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作為のミュートロギア  作者: 楳々うら
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春出水

魔法使いをやっていて、子供の頃から街で良く聞く神話があった。

ある日その人が現れた地は雨、雪が絶えない悪天候が何年も続いていた。

その地の人々は困り果て、若い者が地を去ろうとするが天災により命を落とすことも多かった。

そしてまるでどこからきたのか猫のようにフラッと現れ、見上げた黒い雲に向かって、ほんの小さな漆黒の球を指先から放つと、みるみるうちにその暗雲は消え去り、恐ろしくも感じる程の真っ赤な夕焼けが人々を飲み込んだ。

その逸話から太陽神と呼ばれ、信仰されている生き神がいるという。

今は太陽帝国の帝王となる尊きお方。

そんな神話が今、目の前で起きた。

ビビらねー方がおかしいだろ!!!!

っていうかなんだ!?こいつ!?

うわすげぇ間抜けなツラしてやがる!!

あの無表情モンスターのシンスすらもアホみたいな顔しんな!


この神話は本当に有名で、実話と言われている。

といってももう何百年も前の話で人伝に伝えられてきたものだ。どこまでが本当なのかは定かではないので正直信じていなかった。

そもそも天気すらも変えてしまうほどの魔法など、人間の常識の域を超えている。

そんな魔法は聞いた事もない正しく伝説上のお話だ。

全く、最高だ!!!!!


