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作為のミュートロギア  作者: 楳々うら
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瑞花

瑞花


どれ程の時をここに居たのだろう。


気付けば真っ白な世界に1人、重たい雲の下静かな雪が顔に落ちてくる。

しかしどうにも異様な感覚であった。

それは雪が冷たいものということを知っているから、今肌に触れている物が体温を奪っていかないことがあまりに不自然であったから。

しかし何故だろう、耳の側に小さな花、青々とした若葉。

少し体を動かすとそれらを感じ、少し顔を右に傾けてみると、自分の肩と黒い長い髪、そして雪原へ不自然に広がる緑、花々。

左も見るに、自分の身体からおおよそ10メートル範囲には春が来ている様だった。

さて、自分が何者なのか、何故ここにいるのか、いつからここに居たのか…全て音と共に雪に吸われてしまったかのよう、そしてそんな事どうでもいいではないかと言う様に香る花、頬を撫でる若草。

それでいて、なんの痛みもなくむしろ穏やかな気持ちで、頭は冴えている。

今の自分の状態が普通ではない事はハッキリ分かるしここから動いて何かしら行動しなければ、ということも分かっている…

でも、まるでここが自分の住みなれた、増してずっと暮らしていた自室のベッドの上の様に心地よく、動くのがとても面倒。


「…ま、いいか…っえ…!」


何となく白い息と共に出した声がやけに高く幼い事に驚く。

自分の今の姿はどうなっているのか…?少なくとも大人の姿ではないが、男なのか女なのかもよく分からない。

自分の気持ちとしてはどっちでもない、いやポジティブな意味でどっちでも良い。

それに幼い声に驚くということは中身は大人…?

考えれば考えるほど自分が頭の中で溶けて分からなくなる。

こうなったらもう考えることをやめるしかない、そう思いまたゆっくりと目を閉じる。


「あと5分…いや1時間くらい寝てから行くかぁ」

……

…………



「ここで間違いないのだな。」


「おう。」



所々緑が咲く、この山の麓に古屋がいくつかある。

人気は少なく山守が2、3人いる程度だ。

その中でも1番小さい倉庫のような小屋から2人の影が現れ、山頂の方を見上げて立ってある。

雪がチラついているのもお構いなしだ。


「おーい!お嬢ちゃん達!本当に行くのかい!この山は何年も雲に覆われて晴れる事はない、呪われた雪山だよ。悪い事は言わないから女の子2人でこんな山に登るのはおやめ。」


手前の古屋の窓から2人を見つけるなり、山守のお爺さんが手を振りながら大きな声で呼びかける。

その声に2人は振り返り、1人が手を振りかえし応える。


「おー!どうしても行かなきゃならないんだ!泊めてくれてありがと!必ず戻るからその時はまた泊めてくれよね!じゃなー!」


挿絵(By みてみん)


