死んだくせに
たぶん僕は、この人たちと協力しなくちゃいけない。生き延びるために。
少し前までは、べつに死んだっていいやと思っていたけれど。いまは意見が変わった。いちどでも死んでしまったら、もう二度と生き返ることができないから。
少し奥まった場所で腰をおろした。
重たい荷物を背負っていたおじさんはくたくただ。
「荷物、みんなで分担したほうがよくないかな?」
僕はそんな提案をした。
少しくらいなら持てる。リュックにもだんだん空きができてきたし。
おじさんは、それでも首を横に振った。
「いや、俺が持つ。なにもボランティア精神で言ってるんじゃないぜ。さっきので分かったと思うが、うちの忍者は身軽なほうが活躍できる。あんたもな。俺は銃があるから動く必要がない。つまり、いざというとき戦いやすいんだ」
「……」
すごい。
そんなこと、考えもしなかった。
でも、言われてみるとその通りだ。
伊藤さんが身を乗り出した。
「おじさんさ、あのグラサンから鉄砲回収してたよね? ケチケチしないで、あたしにも貸してよ?」
おじさんは死体から銃を回収しているから、いまは四つの銃を持っているはずだ。
「まあ独占する気はないが……。ちゃんと扱えるのか?」
「は? レバー引けば出るんでしょ?」
「そうだ。だが、俺が確認したいのは運用のことだ。銃にこだわると、各自の持ち味を活かせなくなる。それに、立ち位置を考えないと、仲間に当てることだってあるんだ。まあそこは未経験者に言っても仕方ないが……。いや、いい。護身用にひとつずつ渡しておく」
おじさんはスーツのポケットから銃を取り出し、僕たちの前に置いた。
けれども、上から手で抑えこんだままだ。
「くれぐれも、仲間へは向けるな。冗談でもな。自分でも覗き込まないこと。絶対にだ。一回トリガーを引いて弾が出なかったら、手元で爆発する危険があるから即座に捨てろ。最低限、これだけは守ってくれ。いいか?」
そんな怖い話を聞かされたら、手が出せない。
「僕はいいよ。魔法があるし」
伊藤さんも手を引っ込めた。
「爆発すんの? あたしヤなんだけど」
「普通はない。アイくんはともかく、伊藤さんは持っててもいいだろう。あんたなら使いこなせる」
「いい。手裏剣あるし」
「……」
もっと簡単なものだと思ってた。
なのに、そんなに面倒なら使いたくない。
結局、おじさんは拳銃をひっこめた。
僕は魔法で戦うし、伊藤さんは刀と手裏剣で戦う。銃を使うのはおじさんだけ。あとは作戦とやらを考えないと。
「次にあいつらにあったら、僕たちはどうしたらいい?」
「うーん」
おじさんは空を見上げた。
晴れとも曇りともいえない曖昧な空。
でも、雨は降りそうにない。
おじさんは考え込んでしまった。
代わりに、伊藤さんがヒソヒソと声をかけてきた。
「ね、エルたん……じゃなかった、名前さ、アイくんっていうの?」
「そうだよ。エルは姉さんの名前」
「本名?」
「べつにいいでしょ」
「ちべたい……」
しょぼくれたネコみたいな顔。
ころころ表情が変わる。
すると、固まっていたおじさんが、「よし分かった」と口を開いた。
「俺にいい考えがある」
けれども、いつもの得意顔じゃなかった。
たぶん名案と呼べるものじゃないのだ。なんとか余裕ぶってはいるが、どこか渋い表情をしている。
僕も不安になってきた。
「いい考えって?」
「まあそう焦るな。あいつらだって、俺たちの位置を正確に把握してるわけじゃない。次の戦いも、出会い頭にいきなり始まることになるだろう。言い換えれば、囲まれるリスクは少ないってことだ。一方向だけに戦力を集中できる」
「それっていままでと同じじゃない?」
「そう。同じだ。ここまではな。だが、状況が分かっているなら、相応の策がとれる。ただし準備が必要だ。材料を集めないといけない」
「もったいぶらないで教えてよ。具体的になにをするの?」
