野球の神様
日本の国には、昔からたくさんの神様たちがいらっしゃいます。山の神様、お酒の神様、さらには学問の神様や笑いの神様などなど。これは、そんな神様たちの一人、球子と名乗る「野球の神様」の物語です。
「……本当に神様なの?」
小さなお社でお祈りしていた野球少年の目の前に突然と現れたのは、見た目十歳前後の、おかっぱ頭の女の子でした。彼女は自らを「野球の神様」と称して、少年のお願い事を一つ叶えてくれるとおっしゃったのです。
「そうっすよ。さぁどんな願いでもばっちこいっす。野球に関係ないことでも、すべて野球の力で叶えてみせるっすよ」
とっても怪しげでしたが、少年は試しに願い事を言ってみました。
「えーと、じゃあ、いつも学校で僕をいじめる奴らを見返してやりたいんだけど」
球子は「隠しバットー」と叫び、右手を掲げました。すると、なにもない空間から、金属バットが現れたのです。球子は驚く少年に、そのバットを手渡しました。
「そんなあなたは、これを使うといいっす」
「そっか。野球がうまくなって活躍すれば、奴らを見返せるよね」
「いいえ」球子は笑顔のまま表情を変えずに告げました。「殴るっす」
「…………」
「…………」
「えっと、さすがにそれは社会的にまずいんじゃないかなぁ」
「むっ。この程度の乱闘では満足できないっすか。さてはあなたプロっすね」
「いや、そうじゃなくって――」
「いえいえ、みなまで言わなくっても球ちゃんはお見通しっすよ。なんてたって野球の神様っすからね。そんなプロ志向のあなたにはこれっす!」
「隠しバットー」とともに、またバットが出現しました。ただし今度は木製です。
「プロは金属バット禁止っすからねー。球ちゃんうっかりしてたっすよ。しかし木製と侮るなかれ。金属バットと違って釘が装着できるのが魅力的っすよねー」
「よけい悪いっ」
「ちなみに、釘をバットに打ち込んだタイプではなく、釘のとんがり部分を表に出した逆転サヨナラバージョンがおすすめっす」
「……えっと、別の願い事でもいいかな」
「どんな願いもばっちこいっす」
「じゃあ、女の子にもてたいっ」
「隠しバットー」とともに(以下略)。
「なるほど。やっぱ野球で活躍すれば、女の子の注目の的ってことだね」
「いいえ」球子は笑顔のまま表情を変えずに告げました。「これをズボンの中に装着すれば、意中の姫君も大満足――」
「下ネタ禁止っ」
少年は意外に耳年増でした。
「じゃあ、あれ! 不老不死。これでいいや」
「どんな願いでもばっちこいっす」
「隠しバッ(以下同文)。
「そんなあなたには、これっす」
「……また殴るの?」
「打ち所を絶妙のライン際に決めれば、死んだと思わないまま幽体になれるっす! お化けは年もとらなければ、死にもしないっすよ」
「いや、それ死んでるし」
少年は疲れました。やっぱり願い事は神頼みではなく、自分の努力が必要だと知りました。もしかすると、彼女はそれが言いたかったのかもしれません。
なんて反省しつつも、少年はダメもとで最後に、もう一つだけお願いをしました。
「お金持ちになりたってのは、あり?」
「どんな願いもばっちこいっす」
「隠しバットー」とともに現れたのは、最初のと大差ないバットでした。少年は悟りました。やっぱりこれこそが基本なんだと。
「そう、だよね。お金持ちになりたいなら、野球がうまくなってプロ野球選手になればいいんだよね」
「いいえ」球子は笑顔のまま表情を変えずに告げました。「これで裕福そうな家の窓ガラスを割るっす」
「……それって、泥棒?」
球子は胸を張って答えました。
「ホームスチールっす」
「…………」
「ちなみに、警備員や番犬避けにもなるっすよ」
「避け、じゃなくて、しばく、だよね」
「むぅ仕方ないっすね。ストレートの四球待ちのあなたには、こっちの方がいいかもしれないっす」
またも現れたバットは、金色に輝く黄金バットでした。渡されると、さっきの釘バットより重いです。その重みで少年は気づきました。今までのはすべて前ふりだったのだと。
「分かったよ。素直にこの重いバットで練習するよ」
「いいえ」球子は笑顔のまま表情を変えずに告げたました「売るっす」
「…………」
「…………」
「あ、いいかも」
こうして、純金のバットを売りさばいた少年は、願いどおりお金持ちになりました。
めでたしめでたし。
野球は大好きです。
……すいませんでした。