表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

溺愛なんて望まない

作者: メイリ

 私の名前はアリサ。

 貧乏男爵家の四女だ。

 お金のない末端貴族の四女なんて嫁ぎ先なんてない。

 だから自分の面倒は自分で見るしかないのだ。

 結婚に愛や夢なんて求めない、愛なんかじゃお腹は膨れないのだから。




 私は現在、炊事場担当だがリーガル公爵家に勤めている。

 親戚の非常に細い縁を伝ってお仕事を紹介してもらったのだ。

 この公爵家には公爵夫妻と長男のカイザル様、次男のオリバー様、カイザル様の奥様のシャルロッテ様とそのご子息のカイン様が住んでいらっしゃる。

 私は炊事場から出ることが滅多にないので、公爵家の方々の姿は遠くからしか見たことがない。

 ただ、とてつもなく皆様美形ということは理解している。

 でも、見惚れているだけではお腹いっぱいにはならないので、他の行儀見習いの子達が見惚れているのを横目に私は私の仕事を頑張った。


 その結果、望んではいないのにオリバー様付きの侍女に抜擢されてしまった。

 確かに給料は跳ね上がって万々歳なのだが、他の行儀見習いの子達の視線が痛いのだ。

 地味に嫌がらせもしてくるんだけど、そこはお行儀の良い良家のお嬢様達だからお上品な嫌がらせなんだけどね〜。

 洗濯に出していた侍女用の服が無くなるとか、連絡事項が回ってこないとか。

 どちらも速攻解決したけどね〜、洋服は侍女長が信頼している洗濯場の責任者が、私の服は間違いなく嫌がらせをしてきた行儀見習いの子に各自の部屋に置いてくるように指示し渡したと証言し、それを聞いた侍女長が行儀見習いの子を問い詰めて、洋服を隠したことを認めさせた。

 また、連絡事項についても初回はやられたけど、それ以降は直接侍女長に確認することにした。

 もちろん貧乏男爵家の私は、これ以上貧乏になることもないだろうと吹っ切れて、侍女長にはオリバー様付きの侍女に抜擢された結果嫉妬されて連絡事項が回ってこないので確認しに来ました、と素直に話したよ。

