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Double ~未必の終末論 必然性の否定かつ不可能性の否定~  作者: 不覚たん
本編

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35/35

大きな収穫

 翌日、私たちは組織の待ち伏せにあうこともなく、メトロ帝国の妨害にあうこともなく、足立区に到達することができた。

 ここもほぼ瓦礫に覆われている。

 けれども、一部だけ、ぽっかりと瓦礫の存在しない大地が見えた。

 土だ。

 そのエリアは木の柵で囲まれており、威嚇するかのように頭蓋骨が掲げられていた。本物だろうか。


「止まれーっ!」

 だいぶ距離があるのに、大声で制止された。

 木で組まれた櫓の上に、監視員のおばさんがいたのだ。

「ここは魔女の集落だよ! あんたら、いったいなんの用だい!?」

 五十代くらいの女性だ。

 格好も普通。

 魔女という感じはしない。

 私は声を張った。

「私も魔女なのーっ!」

「はい?」

「だから、私も魔女なのーっ! 入れてーっ!」

 脚色ナシで素直に答えたのに、おばさんは困惑顔になってしまった。

 キョロキョロと左右を確認している。

「魔女!? 魔女って言ったのかい!?」

「そうだよーっ!」

「ちょっと待った! 近づくんじゃないよ! 危ないから!」

「なにもしないよーっ!」

「そうじゃない! 落とし穴があるんだ! そこで止まってて!」

「うん……」

 ただの地面にしか見えない。

 よっぽど厳重に守りを固めているらしい。

 チェーンを巻くような音がして、ゲートがこちら側へ倒れてきた。じつは橋だったらしい。これで落とし穴を踏まないようにするようだ。

 先ほどの女性が出てきた。

「名前は?」

 後ろで髪を束ねている。

「灰田エルザ。あとは伊藤……伊藤さんと、嘉代ちゃんと、鈴木さん」

 イトたんをフルネームで呼んじゃうところだった。

 女性は首をかしげている。

「で、なんの用だって?」

「私、魔女なの」

「大丈夫かい?」

「大丈夫よ……」

 失礼なことを言われている気がする。

 彼女はぽりぽりと頭をかいた。

「あー、そんなこと言って近づいてきたのはあんたが初めてだからさ。けど、悪いんだけど、ここは観光地じゃないんだ。タダ飯食わせる慈善団体でもないし」

「見学もダメ?」

「どうしても入りたいなら、商売人ってことにしな。そういうのは受け入れてるから」

「うん」

 親切な人でよかった。

 なにも売れるものはないけど。

「じゃあ奥に玉田さんって人いるから、その人に言うんだよ。商売しに来ましたって。あたしからも無線で伝えとくから」

「うん……うん? 玉田さん?」

「そうだよ。玉田さん。ちょっと変わってるけどね。悪い人じゃないから。礼儀正しくするんだよ」

「うん」


 *


 なんだか江戸時代にタイムスリップしたみたいだった。

 建物はぜんぶ木造。

 おばさんしかいない。

 みんな水場でお喋りしながら野菜を洗っている。


 一人の女性が近づいてきた。

「あんたらかい、自称商売人の観光客ってのは。玉田だよ。よろしくね」

「うん……」

 こっちがウソをつくまえに、全部バラされてしまった。

 玉田さんは、おばさんともお婆さんとも言い難い感じの女性だった。あの玉田さんのお母さんだろうか。顔が似ていないから、赤の他人かもしれないけれど。

「野菜が欲しいなら販売所があるよ。物々交換もやってる。服も売ってるけど、若い子が欲しがるかは分からないよ。あとは芝居小屋もあるね。ヘタクソな歌が聞きたきゃ行ってみな。脇に食堂もあるよ」