そう答え、そのまま振り返らずに山の中へ入っていく2人を見て山守はやれやれと首を振る。

先程この山守が言った通り、この山は数年前から分厚い雪雲に覆われ、山頂付近はここ数年は晴れた事がなく、深い雪に覆われている。

気温も摂氏0度を上回った事がない。

その為人は寄り付かず不気味な様相となっている。

幸い、古屋の辺りまでは緑も多く、人も登ってこれるが、その先は薄暗く木々もすっかり葉を付けなくなり、色もなくまるで命を寄せ付けないようにしているように思える。

立ち入った物の命を許さない、そんな風に思わせる正しく呪われた山であった。

その為山守はきっとあの2人は帰って来れないだろうと考えていた。

折角の美女2人の命が落ちてしまう事がとても残念でならず、はぁ、と肩を落としため息を吐いていると息子が街から帰って来たのか、奥の扉が開いた。


「親父ー!頼まれた酒買ってきた…ってどうしたんだよ?」


「おお、ありがとう。いやぁね、ワシの超タイプの美女2人の儚い命が散ってしまったんじゃ…」


「ふーんまた意味不明な事言ってんのかよ。ほれ、ここに置いておくけど、程々にしてくれな。」


ドサリと紙袋に入る大きな荷物を置いた。

その中に何やら一枚、紙が入っていた。


「うむ…ん?これは?」


それを手に取り読むと、指名手配書のようだった。

大まかな内容はこうだ。

『今回この書状を出したのは、二人の大罪人の情報を得るためである。』と始まり、その二人の名前と罪状が列挙されている。

罪名は窃盗、殺人、暴行に器物破損…他にも多数の犯罪を犯している大罪人達である。

山守は田舎の方に行けばよくあることではないかと思っていたが、その下に赤く書かれた言葉があった。

それに特に興味深い箇所がある。

『この者達は神の作りし国、神国ノヴァムンドゥ宗教国家が罪なき民に卑しい呪いを振りまいていると嘘の吹聴をし、呪いを解くと言って金銭を騙し取る』

こんな詐欺話、誰が信じるのかと山守は思ったがもし自分が言われたら意外と引っかかりそうだなと思い、用心しようと心に決めた。

男達は屈強で力強く残忍、一人は強力で凶悪な魔法使いであるとのこと。


「物騒じゃのぉ〜」


「本当な…ようやくこの辺りも神国のお陰で落ち着いて治安も良くなったってーのにその大国を転覆させようとか馬鹿としか言いようがないよな」


「そもそも2人で何ができるというんじゃ…」


「それがよ…噂ではこの2人めちゃくちゃな強さで神国の神剣士団に匹敵するとか…1人は教会ぶっ飛ばしちまったらしい」


「なんと…ワシちびっちゃいそうじゃ」


「おいおい、勘弁してくれよ親父…」


「ふむ…あの女の子たちも、無事に帰ってこれたとしてもこれでは心配が尽きないの。」


暫くして太陽が空の1番高いところを過ぎた頃、山守の言う2人は険しい坂を僅かに出っ張る岩肌を伝って登っていた。

山頂まではまだあり雪も多いが所々は解けて足の踏み場がある。

ひょいひょいと何ともなさそうに軽々と登る一方で、もう1人はすでに過呼吸になりそうな程に息が切れ、寒さで唇も青紫になっている。


「センカ!大丈夫か?まだたった時間しか経っていないぞ。」


「シンスお前が…はぁ…はぁ…おかしいんであって…はぁ…はぁ…」


センカは呼吸が乱れすぎて言葉になっていない。

そして寒いのかガタガタと震え指先はアカギレして血が滲んでいる。


「…仕方がない。」


シンスがそう言うとヒョイっと少し高い岩に登って遠くを見渡す。


「あと少し先に休めそうな洞窟がある。そこで休むとしよう。」


聞こえているのかいないのか、岩肌に張り付いて動かないセンカ野本へ、シンスは今日に雪を滑りながら寄る。


「大丈夫か?抱えてやろう。」


「エッ」


そういうとセンカの首元の服を引っ張るとまるで空の箱を持ち上げるが如く軽々しく片手で持ち上げ、山羊の様にタッタッと僅かな出っ張りに脚をかけて登って行った。


洞窟に入るとそこは意外にも奥行きがあり、少し奥まで行ってしまうと光が全く入らず、真っ暗闇が広がっている。

熊やコウモリがいないかシンスが大きめの石を思い切り投げて確かめる。

相当奥に届いたのか、岩が砕ける音が遠くで響き渡っている。

動物の声や息、羽ばたきひとつ聞こえない。既にここは命は一つも存在していないようだ。


「入って大丈夫だ。」


シンスがスッと入り口を避けると、センカはガタガタ震えながら待ってましたとばかりに走って中にはいる。

もはや寒さで足の感覚もなくヨロヨロとしていた。


「はぁ、はぁ…すぅぅ……っはーーー!つっかれた〜俺もう歩けねぇよ。」


岩の上に上半身をペタリと付け、座り込むセンカを横目にテキパキと拳大の石を集め、円を作っていくシンス。

中に途中で拾っておいた枯れた木を置く。


「センカ、用意ができた。」


「おお…」


重力を強く感じる体をゆっくりと動かし、腰にかかった袋を弄ると、ルビーの様な色をした手のひらサイズの石を取り出した。

それを円の真ん中の木の上に置き、手をかざす。

すると徐々に光だし、少し熱いくらいの熱が2人の皮膚に触れてくる。


「うぁ〜生き返るわぁ…んー?やっぱり木が湿ってんのか?火がつかねぇな」


「しかし、毎度思うがこの魔石というのは便利だな」


シンスの黄金の瞳に赤い光が揺れる。

魔石とは魔力を込める事でその石の属性を発揮する事ができる。

大抵は魔素が多い地域で自然発生した物が市場に出回り、この程度の物であれば安価で買えるがこの世界には『純魔石』というまさしく魔力そのものと言える魔石が存在し、火属性であれば溶かせない、燃やせない物はないと言われているが、そのの製法は判明しておらず、唯一存在している数個は神国即ちノヴァムンドゥ宗教国家が所有している。

