第11話 シレジアサイド:後任探し
「ニーナからの返事はまだなのか!?」
「はい。何度ドレスディア辺境伯に尋ねても、まだ帰ってきていないと」
「ドレスディアめ、ニーナを隠しているんじゃないだろうな」
どうしてこんなことになったんだ!
ニーナがいなくなってから、シレジア家は落ちぶれていく一方だ。
まずニーナが辞めた次の日には、薬草園の薬草が全て枯れた。
次の日だぞ!? そんなことあり得るか?
最初は薬草が繊細だから、力を注ぐ者が変わったせいで、枯れてしまったのだと思った。
だったらまたクロリスが種から育てれば問題がないと考えたのに、一向に薬草が生える気配がない。
次にクロリスの提案で、畑に毒が撒かれたのだと思ったけれど、それにしてはクロリスは、鉢植えの薬草すら満足に育てられない。
クロリスは、薬草を育てるのに向いていなかったんだ!
「くっそ。1日2回、薬草の様子を見ながら力を注ぐだけなのに!」
その単純な事をなぜできないんだ!?
なぜ皆理解できないんだ。
そして次の変化はじわじわと訪れた。
兵士達の気力、体力が著しく低下して、体調を崩す者が続出したのだ。
それは仕方がない。
なにせ回復をする聖者が一人、減ってしまったのだから。
それにしたって、異常だった。
まだニーナ以上に能力のあるはずの、クロリスがいるというのに。
クロリスに、剣術試合の上位者だけに絞って回復するようにと言ったけれど駄目だった。
クロリスが回復した奴は、他の奴より体調がマシっていう程度で、ニーナが辞めた後の剣術試合では、誰一人予選を通過すらできず、表舞台に立つことすらできていない。
「なんでだ……なんでこんなことに」
「……子爵様。次の聖者候補が面談にきたようです」
「よ、よし分かった。次こそ少しはマシな奴ならいいんだが」
ニーナが辞めた後、もちろん聖者の補充をしなかったわけはない。
というか、後任はニーナが辞める時には既に決まっていた。
しかしそいつは、枯れた薬草園を見た瞬間に辞めていってしまったのだが。
その後も何人か聖者を雇ってみたけれど、どいつもこいつも使えないヤツばかり。
まともなやつなんて、誰一人いなかった。
――次こそは、まともな奴でいてくれ!!
祈るような気持ちで、俺は子爵家お抱え希望の聖者の待つ部屋のドアを開ける。
「やあ、シレジア子爵。お会いできて嬉しいよ」
「あ、ああ。こんにちは」
部屋で待っていたのは30代くらいの男の聖者だった。
失礼にも椅子に深々と腰かけ、くつろいでいたが、俺が部屋に入るのを見届けると、ゆっくりと立ち上がり、まるで対等だと言い聞かせてくるかのように、腕を差し出して握手を求めてきた。
――っち。こいつは偉そうなタイプか。
伯父一家が亡くなったことで、急に子爵家を継いだ俺が知っている聖者といえば、シレジア子爵家お抱えの前任の聖者、老マンフロットだけだった。
彼は穏やかな気質で、使用人だろうが誰だろうが、敬語で丁寧に接していた。
次に雇ったニーナもそうだった。
そしてクロリスも、平民出身で、若くて聖女になりたてだったせいか、威張り散らすことはなかった。
だから面談に来た聖者が、敬語も使わず、俺に対して対等か、それ以上に偉そうに接してくることに、最初は驚いた。
初めてそんな聖者が来たときは、怒って追い出したくらいだ。
しかしそのうち、聖者はその態度のほうが普通なのだと分かってきた。
聖者の立場は貴族と同等か、それ以上なのだと。
――本当は、素直で言うことを聞く聖者のほうがいいんだけどな。もうそんな事は言っていられない。
「そ、それじゃあ。今すぐにでも、うちで働いてもらえるかい?」
「ん? どうかな。実は王都で働きたいと思って、前の職場を辞めてきたんだけどね。色々みてから勤め先を決めようと思っているんだ。まだ2、3件は候補がある」
偉そうなその態度に、イライラする。
ニーナはもっと謙虚で、殊勝な態度で、なんでもいう事を聞いたというのに!
