第013話 『オープン・セサミ』④
頭のいい、あるいは自分は頭がいいと思っている者はやたらと回りくどい言い方を好むのはなぜなのだろうと、フィアは常に思っている。
魔物との戦闘経験によって『成長』した結果、シロウたちの頭脳の潜在能力も解放されている。
数年前のぼへらとしていた自分と比べれば、天才といわれても大げさではないほどにおつむの性能が上がっているという自覚がフィアにもある。
きちんと説明されればそれを即座に理解し、応用することも可能だ。
言ってみれば1を2にも3にも、条件さえ整えば10にも20にもすることは可能だろう。
だが0から1を生み出す、気付きとでもいうべきものが自分に宿ったという実感は全くない。
その力こそが生まれた瞬間に与えられる才能――天才とよばれる者が持つものなのかもしれない。
ないものねだりをする不毛さは優秀になった頭脳とそれによる思考で理解できているつもりなので、しても仕方のない嫉妬などは今更しない。
だがそういう力を持っている者は、そうでない者にも理解しやすく伝えてほしいものだと思いはするのだ。
それこそ本物の天才というものは、そうではない相手にもわかりやすく、直截的に理解できるような説明に、自分が得た天啓とでもいうべき気付き――発想をかみ砕くことができる者なのではないかな、とも。
天才同士で言葉少なに、あるいは難解な言葉を以て理解し合っているのは別にいい。
ただ仲間である以上、凡人にもそれをきちんと共有してほしいと思うのだ。
年少組たちのように、シロウやカインは『自分とは違う』だと妄信出来ればいっそ楽なのかもしれない。
だが自分はシロウとカインと同じ歳でもあるせいか、我ながらかわいげのない考え方をしてしまうのが、ここ最近のフィアの微かなストレスだったりする。
「さっきのはいわばわかりやすい狼煙だよ。ここに古の魔法体系をその片鱗程度とはいえ復活させている者がいますよ、っていうね。偶然見つけた魔導武装に頼っているだけとはいえ、この扉に仕掛けられた魔法陣を起動させることができる程度には力を持った……ね」
理由は理解できなくとも、フィアのわずかな苛立ちをなぜか即察知できるシロウが少し引きながら説明する。
もちろんシロウはフィアを恐れているわけではない。
そもそも見目麗しい美少女である。
仲間としても大切だし、戦闘中に背中を預けられるくらいには信頼してもいる。
そうでなければ一党での迷宮攻略など命がいくつあっても足りはしない。
だがいかに何段階もの『成長』を経ているとはいえ、あくまでも精神は普通の12歳の男の子にとって、どこか機嫌の悪そうな美少女というモノはおっかない存在なのだ。それはもう本能的に。
「生きているこの手の仕掛けがここだけだっていうのは無理があるってことは、最初からわかっていましたしね」
「とはいえ、わりとシンプルに扉が開かれる展開も期待していたんだけどなあ……」
「そううまくはいきませんでしたね」
シロウとカインは、それなりにまずい展開になったと判断しているのだ。
シロウの説明で、フィアも先刻の現象を二人がどう捉えているかは理解できた。
主としてシロウとカインが何度も議論を交わしている、数千年前に起こったとされる『大魔導期の終焉』
それが人為的なものであると仮定すれば、それを成した存在にとって『魔法』の復活は忌むべきものである可能性が高い。
終わらせた理由がある以上、将来の復活を阻止することも織り込み済みであって然るべきだというシロウとカインの予測も、説明してもらえれば即座に理解できる。
ある程度の域までは許容できても、それを越えれば復活の芽を摘む仕掛けを用意していてもおかしくはない、いや必然だということなのだろう。
それこそこの『開かずの扉』のような。
シロウとカインは、自分たちがどうやらその『愚か者の罠』にかかったのだという可能性を危惧し、これから起こる事態を憂いているのだ。
『魔法』の復活を阻止することが至上なのであれば、その可能性を持った存在を排除してしまうことが最も手っ取り早い。
具体的にはその相手がこの場に湧出する魔物など問題とせず、罠を起動させることが可能なほどの力を持っていると承知の上で、それができる存在が送り込まれる可能性が高いとみた方がいいだろう。
そういう意味ではその対象である『野晒案山子』の党員全員が詳しく走査されたことも納得がいく。
その強さを把握したうえで、確実に排除できる刺客を送り込む仕掛けであれば当然の展開といえるのだから。
最悪の事態を想定すれば、現状はそういう状況だということもあり得るのだ。
もしも本当にそうだというのなら、『野晒案山子』には余裕も、残された時間も少ないということになる。