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追放聖女ニーナの下町暮らし【旧題:私は陥れられていたようです】  作者: kae
2章 大神殿からの使者

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1話 大神殿からの使者

 その人物がジャックとオリーブ亭に来たのは、仕事がひと段落して、ベルさんとお喋りをしながらエリックをあやしていた時だった。

 お昼寝から目覚めて、おしめも変えたエリックは、揺りかごの上でとっても気持ちよさそうにしている。

「エリック~。ご機嫌ね」

「あう~!」

 声を掛けると、笑いかけてくれる。

「ベルさん! エリックが笑ってます! 可愛いです」

「ああ、そうだね。天使みたい」

 ベルさんこそ、女神様のような優しく美しい微笑みで、エリックを見つめている。

 私とベルさんの二人だけだと、止める人がいないので、ずっと二人で可愛い可愛いと言い続けていた。


 コン コン コン


 そんな時、ドアノッカーを叩く音がした。

 宿に泊まっている人や食事に来る常連さんたちは、入るときにいちいちノックなんてしない。

 きっちりと計ったように等間隔で鳴らされたノックの音は、鳴らした人物が几帳面な人物なのだろうと予想させた。


「珍しいね、誰だろう。わざわざノックするなんてさ」

 私が立ち上がろうとするのを手で制して、ベルさんが素早く立ち上がってドアへと向かった。

 母親の顔から一瞬で女将の顔に戻っている。

「はーい、どなたですかー」


 開けたドアの向こう側には、鮮やかで深みのあるコバルトグリーンが見えた。

 この色はコルベ王国の国民であれば、誰もが見覚えのあるものだ。

「はじめまして。大神殿からやってまいりました、ケンリックと申します」

 そう。この国の者ならだれもが生まれてから一度は訪れる、神殿の聖者が纏っている緑色の聖衣で全身を覆っている男性。

 30歳くらいだろうか。

ハチミツを溶かしたような色の波打った髪の長い毛が、無造作に一つに結ばれて肩から垂れている。瞳は使い込まれた木机みたいな、深いこげ茶色だ。

大神殿の聖者様であるにも関わらず、ベルさんに対しても偉ぶることもなく、かといってへりくだるわけでもない話し方。

相手に対して上でもなく下でもなく、完全にフラットな対応。意外とこういう人は少ないかもしれない。

「あ、あああ、はい。大神殿の聖者様……でございますか」

 どんな荒くれ者相手でも見事にあしらうベルさんも、さすがに相手が予想外だったみたいで動揺している。

 神殿の聖者――しかも王都にある大神殿の聖者様は、国中の聖者の中でも一握りの者しかなれない。

 普段は神殿の中で生活していて、一般人の目に触れることは、それこそ能力の検査日くらいしかない雲の上の存在というイメージだ。

 そんな人がいきなり目の前に現れたら、誰だって動揺するだろう。


「こちらに聖女ニーナ・アンワース様がご滞在中と聞き、参りました」

「ニーナ・アンワースは私です」

 私の名前が出て、慌ててケンリックと名乗った聖者のところへと駆け寄った。

「……あなたがニーナ様?」

「はい! そうです」

 ケンリックは、一瞬で視線を私の頭の上から足の先まで走らせた。


「……失礼いたしました。聖者というと緑色の衣を纏っているものと思っていたもので、このように可愛らしいお嬢さんとは思わず」

「そうですね。神殿外にいる聖者も、緑色の服を着ていらっしゃる方が多いですからね」

 コルベ王国の守護聖獣様は風のフェンリルだ。

 古来より風魔法は緑色で表現されるため、コルベ王国の聖者は緑色の聖衣を纏うのだ。

 私の場合はあまり聖女として目立ちたくないので、逆に緑色の物を避けていた時期がある。

 今では誰もが私のことを聖女と知っているので気にしていないけれど、今日はたまたま緑色の物はなにも身に着けていなかった。

「ニーナちゃん、座っていただいたら? 聖者様。このようなところでよろしければ中へどうぞ」

「いえ、ここで結構です。話があるのは私ではありませんので。私はニーナ・アンワース様に大神殿にお越しいただくようにお願いにきた使者なのです」

「大神殿に……ですか」

「はい。祭祀長からニーナ様に、是非ともお願いしたいことがあるとのことです」




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