が曲がっていた。そのため挨拶で会釈する際は慎重に、ゆっくりとした動作だった。
「本日はどうしましたか」
「いや実は、また腰が痛くなってしまいまして。以前ガレン様に治していただいた時は、大分軽くなったのですが……前回の治療ではすぐに効果が切れてしまいまして」
ドレスディア領の実家でも、お父様やお母様から聖者の仕事を教わっていたので、ついカーク伯爵の腰の様子を見てしまう。
ガレンさんの治療の邪魔をしないように気を付けながら。
――お年を召して、腰が曲がっている。常に曲がっている状態だから、痛みやすいのかしら。病気ではないといいのだけど。
「年齢によるものですから、仕方ないですね。では治療を開始いたします」
さすがに伯爵の前では不機嫌さを隠して、ガレンさんが治療を始める。
『創光神イルミナよ。天を駆け渡る風の癒しを、お与えください。寛大なるあなたの御心に届きますように』
――私の使っているものと、ちょっと呪文が違うわ。
アンワース家と神殿では、聖なる力を使う際の呪文が違うみたいだ。ちなみにアンワース家で習ったものは、『光よ。天渡る風の癒しを』だけだ。
ちなみに効果は少し薄れるけれど、呪文を唱えなくても、魔法は使える。
「治療は以上になります」
それでは……と、カーク伯爵の反応を見もせずに、帰ろうとするガレンさん。
「いや……お待ちくださいガレン様。なんだかまだ痛みが取れなくて。少しはよくなりましたが……」
「私としては、最善を尽くしました。これ以上はどうしようもございません」
「そんな。以前はもっとできたではないですか。あっ、ガレン様!」
不満そうなカーク伯爵に対して、ガレンさんは口調だけは丁寧だけど、これでお終いとばかりに立ち上がって、部屋から出て行ってしまう。
腰が曲がっているのはどうしようもない。実がなりすぎてしなっている枝が折れやすいように、これからも時間が経てば痛んでしまうだろう。
だけど既に痛んでいる場所を、一時的に痛まないように治療することはできるはずだ。
――『光よ。天渡る風の癒しを』
バレないように心の中で、治療魔法を唱える。
これで炎症している箇所の痛みが、一時的にひいたことだろう。
――『光よ。聖なる泉の安らぎを』
更に回復魔法を心の中で唱える。
曲がって押しつぶされている骨が、少しでも回復して、楽になりますように。
この感じだと大きな病気はなさそうだ。よかった。
「もうガレン様でも治すことができないのか。……仕方ないな」
「あの、できるだけ沢山歩いてくださいね。しばらくの間は回復しやすい期間が続きますから」
ガッカリ項垂れているカーク伯爵に、迷ったけれど声を掛けた。
痛くない間に沢山歩いて筋肉が付けば、それだけ骨を支えやすくなる。少し症状がよくなるはずだ。
「……君は見かけない顔だけど、緑の聖衣を着ているということは聖女様ですか。歩きたくても最近は痛くてね……あれ! 痛くない」
「よかったです」
「さすがガレン様だ、素晴らしい! こんなにすっきりとしたのは何か月ぶりだろう」
「それでは失礼いたします。お大事に」
喜ぶカーク伯爵に挨拶をして、部屋を出る。
既にガレンさんは次の患者さんが待っている部屋に向かっていたので、急いで追いかけるためだった。
その後も見ている限りでは、ガレンさんは治療魔法があまり得意ではないようだった。
だけどなぜか誰もが、以前のガレンさんの治療は素晴らしかったと口をそろえて言っている。それが不思議だった。
今だけ不調なのだろうか。
一日のうちにガレンさんが治療をする人数は、二人程度。
ガレンさんの治療でも回復する症状の人の場合は、私は大人しく見ているだけにした。
だけど明らかに病気や怪我が治りきっていない人に対しては、とても迷ったけれど、私が内緒で治療をした。
貴族といっても、いつも王都にいる人ばかりではない。
中には大神殿の聖者様に見てもらうためにと、苦しい身体を引きずって領地から何日もかけて、わざわざ治療に来ているような人もいるのだ。
神殿への寄付(治療代)だって、平民の何倍も払っているはずだ。
それなのに、目の前で苦しんだままでいるのを見過ごせなかった。
「素晴らしいです、ガレン様。ありがとうございます! うちの家の専属聖者様になっていただきたいくらいだ」
今日もガレンさんに治療された人が、感動してお礼を言っている。
「そう言っていただけるのはありがたいですが」
貴族に褒められて、ガレンさんは得意げだった。
「そうですね。なにしろガレン様は高名なノックス家のご出身で、次期祭祀長にと目されているお方だ」
「いや、気が早いですよ」
この状況がよくないことは分かっていた。
しかもこの治療も、選定試験の一環でもあるのだから、ガレンさんの代わりに私が治療をしてしまっては意味がない。
どうにかしないとと思いながら、今日も治療が終わってしまったのだった。




