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このお話は夢オチです

作者: 雉白書屋

 自宅アパートのドアを開け、外に出ると頭上から降り注いだのは陽光ではなく、蛍光灯の光。そこは病院の待合ホールような場所だった。そう広くはなく、どこか穏やかな雰囲気。しかし、それは精一杯演出されたもののような、そんな印象を抱く。

 小児科、それよりは控えめ、というより暗い。そのことからここは老人ホームであると、おれは思った。以前、祖母に面会しに行った時の記憶の残滓から生成されたものだろう。

 職員が二人、会話している。と、思えばおれを見て手招き。しかし、おれは背を向け出口に向かった。華がない世界だ。この筋書きに付き合うつもりはない。

 

 自動ドアを通り、外を出て辺りを見回す。

 林に囲まれ、道路は一本のみ。灰色の蛇のよう。それがずっと先まで続いている。……と、車がこっちに向かってきた。黒い車。リムジンのような。


「どうぞ、お乗りください」


 運転席の窓を下ろし、運転手にそう言われた瞬間、テレポートしたようにおれは車の後部座席に座っていた。

 場面転換が早い。テレビドラマを見ているようだが、あながち間違いではないのかもしれない。

 ふと車の窓の外、空を眺める。ドラゴンでも飛んでないものかね。それを自分でも驚くほど、いともたやすく退治し、称賛され美女にモテてさ。ああ、職場のあの子に似た女が良いな。


「ドラゴンはおりませんが美女ならいます」


 おれは声に出していなかったのだが、相手に伝わったようだ。まあ、それもまた驚くべき事でもない。


「まあ、いたところでね。触った直後に目が覚めてしまう。ああ、いつものパターンさ」


 専門家ではないから知らんが、興奮してしまうせいだろう。最後まで漕ぎつけたことはない。いや、一度あったかな。確かそう、夢精したんだ。あれはちょっと困ったな。


「興奮を抑える薬もありますよ」


 へえ、便利なものがあるもんだ。しかし、所詮ままごとと同じ。これは魔法の水です。この木の枝は魔法の杖。この雑草を潰してこしらえた汁は病気を治す効果があります。ポケットの中に金貨を詰め込んでも現実で抱くのは喪失感のみ。無意味だ。


「窓の外、あの銀色の塔をご覧ください」


 そう言われ、窓の外に目を向ける。視点が変わり、空を飛ぶ鷹が見下ろしているよう。曇り空、その天まで伸びる銀色の塔とそれに続く道を走る車をおれは見下ろした。

 

「少し急ぎましょう。飛びますよ」


 運転手はそう言うとおれはまた車の中に戻り、そして車体が大きく揺れ、フロントガラスの向こうがやや灰色がかった白い雲で埋められた。

 どうやらここはかなり科学技術が進んでいる世界らしい。

 興味深い。それに美女もいるらしいのでまだ目覚めたくはない。なので興奮せぬようおれは平静であるよう努めた。

 ふと、その運転手の男がおれが生まれる前に死んだ祖父に似ていたことに気づき、どこか懐かしく、気分が落ち着く手助けになった。


「こちらにどうぞ」


 場面転換。白衣を着た男が数人。おれを歯医者にあるような椅子に座るよう促した。

 そう言えば歯医者の予約をしてあるんだ。いつだったかな。


「少しチクリとしますよ」


 するわけないだろう、と、いうこともない。痛みを感じる夢もある。尤も、ほっぺたをつねるなど、現実でそう感じる痛みと正確に同じというわけでもないが。


「いたっ」


「すみません。薬を注射するので」


 件の興奮しなくなる薬か。いや、どうだろうな。支離滅裂、不規律、混沌、法則に囚われないのが夢というものだ。そう、ここは夢の中。もうすぐ目覚める気がする。周りの景色が、意識がぼやけてきた。維持できない。起きて仕事して、ああすでに憂鬱だ。と、ああ、なんだよ。ここにきて美女の登場か。もう少し早ければ。せめて少しくらい触れたり、見るだけでも、あともう少し……もう少しだけ……。




「ああ……」


 ……と、やはり朝だ。くだらない夢を見たな。美女がどうとか。他に何だったかな。何か……いや思い出せない。電源を切ったテレビ画面の残像があっという間に消えてしまうように、夢の記憶は儚過ぎる。

 まあ、どうでもいいことだ。泡同様、あの世界は消えた。夢の続きを見るなんて早々ない。


「と、お、よし……」


「んっ、ねえなにー?」


「ああ、ごめん。起こしたか。ちょっと飛んでたからさ」


「えーやだぁ、噛まれてないかなぁ」


「はははっ、おれがチェックするよ」


 おれはそう言い、テッシュで手を拭うと、彼女の腕を掴み脇に胸、恥ずかしがる彼女の裸体に舌を這わせた。


「見てないじゃーん! あはははっ、くすぐったいし」

 

 笑う彼女。揺れる胸と髪。と、その傍にまたドラゴンのやつが見えたので、おれは彼女に気づかれないようそっと手で潰し、布団でそれを拭った。


「どーしたーの?」とおれを見つめる彼女。「なんでもないよ」とおれはキスし、二人で笑う。そう、なんでもない。幸せなのが普通。これが、おれの現実。夢なんて――






「……バイタル安定、安定してます!」

「よし……堕ちたな。完全に」


「は、博士、うまく行ったのか? どうなんだ? なあ」


「ええ、大統領。対象の封じ込めに無事、成功しました」


「おおお!」

「よぉぉぉぉし!」

「あなたは英雄だ!」

「はぁぁ……」

「よかった……」


「も、もう彼が目覚めることはないんだな? 崩壊の可能性は」


「ええ。もう、いや目覚めさせません。でしょう?」


「ああ、ああ! その通りだ! 厳重に警戒するとしよう。ふぅー、しかしこれで、はははは。我々の世界は救われたんだなぁ……」

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