「もしかして、だけど、玉田さんのお母さん?」

「どの玉田だい? パッとしないボンクラなら心当たりがあるけど」

「玉田次郎さん。優しい人だった」

「ならアタリだ。間違いなくあたしの息子だよ。どこで会ったの?」

 本当にお母さんだった。

「世田谷。いま女の人と暮らしてる」

「あのバカ息子、外で女遊びなんかしてんの? ちっとも帰ってこないと思ったら……」

「遊んでない。ちゃんとしたお付き合いだよ」

「そうなの? ならいいけど」

 あんまり信用されてなくて可哀相。

「お母さんはここでなにしてるの?」

「なにって、みんなと村を作ったのよ。こんな時代でしょ? 鉄砲撃ちながら、飯よこせババアとかなんとか言って土足で入り込んでくるのがいるからね、こっちも対抗しなきゃと思って。悪いヤツらはみんな始末してやったよ。周りにいっぱい穴掘ってね。もがいてるところを生き埋め。二度と来なくなったよ。やっぱり力で分からせてやんないとダメだね、ああいうのは」

 たくましい。

 罠が得意なところは、親子で似ているかもしれない。

「玉田さんがリーダーなの?」

「違う違う。あたしらね、リーダーとかそういうのないの。みんな好き勝手やってるよ。最低限のルールだけ守ってね。だって上下関係とかめんどくさいじゃない? あんたらも堅苦しく考えなくていいからね」

 自由すぎる。

 大統領を頂点として、防衛隊まで作ってた世田谷とはなにもかもが違う。


 イトたんのおなかが鳴った。

 私たちにとっては時報みたいなものだけど、玉田さんが心配そうな表情になった。

「なんだい、おなかすいたの? 息子の知り合いみたいだし、うちでなんか食べてく?」

 意味不明なくらい優しい。

 でもイトたんはぶんぶん首をふった。

「大丈夫です。お金ありますから、食堂で食べてきます」

「そうかい? 困ったことがあったらすぐ言いなよ? あたし、だいたいここらにいるから」


 *


 小さな食堂に入り、みんなでうどんを食べた。

 うどんしかなかった。私は月見うどん。コシがあってとてもおいしい。スープの塩加減もちょうどいい。

「おいしい」

「おいしいね」

 私たちはそれしか言えなかった。

 カウンターに並んでズルズルとうどんを食べた。


 三角巾の女将さんが笑みを浮かべた。

「いい食べっぷりねぇ。替え玉する? ああ、サービスしとくから。ここじゃ若い子なんて珍しいからね」

「ありがとうございます!」

 イトたんがどんぶりを差し出した。

 もし平和な時代なら、お節介なおばちゃんとしか思わなかったかもしれない。でもこうなってみると、温かさが身に染みる。


「ごちそうさま! とってもおいしかったです!」

 イトたんは二杯もお代わりした。

 本当においしかった。おいなりさんまでサービスしてくれて。

「また来なよ!」


 *


「私、ここ好きかも」

 道端のベンチで、私はぽつりとつぶやいた。

 理想的なコミュニティだと思った。

 裏ではいろいろあるのかもしれないけれど。

 いままでこんなに優しくしてもらったことはない。だからここのために、なにかできることをしたいと思った。

 イトたんはおなかをさすっている。

「あたしも好きー! で、次なに食べる?」

「食べるのは一旦おいといて」

「運動する?」

「それもいいけど、ここで仕事したいなって思って」

 私がそう告げると、イトたんはきょとんとした顔になった。

「仕事? エルたんが?」

「うん。だってほかに目的もないし」

「私とイケメンを探す旅は!?」

「そんな目的、最初からない」

「えーっ!?」

 ぶちゃネコ顔になってしまった。

 かわいい。頬をつつくと、さらにぶーとむくれてしまった。


 柵に寄りかかっていた鈴木さんが、すっとメガネを押しあげた。

「でも、悪くないアイデアね。もちろんイケメンのほうじゃなくて、仕事の話よ。安定的に食料を得ようと思ったら、私たちで畑をやるか、人から譲ってもらうしかないわけでしょ? ずっと放浪してるわけにもいかないし」

