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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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8/35

死んだくせに

 たぶん僕は、この人たちと協力しなくちゃいけない。生き延びるために。

 少し前までは、べつに死んだっていいやと思っていたけれど。いまは意見が変わった。いちどでも死んでしまったら、もう二度と生き返ることができないから。


 少し奥まった場所で腰をおろした。

 重たい荷物を背負っていたおじさんはくたくただ。


「荷物、みんなで分担したほうがよくないかな?」

 僕はそんな提案をした。

 少しくらいなら持てる。リュックにもだんだん空きができてきたし。

 おじさんは、それでも首を横に振った。

「いや、俺が持つ。なにもボランティア精神で言ってるんじゃないぜ。さっきので分かったと思うが、うちの忍者は身軽なほうが活躍できる。あんたもな。俺は銃があるから動く必要がない。つまり、いざというとき戦いやすいんだ」

「……」

 すごい。

 そんなこと、考えもしなかった。

 でも、言われてみるとその通りだ。


 伊藤さんが身を乗り出した。

「おじさんさ、あのグラサンから鉄砲回収してたよね? ケチケチしないで、あたしにも貸してよ?」

 おじさんは死体から銃を回収しているから、いまは四つの銃を持っているはずだ。

「まあ独占する気はないが……。ちゃんと扱えるのか?」

「は? レバー引けば出るんでしょ?」

「そうだ。だが、俺が確認したいのは運用のことだ。銃にこだわると、各自の持ち味を活かせなくなる。それに、立ち位置を考えないと、仲間に当てることだってあるんだ。まあそこは未経験者に言っても仕方ないが……。いや、いい。護身用にひとつずつ渡しておく」

 おじさんはスーツのポケットから銃を取り出し、僕たちの前に置いた。

 けれども、上から手で抑えこんだままだ。

「くれぐれも、仲間へは向けるな。冗談でもな。自分でも覗き込まないこと。絶対にだ。一回トリガーを引いて弾が出なかったら、手元で爆発する危険があるから即座に捨てろ。最低限、これだけは守ってくれ。いいか?」

 そんな怖い話を聞かされたら、手が出せない。

「僕はいいよ。魔法があるし」

 伊藤さんも手を引っ込めた。

「爆発すんの? あたしヤなんだけど」

「普通はない。アイくんはともかく、伊藤さんは持っててもいいだろう。あんたなら使いこなせる」

「いい。手裏剣あるし」

「……」

 もっと簡単なものだと思ってた。

 なのに、そんなに面倒なら使いたくない。

 結局、おじさんは拳銃をひっこめた。


 僕は魔法で戦うし、伊藤さんは刀と手裏剣で戦う。銃を使うのはおじさんだけ。あとは作戦とやらを考えないと。

「次にあいつらにあったら、僕たちはどうしたらいい?」

「うーん」

 おじさんは空を見上げた。

 晴れとも曇りともいえない曖昧な空。

 でも、雨は降りそうにない。


 おじさんは考え込んでしまった。

 代わりに、伊藤さんがヒソヒソと声をかけてきた。

「ね、エルたん……じゃなかった、名前さ、アイくんっていうの?」

「そうだよ。エルは姉さんの名前」

「本名?」

「べつにいいでしょ」

「ちべたい……」

 しょぼくれたネコみたいな顔。

 ころころ表情が変わる。


 すると、固まっていたおじさんが、「よし分かった」と口を開いた。

「俺にいい考えがある」

 けれども、いつもの得意顔じゃなかった。

 たぶん名案と呼べるものじゃないのだ。なんとか余裕ぶってはいるが、どこか渋い表情をしている。

 僕も不安になってきた。

「いい考えって?」

「まあそう焦るな。あいつらだって、俺たちの位置を正確に把握してるわけじゃない。次の戦いも、出会い頭にいきなり始まることになるだろう。言い換えれば、囲まれるリスクは少ないってことだ。一方向だけに戦力を集中できる」