「おい!!!お前!!!」


センカが突然こちらを向き鬼のような形相で叫ぶものだから、あまりに驚いてピシッと気をつけしてしまった。

そしてツカツカと一歩二歩三歩と近づいてきて、肩をワシっと掴む。

ものすごく睨んでいる…こ、怖い


「お前…最……ッ」


俯くセンカ


「さい…?」


「高〜だな〜〜!!」


「え!?」


「あぁ、見事だった!これ程恐ろしいと感じたことは今までなかった…君はもしかすると、神孫かもしれないな。」


シンスもいつも通りの綺麗な顔に戻り、少し緩めた拳を顎に当てて首を傾げながらこちらを見ている。

めっちゃ美人…ッ結婚してほしい…ッ!とシンスの言葉はほとんど届いていない。


「それ俺も思った!!!なぁお前他にも出来ないか!?」


背の高いセンカが覆い被さるように食い付いて来た。

あまりに顔が近いので、恥ずかしい…

にしても、よく見ると中性的で綺麗な顔立ちをしている…可愛いとかより美形って感じだな、センカは。うん、そんな感じだな。と謎の感想を抱いていた。


「あっえっとごめん俺マジで魔法分からないんだよねぇ〜…センカ色々教えてよ!」


「そうか…良いぜ!色々教えてやるよ!」


センカが楽しそうなのが嬉しくてつい顔が緩む。そして耳に引っかかった言葉が気になる。


「あっあとさぁ、神孫ってなに…?」


突然センカの笑顔が引きつる。

え?お前そんな事も知らないの?とも言いたげだ


「お前そんな事も知らないの?」


言われた。


「神孫というのは太陽神ヒューペリオン様の血を受け継いだお子たちの事だ。」


シンスが穏やかに答える。

そしてセンカがまたジロジロと頭から爪先まで舐めるように見る


「あー確かに実際…褐色の紋様?に、宝石の瞳ってやつに当てはまるな。」


「それにそのように黒い髪や瞳もとても珍しい。やはり人間ではないのだろう。」


「え、珍しいの?」


自分の首に無造作に巻いた髪の毛先をつまんで見る。

すると顔にかかる髪をサラリと撫でるシンス。


「ここまで見事な黒い髪は今までに見たことない」


「ふひょッえっそうかなぁ〜?」


「おいてめぇシンスに惚れんなよ」


センカが物凄い形相で睨んでくる。


「なんだよセンカ、シンスのこと好きすぎ!!」


自分で言っておいてハッとする。…いや、それもアリだ…とつい頭で妄想してしまう。


「はっ俺は別に好きじゃねぇよ。ただこいつを大事に思ってる奴がいんだよ」


センカは耳元でコソッと話してくる。


「え、許嫁的な?」


そう言うとセンカの表情が少し曇り、目を伏せた。


「だったら幸せだったんだろーよ。」


そんなセンカを見て一度目を閉じ、ふう、と息を吐くシンス。センカの言葉は聞こえていたようだ。


「…私は誰とも結婚をするつもりもない。ただ、今は国を取り戻す、これだけが私の生きる意味。」


「え?どういう?」


シンスが自分に向き直る。そして跪いた。


「え!?」


シンスの手が自分の小さな手を取り、まるで王子様が姫に挨拶をするように甲に口付けをした。


「セセセセ!?」


先程のセリフとは全く逆とも言える行動に驚き、センカの方に助けを求めるが、センカは苦笑いをして、何故かセンカが申し訳なさそうにしている。

唇を離し、上目遣いでこちらを真っ直ぐに、力強く見つめるシンスに心臓を掴まれるような感覚になる。


「私の国を取り戻すためには君の力が必要だ。どうか、私に力を貸してくれないか?」


「は、はい…!喜んで!!」


緊張のあまり声が裏返ってしまった…恥ずかしい〜!!

チラリとシンスの方を見直すが、そんな事は気にも止めず、シンスの表情はとても柔らかく、少し泣きそうな瞳をしていた。


「感謝する」


「あ…いえ…あはは…」


また目を合わせられず目が泳いでしまった。


ドドド…


ん?何か聴こえる?気のせいだろうか。

否、シンスも同じ方向に目を向け、すでに立ち上がっていた。

センカは大きな欠伸をしている。

気付いていないようだ。

遠くから何かがこちらに向かっている。遠くの雪が、煙を上げている


ん?煙?


「あ?なんか聞こえ…?」


ようやく気づいたセンカがふと見上げると真っ直ぐこちらまで咲き誇る花々と若葉が白い煙に包まれていく。


そういえばよく見たら所々不自然に花が咲いている。まさかあのガキが?なんてボーッと考えていると突然大きな声が聞こえてきた。


「センカ!走れ!」


「おう!?」


シンスの声がした方を見るが既に姿はない。

そしてあのチビの姿も。

遥か先を走っている…。

そして、迫り来る雪山の怒り。

急激な太陽の光と気温の上昇により起きたのはもはや必然であったが、これを何という現象かは知らない。

そして駆け出そうと足を動かすが雪に足を奪われて転ける。

所々出っ張る岩肌に体をぶつけ、嫌な音がするのと同時に痛みで鳥肌が立つ。

肘も擦りむけてしまったのか出血している。


「うぁ…!!!!」


「センカー!!!」


漸くセンカに気付くシンスだが、センカの元まで走り、抱えて逃げるには時が遅すぎた。

雪煙がセンカを飲み込もうとした、その時に風が起こった。

銀色の長い髪が顔に絡み、前が見えない。

必死に振り解く頃には煙の一部が盛り上がり、そして何か黒い影が飛び出て来る。

それは空高く舞い、それを目で追うも太陽に被り目の奥が痛くなる。

大きな翼はあまりに黒く、不安になる程神々しさを感じる。

その翼を身に纏っていたのは小さな身体のあの子。

そしてその細い腕に抱えられていたのはセンカだった。

あまりの事に雪の波がこちらに向かっているのも忘れてしまっていた。

自分が呑まれて煙が彼らを隠してしまいそうになる。

雲のように太陽も隠し、影に落ちる。

まずい…こんな所で…!

未だ雪は物凄いスピードでこちらに向かって来る。

もはや喰われる、そう表現すべきである。

まだ諦めてはならない!!