この神国とはこの世界で最も大きく力のある国の一つで、同等の力を持つ国はもう一つアラビアーテという国がある。その国は常に力が拮抗し、互いを牽制しあっていた。


シンスの言葉に対し、魔石の熱に手をかざしながらただ黙るセンカ。

理由はシンスにはほんの少しも魔力がないからだ。

この世界では魔力が全てであり、魔力がなければ生きていくのも難しい。

特に神国は魔力は神から与えられた物であり、それを持たない、若しくは弱い者は卑しい存在と考えているのだ。


「シンス魔石出すたびにそれ言ってるぜ。認知症じゃねぇの?」


「いや…何度も言うが私は85年生きているが元々の寿命が他の人間より遥かに長い。その為成長も遅く若い時期が長い。決して年寄りでは無い。」


「わーかってるっつーの!それも何回も聞いたぜ」


挿絵(By みてみん)


わざとらしく耳をほじくるセンカ。

しかしそう言って茶化すのはシンスの為であった。


漸く無くなった手の感覚が戻ってきた。

ジンジンと指先に血が通うのがよく分かる。

それでも服の中の汗で冷えた身体はよりセンカの体温を奪い、体を縮めて肩を摩る。

そんなセンカを気にもせずシンスはその辺にある岩をあぐらをかいた足の前に何個か重ねる。

そして小指をピンと伸ばして振り下ろす。

ピタッと指が岩に付くと、そこからヒビが入り綺麗に真っ二つに割れた。


「ふむ…やはり小指だと一個が限界だ。」


悩ましそうに眉間に皺を寄せ、顎を摩る。


「いや普通の人は小指の方が折れるわ」


シンスはセンカのことを無視して続けた。


「魔力を失った代わりに人並み以上のパワーやスピードを得た私たちの祖先…しかし本来なら、魔力には『人の力』など到底及ばんのだ。」


シンスの民族は魔力を対価として龍より人間離れした身体能力を得たと言われている。センカは体の動きをぴたりと止め、シンスの方をじっと見つめる。


「…体の方はどうだ?」


「概ね良好。しかし恐らく持って10…いや5年程度だと思う。」


「それはちっと、時間が怪しいな…。『アレ』にはどんだけ近付いたかな…」


センカはぽりぽりと頭をかいて、不自然に大きなサングラスを外す。

すると、


「…うっ!!!」


突如とてつもない吐き気に襲われる。

目の前がグルグルと回り、平衡感覚が掴めずに床に倒れ込む。

センカの目に映るのは大量の魔力。

サングラスをしている事で少し見え辛くしていたが、不意に外してしまった為突然大量の魔力情報が飛び込んできて、脳も目もグルグルと回る。


「センカ!どうした!!」


センカの側に寄り、サングラスをかけ直し、身体に触れる。


「シン…近い…く…る」


「なに?一体……!」


その時シンス中の本能が大音量で警告を鳴らし始める。

物凄い何か、人か、獣か…しかし、この感じは恐らく、2人がこの山へ来た目的そのものであることは分かる。

洞窟の入り口辺りにその影が真っ白な世界にゆらりと映った。

その瞬間、魔石の光が急激に強まり、辺りをかつて無いほど赤く染め、センカとシンスの肌が焼けてしまうほど熱を放出したと思ったら、バギンッと大きな音を立てて破れてしまった。

