第006話 『巨大遺跡の開かずの扉』①
シロウたち『野晒案山子』が今いるこの場所はメダリオン大陸南端、数ある国々の中では規模的に小国であるエメリア王国領、その辺境区。
彼らが暮らす小規模村落、ノーグ村からは百数十㎞も離れた位置にある。
数千年前の大魔導期には『水の都トゥー・リア』と呼ばれた広大な古代遺跡がヒト知れず眠っている、峻険な山岳地帯の地下深くである。
シロウたちのノーグ村が属するエメリア王国と隣接する軍事大国、フレイム帝国との国境地域でもあるが、この時代には正確な国境線など当然定まってなどいない。
双方が必要になれば自国の領土であることを声高に主張しあいはするだろうが、辺境区を開発する余力などない現状では、実質ヒトの支配が及ばない広大な空白地帯である。
そんな場所はメダリオン大陸の各地に存在している。
というか、そういう地域の方が圧倒的に多い。
つまり現状のメダリオン大陸のほとんどがヒトの力の及ばない地域で占められており、そんな中で『国家』というヒトが支配可能な地域を、比較的安全が確保された細い街道、海路でなんとかつないでいるのが、今の時代でいう『ヒトの世界』なのだ。
魔法を失ってから数千年をかけてヒトの世界はある程度復興したとはいえ、今なおヒトはこの世界の覇者という立ち位置に戻れてはいない。
魔力に頼らぬヒトの新たな力――『科学』は日々前進し続けているとはいえまだまだ発展途上であり、在りし日の『魔導文明』にはいまだに遠く及ばない。
天候によって引き起こされる災害すら克服できていない現状、ヒトの支配が及んでいない地域を中心に発生を始めている『魔物領域』、そこに湧出する魔物に対抗できるだけの力を、多くのヒトはまだ手にすることができていないのだ。
ごく一部、支配下である領土内に迷宮、遺跡、魔物領域を抱え、そこで『成長』することが可能な人材を保有する国家群を除いては。
それらの国家は『迷宮保持国』と呼ばれている。
故に小国とはいえ、それらの国家からなる組織『迷宮保持国家群』の一員であるエメリア王国は、大国であるフレイム帝国であっても簡単に事を構えることなどできはしない相手であるのだ。
『迷宮保持国家群』はここ数十年で生まれた新勢力とはいえ、その盟主はメダリオン大陸において最大国家であるウィンダス中央王国である。
同時に世界宗教である聖シーズ教が信仰する神の矛、『神聖騎士団』を育成するために『迷宮保持国家群』を公認しているとなれば、大国とはいえ一国でその参加国ともめる愚はだれしも犯したくなどない。
なによりもごく一部の支配者階層しか正しく認識できていないとはいえ、ヒトの範疇においては数の暴力を無意味化しかねないほどの力を持った『個人』が、迷宮等での『成長』の結果生まれているともなればなおのことだろう。
くわえて魔物という脅威が再び地上にも現れだしている状況下、万が一それらが人里に侵攻を始めた場合、対抗する力を有した『強者』の不興を進んで買いたいはずもない。
それらの問題を依頼という形で解決する『冒険者ギルド』が、短期間のうちにメダリオン大陸中にネットワークを構築し、それを『迷宮保持国家群』以外の国々が黙認するしかない状況はそうして生まれている。
少なくとも支配者階級を自認する者たちにとって、迷宮をはじめとした『再び魔力が満ち始めた場』が現れだしたこの数十年で、ヒトの世界における『強さ』の概念は一変しているのだ。
今の時代において最大の力と看做されているのは、常人による数の力である軍事力でもなければ、ヒトの社会を支える経済力でもない。
魔力が満ちる限られた場所で、『成長』することが可能なごく少人数が手にすることができる、純粋な暴力こそがすべてを凌駕しうる力なのだ。
それらをなだめすかし、うまく操作することこそが国家としての強さに直結している。
いまはまだ数の力でなんとでもできる程度でしかない。
人が社会性生物である以上、どれだけ強い個であってもそこを離れて生きてゆくことなど、ほとんどの者にはまだ不可能なのだから。
だが将来的にはそうでなくなる可能性が高いし、そうなってくれなければ困る。
ともあれヒトの規律など知ったことではない、力こそがすべてを支配するのが空白地帯の現実である。
国家それぞれの法はもちろん、国際社会が定めたそれであってもなんの効力も持たない。
そんな場所でシロウたちは平然と魔物を狩っているのだ。