 侍女長は私の貴族の令嬢らしくない態度にびっくりはしていたが、その方がオリバー様の近くにいる侍女としては良いと面倒見てくれることが増えた。


 ちなみに私に嫌がらせしていた行儀見習いの子達は少しずつ辞めていき、仕事はやりやすくなった。

 ただ、最近困ったことが………。



 すごーーーーく視線を感じる。

 最初はまた、嫉妬した行儀見習いの子かなと思っていたのだが、違った。

 それよりも面倒だった。


「……………あの、何かご用事でしょうか? 」


 視線の主に問いかけてみる。


「い、いや、別に用事はない……… 」


 じゃあ、見ないで下さい。

 なんて言えない、だって視線の主は私の仕える方なのだから。




 オリバー様の侍女になり働き始めて半年、最初は気のせいかな? と思っていた。

 だけど気が付けば視線を感じ、その方向を見れば必ずって良いほどオリバー様がいらっしゃる。

 何か頼みたいことでもあるのかな?と思って問いかけてみても、今みたいに用事はないと言う。

 なんで見てくるのかわからないと気になってしょうがないんですけど。



 オリバー様の侍女になって一年、あの視線も慣れたものだ。

 お給料が貰えるならそのくらい我慢する。

 見たければ見れば良い、私は私の仕事をするだけだから。



「ねえ、アリサ。最近オリバー様とは仲良く出来てる? 」


 仕事のことで聞きたいことがあったので侍女長のニーナさんのところに行ったら、あった早々こんなことを言われたんだけど。


「仲良く………ですか? きちんと弁えてお仕事させていただいていますよ」


 ちゃんとわかってますって、大事な公爵家のお坊っちゃんに変なちょっかいなんてかけませんって。

 私はお金を貯めて老後はのんびり田舎で暮らしたいと思っているんだもの。

 ところで、その公爵家のお坊っちゃん、最近は妙に私にいろいろ渡そうとするんですが。



「アリサ、これ母上から貰って食べたんだが美味しいからアリサも食べてみてくれ」


 まあ、お菓子ぐらいは他の子もたまに貰っている(公爵夫人とかから)らしいからありがたく受け取ってみた。

 でも、他の物は駄目だと思う。


「アリサ、これ綺麗だろう? アリサに似合うと思うんだが」


 オリバー様、それは私、受け取れません。

 だって侍女には不釣り合いの恐ろしい程貴重な宝石が使われていますよね? そのネックレス。

 特に褒められるような出来事もない、至って普通の日にそのような物受け取る理由がありません。


「………オリバー様、お気遣いいただき誠にありがとうございます。ただ、私にはそのような素晴らしい物を受け取る資格はございません」


 私の言葉にオリバー様は一瞬『ガーーーン!』みたいな顔をされたがそれも本当に一瞬、すぐに表情は変わり逆に微笑まれて


「ああ、やっぱりアリサは良いな」


 なんてこと言っている。

 不思議な人だね。

 そんなこんなでオリバー様は気付くと近くにいる。

 そしてたまに長男のカイザル様のご子息のカイン様もその様子をご覧になっている。

 たぶんオリバー様のことを見ているようだ。

 そして二年後………




 私は気付くとオリバー様の膝の上にいた。

 いや、私だって最初は拒否していたのだ、だけど何かの折にオリバー様が元気がない時に執事のジョンさんとか侍女長のニーナさんに頼まれてそんなことに………でも、給料に色がついたから良いけど。

 んで、一度それが通ってしまうと次からも要求されて今に至る。

 ただ、最近オリバー様がやたら近くに来ては手を握ったり、誉め殺しをしてくる。

 なんだろう? こんな侍女にサービスして。

 オリバー様もそろそろ婚約者を決めなきゃいけないはずなのに、こんな侍女に構っているなんて。



 そんなことを考えていたある日、公爵家に親戚の方がいらっしゃった。

 仕事の関係で外国に暮らしていたが、こちらに戻って来られることになったとかで挨拶に来たとか。

 そして、その方は伯爵家の方なのだが娘さんも来ていて、それはそれは見目麗しい方だった。

 オリバー様とも顔見知りのようで、仲良くお話しされている。

 あとで他の侍女に聞いた噂話では、このタイミングで戻って来たのはオリバー様と婚約されるからではとのこと。

 これは………いよいよここを離れるべきか。




 このままここにいて、もし婚約者様が万が一私にしているサービスを見てしまったら………ヤバい、修羅場だ。

 私なんて退職金もなくポイっと捨てられるに決まっている。

 なら、今のうちに退職金をいただいて円満に退職が幸せではないだろうか?

 なんだかんだで給料は使わず貯まっている。

 贅沢しなければ田舎で暮らせるくらい。

 ………うん! 良い考えだ。

 善は急げと言う、侍女長のニーナさんに早速伝えに行った。




「………というわけで、退職しようと思います」


 私の言葉にニーナさんの顔がピキッと固まった。

 ちなみにちょうど一緒にいた執事のジョンさんも同じような表情をしている。


「え? え? え? 待って、なんで、そうなってしまうの? 」


「なんでって? だから説明したじゃないですか、将来のオリバー様の奥様になられる人と揉めたくないんですよ。そんなことになったらあっという間に追い出されてしまいます。なので、今のうちに出て行こうと決めました! 出来るだけ早く出て行こうと思うので手続きの程よろしくお願いします! 」


 うん、とっとと田舎に引っ込もう。

 今さら実家にだって帰れない。

 ………まあ、なんだかんだでここでの生活は楽しかったし、オリバー様に会えなくなるのもちょっとは寂しいけどね。

 でも、やっぱり自分の身が可愛いのだ、私は。





 次の日………


「ででいがないでぐだざい!! 」


 今、私の目の前に号泣しながら土下座している人がいる。

 普段の冷静なオリバー様はどこに家出してしまったんだろう?