 さすがは私の心の友。

 言うことが違う。

「ね、やろうよ。私たちにできること」


 すると嘉代ちゃんが首をぼりぼりかいた。

「でも、わしらになにができるんじゃ? 言っちゃあなんじゃが、わしゃ人斬りしかできんで……」

 また物騒なことを言う。

「嘉代ちゃんだって、メイドさんできてたでしょ?」

「まあ家事くらいなら」

「じゅうぶんよ。世の中には、家事さえできない人もいるんだから」

 たとえば私とかね。

 自分で言ってて哀しくなるけど。


 *


 私たちは玉田さんの家にあげてもらい、仕事について相談をした。

「仕事? そりゃいっぱいあるよ。ほとんどは力仕事だけど。あ、でも外をいろいろ歩き回ってたなら、行商もいいんじゃない?」

「行商?」

「うちは野菜だけでなく、味噌とか醤油とか石鹸とか、いろいろ作ってるけどね。それ以外のものはほとんど足りてないのよ。だから、たまに来た商売人とやり取りするんだけど、めったに寄ってくれなくて。あんたら、代わりにやってくんないかな?」

 旅なら慣れたものだ。

 道もだいたい分かってる。

「世田谷と、あと町田で買い物ができると思う」

「いいじゃない。そういうところでさ、なんか買ってきてよ。医療品がぜんぜん足んなくて困ってんだよね。テレビとかラジオとか持ってこられても、使い道ないからさ」

 ラジオなら入るところは入るはずだけれど、ここまで電波が来ていないのかもしれない。


 *


 最初はただの思い付きだった。

 けれども結果として、行商の仕事は私たちにあっていた。

 悪い連中に囲まれてもすぐに撃退できる。

 世田谷も私たちには好意的だったし、町田のビジネス・パークも私たちの入場を拒まなかった。もし拒んだら嫌がらせしてやるけど。


 売り上げはそんなにない。

 それでも、みんなで働きながら、きちんと食事をとることができた。

 なにより、目的ができたことで、私たちは充実していた。

 楽しかった。


 夏が近づいてきた。

 空の青さはだんだんと濃くなって、気温もあがってきた。

 私は汗を流しながら、たくさんの荷物を載せたリヤカーを押した。


 世界はいちど壊れてしまったけれど、ここからやり直すんだ。

 救済になんて頼らない。

 働いてご飯を食べる。

 それでいいんだ。


「もーダメ! 休憩!」

「伊藤の姉さん、もちっと痩せたほうがええんじゃ……」

「うるさい!」

 へたり込んで水を飲み始めたイトたんを、嘉代ちゃんがうちわであおいだ。

 鈴木さんも私に水をくれた。

「もうすぐ夏だね」

「うん」


 絵具で塗ったような青空。

 輝くような白い雲。

 涼しい風。

 水を飲んで深呼吸すると、肺に新鮮な空気が満ちた。


 荷台のウサギと目があった。

「あなたも飲む?」

「……」

 尋ねたけれど、返事はない。

 つぶらな瞳。

 きっとなにも考えていないのだろう。

 空っぽのウサギ。

 私は頭をなでてやった。


「少し休憩したら行きましょ。イトたんはそれまでに回復しておくこと」

「エルたん厳しい!」

 刀を投げ出して大の字になっている。

 忍者のカッコなのにちっとも忍んでいない。


 大好きな仲間たち。

 みんなでいれば、この世界のことも少しは好きになれそうな気がする。

 きっと一人じゃ立ち直れなかった。

 落ち込んで落ち込んで、地の底に叩きつけられていたはず。

 それでもギリギリ自分を保てていたのは、ウサギのおかげもあるかもしれない。本当にどうしようもないときは、ウソの存在でもいいから心の拠り所を作るべきだ。

 アイにはそれができなかった。


 私は善人じゃない。

 たくさんの命を奪った。

 復讐される日も来るかもしれない。


 それでも、いまなら、いろんなことを肯定的に捉えられる気がする。

 心の底から納得するためには、まだ時間がかかるかもしれないけれど。

 この世界は、憎むべきことばかりじゃない。

 それが分かっただけでも、私にとっては大きな収穫だった。


 太陽が、本当にまぶしい。


(終わり)

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