第007話 『巨大遺跡の開かずの扉』②
本来であれば11、12歳の子供が冒険気分で訪れられる距離でもなければ、子供どころか相当に山慣れした大人の猟師や山師であっても、おいそれと踏み入れられるような温い山岳地帯でもない。
管理された迷宮などで成長することができた人材で組織された特殊部隊や、冒険者たちによる複数の一党による連携であっても、見返りよりも危険の方が大きすぎてわざわざ攻略しようというモノ好きなどいはしない。
そこにどれほどの富があるとしても、生きて帰れないことが明確な場所であれば、それはないものと看做して近づかないのが賢者の判断というものである。
君子危うきに近寄らず、とは至言であるのだ。
それ以前にあるかないかすらわからない、それを明確にするための『調査』――無駄足になるかもしれないことに対してそれほどの戦力を避けるほど、ヒトはまだ力を余らせてはいないということでもある。
シロウたちが当たり前のように繰り返し攻略しているこの場所は、入り口などどこにも見当たらない地下深くである。
そこに魔物が湧出してうろついているとなれば、子供どうこう以前にヒトが踏み入れていい場所でもなければ、無事で済むような場所でもない。
まず発見すること自体が不可能ごとだろう。
だが子供であり、『迷宮保有国家群』における共通組織である冒険者ギルドに登録されていないとはいえ、本来の意味においては偽りなき歴戦の冒険者である『野晒案山子』の党員たちにとっては、攻略し慣れた本拠地迷宮でもあるのだ。
この場の景色からしてして、今の時代において迷宮、遺跡と看做されているそれらとはまるで違う場所である。
地下である以上、地上に散見される魔物領域とも明確に違う。
まず広い。
現代のヒトが辛うじて攻略し、背負う高いリスクに応じたリターンを持ち帰っているそれらの場所は迷宮や遺跡であれば浅い階層であり、魔物領域であればごく狭い範囲でしかない。
5人から6人で一単位となる一党が二桁の数で攻略に臨めば、時に獲物の取り合いが発生する程度の規模に過ぎない。
尤もそれはヒトに攻略可能な範囲、という意味においてではある。
獲物の取り合いを嫌って腕に自信がある、もしくは過信している一党が特に侵入を阻まれているわけでもない深い階層に挑めばどうなるか。
その多くはそのまま未帰還者となり、運よく何人かが生きて帰れても二度と戦えない体になっていることがほとんどというのが過酷な現実である。
迷宮などの本当の姿がいかに広大であったとしても、ヒトの手が届く範囲は今なおごく限られた狭い範囲に過ぎないのだ。
そんな一般に知られている迷宮や遺跡に比べて、今シロウたちがいるこの場所はまず天井が高い。
それも二倍、三倍といった程度ではない規模である。
地下に広大な空間が広がっており、各階層というよりは繋がったままにより深い地域までたどり着けるような構造になっている。
天井を構成する地殻には淡い光を発する魔鉱石が散在しており、地下であっても充分に明るい。
魔鉱石とは一部の鉱石が長時間魔力にさらされた結果、微量な魔力を帯びて自ら発光するようになったものを指し、『魔石』とはまた違う、だがこの時代では間違いなく希少鉱石のひとつだ。
シロウたちは必要量を削り出し、携帯燈火代わりに使う他、制限した量を市場に流したりもしている。
その光に照らし出される地下空間には地上山岳地帯に流れる広大な川の水や地下水が湧水として高い位置のそこかしこから滝のごとく湧き落ちており、底すら知れぬ奈落に向かって膨大な水量が轟音と水煙ともに注ぎつづけられている。
光と水煙が幾重にも重なる虹を生み出しており、地上世界では見ることのできない異様な、しかし美しい光景となっている。
そして土があり、光と水があるとなれば植物はそれがどんな秘境、封じられた地であったとしてもその根を伸ばし、葉を生い茂らせる。
それらは数千年かけて育った樹木と、毎年繰り返し茂っては増える地草が混然となり、この場の基礎色調、その約半分を緑系で染めるまでに至っている。
ありていに言えば、この世のものではないかのように美しい景色を成立させているのだ。
それが大魔導期には『水の都トゥー・リア』と呼ばれた地底都市が、その主を失い滅びの日を迎えてから数千年をかけて変化した姿なのである。