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花隠れ、時つ、雨外套

作者: 萩津茜

 小学生時代を想う桜並木は、未だひっそり閑としていた。

 曇天に沈む黒黒と重い外套に身を包んで、やけに伸びた我が身の影を踏みつけるように歩いていた。背丈も頭も、あの頃よりはずっと大きくなったと理解ってはいるが、どこかその変化を憎たらしく感じ、あの頃への帰還を熱望しているような気がする。原点回帰、自分探し、懐古と、それらしいワードを列挙してみるも、どれとも当てはまらない、ただ今の苦しみは過去よりも大いなるものだ、という色眼鏡で私情を観察しているに過ぎない。実には――何だろうか。

 大概この街で用事に赴く際は、この桜並木を経由するのである。桜並木は日本らしく、小学校の正門が面した通りに植樹されている。つまり小学校時代に限らず、この街に住みついてから今日まで、欠かさず慣れ親しんだ光景であるのだが、毎度浮かばれるのは小学校での生活である。因果のようで、中学校卒業の日に友人とこの道を帰ったが、想えば小学校卒業の時も同じことをした。それも、ほとんど同じ面子と。こういうフラッシュバックの後は決まって、幾年を重ねても成長しないかの杞憂で満ちて、恥じらい自部屋に引きこもりたくなる。

 曇天は予報通り、雨粒を撒きだした。茶白い並木もうっすらと遠く遠くに在るようで、中国に流るるような大河で此処と対岸が隔てられて見えた。

 季節に似つかず、底冷えの寒気が襲った。傘はない。道草を食わなければさっさと済む外出であったはずだ。それでも、今は、ひらひらと雨に打たれている。初々しいつぼみの告げる時香りが心地よい。

 雨を、人は晴るを待たんがために使うが、今たしかに、雨粒は木々のつぼみを地へ落としている。ただ私はそれでいいのだ。むしろ、天よ、降りしきれ、と叫びたいほどなのだ。春を降り尽くし、青を見せてくれ、と。

 ああ、やはり、雨の凍てつきが好きだな。降り往く様を傍観していると夢現、俗世より小石一つ浮いたかのような気が起こる。淡い夢が音を立てて、降りては爆ぜる。

 私は今も、白い霧の中で立ち尽くしている。追懐は、刹那、安らぎを与えてくれ、それに縋ってきたのだ。雨も、桜並木も、儚い記憶の一部である。

 だから――。

 私はずんと重い外套を両手で抑え、小走りで通りを後にした。

 思うに、希望を求めるならば、晴れを願わなくてはならない。青春を今、捨てるわけにはいかない。

 花に隠れた未来に手を伸ばそう。


 涼しい風が吹き頻る青天の下、またひっそり閑とした桜並木で、いつかの決意を思い起こした。

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