駆け出すシンスを楽しむように追いかける雪崩。

いつも冷静なシンスだが、このときばかりは焦りに支配され、足元を見ていなかった。

深雪に足を捕まえられた。

この雪の魔物に喰われるしかないのか…

半ば諦めで目をぎゅっと瞑る。


「いたー!!!!!!」


「うっ!?」


物凄い衝撃がシンスの腹に襲いかかる。

それは雪ではない。

煙で暗かった景色が急に瞼の外で明るくなる。


「シンス…大丈夫?」


「…君…」


ゆっくり目を開けると、下で真っ白な煙がキラキラと太陽の光を受けて光る。

そして見上げるとあの真っ黒な瞳がこちらを心配そうに見ている。

真っ黒なのに、不思議と光に反射して七色に光っている。


「…美しいな。」


「え?あぁ、雪崩ね、確かに上から見ると綺麗だね!」


「…いや……あぁ、本当恐ろしく、美しすぎる。」


フッと笑いまた下の景色を見つめる。

ふわふわの緩い三つ編みが顔にかかり、ふと横を見ると既に気を失いかけているせセンカがいた。


「センカ!そうだった無事でよかった!なんと…腕が折れてしまっているな」


センカの腕が関節の下からプラプラと揺れている。


「大丈夫だよ。とにかく安全な場所へ行こう。シンス、案内できる?」


「あ、あぁ…」


こんなに小さな子がとても大きく感じる。

自分よりよっぽど短い人生である筈なのにこんなにも心強い。

なんとも…なんとも、なんともーーーーー……情けないのだ、自分は。


シンスの案内であの山守小屋に降り立つ。

あの洞窟へ行くのに何時間もかかったというのに、ほんの10分程度で着いてしまった。

遠くの雪崩を不安そうに小屋の中で見ていた山守の爺さんは、突然遠くから真っ黒な羽の恐ろしい大きなモンスターが近づいて来たと思い、火縄銃を用意して窓の淵に張り付いて睨み付けていた。

しかしよく見るとあの美女達ではないか!それに羽が生えたあの子供…とっても可愛いではないか!!


「おーい!!!!無事じゃったかー!ワシの美女たちよ〜!!」


爺さんがウキウキで火縄銃をポイッと捨てて走って来る。


「ご老大人!!!今朝は世話になった!悪いがまた世話になりたい!」


それに手を振り大きな声で呼びかけるシンス。

はぁはぁと息を切らしながらこちらに走って来た爺さんはとても嬉しそうに笑いながら言った


「もーちろん!構わんよぉ〜それにその可愛い子供はどうしたのじゃ?お嬢ちゃん、山に居たのかい?それにあの羽は…」


「すまない、詳しい話は後にしていただきたい。連れの者が怪我をしてしまった。」


小さな子供に膝をついて肩を抱えられたセンカの腕があり得ない方向を向いているのを見て、急いで三人を案内した。

その時に、シンスに耳打ちをされた。


「すまないが、ここでは私をランと。センカをシエンナと呼んでほしい。」


意味も分からずただ頷くしか無かった。

でも可愛い名前だなぁ〜2人によく似合うな〜などと呑気なことを考えていた。

三人は暖かい暖炉の効いた部屋に案内され、センカは部屋窓際に置いてある大きめのベッドに寝かされる。

その時センカは既に腕の骨折の痛みと、身体を強く打った衝撃で殆ど意識がなく、目が虚である。

センカの腕を触って怪我の様子を見ると、青紫色に腫れ上がった腕は不自然にぐにゃぐにゃである。奥に骨を感じるが、それもバラバラになっている。


「これは複雑に骨折してるね…」


骨はもはや粉々で、肘は相当強く岩に擦ったのか、骨が見えていた。


「ん?」


異常な腫れが指先まで広がっている。

腕を打ったと思われる箇所を良く見直すと血と共に青紫色の汁が垂れている。


「毒…?」


「これは…この山の在来種であるセンネグコケダニだな…山の岩肌に苔のように集団で張り付いて、人や獣の足の裏に付いて繁殖するんだが…これが猛毒でな。傷口から入って身体を徐々に溶かして養分にするんじゃ…まだ腕だけだから切り落とせば何とか命は助かるだろう。」


