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作為のミュートロギア  作者: 楳々うら
16/26

神国会議

ユーリがマッチョ三兄弟と飲んでから2日後の朝、まだ空は暗く星空が見える。

林の中にポツンと一つ小さな家がある。

ユーリの自宅である。

ユーリは眠い体を怠そうに起こすも、目がなかなか開けられない。片目で時計を確認すると、いつも起きてる時間より一時間早い。

もう少し寝ようとまた真っ白なベッドに横たわり、すやすやと眠り始める。

白くぼやけた頭の中で思い出していたのは約半年前の戦いだった。

不意に受けてしまった黒い炎に剣を焼かれ、剣で戦うことも叶わず。なりふり構うこともできずその場にあった石、砂、死んだ仲間の防具等を銀髪の悪魔に投げつけている。

その悪魔は投げつける物全てをなんともないように、まるで森の中の木の枝を静かに手で払うようにいなし、どんどん近づいて来る。

腰を抜かし尻餅をついた先、手に付くのは生暖かい仲間たちの血が混じった泥。

この場の指揮官は自分だった。生きている他の仲間は既に力尽き、立ち上がることもできずにこちらを見ている。

あまりの情けなさに目の奥が痛み、歯を食いしばる。

後退りしながらも武器を手探りで探す。

自分は剣士。剣を極めた者。だが、剣以外では戦うことはできないのだ。

そんな自分を守る物でもある剣の殆どは真っ黒な禍々しい炎に焼かれて溶けてしまっている。

必死に探し、やっと無事な剣を見つけ安堵し、手に取り悪魔の元へ躊躇なく飛びかかる。

剣筋などと言っていられない。とにかくこいつを殺らなけれはいけない、思いはただそれだけだった。

切ったと思ったその影は虚しくも空振り、悪魔は背中に張り付いていた。

白い指で顎を持ち上げられ、喉仏に指を突き刺される直前――…


「…は!!!」


ユーリは目が覚めた。

あまりにリアルな夢だったせいで自分の首が無事かを手で触り確かめる。

何ともない、ただの傷跡があるだけで、ホッと息をつく。

ついこの間奴らとの戦いの事を話したせいか、やっと見なくなった悪夢を久しぶりに見てしまった。

寝汗をかいている。

汗を拭いながら時計を見ると意外にも30分も経っていなかった。

折角なのでシャワーを浴びるようと服を脱ぎながら浴室に向かうユーリ。

ユーリの白い背中には少し変わったアザがあった。生まれつきあったそのアザは呪われていると父親や兄達に罵られていた為に、今でも忌々しく感じている。

脱いだ服はその辺にポイっと投げてる。

よく見るとユーリの部屋はあまり綺麗ではない。

それも普通の二十歳の男の子の部屋である。

周りには厳かな雰囲気を纏っているだとか、真面目だとか、几帳面だとか言われるがそれは外ではそう振舞っているもしくは仕事に対してだけであって本来の自分は、自分の事はあまり興味なくだらしない。

食事だって自炊はあまりせず出来合いのものが殆どだ。

相手の思う姿を演じるのは簡単だがその分疲れて自分の空間ではグッタリとして色んなことがてきとうになってしまうのだ。

しかし仕事に関しては真面目で資料が机の上に積み重なっている。

与えられた任務の情報を洗って確かめているのだ。

そんな事をしても上からの命令であればなんでも従うが、知らない事で恥をかくのが嫌なのが本心なのだ。

今回調べた指名手配犯の罪状についても、鵜呑みする事で知っている人から滑稽に見られてしまう。それは外から見た自分を理解できるユーリにとっては我慢し難い屈辱である。

シャワーを浴びて石鹸の香りが部屋に充満する。

スンスン、と匂いを嗅ぐ。


あの女性たちに貰ったシャンプーを使ってみたがとてもいい香りだ。

今度どこで買えるのか聞いてみようかな。


ユーリが拭いたバスタオルを洗面所に投げ捨て、着替え始める。

着替えながらお湯を沸かす。

今日は教会で会議と、訓練、そして事務仕事がある。

事務仕事とは、副団長の代わりに下から受けた備品の追加購入の経理をしたり、練習場の使用許可を出せる権限を委譲されているので、それの確認と承認をしなければならない。それに年末までに予算を使い切らないと来年度では減らされてしまうので、それの使用先を考えなければならない。とても多忙だ。