「それはな……」
*
おじさんが散策に出たので、僕と伊藤さんで焚き火の燃料を集めることになった。
木の板、段ボール、紙くず。そういうのだ。
会話はなかった。
伊藤さんが気まずそうにしているせいだ。
おじさんと別れる前になにか小声で話していたから、それが原因かもしれない。
人から避けられるのは慣れてるけど……。でも実際そうなると、やっぱり心がざわざわしてくる。
「伊藤さん、さ」
「えっ? な、なに?」
「さっき、おじさんとなに話してたの?」
「あ、えーと……」
ごまかすような顔。
やっぱり僕の悪口だったのかな。
「言いたくないならいいよ……」
「ち、違うの。アイくん、たまに具合悪いときあるから、そういうときはあんまり刺激しないでっておじさんが……」
「ホントに? 悪口とかじゃない?」
「違う、違う。あたしたち、アイくんのこと悪く言ったりしないよ。だって、嫌いなら一緒に行かないでしょ? またスーツの人たちに絡まれるかもしれないのにさ」
それもそうだ。
巻き込まれて死ぬかもしれないのに、僕と一緒に行動してる。
ふたりとも、僕のこと好きになってくれる人たちかもしれない。
少しだけ元気が出てきた。
「よかった。なんかね、人と一緒にいるっていいなってちょっと思ってたの。だから嫌われてたらイヤだなって……」
「嫌うわけないよ。あたし、アイくんのファンだし」
「ファンはやめてよ。友達がいい」
僕がそう返すと、伊藤さんは目を見開いた。
「と、友達!?」
「イヤ?」
「イヤじゃない! あたし、友達になりたいってずっと思ってたもん! ホントにいいの?」
「もちろん。これからもよろしくね」
「しゃあッ! ぴくよろッ!」
キレのいいガッツポーズが出た。
大袈裟な気がするけど……。
伊藤さんは我に返った。
「あ、ほら、前に一回断られたからさ」
「そうだっけ?」
「いいのいいの。友達になれたんだし。ぐへへ、イケメンゲットだぜ」
「……」
僕の記憶は、少し曖昧なところがある。
急に体調が悪くなって、頭がぼんやりしたのはおぼえてる。それからは、ずっと夢でも見ているみたいだった。
自分でも知らないうちに、みんなにひどいことを言ったかもしれない。
もしそうなら謝らないと。
「ね、アイくん。せっかく友達になれたんだし、あたしのフルネーム聞いてくれない?」
「フルネーム? そういえば聞けてなかった気がする」
「知っておいて欲しいの。でも笑わないでね? けっこう気にしてるから」
なんだか前にも似たような会話をした気がする。
「おもしろネームなの?」
「どっちかっていうと笑えないほうかな」
「教えてよ」
「う、うん。じゃあ言うね」
彼女はそこで深呼吸をした。
そんなに深刻な名前なんだろうか。
スーハースーハーとしつこいくらい呼吸をしている。逆に頭がくらくらしそう。
「えー、では発表します。あたしの名前は伊藤才子です。学校じゃサイコさんとか言われてて……。できればイトたんって呼んで欲しいなー、なんて」
「えっ? 普通じゃない?」
特におかしくないと思う。
いったいなにを気にしていたんだろう。
伊藤さんはうるうるした瞳で僕を見つめてきた。
「ホント? 頭のおかしな人のこと、サイコって言うらしいけど、全然おかしくない?」
「あ、それは……」
「ああーっ!」
頭を抱えてエビ反りになってしまった。
もっと気を使ったほうがよかったかな。僕、あんまり空気が読めないから。
「ごめん。でも全然おかしくないよ。サイコちゃんって、かわいいと思う」
「ありがと。でも、やっぱイトたんって呼んで……」
「そのうちね。僕は灰田アイトだよ」
話題を変えるついでもあったけど、つい自己紹介してしまった。
僕の名前なんて誰も知らなくていいと思っていたのに。
「え、アイトくんなんだ? ん? じゃあお姉さんは?」
「灰田エルザ。アイとかエルとかは愛称みたいなものだよ。ちなみにおじさんは玉田次郎さん」