「それっていままでと同じじゃない?」

「そう。同じだ。ここまではな。だが、状況が分かっているなら、相応の策がとれる。ただし準備が必要だ。材料を集めないといけない」

「もったいぶらないで教えてよ。具体的になにをするの?」

「それはな……」


 *


 おじさんが散策に出たので、僕と伊藤さんで焚き火の燃料を集めることになった。

 木の板、段ボール、紙くず。そういうのだ。


 会話はなかった。

 伊藤さんが気まずそうにしているせいだ。

 おじさんと別れる前になにか小声で話していたから、それが原因かもしれない。

 人から避けられるのは慣れてるけど……。でも実際そうなると、やっぱり心がざわざわしてくる。


「伊藤さん、さ」

「えっ? な、なに?」

「さっき、おじさんとなに話してたの?」

「あ、えーと……」

 ごまかすような顔。

 やっぱり僕の悪口だったのかな。

「言いたくないならいいよ……」

「ち、違うの。アイくん、たまに具合悪いときあるから、そういうときはあんまり刺激しないでっておじさんが……」

「ホントに? 悪口とかじゃない?」

「違う、違う。あたしたち、アイくんのこと悪く言ったりしないよ。だって、嫌いなら一緒に行かないでしょ? またスーツの人たちに絡まれるかもしれないのにさ」

 それもそうだ。

 巻き込まれて死ぬかもしれないのに、僕と一緒に行動してる。

 ふたりとも、僕のこと好きになってくれる人たちかもしれない。

 少しだけ元気が出てきた。

「よかった。なんかね、人と一緒にいるっていいなってちょっと思ってたの。だから嫌われてたらイヤだなって……」

「嫌うわけないよ。あたし、アイくんのファンだし」

「ファンはやめてよ。友達がいい」

 僕がそう返すと、伊藤さんは目を見開いた。

「と、友達!?」

「イヤ?」

「イヤじゃない! あたし、友達になりたいってずっと思ってたもん! ホントにいいの?」

「もちろん。これからもよろしくね」

「しゃあッ! ぴくよろッ!」

 キレのいいガッツポーズが出た。

 大袈裟な気がするけど……。

 伊藤さんは我に返った。

「あ、ほら、前に一回断られたからさ」

「そうだっけ?」

「いいのいいの。友達になれたんだし。ぐへへ、イケメンゲットだぜ」

「……」


 僕の記憶は、少し曖昧なところがある。

 急に体調が悪くなって、頭がぼんやりしたのはおぼえてる。それからは、ずっと夢でも見ているみたいだった。

 自分でも知らないうちに、みんなにひどいことを言ったかもしれない。

 もしそうなら謝らないと。


「ね、アイくん。せっかく友達になれたんだし、あたしのフルネーム聞いてくれない?」

「フルネーム? そういえば聞けてなかった気がする」

「知っておいて欲しいの。でも笑わないでね? けっこう気にしてるから」

 なんだか前にも似たような会話をした気がする。

「おもしろネームなの?」

「どっちかっていうと笑えないほうかな」

「教えてよ」

「う、うん。じゃあ言うね」

 彼女はそこで深呼吸をした。

 そんなに深刻な名前なんだろうか。

 スーハースーハーとしつこいくらい呼吸をしている。逆に頭がくらくらしそう。

「えー、では発表します。あたしの名前は伊藤才子です。学校じゃサイコさんとか言われてて……。できればイトたんって呼んで欲しいなー、なんて」

「えっ? 普通じゃない?」

 特におかしくないと思う。

 いったいなにを気にしていたんだろう。

 伊藤さんはうるうるした瞳で僕を見つめてきた。

「ホント? 頭のおかしな人のこと、サイコって言うらしいけど、全然おかしくない?」

「あ、それは……」

「ああーっ!」

 頭を抱えてエビ反りになってしまった。

 もっと気を使ったほうがよかったかな。僕、あんまり空気が読めないから。

「ごめん。でも全然おかしくないよ。サイコちゃんって、かわいいと思う」

「ありがと。でも、やっぱイトたんって呼んで……」

「そのうちね。僕は灰田アイトだよ」

 話題を変えるついでもあったけど、つい自己紹介してしまった。

 僕の名前なんて誰も知らなくていいと思っていたのに。

