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第003話 『数千年後の小さな萌芽』③

 ヴァンにとってはシロウとカインの役に立つことと、フィアを護ること以上に大事なことは今のところ存在しない。

 そしてフィアと自分を救ってくれた上に、それ以降も大事な存在を護れる力を自分に与えてくれたシロウとカインに、今もなお感謝し続けている。


 その力。


 どういう仕組みか、肩から拳にかけて艶のある漆黒に染まった状態で殴りつければ、双角熊(ドゥコルヌ・ウルスス)ほどの高位魔物(モンスター)であっても無視できないほどの痛痒(ダメージ)を与えることが可能。


 カインと同時に双角熊(ドゥコルヌ・ウルスス)の機動力を一撃で奪い、カインとは逆側に同じくらい距離を取って振り返る。


 だが普通の剣や拳であれば完全に安全圏といえるほどの距離を取っているし、弓や投擲武器などの飛び道具であっても彼らの動体視力と反射速度であれば当たることなどないと確信できる位置であっても、そこは今なおシロウの『魔法』の射線上である。


 最初の展開から言えば最後尾に控えていたシロウの位置まで一足で飛び退(すさ)り、シロウの脇に控えていたもう一人の女の子メンバーであるフィアを護るような位置に立ったシェリルは魔法の射線から外れている。


 それでももう一歩前にシロウは進み、今もシェリルが喰らわせた盾突進(シールド・チャージ)による行動不能(スタン)からすら回復できていない双角熊(ドゥコルヌ・ウルスス)を、確実に仕留める最終段階に移行する。


「いつものことだけれど、私だけなにもしていないわね……」


 いつもどおりの安定したその展開を眺めつつ、どこか憮然とした独り言を漏らすのは『野晒案山子(スケアクロウ)』のもう一人の女の子党員(メンバー)にして最後の一人。


 フィア・ノート・リード。


 桜色の髪と瞳をした、可愛らしくふわふわした雰囲気の癒し系美少女である。


 今のように凛とした空気を纏うシェリルと並べば、美少女二人組としてその破壊力は倍増する。

 それぞれ単独でも十分異性を魅了するに足る美少女ではあるものの、タイプの違う二人が並ぶと相互に魅力を引き立てあうものらしい。


 そういうことを男どもが口にすると、見た目の雰囲気とは裏腹に結構シビアなところもあるフィアから、醒めた半目の一瞥を頂戴することになる。


 男どもの中、約一名にとってはご褒美である。


 本来そういった仕草が似合いそうなシェリルの方が赤面して狼狽するのもまた、互いのギャップをより引き立てていてよいのかもしれない。


 男どもの中、約一名にとってはご褒美である。


 年齢はシロウ、カインと同じく12歳の年長組。

 シェリルよりも年上であると、初見で見抜ける者はおそらく存在しない。

 人となりをよく知るようになるまでは、護ってあげたくなる小動物系美少女をそのままカタチにしたような可憐さを誇るがゆえに。


 だが綺麗な薔薇にも棘があるし、可愛い小動物にも牙はあるのだ。

 そんなことは知ってはいても、知りたくない男性諸氏も多かろうが。


 村にある世界規模の宗教の支部、聖シーズ教会の一人娘。


 だからというわけでもないのだが、『野晒案山子(スケアクロウ)』における役割は後方支援――つまりは治療関連と資材管理。


 よって『野晒案山子』の党員(メンバー)たちにとって日常になるくらい繰り返されている魔物(モンスター)との戦闘に直接参加することは今ではほとんどなく、基本的に後衛主砲であるシロウの横に立っているのが仕事のようなものだ。


 だがフィアの役割からすれば、そうであってこそ何の問題もなく戦闘が進んでいることの証左であるともいえる。


 戦闘中に治癒役(ヒーラー)がその能力を全開にしなければならない状況は、それを前提とした長期戦に臨んでいるのでもなければ敗北に直結しかねない。

 盾役(タンク)であるシェリルへの回復であればまだしも、牽制攻撃役(アタッカー)であるカインやヴァンに対して回復が必要な状況は、戦線が崩壊しているといっても過言ではないのだから。


 もっとも『野晒案山子』結成当初は、幾度かそんな危なっかしい状況にも陥ったものなのだが、今はルーチンワークの如きみごとな安定ぶりである。

 仕事がないことに愚痴の一つも出ようというものなかもしれない。


「フィアさんが忙しかったら大変ですから……」


「確かに、それはそうよね」


 フォローを入れるシェリルと、それを不満顔ながらも肯定するフィア。

 美少女二人による微笑ましい会話だが、本来は魔物(モンスター)との戦闘中に醸し出していい雰囲気ではない。


 つまり彼女たちの中では、実質的に戦闘はすでに終了しているのだ。

 シロウの魔法起動態勢が整い、自分たちが安全な位置に退避を完了した時点で。


「『雷槍』起動まで3! ……2!」


 そんな二人を背に庇う位置に立つシロウがまだ動けない双角熊を見据えつつ、魔法起動までのカウントダウンンをよく通る声で開始する。

 その声を受けて、魔法の行使対象(モンスター)から今でも十分に距離を取っているように見えるカインとヴァンが同時に神速で飛び退(すさ)る。


 ここまで局面(フェーズ)が進んでしまえば、万が一に備えていつでも一瞬で追撃を入れられる距離を維持する意味はない。

 これよりシロウが行使する『魔法』に対して、絶対的な安全圏まで退避することこそが最優先に切り替わったのだ。


 これで双角熊(ドゥコルヌ・ウルスス)を中心として半径15メートル内に味方は誰も存在しない。


 シロウの目の前で多重、幾重にも展開され、それぞれ別軸回転をしている積層魔法陣から目標までの直線距離は約30メートル。

 迷宮(ダンジョン)と呼ぶにはいささか広大すぎる場に、膨大な魔力が満ち渦を巻く。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] > 無視できないほどの痛痒(ダメージ)を与えることが可能。 痛痒は痛(いた)みと痒(かゆ)みのことで、「無視できない痛みや痒みを与えることが可能」となるので別の表現が良いのではないかと…
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