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憧れの修道院





異母姉デズデモーナから、至急便が届いた。さっそく開封し、父は、安堵の笑みを漏らした。


「ロタリンギア軍が、攻めてくることはなさそうだ。デズデモーナのお陰だ。さすがはわが娘、モランシー公国の長女だ!」

「それで、異母姉(おねえ)様は、なんて?」


焦れて、わたしは尋ねた。

ほうっ、と大きく父が吐息を漏らす。


「王位後継者は、ジュリアン殿下でなくても構わないそうだ。何しろ、今の陛下には、腐るほどお子がいらっしゃるから。それも、男の子ばかり。羨ましいことだ」

「それは、よろしゅうございましたわ」


詰めていた息を、わたしも吐き出した。わたしが魔法を言い間違えたせいで、モランシーが戦争に負けるようなことがあったら(辺境弱小領邦ですもの、負けるに決まってる)、申し訳なさすぎる。

手紙の続きを、父は素早く読み下した。


「ロタリンギアは、長男即位が鉄則。つまり、ジュリアン殿下が即位しなければならぬ。そこでデズデモーナは、殿下にカエルの変化魔法を解く方法を教えて差し上げたそうだ」

「えっ! そんなものがあったんですか!?」

「うぬ。(わし)も知らんかったがな」


デズデモーナの母は、父の従姉妹だった。恐らく、母方の血筋から、異母姉(デズデモーナ)は、解毒魔法を伝えられたのだろう。それにしても、カエルになった姿を元通りに戻す魔法なんて、ずいぶん、ニッチな魔法だ。


「いったいどうやって、人の姿に戻るんですの?」

「想い人の寝所に忍び込むのだそうだ」

「想い人? エリザベーヌのことですね!」

父は鼻を鳴らした。

「男爵令嬢と枕を交わせば、殿下の姿は、元通りの麗しい王子の姿に戻られる」

「随分、下品な魔法ですね」

つまり、エッチするわけだ。エリザベーヌと。別にいいけど。カエルだし。


「で、ジュリアンは、元の姿に戻れたんですの?」

「いくら解毒の為とは言え、王族が、そうやすやすと、臣下の娘の寝所に忍び込めるものか。折を見て、と、デズデモーナからの手紙には書かれている」


そして、言わなくてもいいのに、父は、余計な一言を付け加えた。

「本来なら、ジュリアン殿下が忍び込むのは、お前の寝所だったのだぞ、コルデリア」

「ご遠慮しときます」


くどいようだが、今のジュリアンは、ガエルだ。エリザベーヌが羨ましいとは、わたしには、少しも思えなかった。まあ、カエルになる前から、彼女が羨ましいなどとは、1ミリも思ったことはなかったけど。


深いため息を、父はついた。

「デズデモーナのおかげで、全ては元通りだ。お前の婚約が破棄されたこと以外は」

「それは、わたしのせいではありませんわ」

勝手に婚約を破棄したのは、ジュリアンの方だ


「そういうわけにはいかない。ジュリアン殿下をカエルの姿にしてしまうなんて、嫉妬にもほどがある」

「お父様。嫉妬ではございませんことよ」


「嫉妬にしておくのだ!」

父が喚いた。

「モランシーの公女が呪文を言い間違えたなんて、言えるものか!」


モランシーの権威は、公爵一族の魔力にかかっている。ロタリンギア王国が、父子に亙ってモランシーから妃を娶ろうとしたのも、わたしたちが魔法を使えるからだ。

それなのにわたしは、呪文を間違えたわけで……父の愚痴が止まらない。


「やっと、デズデモーナが再婚して領邦から出ていったと言うのに、なんてことだ。彼女の双子のフェーリアは行き遅れるし、だからこそ、コルデリア、お前には、幼児の頃からジュリアン殿下を予約……じゃなくて、殿下と婚約を結んでやったのだぞ。それなのに、あっさり破棄されおって、この、親不孝者が! お前の下には、まだ、3人も妹がいるんだぞ。()()()()()()()()()()()、あの子らも、片付けなくちゃならんのだ。」