 とりあえず、まだ仕えている人な訳だし、高貴な人だ、こんな体勢はマズイ。


「あ、あの、オリバー様、そんな土下座なんて止めてください」


 私はそう言ってオリバー様を立たせようとした。

 あ〜あ、涙で顔が大洪水だよ。

 私はハンカチを取り出してオリバー様に差し出した。

 それを受け取ったオリバー様は涙を拭いて、何かに気付いたのかそのハンカチを鼻に押し当て思いっきり深呼吸している。


「うぅ〜、アリサの良い匂いがする」


 おい、止めろ。

 と、言いたかったがグッと堪えた。

 おかしいな〜、こんなに面倒な人だったかな?


「アリサ! ここから出て行くなんて言わないでくれ! アリサが側からいなくなるなんて耐えられない。俺の膝の上でお菓子を食べさせるあの至高の時間を奪わないでくれ! 」


 ………うわ〜、面倒くさい。

 ひとまずこんな状態を他の人に見られるのは問題だ。

 ここは落ち着かせよう。


「あ、えーっと、出て行かないですよ。(今すぐには) 」


「ほ、本当か?!」


「ええ。(オリバー様が油断するまでは) 」




 この日からオリバー様がいつも以上に私にくっ付いてくるようになった。

 でもね、オリバー様は私が一番欲しいものを一度もくれないのだ。

 だからやっぱりここにはいられないよ。

 しかし、どうやってここから離れようか………。

 そんな私にビッグチャンスがやって来た。




「貴女がオリバー様の侍女かしら? 」


 私の目の前には綺麗なご令嬢。

 確かこの間いらっしゃっていた伯爵家の方だ。


「はい、オリバー様の侍女でございます」


「そう………ねえ、私、そろそろこちらへ来る予定なの。………貴女も貴族の端くれなら私の言いたい事が分かるわよね? 」


 ええ、ええ、分かりますとも。

 こうなりたくなかったから早めに退散しようとしていたのに。

 でも、これはチャンスなのでは?

 今までオリバー様の妨害で出て行けなかったけど、このお嬢様が手伝ってくれればイケるのでは?

 私は気持ちを切り替えてお嬢様の手を勢い良く握ってこう言った。


「分かります! 完全に分かります! 私のような者がオリバー様の近くに仕えているなんて不敬ですよね?!

 お嬢様、お願いがございます。どうか、どうかここから私を連れ出して下さいませ! 私も出て行きたいのは山々なのですがガードが硬く、私には何の伝手も無いのでどうする事も出来ないのです。だから無理を承知でお願いします! 私をここから連れ出して下さい! あ、連れ出していただければ蓄えもありますのでどこかの田舎で大人しくしております。もしご不安でしたら誓約書だって書きます! お嬢様はここから何とか連れ出してくれれば良いので」


 私は一気に私の気持ちを伝えた。

 この気持ちがお嬢様に伝われば良いと両手を握りしめて。


「え? 貴女、出て行きたいの? 本当に? 」


「はい! 本当です! 」


 お嬢様が不思議な物を見るような目で私を見てくる。

 でも、私は千載一遇のこのチャンスを逃すわけにはいかないのだ。


「………変な子ね。まあ、良いわ。じゃあ、準備をするから貴女は荷物をまとめて出て行く用意をしておきなさい」


「あ、ありがとうございます! 」



 お嬢様の行動は早かった。

 その二日後には準備が整ったのだから。

 しかもタイミング良くオリバー様が外出している、いやわざとこの日を狙ったのか?


