誰かの物語 - R.I.P.
桜雨は散り、五月雨は過ぎ去り、梅雨は明け、霖雨もようやく上がり、秋雨の季節になりました。
その雨が濡らすのは人だけでなく、その中奥深くまで、青く、冷たく濡らしていくのです。
私の心はいつしか凍りついていました。それは絶え間なく降り続ける雨よりも、人の玩具としてその心は氷に閉ざされていました。
その氷もまた、幾重もの鎖に縛られているのです。
あなたがそれを解かんとするなら、鍵を見つけよ。だが鍵はとうに砕かれている。
その日は突然やってきました。今まで絶え間なく降っていた冷たい雨が、ふと暖かい雨に変わったのです。それは冬の肌を突き刺すような鋭い雨でもなく、春の花弁を散らす悲しい雨でもなく、夏の突如として襲いかかってくる激しい暴雨でもなく、秋の始まりを告げる暖かな柔らかい雨でした。故に幾層にも重なった氷は溶け、鎖は錆び落ちていきました。
そんな優しい雨が、今まさに去ろうとしています。雨はいずれ上がるもの、それは人の命と同じように終わるもの。
その心は再び凍りつくのでしょうか、はたまた誰かがそこに傘を残していってくれるのでしょうか。
今の私に答えはありません。全てはこれからのことです。
やがて誰かが問いました。
「同じ雨は来ない、それならばここでお前は何を待っている?」と。
二度と同じ雨はやってきません。それが何百年、何万年、何億年経とうとも、同じ雨は二度と降ることはないのです。私の心の氷を溶かしてくれた「雨」。それがやがて過ぎ去って行って、何も残らないとしても、私はそこに虹を見るでしょう。
君に出会えて良かった。
そして今までありがとう。雨。
どうか...安らかに。
これは私があなたに贈れる、最後の物語です。