殆ど一瞬の出来事であったが、サングラスをかけ直し少し目が慣れてきたセンカがその光景、魔石を見ていた。

魔石が大量の魔力を吸って、その量に耐えられなくなり割れてしまったのだ。


「は…最悪…」


そこそこ高い値段をしたこの魔石の純度は高く、魔力過多で割れることなどまずないはず。

いや、そんな事はあり得ないのだ。魔石が割れてしまう程の魔力を持つ者など、存在しない。

しかしまだ目が回って頭がボーッとしていたセンカはそんなあり得ない現象に驚くより、高かったのにな…と悲しさが先行していた。

そんなセンカを守る様に座るシンスは何時間も走っても汗ひとつかかないのに、この時ばかりは冷や汗が背中をつたるのを感じていた。


ヒタリヒタリとその影は近づいて来る。

一歩、その一歩がシンスの心臓を掴む力を強めている様なそんな恐怖を纏っていた。

逆光から抜けたその姿に、シンスはおろか意識が朦朧としていたセンカの目が覚めるほど、呆気なかった。

どこからどう見ても10歳にも満たない少女なのか少年なのかは定かでは無いが、そんなあどけない姿だったのだ。

首にグルグルと黒く長い髪巻きつけ、余ってしまった先の髪を引きずっているので、すぐには顔が見えない。


「あ、あの…」


声をかけたのは相手からだった。

その言葉の続きをシンスとセンカは息を呑んでじっと待つ。このとんでもない化け物は一体何を求めてここまでやってきたのかと。しかしその先の言葉は思いがけないものであった。


「あの…ここどこですか?迷子っぽくて、申し訳ないんですけど助けてくれませんか…?」


挿絵(By みてみん)


「「…は?」」


「え!?言葉が違う!?」


その化け物は焦って口を手で抑える。

シンスとセンカは顔を合わせ、何がどうなっているのかを理解する前にシンスが口を開いた。


「いや、あっているのだが…君は人間か?」


それに対し、化け物は何も答えず2人をジッと見つめる。

その沈黙が、何を伝えようとしているのか、2人はただ固唾を飲んだ。


時は変わり、シンスとセンカがちょうど山に入った頃だった。

呪われた山の頂上、不自然な春が訪れた中心に横たわる人影。

うぅん…暫く目をつぶっていたは良いが、眠れない。流石にこのままでは埒もあかないし、そろそろ動くとするか…

その小さな体をよっと体を起こす。

とても軽く、起きてすぐの怠さを感じない。今にも駆け出したくなるほどだ。

体を見てみるととても小さい。自分の視点から見ても小柄だ。

身体には真っ白な絹の様な滑らかな手触りの布でできたやけに大きなシャツ。下は何やら服が落ちているがサイズが大き過ぎるのでとりあえずワンピースの様だが、仕方ないこのままでいる他ない。

シャツの下から覗く細い脚は少し日に焼けた様な健康的な色をしている。

そして何より真っ黒で長い髪が身長をゆうに越している。後ろを見ると完全に髪を引きずっている状態だ。

邪魔になりそうなのでとりあえず首に何周か巻き付け、マフラーの様にする。

それでもまだ髪の長さはあまり、引きずってしまうがこれ以上はこの細い首と肩には収まらない。


「まぁこんなところか?」


とりあえず準備は終わり、立ち上がると、辺りは真っ白な雪に覆われている。

周りに目立った木々はなく、恐らく平野…に思える。

自分が横たわっていたところは不自然に盛り上がっていたようで、腰をかけて下を見てみる。降りれない高さでは無いか?恐る恐るその場所からピョンと降りると足が着地した場所から緑が生える。

そこそこの高さだったが足に痛みは感じない。骨に響く感覚もなく身の軽さに感動を覚えた。

そして振り返ると自分がいた場所は何と、高密度の緑と花のベッドだった。

身体の周りに草が生えていたのを見てもしかしたらと思ってはいたが、草を生やしてたのはやはり自分だった様だ。

いちいち草を生やしていてはここの生態系にも影響を及ぼしてしまうのでは…とも思うがやめ方が分からない。

誰かに止め方を教わるしかない。

意を決してとりあえず地平線の方へ歩き出した。

暫く緩やかな坂を降ると、遠くに景色が見えてきて分かったのは、自分がいたのは山であること。

それにしても、ここの山は意外と高いのか、遠くの方までよく見える…と言うかなんかよく見えてしまう。目の調子もおかしい。

視力で言うと100くらいある気がする。いやもっとあるかもしれない。

見ようと思えば向かいの山の木の葉に着いた虫が見える。

遠くの民家がある街は殆ど大きな壁で囲まれている。皆表情が明るくここは平和な国であることが分かった。勿論、乞食や飢えるものもいるようだが、こんな田舎の街なのに殆どが自分で働き、自分の力で生活をしている。とても豊かな生活だ。

