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歓待 2



「違うわ!」

思わず立ち上がり、わたしは叫んだ。

「わたしが好きなのは、カエルなの。ジュリアンではないわ!」


「コルデリア! こら! 国のことを考えよ!」

父が激高した。

「モランシー公爵家令嬢としての責務を果たすのだ。モランシーは、ロタリンギアと、外戚にならねばならぬ!」


「外戚? 親戚の反対かしら? ということは、他人よね。お父様は、ロタリンギア王とアカの他人になりたいのね?」


わたしが指摘すると、父は激昂した。


「違うわっ! 全くお前は、ものを知らぬ娘じゃ。外戚は親戚の反対などではないっ!」

「あら、そうでしたの?」


「儂はな、」

父は、大きく息を吸った。

「儂は、未来のロタリンギア王のお祖父ちゃんになりたいんじゃあーーっ!」

怨念籠った凄まじい迫力だった。


「それでしたら、」

負けずにわたしも言い返す。

「ロタリンギアにはもう、異母姉(デズデモーナ)が、王様(ジュリアンのお父様)の所に嫁いでいるじゃない!」


「馬鹿者! 王の年齢を考えろ! デズデモーナに子など産めるものか!」


はっと、父は、カエルを見た。


「………………」


わたしが立ち上がった拍子に、ジュリアンは、わたしの膝から振り落とされ、赤いじゅうたんの上に這いつくばっていた。


「殿下。なんたる失礼を……」

「あ、ごめんなさい……」


父と私は同時に叫んだ。ジュリアンは、絨毯に張り付いたままだ。掬い上げようとてのひらを差し出したが、いつものように乗ってはこなかった。


「コルデリア。君は僕が、嫌いかい?」


傷ついた声が尋ねた。わたしは慌てた。


「いいえ、そんなことはないわ」

「好きって、言ってくれないんだね」

「あなたのことは、大好きよ」

「君が好きなのは、カエルのジュリアンだ」


四つん這いに起き上がり、ジュリアンが言った。心の傷を押し隠すような、強い調子だった。

その通りなんだけど、さすがにわたしは、申し訳なさでいっぱいになった。


「カエルは好きだけど。でも、それは、最近のことよ? 昔は、カエルなんて、大っ嫌いだったわ」


つまりわたしは、ジュリアンがカエルになったから、カエルが好きになったのだ、と言いたかったわけで……。


「もうっ! お父様が変なことを言い出すから、話がややこしくなったじゃない」


「ややこしくしているのは誰だ! だいたいお前が、『ei』をだな、」

「何度その話を蒸し返すの!」



「せっかくのお話ですが、モランシー公爵。このお話はお受けすることができません」

にらみ合うわたしと父の足元から、静かな声が聞こえた。

「僕はやっぱり、レメニー河へ帰ります。そこで、カエルとしての人生を送ります」


「しっ、しかし、殿下! あなたももう、17歳。ご結婚は?」

父が、変なことを尋ねた。さすがのモランシー公爵も、動転しているのだ。


全てを決めてしまった者の穏やかな声で、ジュリアンが答えた。

「ご心配なく。カエルの妻を娶ります」


「カエルの妻ですと? カエルを王妃に!?」

悲鳴のような声で、父が叫んだ

「ああ、なんということだ。ロタリンギアの第一王子が、御乱心召された……」

よろよろと、父は部屋を出ていった。



「ジュリアン……」

カエルのメスの上に乗っかったジュリアンの姿を、わたしは思い浮かべた。それほど、わたしには衝撃だった。思わず、叫んだ。

「ダメよ! 絶対、ダメ!」


「コルデリア?」

「ジュリアン。あなたは、わたしの側にいるの。ずっと、ずっとよ!」

「コルデリア。僕も考えたんだよ……」

「何を?」


カエルなのに、何を考えたというのかしら?


「あの様子だと、この先、モランシー公爵は、次々と君に縁談を持ってくるだろう。そうしたら、絶対僕は、君の邪魔になる」

「ロタリンギアと比べたらモランシーは小国だけど、そんな心配は無用だわ。だってあなたは、水槽暮らしですもの」


水槽から出ても、大抵は、わたしの膝の上にいるわけだし。

彼は、ほんの少ししか、場所を必要としない。たとえどのような事態になろうとも、ジュリアンが邪魔になんか、なるはずがない。


「いいや、コルデリア。僕は、君の夫に嫉妬する。今だって、君の未来の夫が、憎くてたまらない!」


「未来の? 夫? あはは。何言ってんのよ」

やだ、ジュリアンたら……。思わず笑ってしまった。

「大丈夫よ。そんなの、存在してないから。だって、わたしを妻に娶るようなもの好きはいないもん。あなただって、婚約を破棄したわけだしぃ?」


「コルデリア……」

泣きそうなで、ジュリアンは私の名を口にした。


わたしは慌てた。

大変! カエルを泣かせたら、わたしは、悪い女になってしまいますわ!


「ごめんなさい。婚約破棄の話はもう、しない。だって、今のあなたは、こんなにかわいいカエルなんですもの!」


「………………」


何? この沈黙は?

「ジュリアン?」



「僕は、君の騎士になると誓った。僕は君を護る。生涯!」

長い沈黙の末、ジュリアンは言った。

「ずっと、カエルのままでいい。君が夫を迎えても。そばにおいてくれさえするなら」


「そうそう。あなたには、わたしに近づく蚊を退治しするという、重大な任務があるのよ!」

それは、ジュリアン自らが申し出たことだ。


「側においてくれるんだね? この舌の長さほどの距離に……君の肌に近づいた蚊を、舌で巻き取れるほど近くに在ることを。コルデリア、君はそれを許してくれるんだね?」

「許すわ」


だってそうしなければ、蚊を捕まえられないじゃない。


「永遠に? 君が夫を迎えても?」

「わたしは結婚しないから大丈夫」

「しない」ではなく、「できない」のだけれど。たぶん。


ジュリアンの黒いつぶらな瞳に、もりもりと涙が盛り上がっていった。

再び、私は慌てた。


「許すわ。だから、よそのカエルの所に行ったらダメ」


ずっと言いたかったことを、口にしてしまった。

ずっと前から、言いたかった。

本当は、“カエル”じゃなくて……“エリザベーヌ”と。


べ、別に、人間のジュリアンなんか、少しも好きじゃなかったけど! 今だって、カエルのジュリアンの方が、どれだけ好きか!


ジュリアンは首を振り、涙を振り飛ばした。

「今、ここに誓う。騎士ジュリアンは、生涯、コルデリアを護る」

「約束よ」

わたしは彼を掬い上げ、その冷たい体に、頬ずりをした。










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