父の最初の妃は、双子の女の子、デズデモーナとフェーリアを産んだ。わたしの母は、2番目の妃だったが、わたしを産むと、亡くなった。父はすぐに3人目の妃を迎えた。だから妹3人は、わたしにとって、異母妹となる。


「お父様。わたしのことは、気になさらないで」

少しでも父の苦悩を和らげようと、わたしは言った。



ジュリアンについていえば、わたしは、彼のことは、好きでも嫌いでもなかった。ただ、幼いころに婚約させられたのだから、仕方ないと、観念していただけだ。だって、(いやしく)も王妃たるもの、ざっと1ダースほど、子を産まなければならないのだから。

お産は痛いし、危険だ。お産で死ぬことだってある。

現に、ジュリアンの実母を含む3人の妃は、お産で亡くなっている。ロタリンギア王国の多産は、彼女らの犠牲の上に成り立っている。今の王の、4人目の妃はわたしの異母姉デズデモーナだが、彼女が、子どもを産みすぎて死なないことを祈るばかりだ。



「わたくし、修道院へ参りますわ」

そして、本を読むのよ。誰にも邪魔されずにね! そのうち、シューヴェンからイヲが、彼女の新作を送ってくれるわ!


この素晴らしい計画について、父が反対しないかだけが、心配だった。だって、公女が修道院へ入るには、多額の喜捨が必要だから。


案の定、父は渋い顔をした。

「一度修道院に入ったら、そうそうは出られないのだぞ。デズデモーナは例外だ。あの娘は、優秀だったからな」



デズデモーナは、最初の結婚で、ロンバット王に離婚されている。理由は知らない。次にロタリンギア王との再婚が決まるまでの数ヶ月間、彼女は、修道院で人目を避けて暮らしていた。

ロタリンギア王の4番目の妃になれたことが、彼女の優秀さによるものかどうかは、わたしにはわからないけど。ロタリンギア王の4番目の妃になれたことが、彼女の優秀さによるものかどうかは、わたしにはわからないわ。でも、わたしなら嫌だな。22歳も年上の王様なんて。その上、あのジュリアンのお父様よ? 変な理想を持っているのに違いないわ! 人に言えないような病気よりマシだけど!



「わかっておりますわ」

精一杯、悲壮な顔を作って、わたしは答えた。



ジュリアンの浮気のお陰で、めでたく婚約が破棄された。ジュリアンと、彼が運んでくるめんどうを肩代わりしてくれたエリザベーヌには、感謝しかない。

修道院の生活は、穏やかで規則正しいと聞く。本を読む時間もたくさんあるだろう。まさに理想的。

スーラッハ草原の英雄カマキリと、トンボの頂上決戦。ああ、イヲったら、早く書き上げてくれないかな。



何も知らない父は言った。

「うぬ。デズデモーナも、お前には、懲らしめが必要だと書いてきた。嫉妬に狂ったお前は、修道院へ幽閉されるのだ」

「はい」

理想の生活の為なら、嫉妬深い女のフリなぞ、朝飯前というもの。


「この筋書きなら、ロタリンギアの王も、モランシー公国(わが国)を許してくれるだろう。なんにしても、早急に、かの国と、防衛協定を結ばねばならぬ。ああ、デズデモーナは嫁いでしまったし、妹たちはまだ幼い。お前はキズモノになって戻って来るし」

「キズモノ? 違いますわ、お父様。傷がつかなかったことが問題なのですわ」

「うるさい! 生意気な口をきくな! あのな、コルデリア。わしにはもう、撃つタマがないのだよ」


タマはおかしいのではないかとわたしは思った。









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― 新着の感想 ―
[良い点] カエルの王子様と聞くと童話みたいなのに、リアルだと怖いですねΣ(゜ロ゜;)これは男爵令嬢の子悪くない……っ(笑) けろっとナチュラルに虫を食べちゃう身も心もカエルな王子がなんだかおおらか…
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