「え、アイトくんなんだ? ん? じゃあお姉さんは?」

「灰田エルザ。アイとかエルとかは愛称みたいなものだよ。ちなみにおじさんは玉田次郎さん」

「あ、その情報はいいです」

 おじさんが可哀相。


 しばらくすると、おじさんが錆びついたバケツを手に帰ってきた。

「見つかったぞ」

「水?」

「いや、ガソリンだ。苦労したぜ。ガソリンスタンドはぶっ潰れちまってるしよ。乗り捨てられた車からちょっとずつ集めたんだ。腰やったかもしれん」

 バケツを置いて、おじさんはぐっと腰を伸ばした。

 なんか臭い。

「ガソリンって、爆発するやつ?」

「状況によってはな。だが、普通に撒くだけならそこまでの威力はない。なにかで密閉しないと」

「密閉って? どうやるの?」

「ペットボトルだよ。そこにガソリンを満たして、一緒に金属片を入れる。これで簡易爆弾の出来上がりだ。とはいえ、ただ投げるだけじゃ起爆しない。俺が銃で撃ち抜く。もし当たればドンだ」

 僕は少し引いてしまった。

 ニートおじさんなのに、なんでこんな危ないことを知ってるんだろう。

「普段からこんなことばかり考えてるの?」

「人聞きの悪いこと言うなよ。生き残るために、必死で知識を組み合わせたんだ。ネットがありゃもう少しマシなアイデアも出せたと思うが……」


 すると伊藤さんも顔をしかめた。

「こういうおじさんって、溜め込んでるんだよね。アイくんも気を付けたほうがいいよ」

「うん」

 さすがにそこまで言ったら可哀相な気もするけど。

 おじさんもしょげてしまって口を閉じてしまった。

 僕が水を渡すと「サンキュー」と受け取ってくれた。


 *


 でも、もしガソリンの扱いを間違えると僕たちの身も危ないらしい。

 絶対に火に近づけてはいけない。

 密閉してもいけない。

 持ち運ぶときも、あらかじめペットボトルに入れておいてはならない。溶ける可能性があるらしい。

 つまり、敵に遭遇してから準備しないといけないのだ。

 うまくいくとは思えない。

 計画を考えたおじさん本人も、半信半疑みたいだった。


 *


 日が落ちて焚き火を囲んでいた僕たちは、もうテンションがさがっていた。

「やっぱ別の作戦にしよう」

 伊藤さんがペットボトルに石ころを詰め込んでいる横で、おじさんがそんなことを言った。

「は? もう作業してるんですけど?」

「敵に遭遇してからガソリンを入れるのは、時間のロスが激しい。その前に撃たれるだろうしな」

「あたしもそう思うけど……」

「横着して先にガソリンを入れたら、事故を起こす可能性が高まるぜ? あ、いや待てよ。だったら酒瓶を使えばいいんじゃないか? これなら溶けない。どうだ? 名案だろ? あー、しかし大変だな……。まずは酒瓶を空にする必要があるぞ。こいつぁ参ったな」

 露骨にニヤニヤしている。本当に嬉しそう。

 僕は思わずつっこんだ。

「べつに飲まなくても、中身捨てればいい話だよね?」

「ちょちょちょ。待ってよ。こんな世の中だよ? もったいないよ」

「だっておじさん、お酒飲むとイビキかくんだもん」

「離れたところで寝るからさ」

「体にもよくないし」

「適量なら大丈夫。むしろ体にいいとも言うぜ」

 ああ言えばこう言う……。

「じゃあ僕が少し飲むよ」

「それはダメだ」

「なんで? もう十八だよ?」

「つまり未成年ってことだろ。それに、怪我も治ってない。体の調子もまだよくないみたいだし」

「ケチ!」

 僕のこと、きっと子供だと思ってるんだ。

 もう法律なんてなくなったのに。


 視線を感じて横を見ると、ウサギと目が合った。

 姉さんも、飲まないほうがいいと言ってるみたい。

 でも……。

 僕だってもう子供じゃない。いつまでも姉さんの思い通りになんてならないんだ。死んだくせに、いつまでも僕のことを監視して。

 頭の中にいっぱい語りかけてくる。

「姉さん、少し黙っててね……」

 だんだん気持ちが不安定になってきた。

 僕のことをイライラさせるのは、いつも姉さんだ。


(続く)

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