「この度は私なんかの為にありがとうございました」


 私はお嬢様に深々と頭を下げた。

 それに対してお嬢様は


「………やっぱり変な子。じゃあ、この馬車に乗って行きなさい。隣街まで乗せて行くから。そこからは自由にすれば良いわ。でも、こちらには………」


「はい! 戻って来ません! 」


「わかっているなら良いわ、さあ行きなさい」


 お嬢様に促されて私は馬車に乗り込んだ。

 結局お世話になったのに一緒に働いていた人達には挨拶出来なかった………いや、しようとしなかった。

 どうしたってオリバー様にバレてしまうから。

 後日、手紙だけでも送ろうと思う。

 窓から外をそっと見てみれば、屋敷の入り口のところに小さな人影が。

 この屋敷で小さな人影なんてただ一人。

 そう、カイン様。

 カイン様はじっとこの馬車を見つめていた。

 カイン様とはあまり接したことはなかったが時々視線は感じていた。

 遊びたいのかな?とも思っていたがそういう感じでもなさそうで………でも、思い出してみればオリバー様と一緒にいる時よく見ていたような気がする。






 ーーー二週間後。


 私はある田舎の村に住み着くことになった。

 たまたま、送ってもらった街で出会ったこの村のお婆さんを助けた縁だ。

 具合が悪くなったお婆さんに、暇な私が村まで付き添ってあげたらあれよあれよともてなされて、住むところを探していると話したら空き家があるからそこをあげると言われてしまい、そのまま住むことに。

 お婆さんは村長さんの奥さんでした。

 住むところも見つかり、蓄えはまだあるが出来るだけ無駄遣いはしたくないので裁縫の仕事も見つけた。

 貴族の家での刺繍など役に立たないのでは? と思っていたが、村の奥様達にズドンと刺さったらしい、要するにみんな私の刺繍にまっしぐらなのだ。

 村長さんの奥様にお礼がてら刺繍したハンカチを渡したら大好評で、次から次へと依頼が舞い込む。



 そんなこんなで生活もようやく落ち着いてきたから公爵家に………というか侍女長にお手紙を書いた。

 ここから出すとなんかまずいと思ったので、街に出る予定の人に街から手紙を出してもらえるよう頼んだ。

 突然出て行って申し訳無かったことと、今までありがとうございましたと、あ、それから元気にやってますとも書いておいた。




「おーーーーーーい! アリサーーーーーー! 」


 遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。

 あの声は、この前手紙をお願いしたボブおじさんだね。

 おじさんは大きな声で私の名前を呼んで走って来た。


「どうしたの? おじさん」


「ど、ど、どうしたの? じゃねえよ! アリサ! お前、この前の手紙何書いたんだ?!」


「え? 何って、お世話になった人にお礼の手紙よ? 」


「お礼って………じゃあ、何で街で大々的に手紙の送り主探しが始まってんだーーー?! 」


 おじさんの話を聞いてみたところ、この間街で手紙を出して今日また街に用事があって行ったら、街中にその手紙の送り主を探している、何か知っている者がいれば金一封もと張り出されていたとか。

 ………完全にオリバー様だ。




 時は少し戻り、リーガル公爵屋敷内。


「アリサがいないーーーーーーーー!! 」


 俺は涙腺崩壊の危機に陥っていた。

 俺の大切な、大事な、何より愛おしいアリサがどこにもいないのだ。

 侍女長、執事のジョンに聞いても知らないと。

 ここから出て行くにも馬車でも手配しないと遠くには行けない。

 アリサが馬車を手配したのなら誰かが知っているはずなのに………は!? あれだけ可愛いのだ、もしかして誰かがアリサを連れ去ったのでは?