会議はいつも水曜日に行われる。

議題は恐らくあの2人のことだろうとなんとなく予想するユーリ。

2人とは、もちろんシンスとセンカについて。

手配書が配られてから初の会議であるためその状況報告であろう。

キッチンからモクモクと湯気が立つ。

沸いたお湯をカップに注ぐ。

朝ごはん代わりの紅茶だ。コーヒーはあまり好きではないがミルクを淹れれば飲める。

毎朝お湯を沸かすのも面倒なので、常にお湯になる魔法瓶を買おうかなと思うが一台5万ロルするので毎回断念してしまう。

紅茶を啜りながらポストに入っていた新聞を読む。

ユーリは神国の情報は新聞記者よりよっぽど知っているので、その他の地方の新聞を取り寄せている。

遠いので1週間、遅いと2ヶ月くらい日付が前のものが届く。

本日のは2週間前の新聞だ。

見出しはこう。スベニエークの呪いの山が遂に晴れる!

知らない人がみたらなんのことやらだが、この山はもう何年も太陽に照らされてなかった。

他が晴れていてもそこだけが呪われたように真っ黒な雲が鎮座していたのだ。

それが突然消えたというのは確かに一大ニュースである。


「へー、不思議だなー。」


ユーリは独り言を言う。

人と話す時は丁寧な言葉遣いを心がけているが本当の自分はあまり言葉は綺麗じゃない。

食事をめしと言ったり、、〜してしまったではなく〜しちった等と周りの人間が想像できないような言葉を1人の時は使う。

たまにそれが表に出そうになるが基本、繕えているはずだと自分では思っている。

新聞を読んでいるうちに出勤の時間が来た。

新聞に集中して飲み忘れた緩くなった紅茶を一気に飲み干し、真っ赤な制服の上に黒い上着を着て外に出る。

はぁ、と吐く息は真っ白。まだ薄暗い空の下で場違いなほど白い息がユーリは好きだ。

教会へ向かう為に歩き出す。森の中の土を踏むとザクザクと音がする。これを踏むのが何となく好きで、ついわざと踏みに行きたくなる。

いつもは大人ぶって背伸びして、期待以上の結果を出さなければと気を張っているせいかこういう所で子供っぽさがまだ抜けていない。

暫く歩くと森を抜け、小さな村に入る。

ここからは人の目に触れる為、少しシャキッと気持ちにスイッチが入る。

というのも、早い時刻とはいえ既に起きて家畜の世話をする者もいて、ユーリに気づくと頭を下げて挨拶をする。

ユーリは若くして子供達の憧れる神剣士団の幹部になった為子供から大人まで有名人なのである。

むしろ他の団の幹部の顔すら知らないという人が多い中、ここまで人気で有名なのは珍しい。

それも最初は嬉しさがあったものの、下手に出歩くこともできずに気を抜けず疲れてしまった。

だから人の目のつかない場所に移り住んだのだ。

森を抜け、村を抜けるまでで一時間。

あとは街を抜ければすぐだ。

このくらいの時間になると、ようやく明るさが出て、空がオレンジと青に染まり始める。

街は流石にまだ人は少なく、舗装された石畳の道路のど真ん中を歩くことができる。

さて、教会への門が見えて来た。

門の側まで行くとどうやら門番はおおあくびをしていたらしく、涙目でユーリを見てシャンと背筋を伸ばし、おはようございます!と大きな声で挨拶をして頭を下げる。


「おはようございます。お疲れ様です。」


