第004話 『数千年後の小さな萌芽』④
「……1! ――起動‼」
全員が射線から外れたことを確認して、シロウは『魔法』の起動を中断することなく実行へと移行する。
人ほどの知能を持たない魔物であっても、いやあるが故に生存本能はより強い。
今まで自分を削ってきた数々の攻撃武技や、自分の攻撃をいともたやすく弾いてみせた防御武技に使用された量など比べ物にならない魔力が場に満ちていることに、強い恐怖を以て反応する。
だが盾突撃による一時的行動不能から回復してはいても、両の脚にそれぞれ喰らった一撃ゆえにその場から逃れることも、魔法を成立させつつある術者に襲い掛かることもできない。
起動していく『魔法』――シロウ曰く『雷槍』
その光景を目にした双角熊の双眸が、生物としての本能的な恐怖と絶望に染まってゆく。
それを喰らえば絶対的な死が己に訪れることを、本能ががなりあげているのだ。
シロウの『起動』の言葉と同時に、その前面で回転していた積層立体魔法陣がほどけるようにして目標と術者――シロウの間に幾重にも連なる。
地面にその半分を沈めながら、ほぼ半径15メートルの巨大な円形魔法陣が巨大な筒のように展開され、目標――双角熊を目標として固定する。
こうなってしまえば魔法は魔法ゆえに必中となる。
ここまでの展開はほんの刹那。
そして展開された魔方陣に込められた魔力はすべて、その組成式に従って雷撃の魔法――雷槍へと変換されてゆく。
視界を白く染めるほどに巨大な雷球がシロウの眼前に出現し、次の瞬時には双角熊の巨躯へと着弾した。
その場に落雷したかの如き轟音を轟かせ、次の瞬間には何事もなかったかのような通常の空間に回帰する。
あとに残されたのはわずかな紫煙を上げてピクリとも動かない、元双角熊であった『野晒案山子』の収穫物のみ。
派手な積層魔法陣に隠れて目立たなかったが、当たり前のように突き出されたシロウの右掌の上に浮かんでいた紙片が、ふわりと地面に落ちる。
シロウはそれをあたかも宝物のように拾い上げ、左手に持っている古びた、しかししっかりした革で装丁された『魔導書』のあるべき頁位置に挟み込む。
その魔導書と紙片――本の一頁こそが、魔導器官をもたない現在のヒトであるはずのシロウをして魔法を行使することを可能にした、神遺物とでもいうべき魔導武装。
シロウを党首とする少年少女冒険者集団『野晒案山子』の党員たちは、基本的にはみなただの現代人である。
魔物を狩ることで常人とはかけ離れたヒトとしての『成長』を遂げているとはいえ、魔導器官を持たず、幽体に刻まれた『魔法』も『武技』も、魂に刻まれた職も持たない。
にもかかわらず、今の時代に生きるヒトであれば万の数を集めても鏖殺されるしかない上位魔物をかくもたやすく狩ることを可能にしているのは、各々が装備する魔導武装の存在だ。
数年前、彼らが偶然に手に入れた複数の魔導武装の力こそが、11、12歳の少年少女でありながら本当に魔物を屠り、ヒトの域を超える『成長』を可能成さしめている。
そしてこの数年間でそれらの魔導武装を使いこなせるようになっているが故に、シロウたちは現代に生きるほとんどのヒトを凌駕する魔法や武技、魔力、魔物や迷宮、遺跡、魔物領域に対する知識と経験を持っている。
『魔法』や『武技』とは魔力と組成式を以て自然現象すらその支配下に置き、己が力として使役することを可能とする技術のことだとシロウとその仲間たちは理解している。
確かにそれも間違いではない。
今シロウが行使した魔法――『雷槍』や仲間たちが使った武技はまさにそのとおりの奇跡だ。
だがそれが魔法の全貌ではないこともまた事実である。
そして少なくともシロウはそんな『魔法』の全貌を知り、己がそれを行使することを夢見ている、ある意味においては神話、伝説、御伽噺を聞いてその瞳を輝かせる、よくいる少年の一人なのだ。
他と決定的に違うのは、実際に魔法を行使できる魔導武装を得ていることと、それを駆使した魔物との戦闘によって桁違いと言っても過言ではない『成長』を遂げている点である。
「よし、これで今日の湧出分は全部狩ったね」
すでに幾度も攻略しているがゆえに、シロウは今の双角熊が今回の湧出の最後の一体だったことを確信している。
湧出――魔力が満ちる場であれば、倒された魔物がなぜか一定期間をおいて再湧出することを、シロウたちはもう経験として知っている。
今の位置からもう少し進めばいつもの行き止まりであり、広大とはいえ基本的に一本道のこの迷宮で魔物の見逃しはあり得ない。
事実今まで一度たりとも湧出した魔物を狩り残したことなどない。
狩りつくすのに数日かかっていた頃は、再湧出のタイミングがずれて総数を把握するのにはそれなりの時間がかかったものではあるが。