 俺は居ても立っても居られない状態になり屋敷から飛び出そうとした、しかしそれを止めたのは意外な人物だった。


「叔父上、僕、アリサ見たよ」


 甥のカインだ。


「ほ、本当か?カイン。ア、アリサはどこに?! 」


「馬車に乗って行ったよ」


「!? 馬車だって! でも、どうやって………」


「この間ここに来てた伯爵家の人が一緒に居たよ」


「何だって?!」


 どうやら親戚のルーベン伯爵家のメリッサ嬢のことのようだ。

 何でアリサとメリッサ嬢が一緒にいたのか。

 俺が丁度ルーベン伯爵に話があって会いに行っていた時にアリサが馬車に乗って行ってしまったと。

 どうして………。

 やっと、アリサと一緒にいられるようになるところだったのに。


「ねえ、オリバー。貴方、アリサにその話していたの? 」


 シャルロッテ義姉上がそう聞いて来た。


「いえ、まだ。しっかり話がまとまってから伝えようと………」


「たぶんだけど、アリサは貴方とメリッサ嬢の仲を誤解しているわよ」


「そんな!? 俺はアリサしか見えていないのに………」


「そうね、この公爵家の男達は伴侶と決めた人の事しか見えていないわ。だからいろいろ拗らせるのよ。もっと周りも見ないと貴方の大事な人は一緒にいてくれないわよ」




 その後、ルーベン伯爵とメリッサ嬢に会った。


「メリッサ嬢、君は俺の大事な人を何処へ隠してしまったんだい? 」


 たぶん俺は初めてこんな冷たい表情と声でメリッサ嬢に話しかける。

 そんな俺にメリッサ嬢はびっくりしていた。

 伯爵は何も知らなかったようでメリッサ嬢に何のことか聞いている。


「メリッサ、オリバー様の大事な人と言うとアリサ嬢のことだな? 一体どういうことだ? 」


「な?! 何故お父様がオリバー様の大事な人が、そのアリサという人だと分かるの? 」


「それは………まあ、ほぼ決定だから話すが、アリサ嬢をうちの養女にという話があって、養女になってもすぐにオリバー様に嫁ぐ予定を立てていたからうちに住むわけではないがな。お前にもちらっと言っていただろうもうすぐオリバー様は結婚すると」


「?! な、ど、どうして! 私とオリバー様が結婚するのではないのですか?! 」


「いや、そんな話は一言もしていないはずだが」


「で、俺のアリサはどこだ? 」


 それから泣きながら何か言っているメリッサ嬢から何とか聞き出したところによると、隣街まで馬車を出したがその後何処へ行ったかはわからないと。

 義姉上の言う通りだ俺は周りが見えていない。

 メリッサ嬢の気持ちも、アリサの気持ちも見えていなかったんだ。

 だからといってアリサを諦めることなんて絶対に出来ない。

 隣街でアリサを探すよう人を雇ったがなかなか見つからない。

 時間だけが過ぎて行く日々に涙腺がバカになっている。

 そんな中侍女長宛にアリサから手紙が来た。

 何で俺宛じゃないんだ?! と思ったがとりあえずアリサが無事なことはわかった。

 どうやら手紙は隣街から出されたようだ、絶対にアリサを見つける!




 隣街では私の大捜索が繰り広げられているらしい。

 何で捜すかなー。

 もう放っておいてくれれば良いのに。

 私は………あんな曖昧な関係なんて無理だ。

 結婚するのに私にはあんな態度、まるで私は愛人ではないか。

 結婚に夢は見ないが、それでも結婚するならお互いを大事にするような関係が良い。

 ………このままここにいてもいつかは見つかってしまう。

 もしかしたらこの村の人達にも迷惑をかけてしまうかもしれない、ならとっととオリバー様と話して私のことは諦めてもらおう。

 諦めてもらうなんて、何様だって感じだけどしょうがないよね。


 嫌なことはさっさと終わらそうと、私は村の人に私の雇い主だった人が体調不良みたいだから会いにいって来ると伝え、隣街までボブおじさんに送ってもらった。

 隣街に着き、ここからどうしようかな? と思っていたらすぐに声をかけられた。

 見れば公爵家の執事見習いの子だった。


「アリサさん! 良かった〜、これであの強烈なプレッシャーから逃れられます。さあ、屋敷に帰りましょう。馬車をすぐに手配するので絶対にここから離れないで下さい! ………いや、申し訳ありませんが私と一緒に来てもらっても良いですか? ここで見失ったら本当に命の危機なので」


 どうやらオリバー様は大暴れしているらしい。

 果たして諦めてくれるだろうか?

 正直、公爵家に逆らうなんて無理だ。

 でも、愛人なんて誰も幸せになれない、私も、奥様も、オリバー様も。






「アリサーーーーーーーーーーーー!! 」


 今、私に号泣しながら抱きついているのはもちろんオリバー様。

 公爵家の玄関先での出来事だ。

 それを公爵家の方々、使用人に見られながら………公開処刑か。


 私はそんなオリバー様をベリッと剥がそうとしたが、全く離れない。


「はあ〜、オリバー様、離れて下さい。皆さまが見てますよ。こんな状態では落ち着いて話も出来ません」


 私の言葉にオリバー様はまるで幼子がイヤイヤをするように首を振って、より強く抱きしめてきた。

 そんなオリバー様を、ちょっと離れたところからカイン様が微妙な顔をして見ていらっしゃる。

 これは幼子の教育に良くない! そう思った私はいっそう強くオリバー様を剥がしにかかった。


「もう! いい加減にして下さい! 」


「い、嫌だ! 離れたらアリサがいなくなる! 」


 これではいつまでたっても皆さまの見世物になってしまう。

 どうすればいいかわからなくなったところで救世主が現れた。


「この、おバカーーー!! 」

 ズバーーーーーン!!


