第005話 『数千年後の小さな萌芽』⑤
「希少種が湧出したのは久しぶりでしたね」
シロウとシェリル、フィアのところにのんびりと戻りながらカインが言う。
カインもまた、今の双角熊で今日の狩りが終了したことを承知しているのだ。
カインの言う通り、現在『野晒案山子』が攻略可能な範囲で最奥位置に湧出する、ステージボスとでもいうべき角熊は極まれに『双角』という希少種として湧出する。
「運がよかったです」
シェリルが同意する通り、道中でもたまに出る各種魔物の希少種は、斃すことが可能でさえあれば確かに運がいいということができよう。
入手可能な毛皮や牙、骨、肉等はすべて通常種よりも高位のモノとなるからだ。
何よりもフィアが資材管理担当である理由、魔導具による『異相空間』に死体を放り込んだ際に得られる『魔石』の大きさと、そこにため込まれた魔力の量は通常種とは比べ物にならない。
ちなみに希少種に限らず、戦利品として得られる中で最も高値が付く『魔石』の価値を下げないためには、魔物に何もさせないうちに狩ることが最適解となる。
おそらくは魔石に蓄積された魔力を使うことによって、魔物それぞれが持つ特殊技能を発動させているのだろうと、シロウやカインはあたりをつけている。
つまり魔力を消費させずに倒すことができれば、容量いっぱいに魔力が充填された魔石を入手することができることになるという寸法。
こと魔石の入手に関しては、長期戦に持ち込み魔物が特殊技能を使用不可能な状態まで追い込んで倒してもおいしくはないということだ。
それ以外にも種属や職の『成長』に必要な経験値とでもいうべきものも破格の量が獲得できているのだが、それを可視化する術を持たない今のシロウたちでは「なんとなく」でしかそのあたりは把握できてはいない。
事実、『成長』すればするほど次の成長までに積み上げねばならない戦闘経験量は跳ね上がるので、ここしばらくはヒトとしての基礎能力が嘘みたいに跳ね上がる『成長』――いわゆるレベルアップは発生していない。
久しぶりの希少種を狩れたことでみな少し自身の『成長』にも期待したが、どうやら今回はまだ次の段階に至るには及ばなかったようである。
とはいえ現在攻略可能な範囲であれば、湧出するすべての魔物を危なげなく狩ることが可能な域にはずいぶん以前に達しているので焦ることもない。
『成長』とは戦闘を繰り返してさえいれば、いずれ必ず訪れるものなのだから。
「獲物回収するねー」
ここにきてようやく仕事ができたフィアが、すでにピクリとも動かない双角熊に向けて右手を突き出し、開いた掌を向ける。
その五指が閉じられると同時に、双角熊の巨躯はまるで手品のように消え失せた。
これで魔石をはじめとした双角熊を倒すことによって入手可能なすべては、自動的にフィアが掌握している『異相空間』に格納されるのだ。
魔物を捌き、腑分けをする方法はもとより、長期の保存方法など知るはずもない少年少女たちにとって、フィアの担当する『異相空間』が必須であることには誰もが理解している。
それを使うフィア本人が、自分だけが何もしていないかのような忸怩たる想いにとらわれることは止むを得ないとはいえ。
もっとも戦闘班にしてみても、各々が担当する魔導武装の力で魔物を狩れているだけだというのは充分に理解できているので、フィアだけが楽をしていると思っている者などただの一人もいない。
もしも戦闘班が倒された場合、攻撃手段をほとんど持たないフィアとて最終的にはみんなの後を追うことになるのは自明の理なのだ。
そうならないようにするための治癒手段と、とてもではないが持ち運ぶことなど不可能な量の収穫物を管理してくれるフィアを軽んじる者などいるはずもない。
それはフィアとて理解しているのだが、実際問題として皆が魔物と戦闘している間、安全圏でじっと見守っているだけというのが落ち着かないものは落ち着かないのだ。
それは止め役を担うシロウにも多少はあって、後衛組のちょっとしたストレスではある。
「…………」
前線で戦うほうが気楽だと思っているヴァンは毎回気の利いたことを何か言いたいとは思うものの、口下手がそんなことをできるはずもなく無言のままなのもいつものことだ。
だがヴァンが気を使っていることはなぜかフィアには伝わるようで、苦笑して無口なヴァンの屈強な背中をぽんぽんと叩くフィアである。
ともあれ『野晒案山子』による本日の迷宮攻略はこれにて完了した。
いつもどおりに。