他にも見えないかと別の景色の良い場所を探し歩いていて気付いたが、この山は雪が深く、寒さで凍っては雪が降り積りと硬く分厚い層ができているようだ。

その下から植物が生えているのはどういう原理なのか気になって少し掘ってみると土から生えているのではなく、雪に根を張っているようだ。

雪を舐めてみると何かのエネルギーを感じる。

この辺の空気に混ざって香るなんとも懐かしくて美味しい香り…きっと知っているが全く思い出せない。

暫くブラブラと散策していると、随分と降ってきたようだ。山梁を眺めていると何やら光る場所がある。

人がいるかもしれないと思い、早速急坂を下ることにした。

所々出る岩を伝って降りる。目に見えたものの意外と遠かったようでなかなか着かない。

懸命に降っていき、光が大きく見えてきて、光っていた洞窟あたりは少し傾斜が緩やかになっていた。

しかし、この先にいるのは本当に人なのか…もし危険な人間や獣だったら…いやでもこのままではどちらにしろ不安だ。

勇気を出して入ることを決心。

洞窟の中を端からチラリと覗いてみる。

すると、中には横たわる人を庇うかの様にこちらを警戒している人影があった。

しかも驚くことにそこにいた人間はとても美しい女性達ではないか!

1人を庇う様に膝を立てて座る者は長い銀髪をポニーテールにして、白い素肌に黄金の瞳。

横たわる赤毛の子は…なんだかサングラスをしているためよくわからないが多分可愛い。

美人な女性に緊張してしまい、ほんの小さな声ですみませんと言い、近づいて行く。

何も言わずジッとこちらを見ているのでこちらから話しかける事にした。


「あの……俺迷子で…その…」


緊張でなかなか言葉が出てこない。


「此処もどこだかわからなく、って、困ってる…です!」


「「は…?」」


2人が口を揃えて言うと、それに対してビクッとする。何か失礼があったのか!?いやそれとも言葉が通じてないのかも?


「えっ!?言葉が違う!?」


どうしようどうしようと慌ててジェスチャーを試みようと腕をバタバタ動かしていると、銀髪の人が言った。


「いや、言葉は通じている…ただ君は…人間なのか?」


「…」


それにはすぐ答えられなかった。

歩くと草が生えてきちゃう様な者、多分人間ではない気がする…。

二人に人間では無いと言えば逃げられてしまうだろうか?しかし嘘をつき続けるわけにもいかないし、それに嘘をつく事に罪悪感を感じてしまう。

なのでここは!本当に素直に答える!


