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殿下をネタに賭け事を



穏やかな暮らしを続けているわたしたちの元に、珍しい来客が訪れた。

イヲだ。



「コルデリアったらもう! 心配したのよ。修道院へ本を送ったのに、宛先人不明で返ってきちゃったから」

「ごめんなさい、イヲ。修道院には入れなかったのよ」


慌ててわたしは謝罪する


「え、なんで?」

「神様に拒絶されて」


「コルデリア……ああ、気の毒に! 私の絵本が、気晴らしになるといいんだけど」

言いながらイヲは、一冊の本を差し出した。

「わあ! カマキリとトンボの空中決戦ね!」

大喜びで私は受け取った。イヲが、修道院へ送ってくれると約束した長編絵本だ。


「まだ、読まないでよ!」

その場に座り込んで、さっそく読み始めようとしたわたしを、イヲが遮った。

「どうして?」

わたしはひどく不満だった。

「だって……。目の前で読まれるなんて、恥ずかしいもん!」

「イヲにも恥ずかしいことがあったのね!」

自分で書いて自分で製本した本を、図書館の棚に並べておくほどの豪傑なのに!


「わかった。後で読むわ」

ここで彼女がヘソを曲げたら、本を取り返されてしまうかもしれない。

ほっとイヲがため息を吐いた。




「ねえ! 王太子とエリザベーヌは、破局したんですってよ!」

運ばれてきたお茶を啜り、イヲが言った。わたしの注意が本に向かないようにと、彼女なりに必死なのだ。

「いい気味よね!」


「あのね、イヲ……」


そのジュリアンは、ここにいるの。そう言いたかったが、イヲは、連続射撃銃のようにしゃべりたてはじめた。これでは、わたしが口を挟める隙が無い。


「そもそも、王太子とエリザベーヌの結婚は、貴賤婚ですもの。普通に考えて、許されるわけがないのよ! それなのに、エリザベーヌったら、あの手この手で殿下をたらしこんで。ほんと、腹黒い女だわ」

「だから、エリザベーヌは腹黒じゃなくて、巨乳よ?」

「腹黒なの! だって彼女のおかげで私、100ウールン儲け損なったもの!」

「100ウールン!?」


大金だ。

イヲはたいそう、悔しそうだ。


「ハーナウ辺境伯の子息たちと、賭けていたのよ。あの人達、殿下は、真実の愛を貫いてエリザベーヌと結婚するに違いない、なんて、乙女チックな主張をするから。王位を捨て、エリザベーヌとの清貧生活に甘んじるに違いない、なんて言ってたのよ! しかも、それがロマンチックだと思ってるの! 本心でよ! 夫婦喧嘩の原因の大半は、お金がないことなのにね! まったく、貴族の二代目ってのは、おめでたいわ!」


「実際、ジュリアンは、王位継承権を返上しようとしたんでしょ? エリザベーヌと結婚する為に」


わたしはジュリアン本人からそう、聞いている。人間だったジュリアンにとって何より大切なのは、「真実の愛」だったから。



……「ごめんね、ごめんね」

なぜか泣いて謝りながら、ジュリアンは話してくれた。わたしがいくら宥めても、否、宥めれば宥めるほど、カエルのジュリアンは、盛大に涙をこぼしていたっけ。(声を出して鳴くと、頓宮にいた時のように、外のカエル達……ジュリアンの友達たち……が大合唱を始めてしまうので、彼は、実に静かに泣いていた)

そんなに涙を出したら、ぷにぷにのお肌が干上がってしまうんじゃないかと、わたしは本当に心配だったわ!



