第018話 『強くなるべき理由』①
聖シーズ教ではないのであれば、『開かずの扉』から顕れた黒球が放った黒線が向かった先はいったいどこだというのか。
シロウもカインも既知の組織という前提で、まず聖シーズ教を挙げたに過ぎない。
とはいえ今では並の商人など及びもつかない調査能力を持つに至っているカインが集めた情報から判断しても、『魔石』の収集をはじめとして今の世界に於いて最も『魔法』に詳しいのが聖シーズ教であることは疑いえない。
少なくともシロウたち『野晒案山子』が今現在共有している情報よりは、間違いなくその質、量ともに上だろう。
だがその同じ情報から、聖シーズ教がこの場所――『水の都トゥー・リア』の遺跡や、そこに存在する『開かずの扉』まで完全に掌握してはいないであろうこともまた予測がつく。
それほどこの場所は現在発見され、ヒトにとって有益に運用されていると信じられている迷宮、遺跡、魔物領域の情報と比べても異質にすぎるのだ。
ここの存在を知っていてなお、放置することなどありえないと確信できるくらいに。
ではフィアの問うた『本命』を、シロウとカインはどこ、あるいはなんだと考えているのか。
それは未知の存在。
魔力が再び満ち始めた現代の世界であっても今なお息を潜め、その存在を誰にも認識されていないナニモノカ。
今は停止しているはずのそれを再起動させる引き金こそ、先の現象であったと考えるのが一番納得しやすい。
ここを知り、ある程度『魔法』を知るからこそ、そう思うのだ。
さっきの現象が常世長鳴鶏による暁の鶏声なのか、七の御遣いによる終末の喇叭なのかはまだわからない。
そう理解しているシロウとカインが、フィアの質問に淡々と答える。
「最悪の場合は『魔法』を再起動させんとする者を見つけ出し、それを確実に消すために大魔導期に用意されていたなんらかの仕掛け」
カインの答え。
それは先の現象が、滅びの封印が解かれる厄災の喇叭であったということ。
「最良の場合はいつの日か『魔法』を再起動させんとする者が現れた時、それを補佐するために大魔導期に用意された、なんらかの仕掛け」
シロウの答え。
こちらの場合は先の現象こそ、天岩戸に隠れた天照大神を復活させる嚆矢ということ。
「滅びの喇叭か。はたまた復活の鶏声か……か」
シロウとカイン、そのどちらかが呟いた、囁くような声は誰の耳にも届かない。
とにかくこの『水の都トゥー・リア』が今なお生きている以上、他にも生きている……もしくは再起動した遺跡がどこかにあると考える方が自然だ。
事実、迷宮や魔物領域はここ数十年の間に各地で発見され続けているのだから。
数千年の時を経て、再び魔力がこの世界に満ちつつあるのは間違いない。
そしてその範囲は時と共に広がっていっている。
だからこそ、シロウたちが手に持つ魔導武装たちは、その本来の機能を再び発揮できているのだから。
だとすれば。
大魔導期に創造された個人用の武装程度でも数千年の時を経てもなお問題なく機能するのだ。
より大規模な遺産たちも、再起動できる可能性は高いとみてまず間違いない。
その規模に応じた、必要な量の魔力が満ちさえすれば。
大地を空に浮かべ、海中や地中に大規模都市を建設した大魔導期、その全盛時に仕込まれた仕掛け。
それが完全に『魔法』が失われてから数千年を経たこの世界に蘇るというのであれば、それは神、ないしは悪魔の降臨ともはやなにも変わるまい。
もしもその力を得ることができるのであれば、その者がこの世界を統べることになるのは間違いない。
大魔導期の遺産たちは完全に滅び去っておらず、数千年の時を経てもなお魔力さえあれば起動可能な状態で存在し続けている。
そのことを実証して見せたのは、他ならぬシロウたち自身である。
『開け胡麻』こそならなかったが、魔力を注ぎつづけた結果『開かずの扉』はそれが持たされた機能の一部を確かに起動し、その存在理由を果たした。
自身を再起動させうるほどの魔力を集めることが可能な存在の情報をできるだけ正確に走査し、その情報をどこかへ――誰かへと送ったのだ。
大魔導期を終わらせたのがその頃に存在した誰かの意志であり、二度とこの世界に『魔法』が存在することを許さぬというのであれば最悪の敵に。
大魔導期の終焉は望まぬことでありながらも不可避な出来事であり、『魔法』の再起動を未来のいつか、その時代に生きるヒトに託したのであれば最高の味方に。