「すみません!分からないです!」


申し訳なくなり、大きく腰から思い切り頭を下げる。

その勢いで生じた風に円を作っていた岩がゴロゴロと動き、2人は飛ばされそうになるのを必死で耐える。赤毛の子は吹っ飛びそうだったが銀髪の子が服を掴んで押さえる。

何が起きたのか今のは自分のせいなのかわからない。今のは俺が?後ろから風が吹いてきたんだな…そう思い本人の中では解決した。

一瞬の風が収まり、唖然とする銀髪に比べ、吹っ飛びかけたくせに落ち着いている赤毛の子がゆっくりお身体を起こした。


「なぁ、お前記憶がないのか?」


話しかけられて驚き、すぐに返事できず吃る。


「え、そふ…です…」


「つまり迷子で記憶喪失で困ってると」


膝を立ててあぐらをかき、サングラス越しから目を離さない。

それにドキドキしながらも、


「はい!」


いい返事ができた。


「ふーんちょうど良かった、俺たちお前に会いにきたんだよ。」


「へ?」




ニコリと広角を上げ、少しずらしたサングラスから小豆のような変わった色の瞳が見える。

その目は笑っていなかった。

それ以前に、センカは震えていたのだ。


「俺のこと知ってるってこと?」


「いや、俺たちはお前の魔力が必要で来たんだ。そこでよう、俺たちに協力してくれるならお前を世話してやるよ。つまり、仲間になってくれっつー話だ。」


願っても無い話に驚きつつも喜びを隠せないが、魔力というワードが少し気がかりである。


「えっ!本当に!でも俺魔法とか使えないけど…」


「とりあえず座ると良い。私たちのことを少し話させてくれ。」


銀髪の人が臨戦態勢を解いて、赤毛の隣にドサリと座り、その正面を手で示した。

一度だけ頷きその場所へ座る。

最初に口を開いたのは銀髪の人だった


「早速だが、先ほどこちらの提示した案は飲んでいただけるか」


「本当にいいの!?」


「いい!じゃあ決まりな!!」


間髪入れずにサングラスの人がそう言いパンと手を叩いた。


「ほんじゃとりあえず軽く自己紹介な。俺はセンカ。そっちはシンス。簡単に言えばお前の魔力でコイツの呪いを解きたい。」


「えっ!いやだから俺魔法使えない…」


「いや良いんだ。お前の魔力はあくまでエネルギーとして使うだけだからな。あと本当に俺たちについて来るで良いんだな?後で無しはないからな?」


「わ、分かったよ…センカ、シンス、よろしく。」


2人に握手の両手を差し出す。


「私のことに巻き込んでしまって悪いな、よろしく頼む。」


シンスは右手に


「ま、ちょっと長い付き合いになるかもしれねーから、よろしく頼むぜ」


センカは左手を取り、握手を交わした。


「あれ…センカの手めっちゃ冷たいね。それに震えてるし大丈夫?」


「あーー!!そうだ!大丈夫じゃねーよ!お前が魔力ダダ漏れのせいで俺の魔石が壊れちまったんだよ!」


実のところこの小さな体から発せられる異常な魔力に当てられて震えが止まらないだけなのだが、それを誤魔化すためにセンカはペシッと手を振り払う。


「えぇ!魔石が!?それは悪かったね…弁償するよ。」


すると口の中をモゴモゴとさせていると、大きな飴玉をコロリと転がすように頬が膨らみ、歯に当たったのかコロコロと鳴る。

それを口からポトっと真っ赤な宝石の様なものを出し、袖で拭いてセンカに渡す。


「はい。」


挿絵(By みてみん)


「…は?」


センカもシンスもそれが何か分からないし見たこともないのに何故かとんでも無いことをコイツがした事は分かる。

それでいて理解が追いつかない。


「あごめん汚いか!」


「いやそうじゃねぇよ!…みせろ!」


センカがサングラスをずらし、手から奪い取ってクルクルと回しながらそれをみる。

それはまるで、賢者の石とも言えるほどに鮮やかでいて少し不気味な程に輝いている。

その石が持つエネルギー量は未だかつて無いほどでセンカの持つ全魔力の2倍、いや3倍以上はただそこにあるだけで感じる。


「すげぇ…これ多分、純魔石だ…まさかお前盗んできたのか!?」


センカに大きく肩を揺らされカクカクと首が動く。

しかし何のことか分からない。

というのも魔石のことも知らないし全くの無意識な言葉と行動であった。

自分が自分でないような感覚。

正直本人も怖い。


「まって、俺今なんかしたしなんか言ったけど全く身に覚えがないっていうか…」


「はぁ!?何じゃそりゃお前誤魔化してんじゃねぇの?」


センカは声を荒げて強く肩を握る。


「いや本当!本当!」


自分でも自分の今の行動がよく分からなすぎて、もう本当恐ろしい。

そんな自分をシンスがジッと観察して口を開く


「嘘を言っている様には見えない。君の記憶が無意識にさせたのかもしれないな。」


きっとそう!と言ってみたものの、センカはまだ少し疑ってるようだった。 


「まぁ良いか…どうであれお前が必要なのは変わりないしな。あーで、なぁ、この魔石俺にくれるんだよな?」


センカは既にその魔石を手にギュッと握りしまおうとしている。


「え、うん、俺が壊しちゃった代わりにそれで良ければ」


「よっしゃー!んでよ、お前その魔石の純度調整できるか?多分だけどお前が作った魔石はお前の意味不明な魔力を集中させて作ったんだと思うんだよな。だから普通の石とかにその属性毎の魔力を入れれば割と作れるんじゃないかと思うんだ。」


そう言いながら何個か石を見繕う。

ちょうど良さそうな大きさの石を手渡す。


「これに魔力を?どうやって?」


「さっきやったときに身体にの奥から流れてきたものを感じなかったか?それを手から汗みたいにじんわ〜りと出すイメージだ。30%くらいでやってみてくれ。出来るか?」


センカの、かつてないほどの心の底から期待が溢れた笑顔が嬉しい。


「やってみてる!」


言われた通り、まず先ほど感じた体の中にある物を見つける…うん、何となくわかるような気がする。モヤモヤ〜とした、いや見えているわけではないが形のある煙のようなものが湧いてくる。