ユーリが労りの言葉を言うと門番達は感動したり嬉しそうに頭をかきながらぺこぺことする者もいる。

門を潜ると見えてくる真っ白な教会。

高い階段を上り切り、またもや門番に出会う。

同じように挨拶をして門を開けてもらうと中は真っ赤な絨毯が敷き詰められている。

足を踏み入れると絨毯に足が沈む。

こんなに豪勢にする必要性を実はあまり感じていないが、この誇り高き神国には相応しいのだろうとも思っていた。

眩しいシャンデリアは全て宝石でできている。

螺旋階段を登ると長い廊下に出る。その突き当たりが今日の会議場所だ。その前に副団長と団長を起こしにいかなければ…

廊下のすぐ右側の通路に入り、また階段を登っていく。最上階に着くとそこは団長副団長の部屋がある。

まずは副団長。コンコンと大きな木の扉をノックする。


「入りなさい」


返事があり、扉を開ける。

中はステンドグラスが朝日を通し、鮮やかなに薄暗い部屋を照らしている。

その光の中、着替え途中のアレスがいる。


「お着替え中でしたか、失礼致しました。」


「いや、入れと言ったは私だからね。それにしてもこんな早朝から会議なんてやる意味あるのか…」


アレスはふぁっと欠伸をしてダルそうにしている。

よく見ると机の上に書類が大量に積み重なっている。

遅くまで業務をしていたことが伺える。


「私も正直会議にあまり意味を感じていません…やるにしても頻度を減らしてもいいかと。」


「そう思うよね。」


週に一回の会議に出席できるのは団長、副団長、そして補佐の3人だ。

だがほとんどの団は団長副団長だけの出席だがユーリが基本的に会議の内容をまとめる書記係として参加している。

戦場に出ている団もあるが総勢で30人弱出席する。


「あ、そうだ今日は珍しく魔導士団が来るらしいよ」


「あの人達が?」


「そう、会った事ないよね?」


「はい、お初にお目にかかります。」


魔導士団とは赤色騎士団の一つで魔法に特化した団で、黄色守護精にも所属しているという特殊な団だ。

その団長がとても変わり者でアレス曰くとにかく高圧的傲慢的で性格がひん曲がった奴らしい。

しかし魔法力は段違いで青色不死鳥団の化け物級と言われている巫女と同等、もしくはそれ以上で、それも年々強くなっているらしい。

使える魔法の手数も多く古代魔法まで使えると噂。

ちなみに古代魔法というのはアラビアーテ産の魔法であり、原初の魔法といわれている。

現在使い手は少ない。

今主流で世界でも一番使われている魔法は神国産の神国魔法。アラビアーテの魔法は神国では禁忌魔法とされており、強大で凶悪と呼ばれている。

というのも、一度の詠唱で大量の魔力を使い、破壊に特化した魔法が多いのだ。

そして何より魔力が尽きれば魂を削って使うこともできる。

例の魔導士団の団長が古代魔法を使って先日東方であった小国の反乱を1人で全滅させたという噂が立っている。

それに比べて神国魔法は一般人も使い易く魔法の種類も豊富であり、魔法層と呼ばれる魔法のレベルのランクが分かれている。

初階層魔法〜7階層魔法まであり、一般人で良くて3階層、冒険者であれば4階層、魔導士と呼ばれるのは5階層以上で実質7階層魔法はレジェンド級で世界でも数人しか使えず、この国でも魔導士団の団長と青色不死鳥団の巫女しか使えない。