「そう……ですか。知っているとは思うけど、うちには王都で薬草を育てるノウハウがある。君さえその気なら、唯一王都で薬草園を育てられる大聖者の名は君の物だよ」
「……それはちょっと。いくら薬草を育てるノウハウがあったところで、俺の聖なる力だけで育てられる薬草なんて、鉢植えの5本がせいぜいだからな。遠慮しておくよ」
「そうなのか。……ははっ、大したことないんだな」
なんとかうちで働いてもらおうと下手に出たものの、こいつはとんだ無能らしい。
心の中で見切りをつける。
「おいおい。急に態度がでかくなったな、子爵さん。言っておくけど俺は、10年以上の経験があるベテランだぞ。実力は中堅。真ん中より上だと自負している。しっかりと子供の時の、最初の検査で認定されているしな。俺を欲しがる貴族は、王都に掃いて捨てるほどいる」
「ウソ言うなよ。たかだか薬草5本しか育てられない実力で」
もうどうせこいつはうちで働く気はないのだろう。
こっちも遠慮なく本心を言わせてもらう。
「なーんかさっきから言っている事がおかしいなお前。感覚がおかしいんじゃないのか。5本しか育てられないって……。言っておくけど、大人になってから聖者に認定されるような、基準ギリギリの奴らなんて、1本たりとも育てられないんだぞ」
「……なんだって?」
そろそろ追い出そうかと考えていた時、聞き捨てならないセリフを聞いた気がして、心臓が早鐘をうつ。
「お前感覚がおかしいんじゃないのか」
「違う。それじゃなくて」
お前呼ばわりは許せないが、そんなことどうでもよくなるような衝撃的なことを、コイツはさっき言わなかったか?
「あ? 大人になってから聖者に認定されるような、基準ギリギリの奴らなんて、薬草1本も育てられないってほうか? 子どもの時に、力は多めだけど基準に満たないヤツはな、大人になったら再検査するんだ。たまーに成長して、基準をギリギリ越えて大人になってから聖者になる奴がいる。まあ平民向けの治療院なんかではありがたがられるけどな。貴族は見向きもしない落ちこぼれ聖者ってやつだ……おいおいどうした? 顔色が悪いな」
話を聞きながら、吐き気がしてくる。
血の気が引いて、手足がピリピリとしびれる。
大人になってから聖者になったような、なりたて聖者は落ちこぼれ……だと?
じゃあクロリスは落ちこぼれだったということか?
「ははーん、なるほど。街の職業紹介所なんかに、貴族の屋敷から求人票がきているから、面白がって受けてみたら正解だったな! やっぱり面白い物がみれた。街の求人票なんかに応募するような聖者は、平民出身のなりたて落ちこぼれぐらいさ。それか、右も左も分からない、王都にきたばかりの若い箱入り聖者か。……なるほど、なるほど。つまりあんたは、王都にきたてで箱入りの、お坊ちゃんだかお嬢ちゃん聖者を引き当てたことがあるってわけだ。おめでとう! それは一生分の運を使い果たしたな」
「…………」
吐き気が酷くて、立っていられなくなり、慌てて椅子に座る。
王都にきたての箱入りお嬢ちゃん聖女。
まさにニーナのことだった。
なにせ200年前から続く、勇者ドレスディア家を支えてきた聖者一族、アンワース家の娘だったのだから。
……うちで働いていた時は、ただ単に偶然アンワースという姓なだけだと思っていたけれど。
「そうか。シレジア子爵家の、ここ数年の躍進はそのせいか。世間知らずの聖者をこきつかって、逃げられたわけだ。残念だったな」
「……うるさい。さっさと出ていけ」
「そう言うなよ。いやー、面白かったぜ、ありがとうな。俺好奇心が強い方でさ。謎が解けてスッキリだ」
「逃げられて……ない」
「はいはいはい。それじゃあ退散しますわ。……お前これからその態度あらためろよ。長年聖者やってて、お茶も出されないの初めてだよ。今度から聖者様に接する時は、お前なんか比べ物にならないくらいの、王侯貴族をもてなすつもりで接するんだな。言っておくが、これは親切心からの忠告だ。面白い話を聞かせてもらったお礼の気持ちだよ。じゃあな、貴公の今後の活躍をお祈りしております!」
――逃げられてなんかいない!
ニーナが俺を嫌いになったわけじゃない。ニーナの方は、まだ俺に未練があった。
まだいける。まだ巻き返せる。
クロリスを捨てて、ニーナに愛の言葉をささやくんだ。
あんな世間知らず、ちょっと甘い言葉をささやけば、またコロッと絆されるはず。
そして今度こそ、即行で籍を入れて、有無を言わさず結婚する。
もう一度、ニーナに会いさえすれば。
会えさえすれば、この悪夢のような状況も、全てが解決する。
「ニーナ……逃がさない。今度こそ絶対に」




