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私は陥れられていたようです【書籍化準備中】  作者: kae「王子が空気読まなすぎる」発売中
4章 舞踏会

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第26話 ???サイド:子供の頃の記憶

 部屋の片隅に、小さいなにかが、うずくまって隠れている。

 誰にも見つからないように、机の影に隠れて。



 日が暮れて、部屋の中が真っ暗になってもずっと、いつまでも。



 誰かが心配して、探しにきてくれるのを待っている。


 父上や母上が探してくれるだなんて、そこまで期待していない。

 せめて使用人でも良い。

 誰かが僕がいないことに気が付いて、慌てて探してくれるかと思って。

 そうしてもしかしたら、父上や母上に報告したら、父上や母上が僕を叱ってくれるかもしれない。その為に会えるかもしれない。



 もしかしたら、ほんのちょっとの可能性で、心配したと言って、抱きしめてくれる……なんてことはないだろう。

 うん。それはないな、なんて考えながら。



 ……だけどその子のことを探しにくる者は、誰一人いなかった。結局疲れて眠って、次の日の朝に起きるまで。



 ――可哀そうにな。何度やっても誰も探しにこないんだから、もう隠れるのなんて、止めておけよ。



 あれは幼い頃の俺だ。

 最悪なのは、誰も俺をイジメようとか、無視しようとしたわけでもないことだ。

 ただ誰も、気が付かなかっただけ。俺の存在に。俺が消えたことに。


 きっと直接のお世話係のメイドとかは分かっていただろうけど。

 上司に報告していたのかすら怪しい。

 報告しても、忙しいから放っておけとなったのかもしれない。




 ――ゲホッ! ゲホッ!




 ああ、これはあの日か。


 布団を掛けずに眠ってしまった子供は、朝方の冷気ですっかり冷え切ってしまったのだろう。


 良くない音の咳をし始めた。

 そして自分の咳で目が覚めて、体中がだるくて、自分の体調がおかしい事に気が付く。



 ――お前今、これでさすがに誰かに心配してもらえるって、ちょっと喜んでいるんだろう?



 知っている。これは過去の俺だから。

 過去にあった出来事だから。



 重い体を引きずって、なんとか使用人を呼ぶための、呼び紐までいって、引っ張って、音を鳴らす。


 何度も何度も大きい音を鳴らす。


 早朝だし、なかなか誰もきてくれない。

 今見ていて気が付いたけど、こんな大きな音、絶対に誰か気が付いているだろう。

 でもきっと、眠いし、第4王子はしばらく無視していれば、いつも諦めて呼ばなくなると知っていて、気が付かないふりをしているんだ。


 ――大人になってから見ると、キッツイなこれ。


 とりあえず、まだ王宮に勤めているはずの、この時のメイドは今からでもクビにしよう。

 今の俺に、もうメイドなんて必要ないから。




 不機嫌そうに渋々部屋にやってきたメイドに、体調不良を訴えたけれど、「まだ朝早いので、いいから寝て下さい」と言われて、ベッドに押し込まれてお終いだった。



 ――信じられるか? これ、嫌がらせじゃないんだぜ。ただ父親にも母親にも全く気にかけられることのない第4王子なんかに回されるメイドは、怠惰で、できるだけ働きたくない奴ばっかりだっただけ。



 ゲホッ! ゲホッ! ガハッ! ゲホッ!



 良くない咳が、どんどん酷くなっていって部屋中に響く。


 

――この後悪化して、本気で死にかけて、やっと医者と聖者が呼ばれるらしいんだよなー。



 その時はどんな様子だったのか。さすがに誰かは心配してくれたんだろうか。俺は意識を失っていたから知らない。




 ――泣くなよ。あ、いや泣いて良い。どうせ一人なんだから、ガマンせず泣いとけ。


 誰も来なくて、一人きりなのに泣くのをこらえている子どもに、心の中で語り掛ける。


 ――なあ、あと少しの辛抱だ。もう少しで、お前に炎の魔力があることが判明する。そうしたら、隠居する爺さん魔術師に、体よく世話を押し付けられるんだ。その爺さんだけはお前を見てくれる。だからそれまで我慢しとけ。――あんまり爺さんを困らせるなよ。



 そうはいっても、それは無理な相談なのだ。

 初めて自分を見てくれる存在が出来た子供は、全力で我儘を言ったり、反抗して、思いっきり爺さんを振り回して、困らせることになるだろう。


 ――だけどまあ、それに負けるような爺さんじゃないけどな。



 ゲホッ! ゲホッ! ガハッ! ゲホッ!