それを手から流す…

すると石が触れている所から赤みがかかり、石の表面が赤い結晶となっていく。

全体にそれが覆われて中まで石そのものの性質が変わっていく


「待った!離せ!」


突然大きな声で叫ぶセンカ。

ビクッ身体が反応し、そのまま石を落とした。

落ちた石を手に取りまたサングラスをずらして見る


「うーんまぁ…85%くらいか…ちょっと怪しいな」


「ダメだった?」


「いや!上出来だ!ただなぁこれじゃちょっと良質すぎんな。」


石をくるくると回して色んな面から見る。

そんなセンカを見て何かを察したシンスはため息をつく

しかし自分のことでため息を吐かれたのかと思い、下を向いてごめんなさい…と呟くとシンスがそれに気付き


「いや、すまない今のは君ではなく、センカに対してだ。それにその力は素晴らしい。しかし、センカは何やら邪な事を考えているな?」


魔石を見ながら少しニヤニヤと笑うセンカはシンスにそう言われ、顔をしかめる。


「いや馬鹿かよこれ商売にしないやついねーだろ!なぁお前もっと魔石作ってくれよ!」


「センカ!出会ったばかりでこの様に利用するのは失礼だ。」


「はぁ?つってももう俺たち金ないんだぜ?この装備とか買い換えちゃったし…ほんっとーに頭がかてーのな!」


センカはうんざりとした顔で少しレースやフリルなどがあしらわれている服を指で邪魔そうに、わざとらしくピラッとめくる。


「…」


シンスも少し複雑そうであるが引かない。

そんな2人の険悪な空気に耐えられなくなり、ついつい口を挟む


「あーいやいいよ!俺多分こういう事でしか役に立てないからさ!作ろう!じゃんじゃん作ろー!!」


そういうとセンカはパッと表情が変わりとてつもなく嬉しそうな顔で手を握り顔を近づけてくる。


「お前ならやってくれると思ったぜ!さすが仲間だな…♡」


「え?あはは…」


サングラス越しに切長の綺麗な目と合う。

なんだか早速利用されてる感が否めないが、まぁ今は仕方ないと割り切る。

それを見たシンスはやれやれと横に首を振る。


「…センカ、また私を利用したな。」


「え?」


「ワザと空気を悪くして君からやるって言わせたんだ。」


「そうなの!?」


「何のことだ?俺は等身大のままでいるだけなのに…?♡」


潤う瞳をサングラスをずらして見せつけてくるセンカ。

それになんとも綺麗な瞳にときめいてそれどころではなくなる。

顔がいいと言うのはもはや罪だ。


「う…っ」


「え?」


センカの顔がみるみるうちに元から白い肌が青くなっていく。

そして握っていた手は力を無くしそのままばたりと倒れた。


「うぇ…お前見てると気持ち悪りぃ…」


「え…!?」


今の今まで仲間だなんだと甘い言葉を言っていたのに唐突な悪口に騙された気持ちになり、ひどくショックを受ける。頭の中を殴られているような表情を隠せない。


「許してくれ、センカは魔力を見ることができる。恐らく君の魔力に当てられたのだろう。」


「そういうことか!良かった俺自分の姿を見てないからすんげぇブサイクなのかと…!!」


何かを確かめるかのように自分の顔を触る。

それを見てシンスはクスッと笑う。その表情も実に可憐で、コロコロと表情が変わるセンカに対して全く変わらなかったシンスの口角が少し上がるだけでなんとも心が熱くなるようだ。

よいしょと立ち上がると隣に座り、顔に優しく触れてくる。

その手は温もりがあるが、少し硬い。マメができているようだ。

このまま唇を奪われるのではと思うほどに近づいてくる。

俺このまま童貞を〜!?!?

と思ったら目に掛かった長い前髪をバッと上げられ、顔があらわになる。

驚き目を見開いていると悪戯っぽく笑うシンスの顔があった。


「やはり、君はとても綺麗な顔立ちをしている。まるで作り物のようだ。」


「ふぇ…?」


挿絵(By みてみん)