「あ、その情報はいいです」
おじさんが可哀相。
しばらくすると、おじさんが錆びついたバケツを手に帰ってきた。
「見つかったぞ」
「水?」
「いや、ガソリンだ。苦労したぜ。ガソリンスタンドはぶっ潰れちまってるしよ。乗り捨てられた車からちょっとずつ集めたんだ。腰やったかもしれん」
バケツを置いて、おじさんはぐっと腰を伸ばした。
なんか臭い。
「ガソリンって、爆発するやつ?」
「状況によってはな。だが、普通に撒くだけならそこまでの威力はない。なにかで密閉しないと」
「密閉って? どうやるの?」
「ペットボトルだよ。そこにガソリンを満たして、一緒に金属片を入れる。これで簡易爆弾の出来上がりだ。とはいえ、ただ投げるだけじゃ起爆しない。俺が銃で撃ち抜く。もし当たればドンだ」
僕は少し引いてしまった。
ニートおじさんなのに、なんでこんな危ないことを知ってるんだろう。
「普段からこんなことばかり考えてるの?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。生き残るために、必死で知識を組み合わせたんだ。ネットがありゃもう少しマシなアイデアも出せたと思うが……」
すると伊藤さんも顔をしかめた。
「こういうおじさんって、溜め込んでるんだよね。アイくんも気を付けたほうがいいよ」
「うん」
さすがにそこまで言ったら可哀相な気もするけど。
おじさんもしょげてしまって口を閉じてしまった。
僕が水を渡すと「サンキュー」と受け取ってくれた。
*
でも、もしガソリンの扱いを間違えると僕たちの身も危ないらしい。
絶対に火に近づけてはいけない。
密閉してもいけない。
持ち運ぶときも、あらかじめペットボトルに入れておいてはならない。溶ける可能性があるらしい。
つまり、敵に遭遇してから準備しないといけないのだ。
うまくいくとは思えない。
計画を考えたおじさん本人も、半信半疑みたいだった。
*
日が落ちて焚き火を囲んでいた僕たちは、もうテンションがさがっていた。
「やっぱ別の作戦にしよう」
伊藤さんがペットボトルに石ころを詰め込んでいる横で、おじさんがそんなことを言った。
「は? もう作業してるんですけど?」
「敵に遭遇してからガソリンを入れるのは、時間のロスが激しい。その前に撃たれるだろうしな」
「あたしもそう思うけど……」
「横着して先にガソリンを入れたら、事故を起こす可能性が高まるぜ? あ、いや待てよ。だったら酒瓶を使えばいいんじゃないか? これなら溶けない。どうだ? 名案だろ? あー、しかし大変だな……。まずは酒瓶を空にする必要があるぞ。こいつぁ参ったな」
露骨にニヤニヤしている。本当に嬉しそう。
僕は思わずつっこんだ。
「べつに飲まなくても、中身捨てればいい話だよね?」
「ちょちょちょ。待ってよ。こんな世の中だよ? もったいないよ」
「だっておじさん、お酒飲むとイビキかくんだもん」
「離れたところで寝るからさ」
「体にもよくないし」
「適量なら大丈夫。むしろ体にいいとも言うぜ」
ああ言えばこう言う……。
「じゃあ僕が少し飲むよ」
「それはダメだ」
「なんで? もう十八だよ?」
「つまり未成年ってことだろ。それに、怪我も治ってない。体の調子もまだよくないみたいだし」
「ケチ!」
僕のこと、きっと子供だと思ってるんだ。
もう法律なんてなくなったのに。
視線を感じて横を見ると、ウサギと目が合った。
姉さんも、飲まないほうがいいと言ってるみたい。
でも……。
僕だってもう子供じゃない。いつまでも姉さんの思い通りになんてならないんだ。死んだくせに、いつまでも僕のことを監視して。
頭の中にいっぱい語りかけてくる。
「姉さん、少し黙っててね……」
だんだん気持ちが不安定になってきた。
僕のことをイライラさせるのは、いつも姉さんだ。
(続く)