「…刃物を」


山守の言葉に覚悟を決め、シンス自らがそれを行おうとしている。


「待って!このダニ達は体の中で毒を分泌しているんだね?」


「お、おおそうじゃが…」


山守が答えると、突如センカの傷口から流れる毒を傷口から直接の吸い出す


「何を…!」


「やめなさい!君まで死んでしまうぞ!」


2人が引き離そうと掴むと、微動だにしない。

2人はその小さな体にまるで大きな岩を目の前で連想する。

するとゴクリ、毒を飲み込んでしまった。

そして口を膨らまし、何かを口に含んでいるようだ。

口の端から青い液体がツーっと流れる。


「言わんこっちゃない!」


山守が頭を抱える一方、シンスは目が離せなかった。というより、何か強い信頼を感じたのだ。

任せておけば、センカは必ず助かる、と。

その青い液体をセンカの口に直接流し込み、飲み込ませた。

すると、先程の傷口から青紫の液体と緑色の塊が噴き出る。


「な、なんじゃ!」


山守は驚き、後ずさるがシンスはゆっくり床に落ちた緑色の塊を布で拾う。

よく見ると小さな虫が蠢き、寄り合って固まっていた。


「…君がシエンナに飲ませたのは薬か?」


シンスが少し怪訝そうな、しかし安堵したような顔で問う。

一瞬シエンナという名前にピンと来なかったがすぐにセンカの事と思い出す


「シエンナ…あっ!そう、俺の身体で抗血清を生成したんだ。」


「こ…うけっせい?」


「簡単に言えば、俺の体でこの毒の薬を作ったってことだね。」


シンスはこの子の言葉に対しての理解が追いつかない。

そんなシンスの様子にも気付かず、センカの診察を続ける。


「あーでもちょっと腕の中のタンパク組織が壊されてるね。」


うーんと顎に手を当て考える。

ふとある治療方法を思いついたが、心配そうに見守る2人を見る。

ちょっとショッキングな方法。


「やっぱり一回……ちょっと2人とも出ててくれる?ちょっと治療するから…あっとおじいちゃん!包帯と薬草とかある?」


山守から救急箱を手渡されると2人をグイグイと扉に追い込み絶対に開けないよう念を押されて2人は追い出されてしまった。


「とんでもない子じゃのぅ」


「…」


ただ驚くだけの山守と、センカの心配と不安で感情が掻き乱されるシンス。

しかしシンスの冷静な方の頭はセンカの身を案じているのではなく、自分の為すべきために必要な『物』として心配なのではと自分の醜さに嫌気がさしていた。

そんなシンスを見て山守は落ち込んで見えたのだろう。奥の部屋へ案内し、暖かい山羊のミルクを用意してくれた。


「さぁ飲んで落ち着くといいよ。蜂蜜たっぷり、ブランデーちょっぴりのワシ特性ポカポカドリンクじゃ。ほれ、やっときなさい」


銅で出来たマグカップに、そっと触れ、口に近づける。

熱い湯気が顔にへばり付く。

そしてフゥフゥと冷ましながらゆっくりと啜る。

口いっぱいに濃厚なミルクの甘味、蜂蜜の独特な風味でブランデーのキツさが相殺され、胃に落ちるまでにじんわりと体に熱が広がる。

つい頬が緩む。


「美味いじゃろ?」


「あぁ…とても。」


そして、先程の部屋がのドアが開く音が聞こえた。

ぺたぺたと裸足でこちらに向かって来る。

センカは無事なのか、緊張が暖まったはずの指先がまた冷たくなる。

ゆっくりと扉が開くと、白いシャツに浴びたように広がる血の跡。

彼の表情は笑っているわけでも、悲しんでいるわけでもない、なんとも言えぬ物だった。

強いていうのであれば、悪戯が見つかってしまわないか不安そうに親の顔を見つめて表情を伺うような、そんな顔であった。

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