第010話 『オープン・セサミ』①
「フィア、頼む」
双角熊との戦闘位置からまだ相当の距離を降り、いつもの扉の前にシロウたちはたどり着く。
今では魔法や武技を叩き込むような無駄な手間は取らず、入手した魔石から扉へと魔力を注ぐことがその日の迷宮攻略の締めとなっている。
そしてその役目は最初の時からずっと変わらず、党首であるシロウのものだ。
「はいどーぞ、シロウ。緊急補充用と、カインが闇ルートに流す分を確保した残り全部だよ」
シロウの要求に応えて、自身の管理する『位相空間』から今回使用してもいい魔石をすべて取り出すフィア。
シロウたちはもう慣れてしまっているが、それらの魔石は宙に浮いたままフィアの意志に従ってシロウの前まで移動し、移動完了と同時にその支配権がシロウへと移管される。
世にある魔石――一般市場では『神の欠片』などと呼ばれてやたら高額で取引されているそれらが浮くなどという話は聞いたことがないので、この場だけでの不思議現象の一つだと、シロウたちはもう半ば無理やり納得している。
シロウたちそれぞれが持つ魔導武装は、この地下のどこか安全な場所に一日保管しておけば、自然と外在魔力を吸収して最大値までその能力を行使するために必要な魔力を再充填してくれる優れものだ。
だが今では魔石を使用すればその数に応じて――シロウとフィアの『魔導書』で空っぽからでも通常の魔石3つ、それ以外は1つ――即座に充填可能なことがわかっているので、最初期のように入り口付近に放置せず各々が常に携帯している。
また緊急事態に備えて、即座に最大充填できるだけの魔石もそれぞれが常備している。
それら再充填用、緊急用、闇ルート販売用を確保した残りの魔石はすべて、扉への魔力充填に使用されるのだ。
シロウたち魔導武装の所有者にとって、魔石とは便利以上に命綱ともいえる最重要アイテムであることは間違いない。
魔力の再充填ができなければ、奇跡の具現ともいえる魔導武装もただの武器、もしくはそれ以下になり下がってしまうのだから。
だがそれはシロウたちだからこそ知り得た事実である。
魔導武装などを持たないどころか、おそらくは存在すら知らぬ者たちにとっては確かに綺麗かもしれないが、言ってみればただ希少だというだけの石ころにすぎない。
そのはずだ。
にもかかわらず、宝飾品に使用される希少鉱石――宝石たちと同じ扱いというには高値が過ぎるし、そもそもどうして大仰な『神の欠片』などという名前で呼ばれるようになったのかを知る者はほとんど存在しない。
『迷宮保有国家』の戦力としては切り札でもある、冒険者をはじめとした迷宮で成長できる者たちは、それゆえに基本的に優遇されてはいる。
だが彼らの暮らしを貴族並み――市井に暮らす者たちとは桁外れといっていいくらいに豊かなものにし、幼い子供たちが将来自分も冒険者になることを夢見させているのは『魔石』――神の欠片が異常といってもいい高値で取引されているが故だ。
そのわりには神の欠片がふんだんに使われた高価な装飾品などが、各国の王族や貴族の間で所有していることが一種の社会的地位になっている、などというわけでもない。
にもかかわらずフィアが言うとおり、辺境の小村とはいえそれなりの立場にあるノーグ家を通した裏ルートから稀に流すだけで、村にとってはちょっと洒落にならない規模の現金収入を得られるくらいの高値が維持されたままなのだ。
カインがある程度の危険を承知であえて裏ルートに魔石を流しているのは、その高値の理由を探るための撒餌の意味が強い。
実用品として考えれば用途不明な魔石などよりもよっぽど優れている、魔法の光を放ち続ける魔鉱石よりも高値を維持し続けているのだ。
少なくともカインが出所を知られないように制御できる程度の流通量では、魔鉱石の方を絞った程度でそれは変わらなかった。
市場が成立している以上、何の理由もなく高値で取引される商品など存在しない。
そしてその理由が明確でなければないほど、高値だと思われているその価格が、実は買い叩かれているものかもしれないのもまた商売の常である。
いや所詮あらゆる力をわかりやすい形に兌換した金などには代えられないほどの価値を知っているからこそ、高値で回収しているとみるのが妥当だろう。
それの意味するところ。
それは『野晒案山子』以外にも、『魔石』の価値を知る者が確実に存在するということだ。
あるいはシロウたちよりもより正しく『魔石』の価値を知り、間違いなくより強大な――市場そのものを制御することすら可能なほどの力を持った。
その彼らにとっても金などには代えられない価値があるのだ、魔石には。
そのことを少なくともカインは確信している。