「それにしても、」

イヲが首を振っている。

「こんな展開になるなんて思いもよらなかったわ! 殿下の方がふられるなんて! エリザベーヌったら、あんなにべったり殿下に貼り付いていたのに。胸がたぷんたぷんって殿下の上腕にぶつかっていて、正直、あれは気持ち悪かったわ」


「ねえ、イヲ。あなた、賭け事をしていたの?」

わたしはそっちが気になった。だって、モランシー家の公女は、賭け事を厳しく禁じられている。負けると困るから。借金のカタにあれもこれも取られ、これ以上貧乏になったら、やってけないからである。


「そうそう!」

水を得たように、イヲが話し出す。

「わたし、殿下が真実の愛を貫かない(・・・・)方に賭けてたのよ」


「へえええ。じゃ、あなた、負けたのね? ジュリアンは、真実の愛を貫こうとしたのだもの」

それがあの、卒業パーティーでの婚約破棄だ。


「まあね。彼はフられたのであって、フったわけではないものね」

イヲは言い、わたしはちょっと、嫌な気がした。なぜかはわからない。



イヲは鼻を鳴らした。

「危うく私、100ウールン取られるとこだったわ」

「まあ!」

辺境伯領領シューヴェンは、破産してしまうのではないか?


にたりと、イヲは笑った。

「安心して。肝心の愛が成就してないから、ハーナウたちとは、痛み分けになったの」


心配していた分、わたしはむっとした。


「イヲったら、ひどいわ。カエルをネタに賭け事なんて!」

「私が100ウールン賭けた時は、彼はまだ、人間だったもの」

「ああ、そうか」


それなら構わないか、と、わたしは思い直した。



「結局、ジュリアン殿下は廃太子にされたそうよ。カエルに王位継承権はないから、って。いい気味ね!」

幸せそうに、イヲが続ける。


「それで、ローラン伯爵やロビッチ公爵たち、取り巻きの連中も離れて行って、あの人達は今、弟君のアルフレッド殿下の取り巻きをやってるわ。このままいけば、弟殿下が次の国王になるから。エリザベーヌもアルフレッド殿下に取り入ろうとしたけど、失敗したらしいわよ。彼女は、里下がりになったの」


「へええ。そうなの」



床に忍び込んで来たジュリアンを壁に叩きつけ、半裸で部屋を飛び出していってから、エリザベーヌがどうなったのかを、わたしもジュリアンも知らなかった。

そうか。実家に帰っていたのね。

でも、彼女なら大丈夫。きっとすぐに、次の男が見つかるだろう。それが幸せに繋がるかどうかはわからないけど。むしろわたしなら、修道院を選……んで、失敗したのよね。あはは。



イヲのおしゃべりは止まらない。

「で、廃太子になったジュリアン殿下だけど、彼は今、行方不明だそうよ」

「あのね、イヲ、」

そろそろ、ジュリアンはここにいるって話したいのだけれど。


「そうそう、先日、宰相から公式発表があったわ。ジュリアン殿下は今、新たな『真実の愛』を探しておられる、って。でも、カエルじゃねえ」

「だからね、イヲ、」

そのカエルはここにいるんだってば!


「宰相が言うには、人間の姿に戻られれば、王位継承もワンチャンありなんですって」

「ないわよ」

思わず私は強く否定した。

「へ?」

「だから、ジュリアンがロタリンギア王に即位することなんか、永遠にないわ」


意地悪そうだったイヲの顔が、さっと曇った。


「かわいそうに、コルデリア。あなたを裏切ったジュリアンのことなんか忘れてしまいなさい」

慈愛深い口調で言う。さらに彼女は、付け加えた。

「彼をカエルにしたのはあなただけど」


「そうよ!」

わたしは叫んだ。

「ジュリアンは、ずっとカエルでいるの!」


あまりの剣幕に、イヲは驚いたようだった。


「どうしたのよ? あなたらしくないわよ、コルデリア。過去の男なんか、どうだっていいじゃない」


「だぁー、かぁー、らぁー」

わたしは叫んだ。

「ジュリアンは今、ここにいるのよ。モランシーの城に!」


ぽかんと、イヲの口が開いた。








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