 オリバー様の後ろからシャルロッテ様が、手に持つ扇で勢いよく殴った。

 驚きと痛みでオリバー様の拘束が解けたので、私は急いでオリバー様から離れ、気持ちシャルロッテ様の近くに寄った。


「義姉上、何するんだ! 」


「何するんだ? それはこっちのセリフよ。貴方、結局アリサに話もしなければ、聞こうともしないじゃない。こんなんじゃ、いつまでたってもアリサは貴方と一緒になんていてくれないわよ。なんでこの家の男はこうなの? アリサ、大丈夫? このバカが本当にごめんなさい。でもね、話だけは聞いてあげてくれないかしら? もし、聞いてもオリバーから離れたいと思うのなら私が全力で応援するわ。絶対に逃がしてあげる。だから、ちょっとだけでもいいから話を聞いてあげて」


 シャルロッテ様の真摯な態度に私は感動している。

 今までオリバー様以外の公爵家の方とは接していなかったが、これは惚れてしまう。

 私のそんな態度に焦ったようにオリバー様が私に近付いて来た。

 でも、話が進まないから抱き着き禁止だ。


「オリバー様、一先ず抱きつくのは止めて下さい。落ち着いてお話ししましょう」


 私の言葉にオリバー様ががっくり肩を落としている。

 そんなオリバー様をシャルロッテ様が追い立てる、ようやく屋敷内に入り、私とオリバー様は応接室で話し合うことにした。

 オリバー様は二人っきりを希望したが、シャルロッテ様が却下し、執事と侍女長が部屋の隅に控えている。




「まず、お世話になっていたのに挨拶もせず出て行ってしまい申し訳ありませんでした」


 私は一番申し訳なく思っていたことに対して謝罪した。

 本当、不義理だよね。


「いや、それに関してはアリサは悪くない! 俺が、俺が………言葉が足りずにこんなことになってしまったんだ。アリサが居なくなってからようやく俺のせいでこうなったんだってわかったんだ」


「あの〜、ところで確認なのですが、オリバー様はあの伯爵令嬢と結婚するんですよね? 」


「しない!! 俺はアリサ以外と…………結婚なんて………」


 なんでそこでもじもじ赤くなっているんですか。


「では、私を愛人にしたいわけではないんですね? 」


「愛人?! いや、愛する人というのであるならそうだけど、世間一般に言う愛人なんて立場にアリサを置くわけないじゃないか! 」


 あ、今、さらっと『愛する人』って言った。


「あの、また確認なんですが………私のことどう思っているんですか? 」


「どうって………そんなの大事で、大切で、ずっと一緒にいたい人に決まっているだろう! ずっと態度で現してきたからわかってくれていると思っていたんだが、やっぱり誤解されていたんだな………」


「だって………私、オリバー様に一度も好きや愛しているって言われたことないですよ。爵位も低いし、だから、私のことは気に入っているけど愛人にしたいんだろうなって、ずっとそう思ってきました」


「な?! す、すまない! ああ、な、泣かないでくれ、アリサ」


 私は気付かない間に泣いていたようだ。

 本当はずっと気付いていた、私はオリバー様のことを好きになっているって。

 でも、私の爵位では結ばれることは絶対にない、けど愛人なんて絶対になりたくないって。


「私は………あなたと結ばれることは絶対にないとわかっていたんです。だから逃げたかった」


 泣いている私に恐る恐るオリバー様が手を伸ばす。

 私が逃げないことが分かるとそっと私の身体をオリバー様が包んだ。


「すまないアリサ。俺は、俺はアリサといる未来しか見えていなかったんだ。だからアリサに何も説明せずにどんどん話を進めてしまっていた。アリサを親戚の伯爵の養女にして、それから俺と結婚すれば爵位でアリサを侮る奴が減ると思って。だけどそれでアリサにも、メリッサ嬢にも誤解されてしまった。最初にアリサに話さなきゃいけなかったのに」


「なんですか、それ。本当にそれは私に言わないといけない話ですよ。私がオリバー様を好きでなかったら犯罪ですからね! 」


「え? アリサ………それって、アリサが俺のこと好きって………ことか? 」


 ん? あれ? 私何を言った?