こうしてみると魔導士団団長1人でも強大な魔導士である事は明白であり、今日の神国で重大な戦力である。

しかし、名前すら殆どの人は知らないのだ。

アレスが服を着替え終わり、皮のブーツを紐でギュッと締め上げてベッドから立ち上がる。

そして机の上の資料を見繕い纏め、ユーリが立つドアに近づく。


「待たせたね。ボスを迎えに…ん?ユーリ、なんだか良い匂いがするね。」


アレスがスンスンとユーリに近付いて匂いを嗅ぐ。

それがなんだかこそばゆくて恥ずかしいユーリ


「あ、はい…頂き物のシャンプーを使ったんです」



「なるほどねえ〜女の子かな?ユーリもお年頃だからね。」


アレスがニヤニヤと笑ってユーリを揶揄うとユーリは真っ赤になって言う 


「お…っ!おれ…私は聖職者ですから!」


「あはは、そんな事気にしてるのユーリと巫女様くらいだよ。私だって結婚してるんだし」


アレスは話しながらユーリにドアを開けてあげるとユーリはペコリと頭を下げて通る。


「それはそうですが…」


廊下に出て少し奥に進むとすぐに団長の部屋だ。

よくよく耳を傾けてみるとグォーグォーと中から聞こえてくる。

アレスが少し強めにドアをノックするがイビキはおさまらない。

はぁ、とため息をついて鍵穴に手をかざす。

すると少しチカッと光り、鍵が開く。

ドアを躊躇なく開けると、ベッドから落ちた大男がゴッツゴツの腹筋を出していびきをかいている。

ツカツカとアレスが近寄り拳を振り上げてそのまま思いっきり顔を殴る。

見慣れた光景とはいえいつもヒヤヒヤするユーリを他所に大欠伸をしてのそっと起きる。殴られたにも関わらずアザや血ひとつ垂れていない。


「おぉ〜おはようアレス、ユーリ!いやはやまた寝坊してしまったかな?」


「ウイース、君はまた遅くまで鍛錬をしていたな?会議の日は早く寝るよう言っているじゃないか」


アレスが呆れた顔をしてため息をつくとケラケラと笑うウイースこと団長。


「俺が遅くまで鍛錬していたのをなぜ知っているのかね!はっはっはっ!アレスも遅くまで事務仕事ご苦労!」


なんとも言えず苦い顔をするアレス。

ウイースは立ち上がり洗面器へと向かう。


「今何時だ?」


顔をバシャバシャと洗い、タオルで顔を拭きながら聞くウイースに懐中時計をパカリと開けて時間を確認するユーリの前にアレスが答える。


「もう8時25分。会議は8時45分から!さっさと着替えて!」


「おぉ〜そうかそうか。2人とも先に行っていて良いぞ。歯を磨いて着替えたら直ぐに行く。」


そう言われるがまま2人は部屋の外に出て会議室のある階へ向かっていった。


会議室の扉は開けられていて、中には既に何組もの団が座って待っている。

団は小さいものからユーリの所属している神剣士団のように大きな団も勢揃いだ。

自分たちの席へ向かう途中、花瓶に向かって何かをしている小柄な者がいる。

白を基調にし、青い薔薇の刺繍が施されているローブの下から背伸びをしている足が少し見えている。

その者を他の団の者が不安げに見守っている。


「巫女様、おはようございます。」


「おはようございます」


アレスとユーリが立ち止まり、一礼すると、その者も手を止め、枯葉が付いた服をパッパッと払い恥ずかしそうにしながらシスターのベールから落ちた茶色い長い髪を耳に掛けている。


「あら、神剣士団のお二人、おはよう。今朝も良い天気ですね。」


この者はローリエ。青色不死鳥団の主にして団そのものと言える存在の巫女である。


「何をされていたのですか?」


アレスが大きな花瓶の方を見上げると、後ろから声がする。


「ローリエ様!大きめの椅子をお持ちしました!こちらにお乗りください!」


ローリエと同じような格好をした女性2人が重たそうな椅子を2人がかりで運んできている。

彼女達はローリエの元で働くルリとアイリスだ。

それを見たユーリとアレスは何も言わずにその女性たちに手を貸す。


「私たちが持ちますよ、レディ。」


アレスはそう言いニコリと笑うとルリとアイリスは顔を赤らめて頭を下げる。

ユーリはアレスが持つ資料を受け取り、アレスは重厚感のある椅子をヒョイっといとも簡単に持ち上げる。

そしてローリエの元へ運ぶと、ローリエはお礼を言い、椅子に乗ろうとするが、椅子が高くて乗れない。ローリエは身長が小さく側から見たら子供と同じくらいの身長だ。


「ごめんなさいな、私には少し高くて…」


「これはこれは、気付かずすみません」


アレスがローリエに手をかけようとするとルリとアイリスが走って来る。


「アレス様!私どもが!」


大きな声で驚くアレスもすぐに理解した。

巫女様に男性が軽々しく触れてはいけない。増してや他の団の者の目の付く場所であれば尚更である。

背の高いルリがローリエを抱き抱えて椅子に乗せる。そしてローリエは花瓶に刺さったもはや手の施しようがないほど茶色に渇いた花々に手をかざす。


「レスレーク(中位蘇生魔法)」


ローリエが詠唱すると大きな四つの魔法陣がローリエ自身をも包む。

するとみるみるうちに花々は色を取り戻し、水々しくまた咲き誇る。

周りからは喝采のようなざわめきが起きる。

ローリエはその声に驚いて顔を真っ赤に染めた。


「ローリエ様流石です!」


ルリは自分のことのようにフフンと鼻高々である。

アイリスはローリエを受け止めて床に下ろす。


「ルリ、何故貴女がそんなに偉そうなのよ」


「えぇだって…」


「こらこらお二人、皆さんの前ですよ。皆さんお騒がせしました。アレス様、ユーリ様、ご協力感謝します。」


ローリエはニコリと笑い、一礼して自分の席へ戻っていく。

そんなこんなをしているうちに時刻は8時45分を回りそうだ。

ユーリ達は椅子に座ろうとするとウイースが入ってきて、2人を見つけるとニカッと笑い大きく手を振りながら駆け寄ってきた。


「いやー間に合って良かった!」


「ギリギリだよ。」


ちょうど時間になるとやはり殆どの席が空いている。しかし例の魔導士団は見当たらずユーリはキョロキョロと見渡す。

議長がコホン!と咳払いを一つし、声を出そうと息を吸うと、閉められていた扉がギィ…と音を立てて1人でに開く。

そこには影が二つと、後からもう二つが現れる。


「いやぁ遅れてしまったねぇ。すまない皆様」


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