サラリと髪を耳にかけられ、ポンと頭を撫でられた。


「こんなに小さいのに、記憶がないなんてな…」


シンスは切なそうに目を細める。

そんな優しいシンスの言葉より、綺麗な顔に見惚れてドキドキしてしまっている自分が情けない。


「おーい」


センカが呼びかけてくる。

ハッとしセンカの方を見ると楽に横たわっていた。


「そいつに惚れんなよ。お前、女か男か分かんねーけどこいつは人間タラシだからな。後で傷つくだけだぞ。」


そう言われ見透かされているかのようで恥ずかしさで顔が熱くなり、誤魔化そうとシンスの手を優しく退ける。


「あ、いやーちょっとね!うんちょっとビックリしただけだよねー!?なんか此処熱いし!?」


「さみーよ。」


わざとらしくパタパタと手を扇いでいると冷静にセンカが突っ込む。

そしてゆっくりと身体を起こし、あぐらをかく。

まだフラつくのか膝に肘をついて頭を支える。


「ちょっとこのままじゃキツイから漏れる魔力の蓋をする方法を教えてやる。魔法の初歩だからすぐ出来るはずだぜ。」


「あ、ありがとう…」


「シンスちょっとそこ代われ。」


そう言われシンスがスッと立ち上がり、席を譲る。

センカが入れ替わりで隣に座った。


「あまり子供を虐めたりするなよ…?」


心配そうにするシンスが後ろから声をかけるがそれに舌打ちをする


「お前に言われたくねーわ」


シッシとシンスを追い払う。2人のやり取りにちょっと笑いが込み上げてくる。

仲が良くて羨ましいなぁと素直に思ったのだ。

クスクス笑っていると目の前に座ったセンカが唐突に鼻をぎゅっと摘む。


「んぬぁ!?」


「息止めろ」


言われるがまま、息を大きく吸って止める。


「よりさっきより魔力を感じるだろ?」


言われてみれば血液とともに身体に充満している物を感じる。

発汗するようにそれが体から漏れているのも、皮膚で感じ取れる。


「それをこのまま息と一緒に肺に吸い込め」


クッと口の中にあった空気を吸い込む。鼻がつままれているので少し鼓膜も内側にへこんで耳がおかしく感じる。

その様をサングラスをずらしてジッと見つめてくる。

なんだか恥ずかしくなり目を斜め上に逸らす。


「集中しろ、また魔力が緩んで来てるぞ」


そう言われハッとなり身体の中の魔力に集中してみる。肺というか、身体の中心に徐々に集まってきている何かを感じ取れる。

それは熱もなく、しかしとてつも無いエネルギーである事はハッキリと分かる。

それが一つになり、中心でパチっと固まる


「よし!上出来だ!呼吸して良いぞ!」


「ぷはー!もう大丈夫?」


「おう!よく頑張ったな!一回で出来るなんてすげぇじゃねえか!」


頭をワシワシと撫でられ、少し照れる。

シンスはおおーと拍手をしている。


「えへへ…何となく体がおぼえてたのかもしれない。」


「よし!じゃ今度は魔法を作り出す感覚を思い出させてやる!外来い!」


センカは新しい遊びに誘う子供のような笑顔で手を引っ張り外へ出る。


「魔法っても細かいのは追々教えるとして、としてとりあえずさっき感じたもんを手から絞り出してみろ!」


「はい!」


左右の手の間に造るイメージでグッと力を入れる。


「ちげぇ!力むんじゃねぇ、魔力を感じろ!それをお前の血管に沿って出すんだ!慎重に、丁寧にだ!」


「はいいい!!!」


さっき固めた魔力を少し解いて、身体の血管に沿って出すようなイメージ…慎重に、慎重に…丁寧に丁寧に…

徐々に魔力が集まってくる


「お!その調子だ!もっと濃く出せ!小さくな!そう!そ…うお!?」


すると両手の間に拳より一回り小さい程の真っ黒な球ができた。

黒すぎて怖い。そこだけ空間に穴が空いたように光すら吸収しているようだ。


「センカ!できたよー!これどうしたら良い?」


「ヤッベェ何それ怖…」


「え?!!?」


センカの反応に動揺し、その動揺が魔力の球にも波紋し、揺れる。


「うわわとりあえず空高く投げろ!爆発する!!!!!」


「御意〜〜〜えあぁあぁいい!!!!」


変な声を出しながらもう兎に角思いっきり投げ飛ばす。

必死だったので目を瞑っていてその様子は見えなかったが、洞窟の入り口で座って見ていたシンスの動体視力ですら捉え切れないほどのスピードで空にその穴は登っていく。

三人はビクビクとしながら空を見上げる。

上空80メートル程度のところ、雲にスッポリ入ったと思ったその瞬間、重たく真っ黒な雪雲が大きな渦を巻いてその穴に吸い込まれていく。

まるで水が排水溝に流れるようにそれはあまりに自然であった。

唖然とする三人の阿呆面を馬鹿にするかのように青空に浮かぶ太陽が三人を煌々と照らした。

こうして出会い、始まる人間っぽい何かと2人の人間のちょっぴり辛く?切ない?生きるという事の物語。

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