 自分の発言に顔を赤くする私にオリバー様は、ギュッと抱きしめてきた。


「は、はは、あはははーーー!! おい、二人とも聞いたか? アリサが俺のこと好きだって! 俺だってアリサが好きだ! 大好きだ! 愛している! 」


 興奮したオリバー様は私を抱き締めながらクルクル回り始めた。

 ううーーー、目が回る。

 いろいろ心労が溜まっていた私はこのクルクルがトドメで気を失った。

 その後、オリバー様はシャルロッテ様に扇で滅多打ちにあったらしい。




 それから、私はこの屋敷に戻って来ることになった。

 荷物が残っているから村に一旦帰ると言うと、オリバー様が俺も行くと言って聞かず結局付いてきた。

 豪華な馬車で行ったものだから村の人達はビックリ、しかも公爵なんて一生会うことも無いような人が付いて来たもんだから村長の奥様なんて危なく天に召されるところだったよ。


 ちなみに伯爵家の養女になる話は流れた。

 メリッサ嬢がオリバー様のことを好きだったことは事実だし、そんな状態で私が養女なんてお互いに気まずくってしょうがない。

 それにオリバー様のお父様の公爵様がそもそも爵位なんて我が家の男には関係ない! と言い切って私の身分でも問題なく嫁いできてくれと言ってくれた。

 しかも、なんと公爵様の奥様、オリバー様のお母様は公爵家の領地の宿屋の娘さんだったとか。

 いろいろ言われたらしいが全て公爵様が叩きのめしたそうな。

 オリバー様も爵位自体はあまり気にしていなかったが、私が侮られることだけが気になるところだったみたいで、それも俺が全部跳ね返すと言って私はこのまま嫁ぐ話になった。


 ………というか、いつのまにかいろいろすっ飛ばして結婚することになっているんですが。


 まあ、私が一番欲しかったものは今は毎日オリバー様がイヤってほど与えてくれる。

 やっぱり言葉でも言ってもらわないとわからないよね。

 たまに面倒くさいこともあるけど、オリバー様と一緒なら大丈夫。

 シャルロッテ様も言っていた。

「この家の男は伴侶に対する執着はバカみたいに強くて面倒だけど、でもね、絶対に裏切ることはないわ。あんなに見目麗しくても浮気の心配ゼロよ。そこだけはおススメ出来るわ」


 うん、毎日溺れるくらいの愛をくれる。

 たまに面倒にはなるけど嫌いになんてなれないもの。


「アリサーーー! 今日も大好きだーーー! 」


「あら、私は愛してますよ? 」


 私の言葉にオリバー様が号泣している。

 たまにしか言わない愛している発言に感動してだ。

 こんな面倒で可愛い人他にいない。

 溺愛なんて望んでなかったけど………でも、この人だったら信じられる。









 ◯月×日 天気 晴れ


 今日も叔父上は侍女に逃げられている。

 叔父上が号泣しながら土下座していた。

 僕はあんな風になりたくない。



 ◯月△日 天気 くもり


 叔父上の侍女が馬車に乗って出て行った。

 伯爵家の令嬢が手引きしたようだ。

 止めるのは難しかったから報告はしておいた。

 叔父上半泣きだった。

 僕はあんな風になりたくない。


 ◯月◯日 天気 晴れ


 叔父上の侍女が帰ってきた。

 叔父上が母上に殴られていた。

 とりあえず、屋敷に戻って来るらしい。

 叔父上が大騒ぎしている。


 僕も将来あんな風になってしまうんだろうか。

 僕は婚約者が出来たら執着を見せず、婚約者に優しく寄り添うんだ。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