 一体これはなんなんだろう。


 小さな子供が弱っていくのを、このまま何時間も見ている趣味はない。


 きっとこれは夢だ。

 そろそろ目を覚ますことにしよう。目を開けるんだ。





 ――目を開けた。


 見慣れた自室の天井が見えた。

 うっすらと頭が痛くて、体がダルイ。だけど、それほど酷くもない。それに何かキラキラとした、気持ちいい力が流れ込んできて、どんどん体が楽になっていく。


――あったかくて、気持ちが良い。


「グウェンさん! 目が覚めましたか。大丈夫ですか?」

「ニーナ……ちゃん?」

「はい。グウェンさんは、舞踏会で倒れたんです。さっきまで意識が戻らなくて……。まだ少し体調が悪そうですね。あまり急には治せなくて。徐々に体を馴染ませていかないと……」



 ――ああ、そうか。俺は舞踏会で、怪しい女に力を吸い取られて、操られそうになったんだっけ。


 力を吸いだされるのは防ぎようがなかったけど、怪しい女の呪文みたいな、操るような声には必死に抵抗した。

 そうしたら頭がガンガンと割れそうに痛くなって、体が砕けそうになって……必死に振り払ったところまでは、覚えている。



「本当に、焦りました。目が覚めてよかった。どこか痛いところはありますか?」

「いや、もう大丈夫だよ、ありがとう。俺、昔から丈夫だから。全然、もう放っておいてくれれば治りそう」


 ニーナちゃんが治癒魔法をかけてくれていたのか。

 倒れる直前の苦しみが嘘のようだ。

 まだ少し頭が痛いけれど、このくらいなら無視して普通に生活できるだろう。


「あ! なにか飲み物をとってきますね。すみません、今まで必死で。思いつかなかった」

「いや、それくらい自分でとれるから」

「何を言っているんですか! 今意識が戻ったばかりですよ。まだ顔色も悪いです」

「本当に……この程度だったら大丈夫……」


 なんだろうこれは。ダメだヤバい。

 俺はこれまでの人生で、この程度の体調不良で、看病なんかされた経験はないんだ。


「ニーナちゃん。俺今弱っているから。こんな時に優しくされたら、まずいんだ」

「弱っているから、看病するんですよ。気恥ずかしいのは分かりますが、私だって、ほとんど初対面のおばあに看病してもらった事もありますし。病気の時は遠慮しないで下さい」

「そうじゃないんだ」



 初めて自分を見てくれる大人と出会った時の子どもの気持ち、知ってる?

 


 俺はこんなふうに、優しく看病されたことなんて、今まで一度もないんだよ?

 こんなのコロッとまいってしまうに決まっている。


「お水でいいですか? なにか果実水でも、メイドさんに頼んできましょうか?」

「水でいい……」

「はい。少しだけ待っていて……グウェンさん? 泣いているんですか?」

「……ごめん、ちょっと弱ってて」



 こんなに弱っている時に、こんなに優しくされたら無理だろう。欲しがらずにいられない。心が全力で求めてしまう。抵抗する術なんてない。



「……ごめん」

「いいえ。疲れていたんですね。ゆっくり休みましょう」



 そう言って、ニーナは部屋の外へと水を取りに行った。

 ニーナが俺を看病していたのは、優秀な聖女だからだろう。

 舞踏会で既に身元は確認済だし、アンワース家の聖女だから、問題なく王子の治療の許可が出たというだけ。


 そんなことは分かっているけれど。


 ――ニーナのことを、宝物のように守っている従弟の顔が思い浮かぶ。


「……ごめん」



 想うだけならいいだろうか。そしてほんのちょっとだけ、守るくらいなら。

 許されるだろうか。

 きっとすぐに、ニーナは従弟と一緒に領地へ戻るだろうから。


 それまでのほんの、少しの間だけ。






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