第012話 『オープン・セサミ』③
「――って、それでも開かないのかよ‼」
ある程度の時間、息も止めて身構えていてもそれ以降はなにも起こらない。
シロウが叫んだのとほぼ同時に、再び変化が現れる。
『野晒案山子』の党員全員の想いを代弁して叫んだシロウの言葉に反応したわけでもあるまいが、消えたと思われた黒球が再び現れ、そこから扉の存在も天井も無視して、一直線に魔力による黒線を迸らせたのだ。
まるでなにも存在しないかのように、その黒線はすべてを直線に貫く。
だが物理的に何らかの影響を与えているわけでもないようだ。
その水平以上の角度からして、地上ないしはそれ以上――つまりは空のどこか一点を指してその迸りはしばらくの間、途切れることなく続く。
そして音もないまま、やがてかすれるようにしてとぎれとぎれとなり、黒球が消滅すると同時に完全に途絶えた。
その後はしばらく待っても、今度こそ本当に何も起こらない。
変わったことといえば、今日まで数年間、巨大な扉で明滅を繰り返していた巨大な魔法陣が完全に消滅していることくらいである。
だが期待していた『開け胡麻』はなされず、依然として扉はシロウたち『野晒案山子』がその先の攻略を進めることを厳然と拒むかのように屹立したままだ。
「これは……」
しばらく誰も一言も発しなかった状況を破ったのは、常に冷静沈着を旨としている副官殿――カインの苦々しげな一言である。
だがそれは予想もつかないことが起こったという驚愕ではなく、口調と同じく「一番起こってほしくなかったことこそが起こった」ことによる残念を孕んでいる。
「想定していたなかでは一番まずいパターン……だよな?」
「……ですね」
それを受けて答えたシロウの言葉は、副官殿だけではなく、党首様もこれあるを予測の一つとしていたことを、雄弁に他の党員たちに物語る。
完全な予想外ではない。
だが想定のうちでは最も起きてほしくなかったことが起きた。
二人の苦々しげな表情はそういうことだ。
「えっと……どういうことか、な?」
素直に聞くのではなく、自分の思考で二人と同じ見解にたどり着きたいらしいフィアと、考えているのか、何も考えていないのかすらわからない無表情なヴァンではなく、この中では一番素直と思われているシェリルがシロウとカイン、どちらにともなく尋ねる。
「単純に扉が開いてくれるのが一番望ましい展開でした。それはわかりますよね?」
一瞬だけ視線を交錯させたシロウとカインだが、最初に答えを語りだしたのは副官たるカインの方だった。
いつもの彼らしく、少々迂遠でも最初から順序立てての説明を始める。
魔力を貯め切れば起こるであろうと予測していた変化。
その中でもっとも『野晒案山子』が望んでいたのが、カインの言葉通りであることを誰一人として否定するものはいないだろう。
いつかこの扉の先に進まんとして、今日この時まで攻略を繰り返し、魔力を注ぎつづけてきたのだから。
「もちろん」
そのことを、皆を代表してフィアが端的な言葉にして答える。
その真意はさっさと話を先に進めろということだ。
「次善は前回と同じく、何も起こらないことだったんだよ実は。であれば特に変化は訪れず、今までと変わらず繰り返しの攻略を続けながら、扉を開けるのに足りない要素を追求すればよかった。けど……」
シロウがカインの後の説明を続ける。
――現実はそうはならなかった。
だが扉こそ開かなかったとはいえ、年単位でシロウたち『野晒案山子』が貯め込んだ魔力を消費して、ナニカが起動したことは疑う余地もない。
使用された魔力の総量は現在『迷宮保持国家群』が管理、運営しているすべての迷宮、遺跡、魔物領域から冒険者たちが持ち帰ったこれまでの魔石、その総量をはるかに上回る。
「今の現象は……まあどう考えても次の嚆矢ですね」
今度はシロウの言葉を受けてカインが続ける。
それだけの魔力を消費、あるいはどこかに転送したのがたった今目の前で起こった現象。
そしてその過程で間違いなく、その起動を可能にした存在――『野晒案山子』の党員全員は可能な限り詳細に走査され、その情報も共にどこかへ送られたとみて間違いない。
「えっと……」
だがその言葉にシェリルは首をかしげる。
「…………」
ヴァンは変わらず沈黙を維持したままだ。
「もっとわかりやすく!」
珍しく素の感情を顕わしたフィアが、カインによりかみ砕いた説明を求める。